6.武器は必要ですか?
そろそろ冒険準備のお時間です
「「「「「パワーレベリング?」」」」」
「うむ。皆さんがせめて自衛出来る程度に少しレベル上げしておいて欲しくてな。」
その前に全員で武具を揃えて置こうと思う。ドラゴンの素材は良い武具になると聞いている。ギルドの資金はそこまでないから、と買い取って貰えなかった為、全てアイテムボックスに入っている。
「全員にまず武具を揃えようと思う。動きやすい格好も。敵を私から後ろへ漏らさずに闘う心算だが、もしもの事がある。硬い装備で覆っておけばいくらか安全であろうかと思う。基本的には私が闘うので、後ろから魔法で安全に攻撃して欲しい。ラライナ殿は何か攻撃手段を持っておられぬだろうか?」
公爵家の母とリシュ以外は一応剣術を嗜んでは居たが、ここで張り合う心算はない。
どうせマリーが赴こうとしている場所では、自分たちの剣術は通用しないだろうと自己判断した為だ。
「そう、ねえ。発現はしていないようだけれど、氷魔法の才はあると診断されたわね」
「あ、私も同じです。発現はしていませんが、魔法は水と風に才があると診断されました」
「リシュと同じ状態だな。では後ろから氷魔法を打とうと努力してみて貰えるだろうか。リシュはストーンバレット、ラライナ殿はアイスバレット、ソラルナ殿はウィンドカッターを先ずは取得出来ないか…」
「とれました~」
「解った、ではラライナ殿は氷魔法の修練、ソラルナ殿は水ならウォーターバレット、風ならウィンドカッターで。リシュはストーンバレットを敵に打ってくれ」
前衛がマリーとアディ。中衛がリクハルトとソラルナ、後衛がリシュとラライナだ。
一行は少しわくわくした様子を隠す事もなく、武具店に到着する。
「すまないが、武具をオーダーしたい。」
「ほいほい…誰の何の武具を所望じゃ?」
「男性陣とこの娘にまず武器を。私と娘には刀を、他の2人にはロングソード…で良かっただろうか?」
「はい、私達には剣術しかありませんからそれで充分です」
「後は先ほど言った4人に軽鎧一式、残りの女性二人には魔法が通り易いロッドとローブと短剣を。それぞれ土と氷に特化させて欲しい。」
「ほ…まさかの全員分とは…」
「それと、これを使って欲しい」
アイテムボックスからドラゴンを取り出すと、狭い部屋が圧迫されて全員がぎゅうぎゅうになった。扉からは尻尾がはみ出ている。
「む…これは邪魔になるな…」
頭と尻尾を刀身を当てたまま気を巡らせて断つ。中身の肉や骨は解体して別でアイテムボックスに仕舞ってあるのが幸いだった。なんとか店に素材が収まる。
「…ワシの見立てに間違いがなければ…これは…ドラゴンか…?」
「ああ、そうだ」
圧迫された時には唖然としていた鍛冶屋がブルブルと震えながらそっと素材に触れる。
「ワシにドラゴン素材を扱わせてくれる者が現れるとは思わんかった…無駄な傷もなく最高の状態じゃ。まさか1撃で仕留めてあるのか!ドラゴンを一撃で倒すなどと聞いた事もないぞ!?」
「はあ、でも頚椎を切断したら死んだので、一撃で間違いないかと」
「お主、骨や牙は持ち帰っておらんのか!?」
「持ち帰っているが…骨を出すと店が壊れてしまうのでは…一先ず牙だけ渡そう」
じゃらりとかなりの重量の牙がデスクの上に置かれる。
「ほいほい!!来た!ドラゴンの牙じゃ!!!すまんが移動して倉庫で骨を出して貰えぬか?」
「ああ、構わない」
好奇心が刺激された一行を連れてぞろぞろと移動する。店舗より広い素材置き場の空間に、ドラゴンの骨を出す。
鍛冶屋はぶるぶると震えたかと思うと、感激の余りに呼吸が止まって意識を失う。慌ててヒールを掛け、キュアをかけると鍛冶屋はくわっと目を見開いて復活した。
「ハァ、ハァ…内臓などは持ち帰っておらんのか…?」
「あるが、使えるのか、内臓なんて」
「何を言っておる!!魔術回路の導線を引いたり、剣にシャープネスなどの付与に使えると知らんのか!」
掴み寄るような勢いで迫られたマリーは、困ったように笑いながら内臓を取り出す。
「これでいいか?」
「ドラゴンの内臓――!!!!ほいほいほい、これも傷一つない!なんという事じゃ、鍛冶屋を営み始めてから、こんな上等な素材は初めてじゃ!!!」
息を荒くしながら内臓に頬ずりせんばかりの鍛冶屋に、公爵家一同は少し引き気味である。
