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colors  作者: sarami
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4. blue film

「・・相内」

瀬名先輩が、至近距離でおれを見つめている。

恥ずかしくてぎゅっと瞑った目元を、先輩の長い指が優しく撫でる。

触れられた皮膚からじわじわと熱が広っていくのがわかる。

「相内、こっち見て」

いつもより近くで鼓膜を震わせる声に気絶しそうになりながら、おそるおそる目を開ける。

先輩の黒い瞳に、顔を真っ赤にして硬直した自分の姿が映っている。

近っ!何これどんなご褒美?

もしかしておれ、天国にいる?

固まるおれを見て優しく微笑むと、先輩はさらに顔を近付けておれの真っ赤な耳元に唇を寄せた。


「ねえ、触ってもいい?」


「ーー!ーー!!」

耳に直に流れ込んでくる極上のボイスに

声にならない悲鳴が上がる。

先輩が、おれを襲、な、何てことを!

ダメだ、倒れそう、でも倒れてる場合じゃない。倒れてこのチャンスを逃したら一生後悔する。

ここは覚悟を決めて、男らしく、


「お願いしまーーすッ!!」



叫びながらガバッと起き上がったのは、

いつもの自分の部屋のベッドだった。


あ・・夢・・

がっくりしたのも束の間、自分の身体に違和感を覚えておそるおそる布団をめくる。

「嘘・・」

そこにはべっしょりと濡れて色が変わったパジャマのズボンが見えた。



放課後、準備室で偶然先輩と会った日。

あの日から、おれは変な夢を見るようになってしまった。

自分の部屋を出て、足音を立てないようにそっと階段を降り、廊下を進む。静かに洗面所に入るとドアを閉めて、パジャマのズボンを取り出した。

大丈夫、まだ朝の5時だもん。

家族は誰も起きてこない。

パジャマに水をかけて、汚れをごしごし洗い流す。

それにしても、夢の中の先輩、色っぽかったなあ…あんな声で耳元で囁かれたら、おれ、変な気持ちに…


「何やってんの?」

「ひぃい!」


鏡に映っていたのは、腕組みをして、開いたドアにもたれかかる姉ちゃんだった。

「ね…姉ちゃんなんで…」

慌ててシンクの中の汚れたパジャマを体の後ろにさっと隠す。

「何で、って今日は仕事が朝番だからだよ」

姉ちゃんは、おれの後ろを覗き込んで、腕を組んだまま見下ろした。

「ふーん」

7歳上の姉ちゃんはおれよりも背が高い。はっきりとした顔立ちで、弟のおれから見ても美人だ。

少し眦の上がった目に見つめられて、気まずくなる。

パジャマ洗ってるの、見られた。

こうなったらトイレに間に合わなかったと誤解された方がマシだ。

「あ、あの…姉ちゃんこれは…」

「大丈夫。母さんには言わないよ」

「え?あ…」

ばれて…ない?

ところが姉ちゃんはニヤリと男前な笑みを浮かべた。

「可愛い正太もいつの間にか大人の階段を登ってだんだね。で、相手は誰?誰の夢見てたの?」

「夢っ…えっ…」

やっぱり、ばれてる。

グイグイ来る姉ちゃんの迫力に押されて、おれは仕方なく答えてしまった。

「高校の…先輩」

「へーあんた年上好きそうだもんね。どんな子?」

「すこく良い声してて、あと、優しくてかっこいい…」

思い出してますます頬が火照ってしまう。

「あー男か…へーそいつがうちの正太の初恋を奪った、と」

「そいつって…おれが勝手に好きになっただけ、だし」

「今度そいつ家に連れて来な。正太に相応しいかどうか姉ちゃんが見てあげるから」

「姉ちゃん、まだそんな仲じゃないからっ」

焦るおれの頭にぽん、と手を置いて姉ちゃんは出て行ってしまった。

姉ちゃんは航空整備士として空港で働いている。男の人が多い職場でもバリバリ働いていて、男前でかっこいい。おれには似ていない、自慢の姉ちゃん。

職場に同性同士のカップルがいるみたいで、晩御飯の時とか、たまに話を聞く。

だからなのか姉ちゃんは偏見がないみたい。良かった。


鏡に映った自分の顔を見る。

生まれつき茶色い髪は寝癖がつきやすくて、お風呂の後乾かさないで寝ると鳥の巣みたいにぐちゃぐちゃになる。

かっこいいとは程遠い、幼く見える顔。

かと言って、女の子と見紛うような綺麗な顔立ちでもない。

鏡の中の自分にため息をつく。

おれも姉ちゃんみたいに背が高くて、綺麗な顔だったらもっと自信を持って先輩に話しかけられるのに。

でも、自分のことが嫌いで誰かの真似をしてみても、それは本当のおれじゃない。

いつか、本当の自分を認めて、好きになってくれる人が現れるのをずっと待っていた。

だから、瀬名先輩が「そのままでいい」って言ってくれた事がすごく嬉しかったんだ。

先輩は何気なく言っただけでも、俺にとっては、特別な言葉だったから。

先輩にとっておれは、たまに見かけるだけの、ただの後輩。

それでも…

「また、話したい、な」


今日は土曜日だから、先輩に会えない。

おれはパジャマのズボンをぎゅっと絞った。


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