2. colored
はっと我に返った正太は、パニックになった。
「あ、怪しい者じゃないんです!歌ってる声、素敵すぎて、びっくりして‥」
何も言われていないのに、言い訳めいた言葉ばかり出てくる。
ヘッドホンを外したその人が、口を開いた。
「え、歌ってたの、聞こえてた?恥ずっ」
(うわー!)
喋る声まで、すっごく良かった。
耳がくすぐったくて、ドキドキする。
彼の発する一音一音が身体中にじわじわと沁み渡って、顔が熱くなっているのがわかる。
やばい、まただ。
赤い顔、見られてる。
恥ずかしい。
歌っているのを盗み聞きして赤くなるなんて、気持ち悪い奴だと思われたらどうしよう。
「すみません!おれ、いつもすぐに顔が赤くなっちゃって、変ですよね?今も声を聞いていたら、勝手にこうなって…でも自分ではどうしようもできなくて、だから、その‥」
焦るあまり、自分でも何を言っているのかよくわからなかった。
もっと上手く言い訳をしたいのに、頭の中がぐちゃぐちゃで、ちゃんと喋れない。
焦れば焦るほど全身が熱くなって、でも逃げることもできず、情けない顔を見られたくなくて、ギュッと目を閉じて制服の袖で顔を隠す。
「こんな顔、恥ずかしい‥」
‥泣きたい。
「何で?いいと思うよ」
「‥え?」
恐る恐る目を開けると、その人は変わらない表情で真っ直ぐにおれを見ていた。
「俺、表情があまり変わらないから、『何考えてるのか分からない』ってよく言われるんだよね。だから、表情豊かで分かりやすいのって、いいと思う。そのままでいいよ」
そのままでいいなんて、初めて言われた。
慰めとか、その場しのぎで言っているようには思えないまっすぐな声。
あんなにずっと悩んでいた事が、この人に、この声で言われるだけで、小さくなっていくような気がした。
…気にしなくても、いいのかな。
本当に?
顔を隠していた手を下ろす。
「…ありがとう、ございます」
「いえいえ」
その人は何でもないことのように答えて立ち上がった。
自分の中で何かが変わった事に初対面のその人が気づくはずもないけれど、きっとおれは、今の出来事を一生忘れないような気がした。
行ってしまう。
そう思うと、咄嗟に声が出ていた。
「あ、あのっ!」
おれの前を通り過ぎようとしていたその人が、立ち止まって不思議そうにこちらを見る。
「おれ、一年の相内正太って言います。なまえ‥名前聞いてもいいですかっ」
その人の唇がゆっくり開いて、言葉が発せられた。
「三年の、瀬名康輔です」
「瀬名、せんぱい・・」
誰もいなくなった中庭で、何度も名前を呟いては、頭の中で先輩の声を思い出す。
優しくて、耳をくすぐるような、先輩の声。
瀬名先輩の声が、言葉が、表情が、
すべてが頭から離れなくて、正太は予鈴が鳴るまで時間を忘れて中庭に立ち尽くしていた。




