51.慮外者
相変わらずのファムリタさんです
さて、ファムリタが来た事で一番厄介なのは昼以外の休み時間毎に突撃してくる事だ。猪もファムリタの突撃ぶりには負けるかも知れない。此処で気をつけないといけないのは、私と黒曜がいちゃいちゃしてると、一気に悪意が高まって私の事を思い出し、校外へポイっとされる事だ。
一応ファムリタの身は引き受けたのだから、休み時間くらいは我慢をしようとしていたんだけど、思わぬ応援があった。黒曜様はみんなのもの派の人達だ。事情はこのクラス全員が知っている為、最初は黒曜が完全に無視し、触れられそうになると手で払う、で納得していた訳だが。聖女である私と恋人同士なのは万歩譲って受け入れたが、行き成り問題児が帰って来て黒曜にベタベタするのは赦し難かったらしい。休みになる度に、黒曜の周りに分厚いガードが出来る。
「ちょっとどいてよ!あたしが用があるのは黒曜様よ!」
「あら。黒曜様とお話したいのは私達も同じですわ。何故一人だけ抜け駆け出来ると思っていますの?それに黒曜様は婚約者をお持ちの身、節度を保って話をさせて頂く私達と違って貴方は大変はしたない事ばかり。嫌がられて手で払われているじゃないの」
「婚約者!!?聞いてないわ!誰よ!?」
「どうして私達が親切に教えて差し上げねばならないの?」
「そうですわ。Aクラスの分際でSクラスに入り浸ろうなんて図々しい!」
「貴方と比べ物にならない天上人の名前を聞いて一体何処で逢ってどうなさるお心算かしら!」
「本当に図々しい編入生…いえ、出戻りと呼んだほうが正確ですわね」
「ほんとほんと。他のクラスの黒曜様ファンの方々はきちんと節度を守ってるから貴方のように突撃して来たりしないわ!」
OH…数の暴力すっげえな。ファムリタがたじたじになってるぞ。
私はマルクスと、予備の対ファムリタ装備を用意するのに忙しい。近いうちに壊れそうな気がするんだよな。全くストレスが解消出来ずに溜まるばっかりだから。瘴気は吸い込む設定でなくて良かった。許容量とっくにオーバーしてる筈だ。瘴気は封印、だけどもっとガッチリ強力なものにしないと。ファムリタは、そんな金属に内職するように線を引いてはまた次の部品に線を引いている地味作業中の私には全く興味を示していない。黒曜の隣の席だというのに。
ああ。チャイムだ。今回も黒曜様はみんなのもの派の活躍でファムリタは一言も黒曜に声を掛ける事が出来ていなかったな。ドスドスと足を踏み鳴らしながら退散するファムリタにほっとする。みんなのもの派の人に、ありがとう、と礼を言う。
ただ、1度だけ凄いものを見てしまった。教室に入るや否や猛ダッシュで壁の皆さんを弾き飛ばし、黒曜を机ごと押し倒した事があるのだ。
流石に呆気にとられた皆が事態を把握する前に、黒曜にしがみ付いて「好きです愛してます!」を連呼するファムリタを、私が摘み上げた。そう。私の机は黒曜の隣なのである。物凄い勢いで揺らされ、部品に溶液が掛かってしまい、3分の1の材料を駄目にした。私の苦労の時間ごと。
「教室では静かに、と教わりませんでしたか。私が苦労して書いていた陣の半数近くがダメになりました。どう責任を取って頂けるのです?」
余りの事に全開になった殺気をファムリタ1人に向けて放出する。
「ひ、ひぁ。殺っ…殺され…!!いやあああ!!誰か!!!助け…っひいぃいいいああああ!!!!」
何度か死の幻想を体験しただろうファムリタは、叫びたいだけ叫んだあと、ガクリと気を失った。私はソレの襟首を持ってAクラスの扉を開けると投げ込んだ。教卓が一緒に吹っ飛んだが知った事ではない。Sクラスに戻るが、ダメになった素材は戻らない。がっくりと肩を落す私を、マルクス君と黒曜が慰めてくれた…。
