閑話7
出雲とファムリタのお話ですね。
●出雲国
第一王子が身の内に抱えた龍が非常に強力な上に成龍である事を知った王は、最初怒り狂った。第一位継承候補の王子である。誰の策謀でこのようなものを降ろしたのか、徹底調査されたが、犯人は見付からず。なんとか養育しようとあれこれと考えなければ、迂闊に近寄って龍の餌食になる者が出る。
王子の隔離は国にとって致し方がなかったのである。降ろしたものの膨大な存在に比べて王子の器が小さくて、何をどうしようと龍は王子を苦しめ、暴れる。
一縷の望みを込めて、最近聖女で話題のトルクスへ遣った。海外留学とも放逐とも取れるそれは、医者も何も付けられず、ただ、厄介だから国から放り出されたようにしか王子は思わなかった。
マリーに助けられ、あわや命を落す直前であった王子は、誰かが傍に居る、という嬉しさを、感動を、どう伝えれば届くだろうとばかりにマリーに傾倒した。
本国には、無事聖女の御座す家に引き取られ、徐々に龍の存在が王子に馴染んで来ているようだと文が届く。ただ、誰かが影を使ってお二人を亡き者にしようとしているとも報告がある。
それに怒った王は、影を使っている者を調べて捉えよと命令を下すが、その時にはもう、猛者揃いで育て上げるのに長い時を要した影が、30人弱まで減っており、残りの70人は落命したようであると報告がある。誰が犯人かは、その命を以って示された。
正妃である。正妃が影の家族への生死を握っていた為、逃れた残りの影が発言する。我ら影を第一王子暗殺に使い、王子に憑ける龍を選び、生贄を必要とする強い呪いを王子に掛けていたが、術が跳ね返されてこうなったと言う。
体中を蟲に食われ、蛆にまみれた姿は王の憤りの遣る方を無くし、どこぞの叢にでも放置しておけ、と影に命じた。正妃の呪術の腕は誰もが認めるところではあったが、側妃や愛人に呪いで死んだり顔に爛れを患う者が後を断たず、誰もが正妃の仕業であろうと見当をつけてはいても、口に出すのも憚られる禁句だった。王も忌々しく思っていたところであった為、正妃の死はそれ以上取り沙汰される事はなかった。
それよりも、王子の事だ。影を遣って調べるよう申し付けると、無事に龍を纏う事が出来ている、という嬉しい報告があった。王は龍技が使えるかどうか調べよ、と国一番の猛者をつけて影と共に送り込んだ。
だが、此処で意見が3つに割れる。
試合った本人は、王子はまだ龍に苦しめられていると言い、それを見ていた他の影は見事龍技を使いこなし、将軍をやり込めた、と言い、同じく見ていた別の影はこのまま関わってはならない、天罰が国に落ちるという。
3つめが気になった王が、影を問いただすと、女神が降臨し、愛し子であるところの聖女と、黒曜との縁を結んだという。そして、家族の居るトルクスを出る気はないと申していたという。
よりによって、相手が聖女である。無理矢理連れてきた日には、確かに天罰の1つや2つ落ちるのは確実だと王は考え込む。
龍を御し、英邁に育っていれば跡継ぎにしたいと思っていた第一王子である。公爵家とはいえ婿にやる訳にはいかない。しかし、王子は聖女から離れる気はないという。聖女ごとこちらに嫁いでくるならば、外交に影響が出たとしてもこれ以上の寿ぎはない。ただ、聖女は非常に家族を大事にしており、王子もまた、本当の家族同然に慕っているという。自分はどうだ。王子に慕われるような接し方をしただろうか。いや、思い出す限り皆無だ。
公爵家ごと誘致できないかと考える。身分はそのままに、王と王妃の家族として出来る限りの事をしてみれば、頷くやも知れない。
王はその事を文に認め、影に公爵家へ渡すように伝えた。
さて、王子の帝王学をどう学ばせるか――王の頭の中ではもう、王子を取り戻した後の事しか考えて居なかった。
●ファムリタ
学園へは行けるけど、行った後、部屋に戻るともう何もする事がない。
部屋の書物は全て目を通したし、放課後まで残って――部屋に戻りたくなくて――復習も予習も済んでいる。ぼろり、と無表情のままのファムリタから涙が落ちる。休日にはもっとやる事がない。監視員に一度掛け合ったが、武術の手解きくらいならば、と返ってくる。
遅いのよ。武闘祭で2位以内に入れなきゃ意味がなかったのよ!何故もっと早く言わなかったの、と責め立てたが、今更過去の事を言っても意味がない事くらいは解る。ボーダーを聞いたら2位までがS,3~5位がA、6~10がB…と細かく定められていたのだ。
中途でSに入るには厳しいのだ。マリーが居る為に全員の闘技レベルが高い。魔法もだ。自ずとボーダーはかなり引き上げられていた。特に実技は見るべき技がないのに、瘴気のようなものを体から出して勝利を収めていたファムリタは、Sには上がれない、と祭の最初の時点で校長に溜息を吐かれていた。
これで接点が出来ると思っていただけに、ファムリタの絶望は深い。その上に、女神に封印を掛けられたナニカ。あれがないと魔法がマトモに撃てないのだ。魔力は循環している。が、心臓の辺りで引き攣れたようになって練りこめない。ファムリタは今迄知らずに瘴気を練りこんだ魔力で魔法を撃っていた。だから、今のファムリタには魔法がまともに扱えない。魔力のみを練る事が難しいのだ。
――…ょに…いか…?
