46.武闘祭2
何故かいつも平穏に終われないトラブルメーカー体質のマリーさん
このところ、思考も言葉も、だんだんと15歳・女の体に引き摺られて柔らかくなっている気がする。いや、多分そうなっている。まだまだ男言葉の範疇ではあるが、前世程の硬い口調ではないと思う。柔軟性、というのは大事だ。私はそれを良い変化として受け止めている。
何せパートナーが男であるし、私も少しくらい女らしくなっても良いと思うんだ。まあ、黒曜はその辺りはあまり気にしていないようだけど。
学園から家に帰宅し、皆をリビングに集めて面白映像を見せるぞ、と言うと、私は今日のファムリタ戦を再生した。
全員見事に噴出し、嫌だ、こんな相手と戦いたくない、と笑いながらも怖がっていた。私は場合によっては明日闘う事になるんだが。
ラライナは、実は見に来ていたらしく、予選で気になるステージがあったのだと言った。凄い迫力の女生徒から5人が必死で逃げ回り、捕まった者は滅多刺しにされる、という他のステージではありえない展開だったらしい。
うん、それ多分ファムリタ。
遠目にも、女生徒が酷く怖かった、とラライナは自分の肩を抱いた。
明日も武闘祭だし、と言う事で、晩餐前の修練はお休みにして、各々今日あった事を話しながらわいわいと過した。
晩餐を食べたら、少しストレッチしてから風呂に入っておやすみなさいだ。早朝の訓練はやる心算だから。マルクス君に成功版の通信機渡してあげたいからね。
翌朝、早朝の修練でまた錬金している私の元に黒曜が見学に来た。魔導線を溶けた金属で引いたり、必要な材料を釜に入れて魔力で合成したりするのを眺めて楽しんでいる。
「気になるんなら黒曜も何か錬金してみるか?」
「いや、特に何か合成したいものが見付からないんだ。でもそなたがイキイキと錬金をしているのを見るのは楽しいぞ」
「最近はケイタイばっかり錬金してるけどなー。なんか他にいいの思いつけばいいんだけどな」
完成したケイタイをアイテムボックスに仕舞う。丁度朝食の時間だ。
「朝食だ。行こう」
「うむ」
黒曜と手を繋いでダイニングまで歩いた。
そしてやっぱり飯になるとトゥルースが出て来る。暇を持て余しすぎじゃないか?
美味しそうに飯を頬張りながら、とんでもない爆弾宣言をする。
「昨日、美味そうな人間が居たなあ。でもあの調子で瘴気纏ってると人間じゃなく悪魔に進化しそうだけどねー」
「は?ファムリタの事か?」
「名前まで知るかよ。キエエエエとか叫んでた女だよ」
「…ファムリタだ…」
「あれだけの瘴気を被せられたら大抵の人間は錯乱して逃げるだろうな」
ああ、迫力だけじゃなかったんだ。あれ、瘴気だったのか…。どんどん真っ当じゃない方向に迷走してるな…。
「まあアンタにゃ効かないだろうけどなー」
そんな人間にウチのクラスに来て欲しくないんだけどなあ。
まあ今更そんな事を言ってもどうにもならない。
ファムリタに止めるように言うにも、何を止めさせたら止められるのか、そもそも言う事なんて聞いてくれるのか。
ふーっと溜息をついて、学園への馬車へ乗り込んだ。
今日は先ず、シードを決め、シード以外の者2名での戦闘が行われる。
審判から見て、3人の中で一番強いと判断されたものが決勝へのシードとなる。
総合のシードは私だった。私はメリウェルさんに耳打ちする。
「相手を見すぎるな。迫力に飲まれれば終わる。精神統一し、自分の体を思うように操って敵の隙に剣を叩き込む事だけを考えろ」
「はい!」
瘴気に飲まれないようこっそり隠蔽したホーリーバリア(微弱)をかけてやる。瘴気、という飛び道具がそもそも違反なんだから、それを無効化する程度の対策をしたって良いだろう。
