37.実技の先生
話の解る校長のようです
今日は朝から実技の日だった。
新しい校長は、今までの実技の先生を罷免し、冒険者ギルドからそれなりの実力の者を引き抜いてきたという。
なかなか革新的で良い校長だと思う。だが、今までの事であまり信用されていないのか、生徒は私の前に並びがちだ。
いつもなら反発していたような者が、今日は居ない。どうやら聖女の天罰で国が滅びたという話を聞いて怖くて登校出来なくなったらしい。
新しい先生は、実技(物理)がロスク、実技(魔法)がエレニアという。
……ロスク?
今日は魔法の実技だったが、思わず物理を行っている方の修練場を見る。
「ロスク!久しぶりだな!!」
わかれてからそこまで変わっていない姿を見ると安心する。いや、少し精悍な顔つきになったかな。
「…?まさか……マリー?」
疑問符が付くのは仕方がない。男爵家に居た頃は骨と皮ばかりのような有様だったのだから。
「そーだよ!ちゃんと食えてるから、しっかり肉がついたんだ!」
「そうか…良かった…良かった!!」
「今授業中だからまた後でな!」
手を振ると、会話を打ち切る。其処に凄い勢いで食いついて来たのはエレニア先生だ。
「貴方、ロスクとどういう関係なの?」
どういう、といわれても。
「元家族です」
「家族が居たなんて聞いてないわ…」
胡散臭そうに私を見る目。仕方なく、男爵家で育ったあれこれを先生に話す。
「ってわけで、私が食えてるかを心配してくれたんですよ」
エレニア先生は涙目で「良く耐えたわね」なんて言いながら私の頭を撫でる。
「でも!それとこれとは話が別よ。ロスクは貴方には渡さないわ。私のものよ」
「先生、私はちゃんと恋人が居ますんで」
すっと私の前に庇う様に立つのは黒曜だ。
先生が思わず見とれて頬を染めている。そんな先生の肩を叩く。
「先生、黒曜は私の恋人なので、渡しませんよ?」
ハッと気づいたように先生は黒曜から視線を外す。
「悪かったわ。変な勘繰りをして申し訳なかったわ」
「はい、なら授業に戻りましょう?」
まだまだダンジョンに潜っていない生徒はそれなりに多い。そういう生徒は先生の所へと大体並んでいく。
ダンジョン組が私の前に並ぶのだ。ダンジョン攻略者として君達の先輩に当たるんだよ、と言っても、「でもマリーさんの方が強いんでしょう?」と返ってくる。事実なので引き攣り笑いをするしかない。家族は言わずもがな私の前にしか並ばない。
一人一人の魔力量を見て、撃つときに魔力回しをしておく事、などの基礎から教えている。その辺は先生と変わりない筈なんだけどなあ。
魔力を体内でぐるぐる回すと、回転の度に少しづつ魔力が増える。増えた魔力を圧縮して打ち出すと威力が増す。
逆に家族や黒曜などには、本気を出すと設備が壊れるんで、ダンジョン攻略以外で本気を出さないように注意をする。なので実際には撃たずに、ダンジョンで見た癖などを話し、こうしたほうがいい、やら範囲魔法の焦点の絞り方などの話をして終わる。後は、それぞれ害の殆ど無い魔法で、10に到達していない魔法の訓練を課しておく。
学園のダンジョン組もそれぞれ威力を上げた魔法が撃てるようになってきて、喜ばしい。
ただ、私を鍛えてくれる先生は何処にいるんだろうか…。
放課後、ロスクの方から教室へ出向いてくれた。それぞれの近況などを話し、お互い頑張っているなと笑い合っていると、エレニア先生の気配を感じる。
なんで扉の影からそっと覗いてるんですか…。怖い。
先生に中に入ってもらい、一緒に話をする。最初は戸惑っていた先生も、段々慣れて来て、冗談まで言えるようになった頃。多分今まで馬車止めに居たのであろうファムリタが此方を覗いているのが解った。
「………ファムリタ……?」
ロスクを止める間も無く名前を呼ばれてしまって焦る。こっちに来られては迷惑なのだ。
「ロスク兄さん…冒険者で上手くやってるようね…。ならあたしを養ってよ。バイトで食いつなぐのが難しいの」
「マリーならまだしも、お前を養う気はないよ」
