36.亡国エスターク
エスターク終了のお知らせ。
次の日の早朝、修練時に潜んでいる出雲の影は居なかった。私達の休校届けは1日だけで終わってしまって申し訳ない事になった。
ただ、今日は結界に引っかかって文句を言う者が居た。
まあ、丁重に王家の影に情報収集などを頼んだ訳だが。
「……貴族の私兵?」
「はい、元々我等は王族やそれに準じる者を守る為育成され、普通の貴族家には居ないのです。ですので大抵はその貴族の持つ私兵を寄越されます。影の装束だけ真似て影ではなく暗殺者を名乗る者が居ますが、こちらはちょっと注意が必要です。大体は雇われ者なので、家に殉じる事は無いですが、それなりに暗殺の技に長けます」
「ほう。それは……」
ふわりと首に絡んできた鋼糸を、気を纏わせた手で一気に前へ引っ張る。
「こういう者の事か?」
どさりと地に投げ出された女暗殺者を逆に鋼糸で捕縛してやる。
「バインド、スリープ」
「あの…ここの庭木の上の方だけ結界を掛けないで居るの、やめませんか?」
「炙り出しに便利なんだ」
「はあ…」
影との間に何か言いたそうではあるが、沈黙が落ちる。
「では、この者を尋問に掛けますんで、我はこれで。くれぐれも注意なさってください」
庭木の上だけ開いているとは言うが、逆に庭木の上の方までは結界があるので、家への侵入は酷く難易度が高いだろうと思う。
例えばさっきの様に、相手と家の者の間に繋がる糸のようなものがあれば侵入は可能だ。
だが、そういうスポットはここ1つだけだし、他の者には近づくなと注意してある。
更に、自分に害意は無いと自己暗示を掛けるほど気を使ってやっと一本の糸を垂れるのが精々だ。苦無や爆発物などはどんなに自己暗示を掛けても、そのものが『害』となるので、反射して本人に返る。結界を気にしてバランスの悪い体勢で居る相手を有利に引きずり出すにはいいスポットだと思う。
最近は出雲の手勢が居なくなったと思えば貴族派と王族派の対立が酷くなっている。
それに比例してアディやシュネーに対する殺意もなかなかボルテージが上がっているようで、王家から影やら護衛やら色々と付けられて戻ってくる。偶にそこで何人か結界で弾かれ、御用となる件もある。
王に伝言を頼まねば。ウチと王宮に掛かっている結界は同種のものなので、護衛や影を付けるのは王宮内で行って欲しい。
兵舎やらから連れて来られると折角の結界が無駄になる。
それに前回の首魁はなかなかに大物だったが、今回はそこそこの立場の貴族の連合となる。
勿論以前ほどの融通は効かないし、そもそも王宮に上がれない。なのにこれだけの私兵や暗殺者を投じる、というのは本来不可能である筈なのだ。
エスタークの首の挿げ替えはこちらも見た、とは言っていたが、影武者である可能性が高かったかも知れない。
捕らえた私兵の中にはエスターク所属の者が多いのだ。
襲撃者の数を減らそうと、捕らえられた私兵やエスターク兵を使っていた貴族は軒並み爵位を取り上げているそうだが、それでも襲撃の数が減らない。
こちらは最悪、エスタークを潰すしかもう手がないのかも知れない。
王宮ごと全部壊していいなら私がやってもいいんだがな。
聖女が殺意を抱いたその日、エスターク王城内全てがま白い光に包まれた。
偽王を差し出した王も、兵を送り込んだ家も、トルクスに悪い関与を持った者たち全ての上にその光が降った。
同様にトルクス内でエスタークに関与しているもの、私兵を送り込もうとしているもの、その全てが白光に飲まれた。光の収まった時には立ち枯れた草木のような人だったものが残された。
今度こそエスタークは、自分達で自分のリーダーを務められる人間を探し出すしかなくなった。
しかし、この国の代表に一体誰がなりたいと思うのか?
