50.編入生
来ちゃいました。
校長からの連絡で、編入生が校内に入れない、と連絡があった。だったら悪意なり禁忌魔法なりを持っているので編入させない方がいいと応えたが、そうも行かないらしい。そうも行かない、と言われても、こちらも例外を作る心算は全くない。対ファムリタ用に準備したアイテムを持って校門の所まで行く。
案の定、其処にはファムリタと偉そうな男性、校長と3人が居り、揉めている。
「一旦そこで話終わって下さいね」
全く笑っていない笑顔で3人の会話を止める。
「トルクス国が聖女、マリエール・フォン・サリエルと申しますわ」
カーテシーをし、相手――魔王の目を見つめる。
「それで、何を揉めておいでか聞かせて頂いてもよろしくて?因みに、悪意を持つ者と禁忌魔法の使い手は入れません。それを前提とした上で揉め事の内容をお聞かせ願いたいものですわ」
「前提が間違っていると言っているのだ。多少の悪意くらい人間ならば誰しも持っているだろう」
「ええ、ですから調整してほぼ生徒内では入れぬ者はおりません。ですが害意に発展するほどの悪意を持って入られては困ります。貴方。貴方が後ろ盾しているその少女が誰かを傷つけたり殺したりした場合、貴方の身に全ての禍が跳ね返るようにして差し上げて良いならば悪意の点に於いては納得しましょう。勿論、殺害に及んだ瞬間に貴方が死にますわ」
男がぐっと息を飲む。
「禁忌魔法にても同じく。ファムリタさんの持つ禁忌魔法が誰かに影響を及ぼす度に、その効果が貴方に跳ね返ります。問題なくて?」
「それは困る」
「ええ、こちらもそんな魔法を持ち込まれると困るんです。せめて全て引き受けようと仰って下さったなら話は別ですが。ではお帰りはあちらですよ魔王殿。後ろ立てでもない、死んでもいい様なものを連れてきても、もう私は貴方が後ろ盾であると認識しておりますので、貴方が身代わりになる事以外は一切受け付けません。しかし――そうですね」
ジャラリと音を立てる魔法具を取り出す。
「校内に居る間、この腕輪を付けて下さるなら考えましょう」
「…それはなんだ?」
「瘴気及び禁忌魔法を封じる魔道具ですわ。後は悪意を持った相手を忘れて貰います」
「…なるほど。それなら私に反射される魔法や呪術もない訳だな」
「まあ、そんな可能性を解っていてここでゴネて居られたのですか?」
思いっきり顔に「お前は馬鹿か」と書いて見下してやる。
「…ッ、す、まなか…った」
「学生になら何をしても赦されるようなお国でお育ちになったのですね。ご苦労なさいましたね」
「~~~~~~~~~ッ」
「で、どうなさいますの?」
「そなたの提案を受け、その魔道具を使用しても構わない」
「そう。解りましたわ。学園を出たら外して頂いて結構ですので」
ファムリタの顔が「話と違う!」と魔王を睨んでいる。
「そちらの貴方。聞いていらして?早く両手を差し出して頂きたいですわ」
威圧を込めてファムリタを睥睨する。
「っわ、わわわかったわよ!手を出せばいいんでしょう!?」
半ばヤケのように喚いたファムリタは両手を前に出す。それぞれ両手に白くて少し重い腕輪を付けてやる。内部にみっちり機能を詰め込んだら重くなっちゃったんだよ。効果は瘴気と禁忌魔法の遮断、誰かに暴力を揮おうとした際の運動神経の麻痺。そして登録した人間の顔が解らなくなる効果。
「貴方は誰に悪意を持っているの?」
「アンタに決まって…へ…いえ、何か違う…誰だろう」
「これで良いですか校長?」
マルクス君と額を突きつけあいながら必死で錬金した一品だ。壊したら殺すからな。
「尚、その魔道具が壊れたり、外した場合は強制的にこの門の前まで転送されますから。決して学園内で外すことのないように」
「…はい…」
「では、これで双方納得出来ましたね?本来ならば後ろ盾である貴方が用意すべきものでしたが、多目に見ましょう」
