39.勇者2
勇者さんはなんで自分が勇者だと思ったんでしょうね。転生モノの小説の読みすぎだったんじゃないかな
ビシャアン!と大きな音を立てて落雷があった。胸騒ぎがして、私は急ぎ門扉の所まで駆ける。
「勇者…?」
汗みずくに髪は乱れ、衣服のあちこちが焦げ、がくがくと膝を震わせる姿からは、昨日の分身のような余裕は微塵も感じられない。ただ、荒い呼吸で追い詰められた獣のような鈍く光る目が私を見ている。
私の到着と共に白い光はすうっと消えていった。女神だ。私がこの手で倒すと決めたから、きっと連れて来たのだ。
過保護な女神のやりそうな事だと薄く笑いながら、忘れもしない、昨日の怒りが体を火照らせる。
例え相手が見窄らしいまでに消耗していても、関係ない。
「抜けよ。そのまま斬られて終わりじゃあ勇者の名が泣くんじゃないのか」
「ひ…ひひっ。お前、お前さえ倒せば僕は、生き残れる…っ」
ズラリと抜いたのは蛇腹剣。鞭と剣の両方の特性を持つ珍しい武器だ。
「ハァツ!」
斬りかかった刀を絡め取られそうになり、直ぐに引く。相手はその隙に最大まで延長させた剣でこちらの首を狙って来る。瞬歩で避け、もう一度瞬歩で間合いを詰める。その武器は近接に向いていなさ過ぎる。
「ちょろちょろすんなよぉお!お前が死ねば僕が助かるんだぞ!?死ねよ!死ね!」
マリーの方へ無茶苦茶に剣を振り回すが、ぴたりと背後についたマリーに攻撃を当てる事は出来ない。
「フンッ!」
背に当てた手から勁を送り込み、勇者の腹が爆発したように中身を撒き散らす。
「ぁっ…ァア!!お前…お前がああああ!!」
勇者は腰のポーチからエリクサーを素早く引き抜き、ガラスを食い破る勢いで口に流し込む。
その隙に、マリーは、勇者の首を落とした。
いかなエリクサーでも、首だけの状態から体を再生する事は出来ない。首からぼたぼたとエリクサーが漏れて地面に落ちる。
その首は信じられないといった表情をしており、昨日の御者の表情を思い出させる。
マリーはその首を踏み躙った。
「お前が…そんな顔するな…!お前が!!」
飛び出していったマリーを追いかけ、他の家族が目にしたのは勇者の顔を無言で踏み躙っている姿だった。
そっと黒曜がマリーを抱き寄せ、自分の胸に顔を埋めさせる。
「敵は死んだ。マリーのお手柄だ。厄災を振り撒く存在だったからな。そなたは褒められていい事をしたんだ」
「……ん……」
「流石私のマリーだ。強く格好良い。少し涙脆いところも可愛い」
「……」
ぎゅ、と黒曜の背中に回ったマリーの腕が痛いほど締め付けてくる。
「マリー?顔を見せておくれ」
いやいやをするようにマリーの首が振られる。
「解った。ではこのまま抱いて行こうか」
ぐっと臀部を右腕に乗せ、縦にマリーを抱いた黒曜がマリーの部屋まで運んでくれる。
張り詰めた糸が切れたのか、ベッドに寝かせてやる頃には寝息が漏れていた。
「お疲れ様、今日は一日ゆっくりしておいで」
立ち上がろうとすると、袖を握られたままになっている事に気付く。
「悪い子だなマリー。私の理性が鋼で出来てる事に感謝すべきだ」
そのまま同じ布団に入り、マリーの体を抱き寄せ、2人で眠った。
あくる朝の早朝、丸一日眠り、黒曜に甘えたマリーは少し顔が赤い。
恥ずかしいところを見られてしまった。と、今更照れがやってきた。
「…マリー…?」
隣に寝ていた黒曜の少し掠れた声が無駄に色気を醸す。
「あ…あー…、昨日は助かった」
「私は何もしていないが…」
「私は助かったんだ!大人しく礼を受け入れろ」
くすりと笑いが聞こえる。
「私の可愛い人は無茶を言う」
「五月蝿い、修練に出るぞ!」
真っ赤な顔で修練に出たマリーは、アディに「おやおや、昨晩はお楽しみでしたか~?」と囃され、リクハルトには「まだ早い、まだ早いよマリー!!」と窘められ。
何もなかった!と言ってもにやにやと様子を伺われる。
マリーは影を呼ぶと、勇者を名乗る者はもう潰したと国王に伝えるよう指示する。
休みの日にはぱあっと憂さ晴らしできるようなダンジョンに行きたい、と思う。
全員がそれぞれ10に達していない魔法を撃ち続けたおかげで、それぞれのスキルレベルはほぼ10に近くなっている。ソラルナ・ラライナ・リクハルトは頭打ちの上に新しく魔法を覚える事も出来ないので、今は基礎に立ち返って魔力回しをしていた為、高速で行えるようになった。
修練を終え、朝食を食べると学園へ向かう。園内の壁に貼られたポスターの、武力大会、魔法大会の文字が目に入る。
「何コレ」
「うーん。どうも私達はマトモに参加出来なさそうなんだけど、それぞれが鍛えた剣術や魔法で全学年合同の大会やるらしいんだよね」
「どうも~、私たちはぁ、200Kgの錘を付けろ、とか。魔法は開始後10分間撃つな、とか言われてるんだけどね~」
「え?その程度のハンデでいいのか?」
「やっぱそう思う?」
「あんまり校長もその辺の匙具合が解らないみたいでね、迂闊に口挟むとまた生徒会が暴れそうだし、もうそれでいいならいいかなって」
「多分マリーの圧勝だろうけどね」
「いや、黒曜もなかなかやるんだぞ?」
すると背後から声が掛かる。
「そういう事は僕たちを倒してから言って欲しいものだね、マリエール・フォン・サリエル」
「そうそう、冒険者ギルドのクラスも知らないけどさぁ、僕達はクラスAだよ?」
流石生徒会の意地があったのか、結構上げてるんだな、とマリーは感心した。
「ダンジョンは下賤な民の行く所じゃなかったのか?」
その瞬間、生徒会長の顔が真っ赤になり、表情が歪む。
「う…五月蝿い!!兎に角僕らは力をつけた!ハンデ背負って勝つとか有り得ないからな!」
「解った解った。大会でセンパイ達の活躍、楽しみにしている」
それきり背を向けて歩き出す一行を、生徒会の面々は憎らしげに睨んでいた。
敵が減った、と思えば今度は生徒会さんですね。
読んで下さってありがとうございます!少しでも楽しく読んで頂けたならとても嬉しく思います(*´∇`*)もし良ければ、★をぽちっと押して下さると励みになります!大会に出るかどうか、つまらなさそうでマリーさんはあんまり乗り気じゃないです。短いですがキリの良さそうなとこで切りました^^;