75.天秤教
私もケ●タが食べたい…
早朝、樽5個にいっぱいの聖水を作り、錬金部屋に置く。商品を店のバックヤードに転送し、自分も転移して在庫の整理をしたら、帰宅してオートモードを発動させておく。
昨日の夜、リシュにドレッシングと、ハンバーガーのバンズを会計する場所に置いて販売する事を提案してみたら、大量のドレッシングとバンズを渡された。容器と包装ね。ドレッシングの入れ物をプラスティックで作り、バンズの入れ物はビニールで。ドレッシングを小分けして、バンズの袋の口を錬金で閉じて行く。リシュに渡してフロントに設置して貰う。余りはバックヤードだ。
この作業もオートモードに登録はしておくが、リシュに追加を頼まれない限りは作らないように設定しておく。
リシュは朝から色んな料理を仕込んで、店のバックヤードにメモと一緒に置いてきているようだ。
料理人が育つまでまだ手が離せないようだ。すまん。
少し余った時間でサンライズとブレスを撃つ。最近の早朝修練はなんだかこんな感じで過してしまう。
勿論飲食店協会の人が来たが、既に協会に登録済みである事を話すと、肩を落として帰って行った。
悪いけど、この世界の食事情を考えると、既存のギルドに入る旨みがない。むしろ搾り取られそうな予感しかない。
朝食を食べたら、学園に向かう。最近は忙しいので、リシュ謹製ではなく、料理長の手作りだ。料理長も、リシュのおかげで腕が上がっているので楽しみだ。
学園に着くと、私とリシュの店の話題で盛り上がっている中、ナシュラさんは泣きそうな目で私を見る。
そっと抱き締めて、「もう気にしなくていいよ」と小声で言うと、何度も頷いた。
「あっ…抱き締められてる…抜け駆け良くないです!」
私のファンクラブ?の1人が言うと、他の子も同意している。しょうがない。1人づつふわっと抱っこしてやる。
「きゃぁあああ♥マリエールさんのハグですわあああ」
と、黄色い声が上がる。苦笑して最後の1人を抱っこした。
女性ばかりなのに、黒曜が微妙な表情でこちらを見ている。しょうがないヤツだ。黒曜にはむぎゅっとした抱っこと頬に軽くキスを贈る。漸くご機嫌が直ったようだ。少し頬を火照らせて嬉しそうに笑っている。
「あ…尊い…尊いですマリエールさん…!」
やめろ、皆で拝むな!
ナシュラさんは、このノリに付いていけないのか目を白黒させている。
うん、付いて行けないままでいてくれ。自分もファンクラブに入るとかよしてくれ。
「マリエールさん~~~どうしてもビューラーが売り切れてばかりで買えませんの、なんとかならないですか?」
ビューラーはまだ全然足りないようだ。ちょっと鍛冶屋のオヤジに相談してみよう。
「一応、製造元に確認はしてみるけど、期待はしないで…。若しくは3日おきじゃなく1週間置きにして一回の分量を増やすとか、色々考えてみるよ」
「ね、マリエール。マニキュアも欲しい。色展開は出来るだけ多目で」
便乗したアディが乗っかってくる。やめろ!これ以上増やす心算か!
「あ~~~~、時間が出来たらな」
正しくは、勇者を撃退した後なら、という事だ。2ヵ月後も迫ってきている。あと2週間程でやってくる。その準備だってして置きたい。
口パクでゆうしゃ、と伝えると、アディは驚いた顔になった。アディはどうやら色々有り過ぎて勇者の事は忘れていたようだ。口パクでごめん、と返って来る。
しかし世界は無情なのだ。アディの発言に目を輝かせたお嬢様達が、マニキュアの言葉に反応して集って来ている。
困った顔のアディは、誤魔化しても無理だと悟ったように、マニキュアがどんなものかを説明している。
「いつから販売ですの!?わたくしピンクが欲しいですわ!」
「私は濃い目のローズがいいです!」
「私は黄緑色なんて可愛いと思いますわ!」
「まあ!それならオレンジや水色なんかも…」
当たり前のように私に集って来られてしまった。申し訳なさそうに言う。
「ちょっと込み入った事情があるので、月末くらいからでないとそういう作業は出来ないんだ。悪いんだけど待ってて欲しい」
「そうですの…少し先になりますのね…」
「うん、だから話題にも上げてなかったのに、このうっかりさんが」
「アディさんにもうっかりすることがあるのですね」
「そうだな」
「――が、そのうっかりさんが自分で頑張るなら明日にも出来るかもしれないけどな」
ふふ、と笑い合ってなんとか穏便に済ませる。大体、カフスを渡したんだから自分で作れるだろうに。
キッとアディを見ると、汗を垂らしながらも何の事か解らない、という顔をしている。目がめっちゃ泳いでるぞ。
すっとアディの腕を取り、人の居ない壁際で壁ドンしてやる。
「お前ねえ、錬金10でカフス付けてるんだから、自分でやれるだろ。今回のマニキュアはお前が作ってみなさい!」
「えっ…あんなしんどそうな作業を私が!?」
「そのしんどそうな作業を今迄どれくらい私に押し付けてきたか解ってるよな?色展開だけは色々あるけど、マニキュアはもう面倒見ない。お前が作りなさい!解ったね!?」