「ワシでいいんじゃな?このドラゴン素材で装備を作ってええんじゃな?」
血走った目で詰め寄る鍛冶屋に、マリーは微笑んだ。
「アデライドに薦められた店主だ。私は信じている。いい武具をお願いするぞ」
ふう、とうっとりしたため息をついた鍛冶屋が夢見るような瞳を見せる。
「これでヒヒイロカネやアダマンタイトの鉱石があればのう…」
「金属か?いくらか拾ってきているがこれは使えるだろうか」
ゴトゴトゴト、と音を立て、いくつかの種類の鉱石を出す。
「な…アダマンタイトに…これは何じゃ…まさか伝説の神鋼…?」
ぐらりと傾き、また呼吸困難を起こしている鍛冶屋にヒールとキュア。素材を見せただけで何故この鍛冶屋は何度も死にそうになっているのか、マリーには解らない。
本来神鋼はマリーが倒した敵よりもっとレベルの高い敵からでないとドロップしないものだ。今までの不運の補填とばかり女神が聖女補正で出るアイテムのドロップテーブルの確立を変えてしまい、出るようになってしまって居ただけ、とはマリーも知らない事である。そもそも自前でかなりの幸運を持つマリーはこれからも良ドロップを引き当てるだろう。
ドラゴンはダンジョンボスではなく野外で何故かエンカウントしていたマリーだった。
「ダンジョンのボスを倒したときに偶々拾っただけだが、使えそうなのか?」
正直に言うと、ただの鉄塊にしか見えず、マリーはハズレを拾った、と思っていたとは言い出しにくい。神鋼と言われたほうの素材をあるだけ取り出して鍛冶屋の前に出す。
「~~~~~~!~~!!!?」
声にならない歓声を上げ、鍛冶屋は神鋼に抱きついた。
「これは…物凄いものが打てそうじゃ…ワシが、ワシが作れる最高のものを渡すと誓うぞ」
「ああ、ロッドにはこれを使えるだろうか?」
ドラゴンを倒した際にドロップした2つの龍玉。
鍛冶屋はかぱりと口を開けたまま震えだした。良かった。今度は倒れたりしないようだ。
「龍、玉…滅多と出ないと聞いておるし、現存するものは稀だと…2つ?どうなっておるんじゃお主は!?」
「支払いはいくらになる?」
「金額なんぞ今の段階では出せんわ。武具の出来具合を見てからじゃ。そうさの、今から取り掛かって2週間後というところか」
「数もあるのに早すぎないか?」
「この素材を前に徹夜せずには居られんからの。駄目でも2週間後にいくつか出来上がっておるじゃろ。一旦寄ってくれれば良いわ」
では、採寸を、との事で、全員が採寸を済ませる。その間も素材に触りたくて仕方がない鍛冶屋の熱気があった。
「では2週間後に」
「……ほい!」
既に鍛冶屋はドラゴン素材を見繕って武器の製造へと心が飛んでしまっているようだ。雑な返事が返ってきた。一行は苦笑しながら家へと戻る。
「で、皆さん忙しくしているとは解っているが、揃って時間を空けられる時間帯はないか?」
リクハルトには宰相の仕事、ソラルナには学園の授業がある。リシュは厨房で新レシピの伝授。それぞれの自由時間帯はなかなか合わないと思われる。
「そう、ねえ。リシュには新レシピの伝授は昼に限って貰って…晩餐を少し後にずらせば晩餐前に2刻ほど時間が取れるかしら。私達に何かを教えて下さるの?」
「ええ、何も持たなくても自衛出来るよう、徒手空拳を少し。どうだろうか」
自分たちを心配しての言葉に、少し迷った顔になるが、ラライナは頷いた。夫のリクハルトは宰相だ。何かあれば命を狙われる事もあるかも知れない。
忙しいリクハルトは既に王城へ向かっており、ソラルナも今から学園に戻るという。
王都のすぐ隣にサリエル領があったのは幸いだった。いつの間にか丸くなったリクハルトは、王宮に程近い王都の別荘よりも、家に帰る事を望むようになったのだ。
残った女性組と一緒に、魔法の練習をする事になった。
「魔法~!楽しみだねリシュ!」
マリーは雷魔法を、アディは緑魔法を、リシュは土魔法を、ラライナは氷魔法を。2人が帰ってくるまでは抜け駆けなしで魔法のみ、と4人で決めた。
「…サンダースピア!」
聖女のおかげか、マリーは1回で成功させる。庭に作った的の1つに当たり、雷電に耐えられなかったようで焦げて炭になってしまう。無事に雷魔法が解放された。
「ぐ…グリーンウィップ!」
アディが唱えると、ちまっと的の近くに緑が生える。これは失敗だが、緑魔法は解放されたようである。