それ以来、私の机を揺らすような事はしなくなった。
しかし休み時間は皆勤で黒曜の元へやってくる。日に日に黒曜の眉間に皺が出来ていく。これ、黒曜の負担が大きいな。一応校長と相談し、公的な用件がない限り、別のクラスへ押しかける事は禁止する、と声明を出してもらい、ポスターも貼られた。が、何の成果も得られなかった…。
ファムリタ曰く、「あたしが黒曜様に逢うのは、公的な事情なんかより余程重要な案件だから」だそうだ。
黒曜の眉間を守る為、私は立ち上がった。
「聖体守護――公的な事案を除いて、Sクラスへ別クラスの者の侵入を拒絶する。特にAクラスから来る者からSクラスの生徒を護り賜え」
ふわっと光が舞い、清浄な空気に満たされる教室。
小さくどんどん、と響く音と「黒曜様ー!」と叫ぶ声が聞こえるが、周囲の音をなるべく遮蔽するようにもしたので、囁き声みたいなものだ。どんどん、では済まず、ガッチャアアン!と音が響いた際には流石に気になったが、どうやらファムリタは自分の教室の椅子で、扉を叩き割ろうとしたらしい。無理だったけど。
あとは泣き声と泣き声混じりの「黒曜様ぁ~~っく黒曜さま~!」という声のみ。
「Sクラスに入れさえすれば…今度の期末考査でSに上がってやる…!」
小さく聞こえたが、多分このクラスの誰もが、上がって来られたら面倒、という表情をしていた。
まあ実際休憩時間の殆どを此処に来る事に費やしていたファムリタに、同じクラスの子とパーティーを組んでダンジョンに、とは行かないだろう。暫くは静かに過せそうだ。あと、黒曜とのいちゃいちゃも再開出来た。何せあの結界の外からは中が見えないようになっている。うすらぼんやりとした肌色や制服の色くらいは判別できるかも知れない。
さて、出雲へ送った文の返事が届いている。要約すると、『なんと失礼な者だ、この文を認めているのは王であるぞ。ぐずぐずとせずにさっさと了承して此方へ移り住め』である。
私はいい加減にしろと怒鳴りつけたい気持ちを抑え、「この手紙を書いている者は王より身分の高い聖女である、礼儀がなっていないにも程がある。さっさと諦めて手を引け。第二王子に跡を継がせろ」という言葉を、もううっすいオブラートが破れそうな包み方で相手に返事をした。
そりゃあね、第一王子様だ。国を継ぎたいというなら一考の価値がある。が、本人は母国自体がもうトラウマであり、絶対に戻りたくないと言っているんだ。そんな黒曜を渡す筈がない。
そして、数日後には「戦をしてでも取り戻す」(要約)と来たものだから「やれるもんならやってみやがれ」(要約?)と売り言葉に買い言葉で戦になりそうだ。
国王には、「そなたをあちらに渡すくらいなら、戦も引き受けよう。決して死んではならないぞ」と言って貰った。なんだか嬉しい。
――が、戦の話を聞きつけたファムリタが、自国の軍を動かし、出雲と同時に襲い掛かってくるのは誤算だった。
「誰かは解らないけど、黒曜様の婚約者を殺せ」
というのが第一命令だった為、同盟は成らなかったようだ。
出雲は聖女も第一王子も取り戻し、国の頭に据えるのが目的。
マダルガスは聖女を殺し、第一王子を婿に貰うのが目的。
これで同盟が組める訳がないのである。
何にせよ、距離から見て2ヵ月後くらいには、また戦争が起きそうだ。
自分と黒曜の為に起こる戦なんてもう見たくもないが、きっちり始末してやる。
ほぼ私1人で。
元々黒曜を酷い目に合わせた出雲には良い感情がないので、上から押し付けられるような物言いにマリーさんはおこです。
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