5. golden opportunity
先輩視点です。
うすうす勘付いてはいた。
最近、やたらと視線を感じる。
学校のあちこちで遭遇する度に、一年の彼にじっと見られているのは気のせいではなかったらしい。
彼とは中庭で会ったのが初めてだったと思う。
小柄で、色素が薄くて、純粋そうな印象を受けた。
なんか、頼まれたら断れなくて壺とか買わされそう。
名前は忘れたが、旧校舎でも偶然会ったのを覚えている。
隠れて覗いているつもりかもしれないが、本人以外にはばれていて、周りが俺に色々と言ってくる。
「康祐もずいぶん懐かれちゃってるね〜。一体あの子に何をしたのさ?」
幼馴染の夏樹が、興味深そうに聞いてくる。今さっき、移動教室の途中で一年の彼に出くわしたばかりだった。
「別に、何も」
「またまた〜。何もしてないのにあんなに熱い視線送ってくる?あの子、めっちゃ分かりやすい割には控えめなんだよね。話しかけてこないし…なんかこっちがモヤモヤする〜今度話しかけてみよっかな」
「余計なことするなよ」
髪を明るく染めピアスを開けていて派手な見た目の夏樹は誰にでも愛想が良くて、俺とは正反対だとよく言われる。
チャラいのは事実だが常識もあるし悪い奴じゃない。
向こうも俺の事を小さい頃からよく知っているので、一緒にいて気楽だ。
ただ、多少…おせっかいではある。
「あ、またいる」
放課後、玄関で夏樹が目ざとく彼を見つけた。
一瞬目が合った気がするが、慌てたように靴箱の影に隠れてしまった。
夏樹は面白そうにそれを眺めると、
「良い事考えた」
そう言って急いで靴を履き替え、一年の靴箱の方へ走って行った。
嫌な予感しかしない。
「お待たせ〜」
玄関を出ると、夏樹はなぜかあの一年の腕を引っ張ってこちらに向かって来た。
夏樹に腕を掴まれた彼は、顔を赤くして困ったようにこちらを伺っている。
「何してんの」
呆れて夏樹を見れば、悪気なさそうな顔でニコニコしながら隣の少年の肩に手を置いて、ずいっと俺の前に差し出して来た。
「相内正太くんって言うんだって」
「はっ…よ、よろしくお願いします…!」
慌ててぺこりとお辞儀をしてきた。
そう言えば初めて会った時に名乗られて、そんな名前だった気がする。
「じゃあ途中まで一緒に帰ろ」
そう言って夏樹が自分と俺の間に相内正太を移動させる。
「えっ、うわっ」
相内は俺と夏樹を交互に見て困ったように眉を下げた。
「あの、瀬名先輩は迷惑じゃ、」
「大丈夫だって」
俺が答えるより先に夏樹が口を挟む。
「康祐は嫌な時は嫌だってはっきり言うから。何も言わないって事は大丈夫だよ。ね?康祐」
「別にいいけど」
俺が言った途端、相内はぱあっと音がしそうな程嬉しそうな表情になる。分かりやすいな。
「微笑ましい〜。てか正太くん、康祐のこと瀬名先輩って呼んでるの?いいなあ〜。ね、俺も夏樹先輩って呼んで」
「夏樹、先輩」
恥ずかしそうに夏樹を呼ぶ。素直か。
「ちょっ、可愛い!俺の中学生の弟より全然可愛いんだけど!」
夏樹が感動したように叫ぶ。
こいつは弟を構いすぎて、『兄貴うざい』って言われてるからな。
それからは、夏樹が中心になって相内に話題を振って、後半は相内が俺に色々と質問をしてきた。
「趣味は何ですか?」
「音楽を聞くこと」
「好きな食べ物は何ですか」
「りんご」
「かっ…可愛っ…!」
「好きな動物は」
「んー…猫?」
「ふぉっ…猫っぽい…!」
恥ずかしそうにしている割には、すごい勢いであれこれ聞いてくる。真っ直ぐな奴だ。
「兄弟はいますか?」
「いや、一人っ子」
「なるほど…!」
「ちなみに正太くんは?」
しばらく俺と相内のやりとりを聞いていた夏樹が会話に入ってきた。
「うちは姉ちゃんが一人います」
「あ〜ぽいね!お姉ちゃんは正太くんと似てるの?可愛い系?」
「いえ…姉ちゃんはおれと全然似てなくて、美人です」
え〜今度紹介して!と夏樹が盛り上がったところで、バスに乗る相内と、電車の俺と夏樹で道が分かれた。
「じゃあね、正太くん」
夏樹がひらひらと手を振ると、相内は真面目な顔で俺たちに向き直った。
「あの、今日はありがとうございました。すごく、すごく楽しかったです。今日の事、絶対忘れません」
そう言ってぺこりと頭を下げた。
「ちょっと大袈裟〜。また一緒に帰ろ」
「えっ」
夏樹の言葉に相内は驚いて、でも申し訳なさそうに俯いた。
「嬉しいですけど、なんか、気を使わせてしまって申し訳ないです…瀬名先輩、嫌ならはっきり断っても大丈夫ですので…」
「別にいいよ」
そんなに必死に、思っている事を全部正直に言わなくても。
「逆に黙って見られると気になるから、学校でも普通に話しかけてくれていいのに」
「!いいんですか…?」
ばっ、とすごい勢いで顔を上げる。
大きな目をキラキラさせて、顔を真っ赤にして。
本当に嬉しそうに相内は笑った。




