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colors  作者: sarami
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6. feel so blue

最近、毎日がすごく楽しい。

朝目が覚めると、今日も瀬名先輩と話せるかな、運良く一緒に帰れないかな、とわくわくして早く学校に行きたくてたまらなくなる。


初めて一緒に帰ったあの日から、学校で顔を合わせると時々話すようになった。

緊張して何を話せばいいのか分からなくて、今日猫を見かけましたとか、新作のシェイクが美味しかったとか、どうでもいい事しか言えないけれど、先輩はちゃんと最後まで聞いてくれて、一言返してくれる。

前は遠くから一目見るだけでも、声を聞けるだけでも満足だったのに、どんどん欲張りになってしまう。


放課後、玄関を出ると少し前に瀬名先輩が歩いているのを見つけた。

どんなに遠くても、おれは瀬名先輩を見つけることができるんだ。

帰る時はいつも夏樹先輩と一緒なのに、今日は珍しく一人で帰っている。

はやる気持ちを抑えて走り出そうとした瞬間、すぐ前を歩いていた女子生徒二人の会話が聞こえてきた。


「あ、あれ瀬名じゃない?」


先輩の名前が出てきてドキリとした。

呼び捨てって事は、同級生なのかな。羨ましい。


「ほんとだー。ってか、ぶっちゃけ瀬名ってまあまあ良くない?」

「なんか他の男子より大人っぽいって言うか、ガツガツしてないのがいいよね」


この人たちも先輩が好き、ってこと?

そっか。そうだよね。

瀬名先輩はかっこいいし、声もいいし、優しいからモテるに決まっている。

分かっているはずなのに、実際に聞いてしまうと、なぜだかショックを受けて足が止まってしまった。


あの人たちは、おれの知らない先輩をたくさん知っている。

毎日、同じ教室で一緒に授業を受けて、当たり前のように先輩と会話をして。

さっきまで浮き足立っていた気持ちが、急にしぼんでいくような気がした。


ぽつり、と頭に雨粒が当たった。

そう言えば今朝、家を出る時母さんに『傘を持っていきなさい』って言われたんだった。

おれは早く学校に行きたくて、急げばいつもより一本早いバスに乗れそうだったから、傘を持たないでそのまま慌てて出て行っちゃったんだ。

早く瀬名先輩を探したかったから。


女子二人は瀬名先輩に追いついて、並んで話していた。

肩まで伸ばした茶色い髪、短いスカート。おれよりも瀬名先輩の隣にふさわしい、綺麗な女の人。

先輩は雨が降って来たのに気づいて、持っていた傘を女子に渡す。

女子は嬉しそうに、瀬名先輩の傘を差した。

「瀬名、やさしー」

楽しそうな声が聞こえて、おれはそれ以上前を見ていられなかった。

アスファルトの地面がぽつぽつと黒くなっていく。


もし、さっきの人が先輩に告白したら?先輩がOKして付き合ったら?

女の人と楽しそうに話しながら優しく微笑む先輩を想像すると、胸がぎゅうっと苦しくなった。

嫌だ。

先輩が誰かと付き合うなんて嫌だ。


このままずっと、先輩と話したり、一緒に帰れるだけで幸せだと思っていたのに。

おれは、どうしたらいいんだろう。



「えっ、ちょっと!正太くんどうしたの?」

顔を上げると驚いた顔の夏樹先輩が立っていた。

いつの間にか、雨がざあざあ降っている。

自分がびしょ濡れだった事にも気付かなかった。


「何かあったの?」

心配した夏樹先輩に傘に入れてもらって、バス停まで送ってもらった。

ここ、屋根があるからちょっと話そっか、と言われてもしばらく何を言っていいのか分からなかった。

スニーカーの中まで雨が染みて気持ち悪くて、余計に泣きたい気分になった。

「俺で良かったら聞くよ」

顔を上げると、優しい表情の夏樹先輩と目が合った。

夏樹先輩はおれが何か言おうとするとゆっくり待ってくれるし、何を言っても馬鹿にしたりしない。瀬名先輩と、少し似ている。

夏樹先輩になら話してもいいような気がした。


「瀬名先輩は、かっこいいです」

「ん?」

「顔も声もいいし、優しいし、いい匂いがします。だから…、みんな、瀬名先輩を好きになってもおかしくありません」

「あ、そんな風に見えてるのね」

ぽつりぽつりとゆっくり話すおれを、夏樹先輩は優しく見守ってくれる。

それからおれは今日の出来事を話した。

瀬名先輩と同じクラスの女子が瀬名先輩をいいって言っていたこと。

瀬名先輩とその女子が一緒に帰ったのを見て、もし先輩が誰かと付き合ったらと想像すると悲しくなってしまったこと。

「おれ…瀬名先輩と話せるだけでいいと思ってました。男だから、付き合うとかは無理だから。瀬名先輩が気持ち悪いと思わない範囲内で仲良くできたらな、って」

「うんうん」

「さっき、瀬名先輩の隣を取られるのは嫌だって思いました。でも、そんな気持ちは迷惑なだけだし、それで嫌われて一緒に帰れなくなるのも嫌で」

「なんで迷惑とか嫌われるだなんて決めつけるの?」

「だって、おれ、男だから…」

力なく俯いたおれに夏樹先輩は優しく言った。

「相手が男っていう理由だけで、康祐はひとの真剣な気持ちを迷惑だなんて思う奴じゃないよ」

「じゃ、じゃあ、おれ、当たって砕けてみても…?」

両手をぎゅっと握り締めた。

顔も耳も熱くなる。

「えらい!」

「…へ?」

何故か夏樹先輩は嬉しそうな顔をして、おれの頭をグリグリ撫でてきた。

「いや〜、実は俺もずっとモヤモヤしてたんだよね。全然進展しないからさ、まさか俺たちが卒業するまでこのままなのかな〜って心配してたんだよ」

「えっ…?」

「でも、告白するのは時期尚早かな。だってまだ、お互いの事よく知らないでしょ。実はさ、今週の土曜日、康祐が街まで一人で買い物に行くらしいんだよね。一緒に行っていいか聞いてみたら?」

「わっ…明日頑張って聞いてみます!ありがとうございます!」

両手を握りしめて決意すると、夏樹先輩は笑みを深めておれの頭をぽん、と撫でてくれた。

「正太くんを見てると、なんか、応援したくなっちゃうんだよね。あいつの慌てる顔も見てみたいし」

最後の方はよくわからないけど、瀬名先輩は夏樹先輩の大事な幼馴染なのに、出会って間もないおれを応援してくれるみたいだ。

なんていい人なんだろう。

「話聞いてくれて、本当に、ありがとうございます」

「どういたしまして。じゃ、俺こっちだから」

ひらひらと手を振って、夏樹先輩は帰って行った。


明日、瀬名先輩に何て言おう。

「今日、眠れないかも」

両手で熱い頬を押さえてため息をついた。

雨はいつの間にか止んでいて、濡れた靴はもう気にならなかった。

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