「うう…はい…ごめんなさいマリー…」
しょんぼり萎れて涙目のアディ。自業自得なんだから本気で面倒は見ない。
オートの私が全釜を使ってるかもしれないから、釜もいくつか自力で買って部屋に持ち込むように言っておく。
「6万個くらい作ったら多分【極】が生えると思うから、それまでは手作業で頑張れ」
「うわぁ~ん、何その数~!」
「沢山色展開するならすぐ数なんてこなせるんじゃないか?」
嘆くアディは自業自得なので放っておく。シュネーがご機嫌取りに行ったが、私に面倒を押し付けようとして失敗した事を聞いたのだろう。呆れた顔で頭をぽんぽんしていた。
黒曜はお疲れ、と言って私の頭を撫でてくれる。
あと2週間だ。ラストの3日を計り間違えないようにレベル上げに行かねばならない。
再来週の後半だ。
「なんか爆弾でも作る?」
「いや、それより魔法の方が強いだろうな」
「そっか…強い魔法をいくつか魔石に封じて、開封って言って投げるだけで魔法が発動、ってのはどうかな」
「それならそなたの魔力攻撃力に耐えられる魔石探しをしないとな」
「いくつか今までのボスで取れた魔石ならある…大抵は魔法と纏龍技で割れちゃうんだけど無事なのもあったから」
「じゃあまずそれに篭める魔法を決めないとな」
「そうだな。やっぱり詠唱が長い単体魔法を篭めたいな」
「家でやると失敗したときに酷い事になりそうだから、薬草摘みがてら草原か山の中の人気のない所でやるのがいいだろうな」
「今日は法王とちょっと話したい事があるから、薬草とトウダイソウを摘むだけにしよう」
「そうか。なら魔法を篭めるのは明日にしようか」
「うん、まあ大体篭める魔法なんて決まってるんだけどね」
「そうだな。極魔法を2種類。じゃないか?」
「御名答~」
昼食時に、私に作業を押しつけようとしたアディの悪巧みがバレて、全員が呆れた顔になった。
「アディ~、そもそも欲しいのは自分なのに、なんでマリーに押し付けようとしたの~?」
「うう…カフスあるし錬金10だけど、マリーほど巧みに錬金する自信なかったから…」
「そんなものは、失敗してどうにもならなくなってから頼るものでしょお~?」
おお同じ早朝制作組のリシュが怒ってる。流石リシュ神様…拝んでおこう。
バスケットを開いて中を見ると、うおおケ●タメニューじゃないですか!!え?これレストランに置くの?通っちゃいそうなんだけど。ビスケット美味いんだよなー。
「リシュ!有難う!私ケ●タ凄く好きだったんだ!」
「ちょっと厨房でアドバイスしただけよ~?貴女ビスケット大好きだったでしょう?メイプルシロップも持ってきてるわ~」
キラキラした笑顔でビスケットに齧りつく。美味い!さくさく感が堪らない!私はハンバーガー派じゃなくてビスケット+チキン派だった。チキンに齧り付くと、じゅわっと肉汁が溢れる。ちゃんとケ●タの味がする~!リシュも料理長も凄い!カロリーの事は一旦忘れて、チキンを貪ってしまった。ビスケットも2個食べた。食べた後はクリーンを掛けておく。
他の皆も、ハンバーガーやチキンを美味しそうに食べている。
「美味しかった!レストランでも出すのか?いや出そう!」
「そう言うと思ってメニューに書き足しておいたわよ~」
「やったー!食べたくなったら買って帰ろう♪」
「お持ち帰り用の容器は置いてないわよ~?」
「入れ物持参じゃダメ?」
「そうね~、入り口にも書いておきましょう。入れ物持参の方は持ち帰り可って~」
「よしよし、やったね!」
黒曜が喜ぶ私の頭を凄い勢いで撫でてる。何があった!?
そして放課後、材料を買い、薬草とトウダイソウをたんまり摘んだ私達は家に戻った。
出来上がっている商品をバックヤードに転送し、整理する。家に帰ってオートにまた同じ指定をして、聖水を追加しておく。
法王より先に鍛冶屋へ行き、生産量を上げられないか相談する。凄く頑張ったら3日で2万個作れなくはない、と言われ、徹夜をしない前提での最大数を、と返す。徹夜しないとなると3日で1万個が限界だそうだ。暫く、店が落ち着くまでその量で納品して欲しいとお願いすると、少し考えてから了承してくれる。
「最近は、お前んとこで売ってるビューラーが此処で作られてるって情報が漏れたみたいでなあ。直接うちで買おうとする人間が増えておるんよ。断ってるんだが段々人数が増えてきて困っとる。」
「あちゃ~…。でも納品数が増えればそういう人にもちょっとづつ行き渡ると思うんだ。申し訳ないが頑張って欲しい。――聖体守護。この店に直接ビューラーを求めてきた者は入れない。鍛冶屋を浚ったり危害を加えようとするものも入れない。鍛冶屋を守れ!」
「ほいほい。わざわざ結界まで。ありがとな。ちいと頑張って作ってみるわい」
「頼んだ!」
転移で戻ると、ケイタイで法王に連絡を取る。2つ返事でこちらに来てくれるそうだ。一応リビングにお茶菓子とお茶を用意しておく。すると私の部屋でごそっと音がする。何処に転移してくれやがりますか!私の寝室ですか!ちょっとは悪びれろ!
