52.女神と不発の戦
あ、あれ?戦争は?
単身でほぼ壊滅させてやる、と意気込んだのが悪かったのか。
先ず出雲の国王に白い雷が落ちた。戦争を煽って隙を突いて王家を乗っ取ろうとした者にも雷は落ちる。軍の中でも乗り気だった者を白い雷は正確に打ち抜き、聖女の国に戦を仕掛けるなんて、と反対した者には落ちることがなかった。
そこでこれが天罰だと気づいた者が、同じく戦争に反対していた王弟を王に据える。
そして聖女と王に対し、謝罪の文を書く。
乗り気ではない、隔離して育てた王子を今更立てようなどと考えては居ない、王になりたいと言うのであればこちらとしては有り難いが、そうではない場合これ以上の手出しは控える。聖女殿にも非常に失礼な文を送ってしまった事を、国として詫びる、大変に申し訳なかった(要約)、という旨の手紙が貴族特有の遠まわしな表現で書かれたものが届いた。
マリーとしては拍子抜けであったが、戦争なんてないに越した事はない。多分女神様の仕業であろう事は想像に難くない。一体何人雷で焼いた事やら。間違いなく国王は焼かれている。この手紙の主は今までの王の筆致とは違う。国王が急に交代する、という事はそうなのだろう。
そして急に態度を変えた出雲に、挙動不審になったのはマダルガスだ。特に国王はマリーの実力を知っており、戦争には反対していたので、一気に自国の聖女がやらかした傀儡魔法を解除させる。執拗にファムリタの上に白い雷が落ちているのだが、其処はパズスの愛し子である事で、掌で包むようにしてきちんとガードされて難を逃れていた。だが、傀儡ではないのに戦争に参加して人を奴隷として仕入れようと――出来れば聖女も――企んで居た者などはきっちり雷に焼かれて細長い木炭となった。
目論見が外れ、黒曜が手に入らないと解ったファムリタは嘆き悲しんだが、自分の周りを延々と飛び交う白い雷に怯えてパズスの掌に庇われたまま動けなくなってしまう。ファムリタはパズスに願い、黒曜の婚約者を亡き者にして欲しいと願う。が、腐っても聖女は神である。迂闊な攻撃は全て跳ね返されてしまう。2~3日も経ち、漸くファムリタへの雷が収まった頃に、パスズは人間の姿となり、自分が婚約者を攻撃しよう、と憔悴したファムリタを宥める。それを聞いた国王が、聖女への攻撃はやめて欲しいと訴えるも、どちらも王である自分より立場が上なのだ。聞く耳を持って貰えない。増して、聖女との一戦とやりとりの中で国王が聖女に執心した、などというレベルの口出しは一顧だにされなかった。
サンディレイト・ソル・アヴェルク・レス・マダルガスという偽名と、王弟という仮の身分を得て、学園へ編入しようとしたのだが、強固に張られた結界を抜けられない。そして戦を起こそうとまでしていた国からの編入は、物凄く渋られた。王に謝罪文を書くように促すが、王ではなく首謀者の謝罪文が欲しいと言われる。言外に、やらかしたのはファムリタだろう?と言われているようなものだ。一度戻ってファムリタに謝罪文を書くよう言うが、絶対に嫌だと癇癪を起こし、逆に白い雷を3日も自分目掛けて落した女神に謝罪させろと無茶を言う。女神はこの世界の創造神だ。パスズでは面会も儘ならぬ程位階が違う。だから、雷を止めさせるのではなく、雷から庇う事しか出来なかったのだ。
それを含めて説明し、そもそも戦を吹っかけようとしたのはファムリタである事を指摘すると、物凄く不本意そうな顔でファムリタはペンを握った。
怒りが透けて見えるような乱雑で強い筆圧の為に其処此処にインクの飛び散る紙を見ると、「あたしは間違ってない」と書かれている。
王に代筆させると、お前の学籍を剥奪して二度と戻れなくすると言われているが構わないのか、と問うと、癇癪を起こして部屋中のものを壊して回る。
「どうせ!!!行ったって!!黒曜様の顔すらマトモに拝めないじゃないの!!!何処に行く意味があるの!?」
多少落ち着いて来たって、「黒曜様~黒曜様ぁ~」と嘆きながら赤子のように泣き叫ぶのだ。
そこで顔を見合わせた王とパズスは、城内で最も黒曜に容姿の似たものを選び、ファムリタに暗示を掛けた。
目の前の青年が黒曜で、聖女のファムリタは結ばれるべくして結ばれた、と。
お前の働き次第でこの国の運命が決まると言い渡され、家族を質に取られた青年は、必死でファムリタに甘い言葉を掛ける。ファムリタ資金として相当な財を渡されたが、偽黒曜にファムリタはあれもこれも買って、と強請る為、早々に底をつきそうだ。
偽黒曜でずっと誤魔化せるとは2人とも思っては居なかった。ファムリタの学籍を剥奪されても良いので王から謝罪文を認めて届け、パズスは自分に暗示を掛ける。確実に聖女を仕留める事の出来る状態になるまで、自分が害意を持つことを忘れるように。王は、出来れば二人とも浚って、黒曜をファムリタに、聖女を私にくれないかと懇願する。聖女殺害の混乱に紛れて黒曜を浚う気で居たパスズは渋る。二兎を狙うものは一兎をも得ず、と国王に言い聞かせる。そもそも聖女は神だ。パスズが為そうとしているのは神殺しである。それでやっとギリギリ成功できるか、と言う所を浚うなどと更に難易度の高いミッションは非常に困難なのだ。それを説明すると、国王は瞬き、「やはり只者ではなかったか」と肩を落す。
まあ、パズスにとって国王の嘆きなど知った事ではない。聖女の人選を非常に誤ってしまった気はするが、自分と波長の合う愛し子はファムリタしか居なかったのだ。好いた男と結ばれたいという、唯一にして些細な願いくらいは叶えてやりたい。
国王からの手紙は無事届き、ファムリタの荷物と編入届けが届く。パズスは編入届けに記入し、送り返す。それでやっと試験を受ける為のカードが送られてきた。やっと編入試験を受け、これをSクラスで突破する。同じクラスなら仕留めやすいと笑うところであったのだろうが、今のパズスはそれをすっかり忘れているので、Sクラスである事に当然だ、と胸を張った。
Sクラスに出向くと、聖女に迎えられた。
「首謀者ではなく、国王が謝罪文を書かされるなんて非常に常識外れのご対応、目に余りますわ。国王も散々な目に合いましたね、パズス様」
にっこりと笑う聖女に、いきなり正体を暴かれ、パズスは戸惑う。だが、偽とは言え、きちんと王族の許可を得た偽の身分がある。
「…?誰のことだい?私は国王が弟、王弟にあたるサンディレイト・ソル・アヴェルク・レス・マダルガスという。以後よしなに頼むよ」
「まあ。お惚けも程ほどになさって下さいね。害があると判断したら貴方を学園から追放して良いと任されておりますの。普通に勉学などに励むだけでしたら問題はないのですけども」
にこにこと全く笑っていない笑顔の二人の応酬が続いたが、聖女はくるりと踵を返し、背後から一瞬の全力の殺意と威圧をパズスに浴びせて席に戻った。
いきなり聖女の不興を買ったパズスは、教室の中で最も聖女から遠い席を用意された。
苦労性のパスズさんと国王。味方であっても容赦のないファムリタ節に辟易してますね
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