「ロスク兄さんは一緒に男爵家に居た頃からマリーばっかり!!あたしの方が可愛いのに、骨と皮ばっかりの木乃伊みたいな女ばっかり庇って!ちょっとおかしいよ。ねえ、家の事ならあたしがやるから!」
「嘘だ。お前が家事してるとこなんて見たこともない。出来ないんだろ」
「……で…できる、もん…兄さんは妹が悲しんでるのに見捨てるの…?」
「それこそお前が虐めて食事もマトモに取れない状態にされたマリーの事を考えろよ。マリーがお前と同じ状況に置かれたら、バイトして学校に通えるなら文句一つ言わずにこなす筈だ」
「あたしはマリーじゃないもん!あんな状況でも生き抜く雑草みたいな女と一緒にしないでよ!」
「兎に角!俺はお前ともう関わりたくないし、世話を焼く気も養う気もない」
そこで愕然と立ち尽くすファムリタ。いや、今至極当然の事を言われただけだと思うんだがな。
「こ…黒曜さまぁ!酷いと思いませんか。あたし今凄く可哀想だと思いませんか…!どうか助けて下さいぃ!」
しなだれ掛かろうとしたファムリタをすっと避ける黒曜。ファムリタはそのまま教室の床ににべちゃりと倒れる。
それでも身を起こしたファムリタは諦めようとしなかった。
「あ、あたしが聖女なんです、本当なんです!マリーじゃ釣り合わない!黒曜様に相応しいのはあたしです!」
そう言うと、ヒール、と唱えてちかちかする小さな光を散らす。
「ヒールが使えれば聖女だと言うなら私も聖女という事になるな」
黒曜がヒール、と唱えるとファムリタとは比べようもない程ぱあっと大きな光が舞った。
「はあ?黒曜様が…ヒール?光魔法?なんで?なんで?なんでよ!?」
「そなたのしょぼいヒールより、幾分マシなスキルが使えるぞ」
しょぼい、と言われ、ファムリタの顔が醜く歪む。
これは駄目だ。また厄介なスキルでも発生しそうだ。私は合図を出してファムリタ回収係を呼ぶ。
「はいはい、そこまで。またおかしなスキルが生えたら修道院に閉じ込めるよ?」
ひょい、と小脇に抱えられ、ファムリタはじたばたと抵抗する。
「なんでまた邪魔しに来るの!?あたしは黒曜様と話がしたいの!!黒曜様!黒曜様この無礼者を止めてください!!」
黒曜は返事どころかファムリタに一瞥もくれず、私を抱きしめて髪に顔を埋めている。くすぐったい。
「マリィイイイイイイイ!!!あたしのものに触るなァア!!」
そんな捨て台詞を最後に、ひょいと連れ去られてしまい、後には沈黙が残る。
実際に言葉を交わした訳でなくてもぐったりするほど疲れる。
エレニア先生が呆然としたまま言う。
「え…あれが妹…?信じられない…マリーもロスクも大丈夫…?」
「何度来られても慣れません。もう生理的に無理です」
「ああ…俺も無理だ」
「あー、ちょっと会話する雰囲気じゃなくなったんで一端解散で。また機会があれば話そう」
「そうだな、ロスク。今住んでるとこ、隠して置かないと行き成り突撃されると思うぞ」
「うわ。気をつけないと…。連れ去られてるうちに早めに帰ろうか」
「賛成」
そこで解散となったが、なんとも言えない空気になってしまった…。
ちょっとロスクが心配になったが、あれできちんと学校に招聘されるクラスの冒険者だ。
ロスクを信じよう。
そんな事を考えていると、ぷにっと頬を摘ままれる。黒曜だ。
「そんなに他の男の事ばかり考えていると、やきもちを焼いてしまうではないか。もっと私の事を考えておくれ、マリー」
「どうしようかな。やきもちを焼くお前も可愛いから悩んでしまうな」
ふふふ、と笑いあいながら馬車止めへ向かう。
向かった先では馬が殺され、御者が昏倒していた。
御者にヒールとキュアを掛け、無事を確認する。何があったか調べないと。
「…過去映像」
確認すると、信じられない光景が写っていた。
「なんで生きている…?勇者…」
ファムリタさんは黒曜様の事だけを考えようと頑張ってますが、傍にマリーが居る為儘ならないようです。
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