「聖女ちゃんの部屋がいい~」
と、ごねる法王を宥めながら、リビングに移動。お茶菓子を食べながら紅茶を飲む。
途中で「あ、抜け毛…」と言いながら私の髪を採取してたのはきっと気のせいだ。
リビングには黒曜も居る。ほんとに何処でも一緒だな黒曜は。
「で、話なんだけど、天秤教に襲われた。何か知ってるか?」
法王が危うくお茶を噴出しそうになって堪えた。
「げほ、けほっ。天秤教!?うわあ…実在したんだねえ。世を善悪同量にしてつりあいが取れるようにしたいのさ、天秤教はね。でもそんな事になったら世の中世紀末だよ。人間の半分が悪人なんて。効率がいいのか、大体は力の大きな善を持つ者をずっと駆逐して回ってる。女神も女神教も、天秤教は悪であるとして、敵対してるんだけどね。何せ悪も肯定する神だけに手段を選ばないのさ」
「なあ、一つ聞きたいんだ。人類のレベルを99でストップさせてるの、その神なんじゃない?」
法王は優雅に茶菓子を口に入れる。
「良く解るね。大分昔の出来事だよそれは」
「私はそれが嫌だと思ったんだ。撤廃するにはどうしたらいい?」
「天秤の神自身が撤廃するか、神を滅ぼすか。今の所そんな手しかないんだよね。女神が全力を出せば解けるとも思うけど、そんな事で消耗しちゃうと、天秤が創生主の座を奪いに来るだろうしね。そうなると目も当てられないので、女神も歯軋りしてるとこだよ。まあ、普段は眠りについてるけど、別の次元で眠っているようで場所が解らないのさ。で、数世紀に1度起きては善を滅ぼしてまた眠りにつく。解ってるのはこれくらいかなあ」
はあー、と詰めて息を吐き、呟く。
「そんな神、滅ぼしたいな」
「ん――、女神よりは弱いよ?でも今の聖女ちゃんのステージじゃ天秤の足元にも立てないね。覚悟決めて上位神になる気があるなら倒せるかも?」
「下界で暮らせるなら、上位神、なってやってもいい」
チラ、と黒曜を見ると頷いてくれる。
「暮らせるよ。暮らせるけど、力を抑えるのに必死になるから、他の人と戦力変わらなくなっちゃうけどいいの?」
「なるべく威圧や魔力は体の中に仕舞いながら暮らしてるが、これがもっと酷くなる、というだけなら其処まで戦力低下しないと思うんだが」
「うーん、こればっかりはなって見ないと解らない部分が多すぎるねえ。それにしても結構神格上げてるんだね。意外だよ」
言われてステータスを見れば、太陽の女神という表示に変わっている。太陽魔法か!太陽魔法の所為か!!
「そっちの黒曜君もね」
太陽の夫神、となっていた。なんてギラついた夫婦だよ。
「まあ。最終的には神格もパラメータも上げて、天秤の神に挑む、って事で…今すぐって訳にはいかないもんな」
今は取り合えず、勇者を迎え撃たなくては。
「レメストラスはまた出てきた違う方の勇者って知ってるか?」
「ああ。あの子の事かな。なんかおかしな宗教団体に入ったと思ったけど、天秤教かも知れないね」
「そんなとこで繋がってくるのか…やっぱダメだアイツ…殺さずに済まそうかと思ったけど無理そうだな」
「聞いたトコ、そうでなくても性格的にアウトじゃないかな。無理でしょう、殺人に快楽を覚える強い者を放置なんて。」
「…ああ…そういや快楽殺人者って書いてあったな、ステータスに」
ソルデで逢った時には会話も出来る普通のヤツに見えて、ちょっと勇者像が曲がってしまったようだ。
ソルデで逢った時以外は目的達成の為なら手段も選ばない奴だった。
「あー…あっちもこっちも騒がしくて、ゆっくり出来ないのがしんどいわ」
思わず愚痴を零す。黒曜の大きな手が私の背をゆっくり擦ってくれる。
「1個づつ片付けるしかないか。まずは勇者だ」
「そうだな。一歩一歩、堅実に片付けて行こう」
法王に手土産のリシュのクッキーを渡すと、そのまま転移で消えて行く。
天秤教を警戒しつつ、来週半ばからはレベル上げだ。
お昼は私情が入ってしまいましたwもう何年か食べてないので食べたいですケ●タ。
さて、そろそろ勇者戦の為のレベル上げデートがやって来ますね!
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