55.聖剣の試練
聖剣さん、出番ですよ
聖剣を一度学園に持ってきた以外、シュネーが腰に佩いているのはいつもの剣だ。剣が喋らないって素晴らしい事だと私は思う。
うちの黒神竜の剣も喋らなくて良かった。うん。
――姦しい剣であったが、一応賢意剣とは稀少なものの筈だがの。あれだけ騒音を撒き散らされては稀少さも霞むというものじゃな
「お。漆黒もそう思うか。一応憧れの1つだったんだけどな、賢意剣。もう憧れは汚されてぺちゃんこになったわ」
――長く在るものほど意識は悠久にのんびりとしたものとなる筈なのにのう。多分アレの精神は12歳ほどで止まっておるわ。封印の副作用かも知れんな。位階が上がればもう少し落ち着くやも知れんぞ。
「あー。小娘みたいな喋り方から大人になるって事か。それはシュネーも有り難がるんじゃないかな」
弾丸みたいなトークから少しでも落ち着けばいざという時に気勢を削がれたりせずに済むと思う。
ていうか、普通に賢意剣って必要な時にだけちらっとアドバイスをくれる便利な剣のイメージだった。
ちょっと気になるのは、パズスだ。2~3日に1度、魂を飛ばしては傷を負って帰ってくる。段々と表情も落ち着きがなくなって行く。一体何してるんだ?いや、絶対巻き込まれたくないから訊かないけど。
そして、迂闊にこちらに近寄ってくる事がなくなった。自国のトラブルでいっぱいいっぱいのようだ。
私の推測では黒曜を浚うか私を殺せと命令を受けていると思っていただけに拍子抜けだ。
多分ファムリタ関係なんだろうけど…ご愁傷様としか言いようがない。
さて、週末。全員が城の一角に集まっていた。聖剣の試練だけに、シュネーは嫌そうな顔をしつつも聖剣を佩いている。
『人数が多すぎるわ。5人までに絞って頂戴』
シュネーは悩んだ末にアディ・リシュ・私・黒曜を選んだ。
『じゃあアタシをそこの切れ目に差し込んで!』
言う通りにシュネーが剣を壁の隙間に開いている薄い穴に差し込む。
ゴゴゴ、と城壁が割れ、洞窟が口を開いた。
『此処は全5層。その代わりに雑魚はいないわ。ボスだけで構成されてるから気をつけてね!――で、さっきの話の続きなんだけど――』
重要な事だけ話してくれれば有能に見えるのに、本当に残念な聖剣だ。
1F,薄暗い通路を通ると、施錠された扉が見える。
『此処も、私を其処の石壁の隙間に差し込んで』
言われた通りにすると、扉からガチン!と音が響いた。
意外な事に、ダンジョン内では無駄話の頻度が急激に下がる。命を懸けた鉄火場という事が解っているからだろうか。
『ボスにトドメを刺せるのは聖剣だけだから、気をつけてね!』
と、いう事は、どんなオーバーキルを仕掛けても、瀕死にしかならないという事だ。新魔法の試し打ちには持ってこいだな。
ふいっと黒曜・アディに目を向けると小さく頷いた。リシュにはこの手は通用しないので、小声でアディが耳打ちしている。シュネーに向けて「試すぞ」と言うと、頷いた。5層なら一人1回づつ試し打ちが出来る。
第一の敵は毛の長い大きい猿のような外見だが、胸から腹に掛けて人間のデスマスクが浮かび上がり、各々苦鳴を漏らしている。
「ギィイ…エモ、ノ。ヒサシ、ナ」
ギヒ、ギヒ、と笑いながら戦闘態勢を取る魔物。詠唱が邪魔されぬよう、私が前に出る。シュネーが唱え始めた。
「――時よ。戻れ戻れ、かの者が生まれる前に戻れ。無明在断!」
ボスが硬直したかと思うと瞬く間に質量を失い、小猿へと変化する。其処でシュネーは魔法を打ち切って聖剣で留めを刺した。すると、敵の死骸からふわっと2つの光の玉が浮かび上がり、聖剣に吸い込まれていく。
ゴゴゴ、と音を立て、次の部屋への通路が開く。同じように、石壁の隙間に剣を入れて次の間の扉を開く。
次の間に居たのはのっぺりとした白塗りで、顔が存在しない魔物だった。腕が6本あり、蜘蛛のような動きで部屋中を天上や壁も構わずに同じ速度で動いている。良く目を凝らすと、蜘蛛の巣が幾つか仕掛けてある。私は皆に迂闊に動いて絡め取られないよう警告する。次はアディが詠唱の邪魔をされないよう、蜘蛛人間に向き合って警戒する。
「――闇の牙よ、光をも喰らい尽くせ!架陣闇顎鋲!!」
バッとアディの周辺に黒球が散らばり、全て蜘蛛人間に殺到する。アディはなんとか威力を調整しようと脂汗を掻いているが、トドメを刺せるのは聖剣だけだという事は通常の手段ではうっかりトドメを刺してしまう危険がない。
でも、調整出来る様になるという事は自在に操れるようになるのと同義の為、私はアディを止めない。
アディの奮闘も空しく、蜘蛛人間を追尾しながら其の体を削った黒い玉は、最後の一欠けらも残さず削りきった。
「あーやっちゃった…」
しかし、核となる心臓が復活し、それを肉が取り巻いて完全に復活しようとする。
