閑話9
ファムリタさんの現状です
●ファムリタ
あたしに宛がわれた黒曜様(仮)が偽者だと言うのは直ぐに解った。役者が大根だったからボロが出まくりだったのだ。それでも外見が黒曜様だと言うのが嬉しくて、何度も甘い言葉を囁かせた。王子への意趣返しに山のような宝飾品とドレスを買った。国家予算に匹敵するだけの買い物ってちょっと加減が解らなかったので、目に付いたものは全て買うことにした。キラキラの宝飾品とドレスに囲まれるとうっとりする。本物の黒曜様ならば、こうは行かない。自身が好きに使えるお金がないのだ。そんな事も解らずに偽黒曜を宛がった王はバカだと思う。
しかしそろそろ飽きてきた。大体黒曜様に化けるだなんて不遜もいい所だ。一度そう思ってしまうと、偽黒曜の一挙手一投足が鼻につくようになってくる。ダメね。こんな玩具で長く遊べる筈もない。
パズスはどうしているのかしら。随分と音沙汰なしだ。聖女の首ひとつ取ってくるだけの事に、一体どれだけ時間を掛けているのか。イライラしながら、白オパールで出来たチョーカーを指先で撫でる。
せめて進捗くらい寄越せないのか。今白い雷があたしの上に落ちてきたら誰があたしを守ると思っているんだろう。
どうにも落ち着かない。あたしの発する瘴気がこの国を潤して、旱魃で干上がった畑が潤った、などと言われても、何であたしにそんな報告をするのかも解らない。平民がどうなろうと、あたしの知った事ではない。
王が暇つぶしの為に寄越してきた中に、酷く古い文書があるのに気付いた。こんなものをあたしに寄越して興味でも持つと思ったのか…
ぱらりとその文書を捲くると、勇者召喚という文字が眼に入る。
勇者。そう、勇者と言えば聖女がお約束だ。黒曜様を諦める気はこれっぽちもないけれど、この勇者とやらが手に入ればやれる事も多くなる気がする。
偽黒曜には、似ていない罰として鞭打ちをくれてやった。悄然とした黒曜様の姿も素敵だわ。
「えーと、何々、聖なる血を使い、陣を書き、贄を捧げる。呪文は…」
聖なる血って勿論聖女であるあたしの血よね。痛いのは嫌なんだけど、仕方がない…
指先をナイフで切って、陣を描く。3回も切る羽目になった。ヒールが使えなくなったのは誤算だったわ。
贄ねえ。鞭打たれて縮こまっている偽黒曜を陣の真ん中に蹴り飛ばす。
「今こそ来たれ、敵討つ者。あたしの願いを聞き届け、異世界より出でよ。勇者召喚!」
次元がぱくりと割れて人型の者を吐き出すとすぐに閉じる。勇者は霧の様なものに囲まれていて良く見えない。
霧に霞んではいるが、偽黒曜が木乃伊の様になって息絶えているのは解った。
「アンタか。俺を呼び出したのは…丁度魔王退治なんざ面倒だと思って見張りの仲間を皆殺しにしてた所だ。こんな初心者用の邪悪な召喚陣で呼び出されるとは俺の格はまだまだ低いって事かね。なァ。邪聖女」
返り血に塗れ、漆黒の鎧を纏う勇者は、とても勇者には見えない。鎧を着た殺人鬼のようだ。
「だ…誰が邪聖女よ……あたしは神聖な聖女よ。見て解るでしょう?」
「見て解ったンだよ。アンタの傍には瘴気が蟠っている。地に堕ちた勇者、と呼ばれた俺が心地良いと思える程だ。さぞかしアンタの魂は薄汚れて真っ黒なんだろうなァ。気に入った」
否定したい。だが怖い。改めてファムリタは自分の戦闘力のなさに気付く。あくまであたしが主で相手を従者に据える気で居たが、逆になる可能性が高い。
「俺の女にしてやる。光栄に思っていいぞ」
「あたしは黒曜様のものだわ!アナタのものにはならない!」
「丁度イイとこにベッドもあるじゃねェの。アンタもその気だったんなら話は早ェ」
「違う!嫌だ…嫌だ触れるな!あたしに従え!!」
「…なんだこりゃ。赤子の方がマシな力を持ってるんじゃねェの?」
手首を片手で拘束され、ドレスはもう片方の手で破られながら剥かれる。
――黒曜様!黒曜様!!助けて黒曜様―!
