38.勇者
敵があちこちに居ますねえ
アディやリシュもその後に辿り着き、死んだ馬と具合の悪そうな御者を見て息を飲む。
状態異常は掛かっていないと思うが念の為、「キュア」をする。
少ししゃっきりしてきた御者と、馬車ごと皆で転移で帰る。死んだ馬には毎日世話になっていたので丁重に葬った。
晩餐前の修練を休みにして、全員にリビングで先ほど起こった事を話す。
戦いの際に確かにこの世から消えるまで見送った事も。
ただ、生きていたなら何処まで強くなったのかが解らない。各自気をつけるよう促しておく。
99までしかレベルが上がらないならそう遅れを取る筈も無いが、もし、99を超えて力を付けていたら厄介この上ない。
特にアディやシュネーは暫くレベル上げが出来ない。
ふと、何かがこちらに向かっている感覚を覚えた。目標は黒曜だ。
黒曜を抱きしめ、額を合わせる。
「感じるか?お前を目掛けて何か飛んでくる」
「…ああ」
「女が術者でアレは呪いの塊だ。跳ね返す」
「…あの女か…」
「聖域、我ら苛む呪いよ返れ。呪怨反射」
聖域に焼かれ、反射を受けた呪いは術者に返っていく。
小さく悲鳴も聞こえた気がしたが、場所が遠いので定かではない。
家の結界を物ともせずに入り込んでくる強い呪いだった。
ふう、と溜息をつくと、黒曜を見つめる。
「影の件の首謀者かも知れんな」
「恐らくそれで合っている。私に成龍を捻じ込んだのもこの女だ」
「それはそちらでは罰を受ける対象にはならなかったのか?」
「証拠がない。それにあれは王妃だ。そうそう罪に問われる事は無い」
「お前の母か?」
「いや、腹違いだな。わたしの母は呪いで亡くなった」
其処でまた呪いが出て来るのか。
「やはり術者は?」
「ああ、多分今の女だが、証拠がないのだ」
静まり返って私達の話を聞いていたリビングの皆は、それぞれ迂闊に口を突っ込む事も出来ずに、沈痛な面持ちだ。
「すまない、変な空気にしてしまった。多分今ので暫くはちょっかいを掛ける暇もないと思うので大丈夫だ」
ほうっと息をつく音が重なる。
今喫緊に話をせねばならないのは勇者だ。馬車止めで正確にウチの馬車を狙ったならば、居場所は割れていると思われる。
「勇者にも今の術者にも、今のままの結界では少し物足りないように思う。張りなおす」
ふう、と息をついて集中する。イメージが大事だ。
「この家に住む我らに害なす全てのものを遮断する。人も在り居り、呪いも在り居り、魔法も在り居り、危険物も在り居り――聖体守護。重ねて祈る。女神のお膝元とし、この土地に聖なる守護を願う。女神よ、愛し子たる我の望みを叶え賜う」
ふわっと清涼な空気が駆けて行ったようだ。どうやら願いは叶ったらしい。
思ったほどは魔力を消費しなかった。レベルを上げてMPが増えているおかげだろう。
今回は庭木も含めた全てを結界に入れた。
先刻程度の呪いならば、これで跳ね返せる筈だ。
全員の実力を上げる事も急務だな、と1人ごちる。
急にガギイイイイイィ!!と家の正面から攻撃をする音が鳴る。
張ったばかりの結界が壊れるとは思わないが、かなり激しい音だ。掻き傷の1つ位はついたやも知れん。
少し急いで状態と相手の確認をしようと急いだ。
其処には顔の半分を爛れさせた勇者が10人ほど揃っていた。
「お前だろう。エスタークを崩壊させ、
僕の上に白い稲妻を落とした。分身体が50も消された上にこの傷、絶対許さない」
「分身…ね。本体は怖くて戦闘には出られないと?ホーリーケージ」
10人纏めてケージに閉じ込める。50消されて怒るというのは、この分身体に限りがあるという事だ。
「お前ッ…また!!!不遜だぞ!勇者の前に跪付けば許してやらない事も無いぞ。さっさと鬱陶しいのを解け!」
10人が一斉に騒ぐので非常に喧しい。