「わ、わかった、……ファムリタ様を頼む」
「嫌です」
「は?」
「以前この方が学園に居た際にしでかした事を私は忘れておりません。頼まれても困ります。絶対に面倒を見たりしませんよ。一度通った学園なので、勝手はもう御存知でいらっしゃるでしょう?」
「……人間の聖女はここまで手強かったのか…?」
ちょっと予定にない事ばかりで涙目の魔王。多分、軍の規模の差などで戦をチラつかせれば人間なんてはいはい言う事を聞くとでも思ったのだろう。
「では、総合Aクラスですね。案内くらいはしましょう」
「ちょっと!!魔王様がSクラスに入れてくれるって言ったのよ!おかしいじゃない!」
「…貴方。編入前に編入テストを受けましたね?」
「受けたわよ!相当良い結果を出したのに!」
「そう、Aクラスだと言われたのですよね?」
「そうよ!おかしいのはあたしの能力を見てSにしないこの学園よ!だから魔王様が掛け合って下さるって…」
「……魔王殿?どうでしょう、この学園でSクラスと呼ばれる者たちがどれほどの実力かを手合わせで体感なさるというのは?」
学生にやりこめられるとでも言いたげなマリーの発言に、ムッとした魔王が応える。魔王は今でも学生に負けるほど研鑽を怠った覚えは無い。
「ああ、構わない。獲物は何でもいいぞ」
「では木刀で」
体育倉庫から2本の木刀を抜き、1本投げ渡してやる。
広いグラウンド内は、今使用している生徒はいない。
「校長。合図を」
「は、はじめ!」
じり、と構えた魔王が動く。マリーは半身になって完全な自然体を取ってその魔王を眺めている。
「ツァッ!」
腕を狙った一撃をふわりとした動きで木刀で止め、同時に足を払う。
完全に腕に意識を持っていかれていた魔王は簡単に足を払われてその場に尻をつく。
その喉に、殺気の篭った刃先が当てられる。
「1本、ですわね。3本勝負にしましょうか?」
「…女…いいだろう。本気で相手にしてやろう」
「ええご存分に。校長、仕切り直しを」
「―はじめ!」
始めの合図で私は最初から瞬歩で移動する。相手も高速移動で掻き回す予定だったのだろう、ついて来られて…いや、微かに上回られて焦っている様子だ。応酬の中で襟首を掴む。高速移動の勢いのままに投げ飛ばす。ズザザザザザザ!!と痛そうな音がしたが構わない。滑っていった先の魔王の延髄にありったけの殺意を込めてひたりと刃先を当てる。魔王の体が殺気に反応してガタガタと震えている。
「2本先取で私の勝ちですわ。魔王様。私はSクラスの生徒ですの。で、あのファムリタさんは比べてどう思います?」
「お…お前…ッただの学生、じゃないな…ッ!?」
「解りますか?私はSクラスの主席ですの」
「主席!?それだけの筈が…人間がここまで強いなどと…!」
「同じSクラスの私の婚約者も私と同じくらいの強さですよ」
「な……っ、なんだそれは…っ」
いつまでも立ち上がらない魔王に手を差し出す。漸く立った魔王にヒールを掛けて擦り傷を治してやる。
「Aクラスに配置された理由、もうお分かりですね?」
「…単純に実力が足りていない、だな」
「ええ。ですのでファムリタさんにはAクラスで授業を受けて頂きますわ。問題ありませんわね?」
「……ああ」
「ちょっと魔王様!納得しないで下さい!あたしだって教官から筋がいいと褒められましたよ!」
魔王は首を振る。
「お前とは次元が違う」
「今校内改革中でして。Aクラスの生徒も結構強いですので、ファムリタさんが付いて行けるかどうか解りませんわ」
「何を改革したらこうなるのだ!!」
「…いやですわ、魔王様。ひ・み・つ に決まっているでしょう、軍事にも響きますのに。ああ、その辺の情報はファムリタさんが持ち帰るかも知れないですけれどね」
「…女。もう一度名を聞いても良いか」
嫌だ。なんでこの人顔を赤らめてるの?Mなの?