「Cブロック、1年座学クラス、ファムリタ VS Eブロック、1年Sクラス、メリウェル・クラスト、ステージに上がりなさい」
ステージに上がると、ファムリタからぶわっと瘴気が溢れ出した。メリウェルさんは、言ったとおりに精神統一し、自分の木剣に集中している。
「始め!」
「キィイエエエエエエ!!!」
ファムリタが、怪鳥のような雄叫びを上げて、短剣を片手に踊りかかる。しかし、前回と同じく単調な横真一文字。
メリウェルさんはそれを見切って木短剣を持つ小手に厳しい一撃。ポロリと木短剣が落ちる。ドールが破損した。
手首を気にしている隙だらけのファムリタに、今度は胴からの、回転して背中に痛打。ドールが2体破損した。
「そこまで!勝者、1年Sクラス、メリウェル・クラスト!」
宣言をされても手首を押さえて呆然としながらメリウェルを見る。
「…えもか…お前もあたしの邪魔をするのか!!!」
ギロリとメリウェルさんを睨むファムリタを、いつもの回収係のお兄さんが小脇に抱えて消える。
一瞬静まった会場だが、メリウェルさんを称える歓声が、一泊おいて響き渡った。
「やりました、私…!助言ありがとうございます!」
メリウェルさんが両手で手を持って上下に振っている。
「いや、大した事は言ってないよ。メリウェルさんの実力だから、誇って良い」
後はメリウェルさんとの対戦だ。どれだけ強くなっているだろうか。楽しみだ。
その前に昼休憩が入る。メリウェルさんと別れ、いつもの場所へ。
皆わいわいとお重を広げて小皿を配って準備している。
「シードだったんで戦ってない。ファムリタから出てる瘴気を確認してきたんだけど…結構ヤバめかも。」
本当に弱いバリアしか張っていなかった為、途中から切れてメリウェルさんの足震えてたからな。
「回収係のお兄さんに、ファムリタを祈りの間に毎日数時間は入れとくようにお願いしてみようかな…。あそこ、聖気で満ちてるから」
「解ったやってみるよ」
ひょこり、と木の枝から逆さ吊り状態のお兄さんが出てきた。なんでも、回収するのに辛い空気を出すようになって困っていたらしい。私はアイテムボックスから大きめの魔石を取り出して聖気で満たす。
「ちょっと大きいけど、体のどこかに付けてみて。効果があればいいんだけど…」
「聖気で緩和が出来る…瘴気、ですか。あれは」
「ぶっちゃけそのようなんだよ。今のままだと人間で居られるか解らない。なるべく多くの聖気にあててやるのが良いと思う。聖気に怯える段階じゃなさそうだ。聖気で怯えたり苦しんだりするようになったら、もう人間じゃない」
「――了解。ありがと。参考になりましたわ」
そのまますっと木の葉に紛れるようにして姿が消える。なんとなくやるせなさが残る。
悪魔になるほど人を憎むってどういう感じなのだろうか。想像がつかない。
テンションの落ち込んだ私を心配したのか、黒曜座椅子へ座らされる。
あーん、でご飯を食べさせられながら、さらさらとその漆黒の髪を撫でる。
ああ本当になんて綺麗な顔なんだこいつ。目の奥に吸い込まれそうな気分になる。
「私の可愛い人、そんな目で見つめないでおくれ。我慢が足りずに襲ってしまいそうになるよ」
「!?」
ばっと凭れた体勢から跳ね起きて、自分でむしゃむしゃとランチを頬張る。
うーん、そういう事はまだ…うーん、心の準備が出来ていないというか。
「食べ過ぎると試合に響くからご飯は私はもう終わりにする」
腹じゃなくて胸がいっぱいでもう食べられない。
真っ赤な顔でそう言うと、席を立とうとした私を黒曜が捕まえた。
「せめてデザートだけでも食べてから行っておいで」
黒曜座椅子に捕まって、エッグタルトを一口。美味しい。でももうちょっとハレな気分の時に食べたかったなあ!