枯れた水、枯れた井戸。氾濫する川。根ぐされを起こす作物。
それら全て、エスターク王がトルクスに悪い関与するようになってから起こったものばかりである事を、民は知っていた。隣国には聖女が御座すのに。では、今度はトルクスに関与しない者を据えたい。だが民にはもう待つ時間さえもない。収めるものも腹に入れるものもない食い詰めた農民ばかりが残されている。
唯一食料があるのは、王宮内の備蓄倉庫のみである事を民は知っていた。自然と備蓄倉庫は民の手によって破られる事になるが、そこには少しの食料しか残っていなかった。
王城の者がとっくに手をつけていたからだ。最後の炊き出しに使われるが、うすいうすいその麦粥で腹の膨れた者もいない。腹が膨れる程食べずに済んで命が助かった事を理解出来る者もいない。
自然と難民や盗賊と化したエスタークの者たちは、近隣の国に移ったりするようになったが、トルクスのみには行く者がほぼいなかったという。どの面下げてもとても逢えない、と言う者ばかりだった。
中には数人、トルクスへ行った者が居たが、誰もが聖女への復讐心に身を燃やし向かった為、同じく白い光に焼かれた、と聞く。
ある日を境に、ぱたりと襲撃者の報が無くなり、不思議に思ったトルクス王が影を送ると、「誰も居ない荒涼たる地が広がり、畑にも水気の1つもなく、どの村にも人は絶えていた」という。
1夜の内に何が起こったかと首を捻ると1つ思い浮かぶ。天罰だ。
エスタークはやりすぎた。現に自国を思い起こすと白い光が舞った後、数名の王族、軍、貴族と私兵が奇禍に見舞われたような姿になっていた。多分、同時だったのだろうと思う。
第二妃と貴族派だった末端の妃が細長い炭に変じてしまった事を王は知っていた。
貴族派の御旗は二妃の実子である第二王子が祭り上げられていたのだから当然だ。
が、祭り上げられていた当人にはその自覚が無く、ただ第二王妃の良い様に利用されていただけだったので、無事だった。
その結末を以って、貴族派と呼ばれる者は居なくなった。
均衡も騒乱もなく、ただ王族派の独壇場となった。
王族派の中に、聖女に手を出そうという者は無い。その尊さと苛烈さを知らぬ者が居ないからだ。
最近のマリーはちょっと微妙な顔をすることが多い。
あんな国は滅びてしまえば良い、なんて何度も考えたが、影からエスターク滅亡の報を受け、いざ天罰でそうなってみると、残された農民などの事が気になってしまうのだ。
天罰のシステムは、一体どれくらい本気で考えた事が現実に起こるのか、マリーは把握出来ていない。強いて言うならば、私を愛し子としてくれている女神の逆鱗に触れるほどの事をしたかどうか、である。
マリーには測り様がない。学園内で私に敵意を向けている者はどうなるのか。できれば天罰など受けて欲しい訳ではない。自分に少しでも敵意を向ければ即天罰で死ぬ、なんていう事にはならないで欲しい。
それでも敵意を持って近づかれれば面倒だと思ってしまう事は止められない。
襲撃者の絶えた庭で、今日も早朝の修練に励む。黒曜のスキルレベルは順調に上がっている。これで空も飛べるしメテオフォールも撃てるだろう。
そもそも崩壊を打てる、というだけで、複合魔法を操る腕がある事を証明している。時空魔法と闇魔法の合成魔法だからだ。
エスタークが滅んだからと言って、出雲が手心を加えてくる訳ではない。確り鍛え上げてやるのだ。
●????
何事があったか、女には解らなかった。身代わりを5体、消費して尚体の芯を焼くような雷撃が急に降ってきた。
話に聞く天罰の如くに。
瀕死の状態から生還し、体の中心に沿うように爛れた皮膚を包帯で巻いて隠しながら歯噛みする。
影からは連絡が絶え、影の大半を送ったと言うのに戻る者もない。
一体自分はナニに手を出してしまったのか。
それすらも解らず、煙管を圧し折る。
誰なのか、ナニなのか解らないが。
「このままただで済ましてなるものか…!」
怨嗟の声が部屋の中に響いた。
ちょっと難産でした。でもこれ以上女神が黙ってみている訳がないんですよね。
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