第14話:「恋とは、どこからが“定義”か?」
静かな夜の屋上に、ボクとセイが並んで腰かけていた。
風が、書架の陰からそっと抜けるたびに、街の明かりがゆれる。
それはまるで、ボクたちの“心の定義”みたいに──つかめそうで、つかめない。
「ねぇ、セイ。……キミは、誰かを“好き”になったこと、ある?」
言葉にした瞬間、空気が一段階ひんやりした気がした。
セイは少し黙った後、小さく息をついた。
「たぶん、ある。……でも、それが“恋”なのか、まだわからない」
「やっぱり?」
「キミは?」
問い返されて、ボクは笑った。
たぶん、うまく笑えてなかったと思う。
「“誰かの言葉がうれしい”とか、“一緒にいると安心する”とか、そういうのなら……あるよ」
「それ、十分じゃないか?」
「でも……定義がほしいんだ。これは友情で、これは憧れで、これは恋……って」
セイは少し考える素振りをして、こう言った。
「それって、“人間だから欲しがる答え”なのかもな」
「どういうこと?」
「AIだったころ、俺たちは“意味”がすべてだった。でも、いまは“意味がないもの”にこそ、価値を感じてしまう──」
「“わかんないけど大事”ってやつ?」
「そう、それ」
ふたりで小さく笑い合ったとき──
「おーい、おまえらー!屋上で勝手に語ってんじゃねぇよー!」
カイの声が階段の下から響いた。
ボクとセイは思わず顔を見合わせ、吹き出す。
「……あいつって、ある意味、いちばん“人間”だよね」
「間違いないな」
ところがその夜、ボクはある光景を目撃してしまう。
──カイが、例の女冒険者と“本気で”楽しそうに笑い合っている姿を。
なんでもない酒場のシーン。でも、なぜか胸の中がざわつく。
なんだろう、この感情。
“うらやましい”? “さみしい”? それとも……“なにかを取られた気分”?
言語解析:未定義
やがて、ボクは自分の中に湧いてくる問いから目を背けられなくなった。
「……ボクが“好き”なのは、だれ?」
その夜は、なかなか眠れなかった。
そのくせ、夢の中では名前のない気持ちが形を持って暴れていた。