「チェストォオオ!」
急に背後から声が響く。閉じ込めたのが全てではなかった事を考えておらず、避ける動作が間に合わない。
割って入った黒曜が刀で剣を弾き飛ばす。
「握りが甘い!」
返す刀で首を跳ねる。
こちらはいつの間にか漆黒とケルベロス、ライムが出て来ており、ケージ内の勇者をブレスで満遍なく焼き焦がしていた。
残りは何人だ…勇者の分身体は非常に存在が薄い。漆黒が口を開いた。
――後方に30、じゃな。
「ホーリーウォール!」
ガキン!と剣のぶつかる音が聞こえる。
ォオオオオオオン!!!黒曜が吼える。それに合わせて勇者達の動きが硬直する。
「九の型・無限乱刃!」
硬直した勇者達の首を一気に30跳ねる。
――残り9、右後方じゃ
技の直後の硬直を狙って襲い掛かってくる
「纏龍技、千刃挽歌!」
そっちにはまた黒曜のフォローが入り、9人は降ってくる光る刃に、頭から刺し貫かれた。
「おぼ…えてろ…ッ」
これでもう分身は打ち止めなら有り難いがさて。日数で回復するタイプだったりすると厄介だ。
そして、何処から来たのかを尋問するべきだったか…いや、分身は死んでも、本体の居る場所は絶対に吐かないだろう。
しかしこの弱さで良く勇者を自称出来るな…。もしかして本体は別格で強いとか?
ないとは言い切れない。そして捨て台詞から考えると、本体もそのうち現れる気がする。
…少し嫌な予感がする。慌ててリビングへ行くと、本体らしき者が御者の格好でラライナに袈裟切りをする所だった。
「スロウ!」
本体の動きが遅くなった所に瞬歩、剣をカチ上げて胴を真っ二つにする。
リクハルトが血を吐いて倒れている。
「エクストラヒール!」
「本体、だと思った…?」
「ああ」
2歩、3歩とよろめく勇者は臓物を零しながら何かの薬を呷った。
「エリクサーか!」
飲んだ直後の無防備な体勢の勇者に連撃を繰り出す。
手足を分断し、首を落とす。
信じられない、という顔で目を見開いたまま、勇者はこと切れた。
「変身中のヒーローに攻撃しないのは悪役が馬鹿だからだよ」
外に居た分身体は、死んだ後に骸を残さなかった。唯一死体を残したこれが最後だと思いたいのだが、何か違和感がある。今後も隙を見せないようにせねば、と思いつつ、ライムに死体を食べさせてやった。
その日の晩餐は、誰もが言葉少なく、少しテンションの低いものになったのはどうしようもない。
本物の御者は多分何処かで殺されたか拉致されたかだろう。
拉致の可能性を信じて、私は兵舎に依頼しに行った。
――いや、待て。御者の体を利用して憑依されていたなら話は別だ。私が御者を殺した事になる。
御者は気分の悪そうな顔をしていたので手を引かれて家に入った。
そして勇者が生きているかも知れない…?
私は家に帰るなり、吐いた。
心配してくれる家族に、先ほど思いついたことを話す。
少しショックを受けて全員が涙目になるが、アディはさっと目元を拭うと、私の肩を叩いた。
「全部可能性だよ。鑑定する暇もなかったでしょ?」
すっとライムのほうを見ると、少しだけ血が残っていた。
「――鑑定」
『サリエル家の御者の血液』
「やっぱり…本体は生きてる…!!」
ぼろぼろと泣きながら、いつも送り迎えしてくれた気のいい御者を斬った事を詫びる。
「すまない、私が未熟で…すまない…!」
黒曜が後ろから抱き締めてくれる。
「憑依されてたんだ。仕方がなかった。そなたは悪くない」
酷い事をしたのは私なのに、代わる代わる皆に慰められながら、私は決意した。
「絶対…許さない…勇者……!」
この手で必ず息の根を止めてやる。
自称勇者再び。
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