だが、勿論黒曜が現れる筈もなく、泣き喚くファムリタの元へ、焦った顔をしたパズスが現れる。
「我が愛し子に無礼を働く者よ。疾く失せろ!」
ファムリタを拘束する手を矛で穿とうとするが、するりと勇者はその手を逃れてパズスに相対する。
ファムリタは慌ててパズスの後ろへ隠れる。
「この国の聖女と知っての狼藉か!この痴れ者が!」
「知らねェーよ。その女が俺を呼んだんだ。まずは体から頂くのが礼儀ってェモンだろーがよ」
「聖女に仇為す者に鉄槌を!瓊矛嫦娥!」
月の様な円を描いたかと思うと、その円状の中から100もあろうかという矛の乱れ突きが飛ぶ。
それを避けた勇者がニヤリと笑う。
「へェ…アンタ一応神だろ?俺に殺されても構わないのか?遠慮しないぜェ俺は!」
無拍子。
なんの前触れも構えもなく、唐突にパズスの体が袈裟切りに切れて血が溢れる。
「なっ…」
魂の状態で体だけ学園へ置いたまま此方へ来ているパズスは焦る。深い傷を負いすぎると体に戻っても中の魂が死んでしまうだけだ。
「誰も俺の剣戟に気付かない。気がついたら死んでる、ってェ有様さ」
「くっ…」
喋っている間にも、腕や足、肩に斬撃が走る。急所を狙わない辺り、遊んでいると思われた。
パズズは傷だらけの上に、詠唱する暇もない。揮われる剣が見えない。
どうしようもなく、パズスは体へと戻らざるを得なかった。
ふっとパズスが消えたその場を見て、面白くなさそうに勇者が唇を突き出す。
「これからが血塗れショーの面白い展開になるっちゅーのに、駄犬がよォ」
そのやりとりを呆然としながら聞いていたファムリタは固まった。
もう、その身を守る者は居ない。
勇者に無理矢理に体を開かれ、ファムリタは泣きながら気を失った。
それからのファムリタは、気が向けば勇者の玩具にされ、体が愉悦を拾うことを止めることも出来ず、良く泣くようになった。何度もパズスが助けようと来てくれても、勇者は大体横にファムリタを侍らせ、ファムリタを独りにしない。毎度も撃退されるうちに、パズスは気付く。自己防衛なのか、段々ファムリタは勇者の側に付き、自分との繋がりを鬱陶しく思いつつある事を。勇者の下に自ずから侍り、抱かれる事を楽しむようになった事を。
「なァ、もう諦めなよォ。お前の相手すんのも飽きたしな」
「そうよ、パズスじゃ勇者様に勝てる訳ないのにね」
「お。解って来たじゃん?俺が一番強いんだ。そうだろ?」
「ええ、勿論!」
それ以来、パズスが顔を見せもしない事など、ファムリタは気にしなかった。
ストックホルム症候群を発症し、ファムリタは勇者を受け入れた。勇者の言う事は全て正しい。そして自分はそんな絶対者の――女、だ。こんな体で黒曜様に合わせる顔はない。それでもマリーだけでも道連れに殺して遣りたかった。
「ねえ、勇者様?いつも私を邪魔する酷い女が居るの。殺して下さる?」
「可愛いお前の言う事だ、そのくらいは朝飯前ってヤツだな――でも、ペナルティだ。お願い事はベッドの中で聞く、っていつも言ってるだろうがよォ」
ファムリタは即座にベッドに押し倒され、後には情を交わす艶めいた声が響いた。
「旅行、ですの?」
「ああ、ずっと篭ってるのも飽きた。あちこち観光に行きたいなァ」
「あ…あの…お約束…、は」
「ペナルティつったろォがよ。旅に満足したらやってやるから心配すんなよォ」
「あ……はい。解りましたわ」
「何?不満があるわけ?」
「まさか!成就の時を思って少し感動しておりましたのよ」
「あっそ。不満があるならいつでも言えよォ。苦しまずに逝かせてやるからよ」
「はい…」
そんな理不尽な扱いでも、笑みを返す事をファムリタは覚えた。自分はこの勇者の虜だと自分に言い聞かせる。
もう、黒曜様に合わせる顔がなくても。
もう、黒曜様と婚姻できなくても。
――せめてお前だけは道連れだ、マリエール・フォン・サリエル…!
ちょっと閨事に触れてますが、描写はしてないのでセーフかな。しかしファムリタさんの人生色々有り過ぎて凄いなあ。
読んで下さってありがとうございます!少しでも楽しく読んで頂けたならとても嬉しく思います(*´∇`*)もし良ければ、★をぽちっと押して下さると励みになります!