閑話5
頑張ってる人や頑張れなかった人のお話
●ファムリタ
最近は、黒曜様の姿をマトモに見る事さえ難しい。全部マリーの所為だ。
お昼時に黒曜様が何処で昼食を摂っているのか、私は知っている。知ってはいても、近づけない。
多分マリーへの害意を捨て去る事が出来ればあの結界を越える事が出来るのだろうと解っている。解っていても、黒曜様にべったりとくっつきながら、昼食を摂るあの姿を見れば殺意を抱かずに居られない。
幸い、以前マリーに殺意を抱いた時に、禁忌魔術を得る事はなかった。それは良かったのだが、光魔法をどんなに練習しても1から上がる様子がない。黒曜様のヒールに圧倒される程度の、ちょこっとした光しか出せない。
だって、学校から帰ると修練どころか、クタクタになるまで働くのだ。客へのサーブ、食べ終わった席の掃除、声をかけられ、注文を聞き、オーダーを書いた紙を厨房へ渡す。終業時間になると、床に落ちたゴミを掃き、それからほんの少し洗剤を入れた水で床をモップで清掃する。終わったら乾拭き。
そこまでこなしてやっと自由時間となるが、遅刻せずに学校へ通うとすれば、半刻程度の時間しかない。その時間で魔法と借りてきた短剣の技術書を読みながら短剣を揮う。短剣の方は、徐々にこなれた動きで揮う事が出来るようになった。
総合科へのクラス替えを申し出るのにもう少し。もう少し短剣を意のままに操れるようになってから。
だって魔法がヒールしかない上に弱いから。せめて火とか風とかの魔法が出来ればもうちょっと違ったろうと私は思う。
その瞬間、ふわりとした感触。これは何かを取得出来た時に出る感覚だ。
部屋の中で火魔法などを試すのは流石に無理だろうと、こっそり屋根裏部屋から外に出て、ファイアーボール、と何度も唱える。そのうち手の中に火が出現し、川の方まで投げることが出来た。
とはいえ、へなへなの安定しないものが川に到達する前に燃え落ちる程度のものだが。
今日は、もう寝る事にする。
明日学園へ行ったら全部の休み時間を使って、このファイアボールを少しでもマシな威力にして、転科するのだ。
黒曜様と一緒に授業を受ける為なら、なんだって頑張ってみせる。お昼時に黒曜様を見に行けないのは辛いけれど、同じクラスになったらいつだって黒曜様の姿を見ることが出来るのだ。出来れば隣の席になれればいい。
更に希望が見えたんだ。
――あたしは、諦めない
●??????
もう影などに任せてはおれない。女が一番得意とする魔術は呪術。
隠蔽のスキルで隠し、鑑定などで判明する事はない禁忌魔法だ。怯えた目の生贄を捧げ、女は常よりも強く惨い魔術を織っていく。
ゆるゆると生命力を吸い取られ、3人の若い生贄が萎れた老婆のような姿に変じていく。ぽきりと生贄が折れて崩れる様を気にした風もなく、女は笑う。これで確実だ。黒曜は死に至るだろう。呪術の行方を指定し、女の掌から魔術は放たれ飛んでいく。
「これ、影よ。この木乃伊を始末せよ」
女が言うと、すっと3名の遺体は影の手に引き取られて消えた。女は続けて小姓を読んで茶を頼もうとするが――
一直線に戻って飛んできた自分の呪術に絡め取られる。
「――な…!?何故妾にこの呪術が…!??」
女の呪術は今まで1度たりとも破られた事がない。それゆえに女は慢心していた。
驚嘆の合間にも、目や鼻、耳などの孔を目指して蛆が這い寄る。焼け爛れた皮膚には何かの卵を植えつけられる。もがこうとしても、大百足が巻きつく様に拘束しており、身じろぎも出来ない。
女が丹精を込めて強い呪術を構築したばかりに、呪を払う事も出来ない。
「やめ、やめよ、誰か!誰かある!」
影が現れ、女の現状に目を瞠る。だが、影は何もしようとしなかった。丁寧に蛆を払ってくれるものと思った女は激昂する。
「お主等の家族がどうなっても構わぬのか!早う蟲を払わぬか!!」