ああ、またこれだ。武闘祭に参加してSクラスに入ると決めた時からずっと良く聞き取れない幻聴がある。
どうせなら聞き取れる幻聴ならばここまで苛々しないのに。
――……りたい…?
「どうせなら、もっと聞き取れる幻聴にしてよ、苛々する!!」
ばふっ、とベッドに飛び込みながら悪態を吐く。すると――
――聖女に、なりたいか?
聞こえた。しかも、今一番欲しい言葉が。自然とベッドの上で居住いを正す。
「…なりたいわ、聖女に」
――人でなくなってもか?
「私が聖女になりたいのは黒曜様に堂々と告白して愛される為よ!それが出来ないなら意味がないわ!」
――なに、人で無くなっても見た目は変わらぬ。約束してやろう。そして我が城で思う存分享楽に耽るがいい。
「…学園には行けるのね?」
――そのくらい容易い。だが転移の魔法を覚えて貰う必要はある。
「魔法を一つ覚えただけで…?私が聖女に?マリエールはお払い箱になるって訳?」
性質の悪い冗談を聞いたように、ファムリタは笑う。こんな幻聴にまともに耳を貸している自分がおかしい。
――マリーとやらはこの国の聖女であろう。そなたは我がマダルガスの聖女になるのだ。魔王の国だ。我が神である。パズスと呼ぶ栄誉もくれてやろう。
「パズス…」
ファムリタは息を飲む。それは彼女が学んだ中にあった、邪神の名前だ。マリエールは女神の愛し子だ。ならば自分はこの邪神の愛し子となるのか。それがどんなものか、ファムリタには想像力が足りなかった。邪神でも神は神だ。愛し子になる事で何かマイナスの要素があるようにも思わなかった。
「――して…」
――あたしを、聖女にして、黒曜様との仲を取り持って!
――引き受けよう。だが黒曜とやらに話しかける場を設ける事は出来ても、心を奪うのはそなた自身だ。
バチンバチンバチンバチン!!!
ファムリタの中で封印されていた物が全て解放される。余りの爽快にはあーっと大きく息を吸い込んだ。
――では我が居城まで連れて行こう。
「ええ、連れて行って。私が聖女になる世界へ!」
ぬ、と巨大な手が部屋に差し込まれると同時に、監視役がその手に攻撃を加えた。
「勝手に連れて行かれると上司に怒られるんですよっと」
監視役は余りに濃い瘴気に顔を歪めながら、小指の一本を切り落とそうと再度仕掛ける。が、巨大な指の薬指の爪で腕を落される。
――蝿の喧しい事よ。
そのまま切られ掛けていた小指の傷を塞ぐと、小指の爪で監視役を弾き、壁に激突させる。頭を打ったのか、監視役の体が意識を失ってずるずると座り込む。
そっとその手でファムリタを掴むと、赤と黒のオーラが立ち上り、ファムリタの居室の天井は破壊された。
上空で大事な物を隠すようにやんわりとファムリタを包むと、上空から突如巨大な手は失せた。
――まだよ、まだチャンスがある。私が聖女で、黒曜様と結ばれる未来は諦めずに済む…!
連れて行かれた先で、王を始めとする全ての人物が自分に額づいている事に、充足感を得る。
そう。あたしは敬われて然るべき存在だ。
――公爵家で甘んじているようなマリーと、あたしは違う!国の頂点に立った上で黒曜様を得るのだ。
「…ふ…ふふふ」
その笑い声が、涙声に似ていたとしても。
実は監視人は作者のお気に入りでしたwファムリタの弱いところを見た監視員と何かが起こる可能性も微レ存だと思ってたんですが、あっさり持って行かれちゃいましたね。ファムリタがどうしても黒曜でないと嫌だと叫ぶので無理ップルでした。
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