ボリュームの割に小さいエッグタルトはさくさくと美味しい香ばしさととろりと蕩けたカスタードが魅力の一品だ。
気付くと黒曜の服にぽろぽろ零しながら食べていた。
自分の指と黒曜の服にクリーンを掛ける。
黒曜の頬にちょんと唇を当てて、「行ってくる」と、体を離した。
真っ赤になった顔を伏せて片手で額を支える黒曜。
うん。可愛いな。ざまーみろ。やられっぱなしじゃないんだぞ。
ししし、と笑いながら少し気持ちの軽くなった私はステージへ向かう。
ダメージドールに魔力を注いでいると、5体目のドールに違和感を感じる。
「なんだ…?」
感覚を研ぎ澄ませ、確認すると、胸部に何かが埋め込まれている。
手刀で割いて中身を取り出すと、あちらの世界で言うところの手榴弾に近いものが埋め込まれていた。魔力が満ちると爆発するようだ。
「拡声!全員5体目のドールに魔力を注ぐな!!爆発するぞ!!!」
少し遅かったらしく、2回ほど爆発音が響く。
「あーあー。興醒めだよ、なんなんだアンタ。折角の祝砲だったのに」
むうっと唇を突き出した面白くなさそうな顔で、浅黒い肌に角――見た目は12歳くらいの魔族の少年が言う。
「人間の国でおかしな出し物やってるっていうから来てやったのに。弱いのばっか。残念な祭りだな」
「無茶を言うな。これは学生たちの催し物であって、国家の間の武闘祭ではない」
「ふん、どっちにしたって学生がこんなレベルじゃ大人だってお察しだね」
「そうかよ。バインド」
「戦いの名乗りも上げずに行き成り攻撃ってお前ら蛮族か!?」
ステージに下りて来ていた魔族は、自分の体を拘束する蔦を剥がそうとするが、そんなにやわな拘束じゃない。
「そちらの流儀は知らんが、こっちにはそんな風習はない。崩壊」
体の末端から解けて分解していく自分の体にぎょっとした魔族は、慌てて止める様に脅してくる。
「お前ら魔族と戦争になっていいのかよ!俺は第一王子だぞ!殺されれば父が黙っていない!」
「お前のした事は、少しでも間違えば何人も犠牲者が出るものだった。こちらはその事で抗議するね」
崩壊が顔のすぐ傍まで来た魔族は言う。
「悪かった!俺も俺なりにちょこっと参戦したかっただけなんだ、本当」
真実の目がぎょろりと目を剥く。
「嘘だな。何が目的だ?」
「セージョだよセージョ!!どんな病も癒せるんだろ!オヤジの病気を治して欲しいんだ!」
真実の目はふわりと光る。
一旦崩壊を止めてやり――魔族の頭にはハゲが出来てしまったが――ヒールを掛けてやる。足と腕に欠損が出てしまったが、それはまだ治さない。
「さっきのは本当だったが、お前がやった後始末をしろ。埋め込んだ爆発物を全部取り除いて報告に来れば腕と足を治してやる」
「チッ!」
舌打ちすると、少年はあちこちを飛び回り、それぞれの爆弾の解除キーを片っ端から唱えて回る。そして、何故か玉座――今は無人だ――にも解除キーを唱えていた。座ると爆発するようにしていたのか、少し気まずい顔で戻ってくる。
「これで全部解除したんだな?」
「したさ」
真実の目が嘘を示す。
「嘘だな。他に何処に仕掛けた」
「お前、そのペンダントずるいぞ!!!」
逆切れかますのを許す程、今回仕出かした事は小さくない。ギロリと魔族を睨む。
「本当の事を言わないお前が悪いだけだ」
服の襟首を掴み、首を絞めながら訊いてやると、慌てた風に魔族は応えた。
「悪かったよ!!学園の真ん中にある塔の下に、丁度塔が崩れる量の爆弾を仕込んだ!これで全部だ!」
ペンダントが真実を示す。
「解除して来い」
「キーワード製じゃない。時間が来るか、衝撃を与えると爆発すんだよ」
「時間?」
「試合開始と同時の予定だったからあと5分だな」
「爆弾の位置を教えろ。私を連れて行け」
はあ?と魔族の顔が歪む。
「なんでそんな危険な事しなきゃなんないのさ」
その危険な事を仕出かしたのはお前だ。首の骨がゴリッと音を立てるまで締め上げてやる。
「お前の親父は惜しかったな」
「わーかった!!ゲホ、連れてく!!!」
頼みごとをしに来た者が、その国に被害を出すとは、信じられない。これが魔族の流儀なのか。
塔の内部に入ると、地下に降りる。ごとりと置かれた爆発物は、学園全てが吹き飛ぶ量だ。
「お前…!!最初から学園潰しに来てたんだな!?」
ぶう、と拗ねた顔で「違うもん…挨拶だもん…」と言う魔族。ペンダントは真実を示す。これは誰かに唆された可能性が高い。
