54.聖剣
聖剣ちゃんはキャピキャピしてます
言葉通り、その日の内にシュネーは聖剣を王から譲り受けた。王から手渡されたそれの柄を握った時に、いきなり響いてくる声があった。
『やっぱり持ち主は美形の男子に限るわよねえ!!きゃー素敵よ貴方、アタシの好みよお』
どうやら自分だけでなく他の者にもこの脳内に響く声が聞こえているのは明らかだ。肩を震わせるもの、吃驚して目を瞠る者。壁際で整列している兵に反応がある。
「…………えっ……」
知能の欠片も感じられないこの声は、まさかの聖剣から響いていた。
『折角なら邪龍とか悪魔とか不死者とか邪神なんかアタシで倒して欲しいところね!』
倒して欲しいものの要求レベルが高い。シュネーは呆然とその美しい剣を凝視する。
『やだー熱い視線ー!萌えちゃうわっ張り切っちゃうわっ!敵は何処かしら!』
「…実はな、シュネー。其の剣なのだが、使える者の居ない間封印しておった……喧しき故に…」
「えっ…聖剣の封印理由が喧しいって……」
「24時間喋るのだ。剣ゆえに眠らないのでな。前任者が持っていた時は、どうやら黙らせるコツのようなものを掴んで最悪寝ている間だけでも黙らせておったようだが、そのコツを誰にも伝授せずに亡くなっておっての。…剣としてはこれ以上なく優秀で、邪悪を断つにはその聖剣が最も優秀なのだ。頑張って使いこなして欲しい」
王が喋っている間にもキャピキャピした弾幕トークが脳内に響く。五月蝿い。父の声が聞きとれない。
「聖剣!!」
『なあにハニー?ちゃんと名前付けて欲しいわ~性能が上がるのよ?』
「じゃあマシロ!鞘から抜いてる間以外喋るな!でないと味噌漬けにしてやる!」
美味しいけど慣れるまで臭う、と以前リシュが言っていたのを思い出す。
『まあ良い名前♥意外と貴方亭主関白なのね~!味噌漬けは臭うから嫌よ!…そうね、寝ている時に起こさない様にはするわ……代々此れだけは毎度嫌がられてたの解ってた…止められなかったけどね!今回は頑張るからそれで赦してくれない?』
「…授業中もダメだ。他の生徒にも迷惑が掛かる。授業の邪魔をするな。公務の間も黙っていてくれ」
『あら!ぴちぴちだと思ったら学生ちゃんだったのね~!なのに公務までしてるの、偉いわあ…でもちょっと注文多過ぎないかしら!ずっと1人で封印されて放置されて…誰ともお喋り出来なくて寂しかったのに…』
「そんな声を出してもダメだ。皆の勉学や国の公務を邪魔するようなら聖剣じゃなく邪剣と呼ぶからな。味噌で足りなきゃ糠にも漬けてやる」
『嫌よ!なんでそんなに臭うものばっかり知ってるのよ!糠臭い剣で邪神とか倒したい願望でもあるの貴方!』
「そんな願望がなくてもそうしたくなるほど、勉学と公務の邪魔になるからだ!」
『…わかったわよ。睡眠と勉強と仕事の間は黙ってればいいのよね』
「そうだ」
シュネーは其処でほっと息をつく。
『じゃあ今から寝るまでは喋って構わないのよね!』
「待て!公務がある!」
『待ちません~!公務があるなら尚更、公務を始めるまでアタシと喋って貰うわ!』
あああああああああー!!!と脳内で叫ぶしかないシュネーだった。
そして明日は忘れずに糠と味噌をリシュから分けて貰わねばならないとかたく誓った。
何故自分は、アディに聖剣を佩いて行く約束をしてしまったのか…。寝起きからの弾丸トークを聞き流しながら朝の支度をして学園に向かう。多分授業前やら休憩時間もこの剣はずっと喋っているに違いない…心が休めない…今後、聖剣を使う必要がある時以外は絶対持ち歩かない、と決意する。
馬車の中で、手紙を見つける。父からだ。疑問に思いながら封を開けると、鍵が入っていた。
【昨日は聖剣のお喋りが過ぎて聞き取れなかったようなので手紙に記す。王家の地下には聖剣の試練という名のダンジョンがある。これを乗り越える事で、もしかしたら聖剣の封が解かれて1段階上の性能になるやも知れん。1人でも団体でも入れる故、是非挑戦してみて欲しい 国王:サンディレスト・エル・タスカニア・ド・トルクス 】
性能を上げる以前に、このお喋り機能を外す試練はないのですか父上…。
ドナドナされる子牛のような気分で学園へ向かうシュネーだった。
「リシュ!糠と味噌を分けてくれないか!」
教室に入って一番の台詞がこれだ。シュネーは泣きたい気持ちでイッパイだ。
「糠床は~、作ったばかりでまだ若いけど良いのかしら~?毎日掻き混ぜてあげてね…?どっちも帰りにうちに来て持って行っていいわよ~」