「…マリエール・フォン・サリエルですわ」
マリエール…と呟きながら魔王が踵を返す。
「ではファムリタ殿。学園での勉強が終わったら此方に戻られますよう」
すたすたと門を超えるとそのまま転移で自国に戻ったようだ。
「魔王様――!!?」
悲痛な叫びを上げるファムリタを置いて、私はさっさと自分のクラスに戻る。校長め。尻拭いさせやがった。
勿論、昼休憩の対策も取ってある。
「シェアルーム」
時空魔法の一つで、20畳程の広さの空間を開く事が出来る。内装はその時の気分で変えられる。草原に小川、とか紅葉にガゼボ、とかそして鍵を持つ者だけがこの空間の入り口が見え、鍵を使って部屋に入る。
入る所を見られても大丈夫だ。登録された者しか入れない。鍵はどちらかと言うと入り口を見えるようにする為のアイテムだ。
紅葉にガゼボのルームで皆でお重をつつく。誰にも邪魔されずに寛げるって本当に安らぐ。黒曜とあーんで食べさせ合いっこしてるとそう思う。皆も思い思いの格好で好きに食べていて表情が和やかだ。
「あ。マルクス、あの装置早速役に立ったぞ。今ファムリタが付けてる」
「おお!!難解な魔方陣を繋げて作ったアレな!ちゃんと実用されていると思うと感慨深い…」
「何せテストしようにも、瘴気持った人間も禁忌魔法持った人間も居なかったもんな。苦労したよなあ」
「実用に耐えたか」
「――ああ、鑑定で確認した……なあ、リシュ、アディ、……早紀だった」
ぼろっと堪えていた涙が落ちる。
「あの、私に飯も寄越さずに暴力を揮って人の持ち物を盗んで…早紀、だったなんて」
「んー。悪質度は上がってるけどさ、私はなんとなくそうじゃないかって思ってた」
「亜紀!?」
「私はアクセとかちょいちょい盗まれたり、彼氏取られたりしてたからね。その時の表情とか早紀そのものだったから。あと、病的な黒曜様ファンなとこ。最初はシュネー狙いだったから外したかと思ったら、黒曜が現れてからもう黒曜しか見てないカンジじゃん」
「う~~~~ん。今の早紀ちゃんはちょっと仲間には出来ないわね~。こっちの世界に来てタガが外れたっていうか~相当悪化してるっていうか…」
「親の責任なのか、だとしたら私が悪かったのか?」
「「パパは悪くない。最初から根性ひん曲がってたよ早紀は」」
なかなか涙の止まらない私を、黒曜が抱き寄せる。
「早紀というのは確か以前のそなたの娘であったか。あのような娘は大概自分の意思でああなるのだ。そなたの所為ではない。それに今は他人なのだ。そなたが心労を患う事はないのだ」
「…っく、う、んっ。今更…っ娘、なんてぇっ、言われて、もっ…無理…っ…あの性格、が無理…っ」
しゃくり上げながら話す私の言葉を皆じっと聞いてくれて……あ。マルクスに言ってないわ。
「??ぱぱ?ファムリタが娘?」
現在まだ涙が止まらない私に代わって、アディが前世の話をしてくれた。それと、私がファムリタに受けた仕打ちも。
「今生が他人で良かったじゃないか、マリー。そんな仕打ち受けてたのに、心配するとか女神でも無理だよ。ファムリタはファムリタだ。何かと突っかかってくる迷惑なイノシシだ」
ああ…うん…そうだね、イノシシだねあの娘。
「ふ…ふふ、ありがとうマルクス君」
漸く涙から解放され、黒曜に目元を拭いて貰う。
「あ、皆で隠れて見てたよ、オジョウサマなマリー。凄いちゃんと上品な女言葉だったよ!頑張ったね!」
「今度私にもそなたのオジョウサマ言葉でやりとりさせておくれ。あの男ばかりずるいではないか」
「はは、ありがとう。公式の場などでは話す必要もあるだろうからこっそり練習していたんだ。黒曜は今度な」
すっと通った鼻先にちゅ、と小さく口付ける。黒曜が真っ赤になった。本当に可愛いやつだ。
さてそろそろ昼が終わるが、…生徒会と虐めグループと黒曜様は皆のもの派の人たちは学園に来れているんだろうか。ちょっと気になる。
「そういや生徒会、会計だけ戻ってきてたよ。ロティさんを虐めたグループは皆帰って来てないね。黒曜様グループは全員戻って来てるよ」
おお。さすがのアディ。悩みどころをばちんと当てて来るね。
「そっか。虐めグループと生徒会はもうこれ以上無理かもな」
ちょっと遠い目になる。因みにこのルーム、ドアが設置できる。片方はソラルナの教室へ。もう片方は私達の教室へ。お昼を解散して、それぞれの教室へ戻った。
昼休憩、ファムリタは、いつもの場所に居ない私達にヒスを起こし、学校中を駆け回って探して、昼を食べ損ねたと聞いた。相変わらずだった。
パパにとっては早紀ちゃんは少し性格が悪いけどそこまで酷くない、という認識だったパパ、自分を踏みつけながら笑うファムリタと同じだとは思いたくないでしょうね。
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