「ホーリーシールド、ホーリーケージ、崩壊の雨」
爆薬はいくらか弾け跳んだが、シールドで外への被害はなかった。崩壊の雨はじわじわと爆弾を解体して塵に変えていく。
「あと何分だ」
「2分」
「っくそ、崩壊!崩壊!」
私の悪足掻きが効いたのか、爆発せずに先に全てが塵になった。ほっと息を吐く。
「ホーリーケージ」
魔族を聖魔法の檻に閉じ込め、それを持って王と連絡を取る。
魔族の仕出かした事を説明すると、物凄く渋い声が聞こえた。
「魔族は完全な敵対種族ではない。ただ、仲が良い訳でもない。捕縛したまま牢に入れる、試合時間を延期するので王城へ向かってくれるか?」
「解った。王宮の牢だな。大丈夫な筈ではあるけど、念のため、魔力を入れるのは4体目までにするか、5体目を交換してくれ」
「解った、交換しておこう」
そのまま転移で王宮まで飛ぶ。ギャアギャア五月蝿い檻の中の魔族を絞め殺したくなるのを耐えて――誰が唆したのか情報が得られなくなる――王宮の牢の手前まで来る。兵士に事情を説明すると、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「腹の立つことばかりだと言うのは承知だが、情報を取りたい。生かして捕らえて置いてくれ。尋問は第3部隊に任せる」
「はっ!」
「では私は武闘祭に戻るので宜しく頼んだ!」
さっと学園に転移し、最初に爆発音が響いた辺りに駆けつけると、それなりの怪我人が出ていた。ヒールで癒していく。欠損までしている者が出ている。何が挨拶だ!!
グレーターヒールで欠損を治し、ふと魔族との約束で欠損を治すと言った記憶があるが、それは全部解除して報告に来たら、であって中央塔の事は私が処理したのだから約束は履行されていないと見做す。
怪我人全てが治ったか確認し、私は自分のステージへ向かった。
「マリエールさん!!お疲れ様です!私もう少しで5体目まで魔力を注ぐところでした!助かりました!」
「無事で良かった」
笑いながら頭を撫でてやると、真っ赤になって恍惚とした顔になる。やべえ、と察して手を引いた。
「さて、ちょっとトラブルがあり、午後の開始時間が遅れましたが、再開です!」
アナウンスのお姉さんの合図と共に、審判がステージに上がる。
「Sブロック、1年Sクラス、マリエール・フォン・サリエル VS Eブロック、1年Sクラス、メリウェル・クラスト、ステージに上がりなさい」
どうせなら何か技を見せてやろう。派手なのはダメだ。ダメージドールの容量を超える。
「始め!」
「バインド」
絡め取られたメリウェルさんが怯む。その隙に。
「飛燕3連」
正確に頭部に向けて飛んだ斬撃は、ダメージドールを3体破壊した。メリウェルさんの目が潤む。
「勝者、1年Sクラス、マリエール・フォン・サリエル!」
かくりとその場に座り込んだメリウェルさんは涙の伝う顔をこちらに向ける。
「負けるって解ってた筈なんです。でも…実際負けるとこんなに悔しいものなんですね…」
「負けて悔しくないヤツは成長しない。負けて悔しい、と本気で思えるなら、メリウェルさんはもっと成長できるよ」
「~~~~っはい!」
投げ込まれたタオルで涙を拭いてやり、2人でステージを降りる。歓声が私達を包んでくれた。
今回は総合1位が私、2位がメリウェルさん、3位がファムリタ
武術1位が黒曜、2位がアディ、3位が生徒会長補佐
魔術は1位リシュ、2位がソラルナ、3位がシュネーだった。
ほぼ身内で1~3位を独占だ。笑うしかない。
魔族やらファムリタやら、ちょっと気になる件があるものの、武闘祭はなんとか平和?に終わった。
帰り際にマルクス君を見つけて、ケイタイを渡してやる。大喜びしてくれたマルクス君は、何故か私に片方持っていて欲しいという。別に構わないけどね。しかし、それを見てた黒曜が私と黒曜のケイタイを物凄く欲しがった。耳に甘噛みまでされた!いっつも隣にいるじゃん、と言うと、今回のトラブルに気付けなくて一人で処理させてしまった、と悔やんでいたようだ。
明日は休日だが、王に呼び出されたりしませんように!
偶にはほら、したいじゃないか。デートなんか。
魔族の坊ちゃんはまだ12歳くらいの少年です。強い=偉いと思ってます。
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