ぶうん、と大きな羽音が響く。
「ぁああああ!!アレを倒せ、影よ早うせんか!!!」
うぞうぞと蛆に覆われ行く女の姿は、もうほぼ見えない。飛んできた巨大な羽虫は女の心臓へ向け、卵管から心臓へと卵を植えつける。その後は内臓を狙って的確に卵管を刺し入れ、卵を植える。
「ッカ…クカカカカ…ッア・・・ァアアアアアアアア!!!」
ああ。自分は間違った。あの呪が返せる程の人物となると、噂に聞く聖女とやらが関与しているに違い無い。
自分は聖女と女神に対して喧嘩を売っていたのだ。やっと気付いてももう遅い。目ごと貫いた卵管が脳内に卵を植える。
「ひきゅ…ッ」
それが最後の言葉となった。
●勇者
勇者は追われていた。以前自分を傷つけた白い光に。少しでも道を逸れたり逃げようとすると、容赦ない光が勇者の踵を焦がす。
「知っている…ッ、この、道は…ッ!!」
己が分身を送り込んだ道だ。間違う筈もない。このペースで行けば3日と経たぬうちに侯爵邸へ付いてしまう。
分身は月に一度、10人しか回復しない。なので1年弱の時を置いて再度攻める心算であったのに。
今、1対1で剣を振るおうと、勝てる相手ではない事はわかっているのだ。だから念入りに搦め手で仕留める心算だった。
「い…嫌だ、嫌だ、俺は勇者だぞ、こんな事をして…ッ」
光は何も語らない。ただ延々と空から降り、勇者の進路を強制する。分身があっても酷い怪我を負ったのだ。マトモに当たれば総身が焼かれ尽くすだろうと検討はついた。だからと言って聖女にも勝てる気がしない。本来の自分は、分身10体分程度の能力しか持たない。
行くも戻るも死の影が見える。勇者の目からぼろぼろと涙が零れる。
何故勇者の身である自分が、聖女などにちょっと襲撃を加えた――しかも聖女には傷一つ付いていない――だけでこんな目に合わなければならないのか。納得出来ない。
息が乱れて少し休憩したくとも、それすら許されない。
侯爵邸に着く頃には自分は疲弊で殆ど動けないサンドバッグになるだろう。あの聖女相手に。
死ぬ。自分は。選択肢は光に焼かれるか聖女に殺されるかの2択しかない。
「っい…嫌、だ俺はぁっ…死にたく、ない…っ」
もっと楽しく遊ぶのだ。その為、シグニスを経由してアザレストに拠点を構える心算だった。
「嫌、だっ。っは、死に、たくなっ…い、嫌、だァッ!」
がくがくと疲労で膝を震わせながら、光の誘導に従う。万が一でも生き残る筋が有るとすれば、この光に逆らうよりは聖女に勝つ方がまだ見込みがある。必死になって走る勇者の目の前に、侯爵邸が見えてきた。門前まで誘導され、ビシャァン!と大きく隣に雷が落ちる。
「ひっ」
それに怯えた勇者が小さく悲鳴を漏らすが光は気にした風もない。
音に気付いたマリーが、邸から出るまで、あと3秒――。
●女神
最近愛し子の周りに害悪が多い。呪術使いの女は、女神が手を下す間も無く、愛し子が自力で退治た。
が、こそこそ隠れ回っては本人は動かず分身を飛ばす輩が愛し子を泣かせるのを見て女神は憤怒した。
だが、愛し子は自力で決着を付けたいと望んでいる。そしてこのような鼠1匹相対したところでどうにかなる愛し子ではない。
愛し子の要望を叶える為、女神は鼠を炙り出し、愛し子の元に手引きする。
少し焦げたりしたが、命に別状のある怪我はさせず、丁寧に。
愛し子の棲家の前まで誘導した後は、中の者が気付くように大きめの音を立てて雷を落とす。
これで愛し子の気は晴れるだろうか。
また、幸せそうに笑ってくれるだろうか。
本編に1度も顔を出さないまま遠隔で始末がついてしまった王妃様。王は面食いなので、爛れが顔に出来た頃から女として見て貰えなくなってました。
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