『ちょっとダーリンまだ諦めてないの!?味噌漬けも糠漬けも嫌よ!ちゃんと寝てる間喋らなかったでしょう!?』
「いつお前が約束を破るか解らないからな。用意だけはしておく」
「…ダーリン?」
ぴくっとアディが反応する。
「シュネー様?このお声は何処から出ているのですか…?」
アディの背後に般若が見える。
「ち、違うアディ!私の心はそなたの物だ!!昨日約束した聖剣が喋っているんだ!剣を伴侶にするほど私は物好きではない!」
「そう、剣が…」
アディはさっとシュネーの腰に佩いている聖剣を鞘ごと抜き取った。
『何よアンタには適正がないからアタシを使う事は出来ないわよ!』
「初めまして、聖剣さん。私、シュネー様の婚約者のアデライド・フォン・サリエルと申しますわ。私以外のものがシュネー様をハニーやダーリンなどという呼び方をするなどと、聞き捨てなりません。これ以上おいたが過ぎるようであれば、溶鉱炉で鉄塊に封じて海に捨てても構わなくてよ…?」
こんなに迫力のあるアディを見るのは全員初めてだ。背筋が粟立って戻らない。
『なっ…シュネー!あんた女の好みが最悪よ!愛する男の愛剣を鉄屑扱いしてるのよ!なんとか言いなさいよ!』
人間の姿なら涙目であろう声音で、シュネーをダーリン・ハニー呼びする事をさりげなく避けている。聖剣はビビっていた。
「シュネーでなくても聞き捨てならないな。うちのアディを最悪扱いするだと?聖剣金属腐食専用の液体を錬金したって構わないぞ私は」
更にマリーからの威圧が飛ぶ。
「勿論私だって聞き捨てならないからな。たっぷり塩を擦り込んで糠床に漬けて10年くらい放置してやる…」
『わっわわわわるかったわよ!!!シュネーの女の好みサイコー!いやーアタシに負けないくらい美人さん捕まえたねえ!よっ色男!流石アタシの主!』
ふう、と息をついてアディは剣を凝視する。
「取り合えず最低限の振る舞いは解っていらっしゃるようですが、私は妥協しませんよ…?今後口を滑らせたら蛸壺に入れて放置しますよ?」
『この人達剣が嫌がることばっかり頭働きすぎ~!!ちょっとくらい友好的になってくれてもいいじゃん!何百年かぶりにやっと封印から解放されて誰かと会話が出来るって喜んでたのに、こんなの酷いよおぉ~!』
泣き喚く聖剣に、そっと顔を寄せたアディが呟く。
「五月蝿い。黙れ」
『ぴいっ…な…泣くことも赦されないのアタシ!?こんな扱いされた事ないよ!!』
いつも通り、段々と教室の人数が増え、パズスもやってくる。
『あ!邪神居るじゃん!任せてシュネー!アタシの力見せてあげるから!早く抜いてよ!』
ビクっと反応したパズスは傍に寄るのを諦めて自分の席へ戻る。
今の所、何も悪い事はしていない邪神をいきなり斬り捨てるのはどうか、と思っている一行はなんとか聖剣を丸め込んで黙らせる。
「おーい席に着けー。出席取るぞー」
入ってきた教師の声に、ピタっとお喋りをやめる聖剣。一行の目には今日の先生が神の如く輝いて見えた。
「で、もう聖剣は必要があるとき以外持ち歩かない、って決めたんだ…今日はアディとの約束だったから持ってきたんだけどね…」
昼休み、何一つ寛げない弾丸トークと、段々殺意が上がっていく一行。聖剣は殺意を感じてはいるが、何故殺意を持たれているのか理解出来ていない。アディの「五月蝿い。黙れ」も10分もしたらまた話し始めるこの聖剣、毎日持って来られたらシュネーにも殺意が沸いてしまいそうだ。
「ただな。性能はいいんだ。性能は。しかも更にグレードアップ出来るようなんだ…」
「まあ欠点が大きすぎるけど、聖剣だものな、性能はいいんだろうな。グレードアップは方法解ってるのか?」
「城の地下に専用ダンジョンがあるみたいなんだけど…皆一緒に来てくれないか…?」
「五月蝿さがグレードアップしたら圧し折ってしまいそうですけれど、シュネー様に付いて行くのは当然ですわね」
「じゃあ今週末、朝食後に城に来てくれるか?」
「しょうがない、最近何かと物騒だしまたおかしな魔物でも現れそうな予感がするからな。強化できるならしておくに越したことはない」
「そうね~。ちょっと五月蝿いですけど~」
「私も構わないよ」
こうして、週末は五月蝿い剣を持ってダンジョンに挑む事が決定した。
24時間ずっと弾丸トークされたら私は捨ててしまいますね…。皆我慢強い!
読んで下さってありがとうございます!少しでも楽しく読んで頂けたならとても嬉しく思います(*´∇`*)もし良ければ、★をぽちっと押して下さると励みになります!