まだ心臓が見えているうちに、シュネーはそれを斬る。復活が止まって筋繊維が剥き出しのままソレは息絶えた。また二つの光がふわっと聖剣に飲み込まれる。
『久々の戦闘、楽しいわ~♪もっと闇を斬り捨てたい…!』
ゴゴゴ、と扉が開く。同じ手順で次の間に移動する。
大きな黒い蜥蜴のようなものが槍を手に立っている。直ぐにシュネーに槍を突きこもうとするのを刀で弾く。苛立たしげに蜥蜴がこちらを睨んだ。
結構な速度でガツンガツンと攻めてくるのを防ぐ。詠唱はリシュだ。
「影よ、本体を喰らえ。主従を逆転させろ、影殺:転影技天網!」
その瞬間、蜥蜴の影に歯が生え、足元から喰らいついた。
「!?~~~~!!%$#&-!!」
何かを叫んでいるが、血塗れの蜥蜴の断末魔にしか聞こえない。やがて片手だけ残して喰らい終わる。
「…手じゃダメだったかしら~」
こちらもアディの時同様に、心臓から復活し、肉を纏おうとする。それを赦さずシュネーが心臓を断つ。光が2つ、また聖剣へ吸い込まれた。
出口から次の入り口へ。鍵を外して乗り込むと、黒神竜よりは大分と弱そうなドラゴンが居た。この狭い場所でブレスを撃とうとする。
「反転!」
反転の結界が、吐かれたブレスを弾き、舞い戻るように龍の顎の中へと逆流する。ボンッと口内が爆破され、苦しげに龍が咆哮する。
「――っぐ、万物よ跪ひざまづけ、音にも聞こえよ我が龍術、纏龍技、一閃万葬!」
シュッと黒曜が薙ぐと、大き目のブロック状に竜が寸断される。シュネーは核を見つけて両断。また光が剣に吸い込まれた。
「エリアヒール」
破けた鼓膜をヒールで癒す。
『もー!ちんたらしてないで!次が最後なんだからぁ!!』
回復を掛けるのがムダだと言いたいのかこのやろう。
「じゃーお前が錆びる事が有っても手入れせずに放置する、なあシュネー?」
「そうだな。流石に失言だな」
『わっ…………解った、わよ…。次で漸く本来の自分に戻れると思って急いじゃったの…ごめんなさい……』
しょぼくれた剣の声に応えはない。
次の扉に向かって進んだ。
部屋イッパイの巨大な亀だ。図体に見合わぬ動きでこちらに噛み付こうと首を伸ばす。
伸ばされた首を、黒曜が刈り取るが、直ぐに次の首が生える。
「――夢幻の刻よ刻め、その足跡を。盤倉流奥義、無間不断刃!」
辺りが薄闇に覆われる。亀の頭を先ず両断し、剣が重い代わりにまるで発泡スチロールのように柔らかい甲羅を連撃で削る。心臓を丸出しにするまで続けて脇へとどいた。刀術を解く。
「っせい!」
衝撃波にも負けず、私の方を見つめていたシュネーは、見えた心臓を一突きにする。ふわり、とまた2つの光が聖剣に飲み込まれた。
これで終わりなのかと思っていると、次の間への扉が開く。私達は通路を通り、次の間の扉を開けた。
如何にも剣を安置する場所と、巨大な女神像がある。シュネーは剣を安置した。
すると、女神の両手が剣を両側から包むような形になるよう動き、片側に5個づつ光が分かれる。
それぞれの光が全て強い聖属性を帯びていく。ぐっと押し込まれるように光は剣の中に消え、剣自体が発光する。
斑になっていた光が均一に剣を覆うと、剣の形が変わった。今迄の西洋の鈍器剣よりは斬れる、と言った状態から、少し細身の刀に近い輝きを持つ、諸刃の剣となった。柄から取っ手までが優美な装飾に変わる。
『ワタクシを手に取って。シュネー。生まれ変わった心地だわ…』
シュネーは台座から聖剣を手に取って眺めている。
「凄い…これならマリー達と同じように切れそうだ…」
『今迄五月蝿くして済まなかったわね。これからは落ち着いた時と戦闘の助言程度で収めてもそんなに寂しくないわ。だから、これからもワタクシを貴方の腰に佩いて欲しいの。主と決めた男に邪険にされるのは辛いわ』
「…1日学園で過してみて、赦せる範疇で喋っているのを聞いて安心したらずっと佩いてやってもいい」
『ならば存分に試してみて。ワタクシも節度を弁えた剣として、貴方に助言を送る賢意剣となりますわ。以後よしなに…』
ふわりと発光していた剣から光が消える。
悪・邪・不死に対する特攻300%か。本当に性能だけは良い剣だ。それ以外も良くなっている事を祈ろう。
その日も次の日も、聖剣は大人しく、世間の話し声などを聞いて、シュネーの体温を感じて満足しているらしく、こちらから話しかけない限り滅多に喋らなくなった。
誰かが壊す前にこうなって本当に良かったと思う。
糠漬けになる前になんとかなったようです。茄子や胡瓜や蕪なんかと一緒に漬けられなくて良かったね!
読んで下さってありがとうございます!少しでも楽しく読んで頂けたならとても嬉しく思います(*´∇`*)もし良ければ、★をぽちっと押して下さると励みになります!