「うーん…闇って悪役っぽくて嫌なんだけどそっちの方が適正ありそうなんだよねえ」
「ストーンバレット!」
リシュの魔法は少しは成功はしたが、威力不足だ。的に向かってパラパラ…と音を立てながら砂礫が当たる。
「アイスバレット…!」
全身を強張らせながら恐る恐る唱えるラライナ。指先からぽろんと涙粒ほどの大きさの氷が零れた。氷魔法が解放されたようだ。
それぞれが何度も詠唱し、MPが切れた時点で一度休憩を挟む。マリーを除く全員が肩で息をし、顔を真っ赤に火照らせている。
使用人はマリーが魔法を打つたびに的を交換しなければならず、大変そうだった。
東屋に移動した一行に、メイドがバニラアイスとアイスティーを持ってきてくれる。
アディは一気にお茶を飲み干し、おかわりを要求。
「はぁ~生き返る~!」
「そうですねぇ~、でもだいぶ上手く魔法を使えるようになってきてるよ~?威力はまだまだだけどねえ」
「私なんてやっと的の近くまで氷が飛ぶようになったばかりだわ」
それでも目に見える変化があるのは好ましい。モチベーションが上がるからだ。
「バランス的に、私は次は火魔法を解放しようか。あと1刻やったら今日は魔法は終わりだ。晩餐前に徒手空拳をやるならそれまで休んでいた方が良い」
「「「はい!」」」
1刻の間に、3人はようやく魔法がそれらしく撃てる様になったが、やはりまだ威力不足だ。
マリーはファイアストームという範囲魔法で的を全て焼き尽くしてしまい、3人からブーイングされた。
帰ってきた父と兄に魔法が撃てるようになったと報告すると、「ずるい!」と声が上がる。しかし、時間がないものはないので、どうにもならない。
苦笑しながら、晩餐までの2刻、みっちりと基礎体力と筋肉をつける運動と型稽古を教えた。型稽古で今ひとつ良く解らない顔で動作を真似る4人に、マリーはアディを傍に呼ぶ。型どおりの動きでアディを投げ飛ばした。勿論体が落ち切らないよう加減をしている。型が体に馴染むまで先ずは初期の型から教える。アディはもう少し先に進んでいるので知っている型の次を教え込む。
勁や気などはまだその段階ではない。既にある程度習熟しているアディにはそれも練習しておくように伝える。気を自分の体の何処にでも纏わせる事が出来るようにと。武器を手に入れればそれにも纏わせられるようになって欲しいところであるが、それには些か時間が必要だろう。
実のところ、経験値を得ないまま鍛錬をしても、稀にパラメータが上がる程度なのだが、習熟度によって、レベルが上がった時にパラメータも上がりやすくなっている。無駄にはならない。それに、レベリングの際に少しでも多くダメージを与えられればボーナスでパラメータが上がる事がある。
マリーはにこにこ笑いながら自分の修練もしつつ、型が崩れた者に指導し続けた。
スキルもだが、パラメータは重要だ。今のままでは力押しで攻められた場合に抵抗が難しくなる。有ると無いとでは確実に差が出る。学生になる者に関しては、知力が上がると過しやすくなるだろう。
晩餐前までしごかれた5人は、ふらふらになりながらも汗だくで、それぞれの部屋に備え付けの風呂に入るのだった。
晩餐で並んだ料理を見て、マリーは感動する。なんだこれは。見たこともない御馳走じゃないか…!え?パンはリシュが!?凄い、どれも今生で食べた事ない美味しさだ!
お腹がすいて、今まで飢えていたマリーは目を輝かせてあれもこれもと食べるが、悲しいかな今までの体験の所為で、マリーの胃袋は縮んでしまっていた。
すぐにお腹が一杯になってしまったマリーは、悲しそうな顔で残った御馳走を眺める。
「マリー、いいのよ、これから食べられるようになっていくのよ。…これもあの男爵家が悪いのね。やっぱり潰しておくべきかしら…」
公爵家の人間は何故かすぐに男爵家を潰そうとする…。
苦笑したマリーは頭を振る。
「いえ、もう男爵家の事は皆さん忘れてくれないか。物騒すぎる」
晩餐後は、誰が言い出すでもなく、疲れきった体を休める為にすぐに就寝する公爵家一行だった。
誰もが2週間後を楽しみにして。
読んで下さった方に感謝を♥拙いけれど精一杯頑張っています。ちょこっとでも楽しんで貰えれば幸いです。できれば★をぽちっと教えて頂けると更に幸せですw