29.クラスの女子達
女子がタッグ組んでやってくると怖いですね
早朝、修練の前にロッソ・アフェリアの事でラライナとリクハルトに相談した。
相手方に治癒を受ける心算があるかどうか聞いて貰えるようだ。
気の訓練にはアディ以外は興味があったようで、全員で座禅を組んで座って集まっている。
アディには既に基礎を教えてあるのだから当然だ。
臍下5センチ程下にある丹田を意識して貰う。其処からゆっくりと気を体内に周回させ、丹田に戻る。呼吸法も合わせてじっくり時間を掛けて気を意識して貰う。気の存在に気付けるかどうかが入り口だ。
少しづつ家族の顔が「これだ」という顔になっていく。気を意識した上で体内を周回させる事が出来れば今度は思った箇所に気を移動させる修練を行ってもらう。意外でもないが、黒曜はずっと体内の龍を抑え込もうと無意識に気を発していたようで、其処までは問題なくこなしていた。
「思った場所に確り気を纏わせれば、攻撃力も防御力も上がる。ただ、全身に強い気を張ってガードしたり龍を抑え込もうとしたりすると、量が必要になってくる。毎日体内を周回させていれば徐々に扱える量が増えるので、練習を欠かさないように。レベルが高いと量も増えやすい。其処は週末に頑張って貰うしかない」
2刻もすると、全員の気の流れがスムーズになって行くのを感じる。しっかり効果があるようだ。攻撃にも防御にも使えるので、是非習得して貰いたい。
朝の修練が終わると朝食だ。黒曜は量は食べれなくても美味しそうに頬張っている。飯が美味いのはいい事だ。
「今までこんなにスッキリした気分で食事をする事はなかった…マリー、そなたのおかげだ」
「いや、合わぬ器に無理に上級の龍などを憑依させたヤツが悪かっただけだが」
「いや…我が国の王族は、代々生まれた時に龍を憑依させて育むのだ。成龍でしかも上級の龍が降りたのは私が初めてだったみたいでな。色んなものを傷つけて、色んな物を壊していく私を隔離するのは仕方がなかったと言える。恨んではいるな。割り切れないものもある。だが、誰も私に近づけなかったんだ。食事は毎日棚に置かれていたし、着替えも湯を入れた盥も置かれていた。流石に言葉は覚える必要があったからな。離れた場所から大声で教えられたものだ。絵本から始まり、教本に至るまで色々と気は使っていたんだろうが…私は寂しかった。自分を呪った。留学に出されたのも、他の国で何か治す手がかりを掴めるのではないかという考えがあったようだ。見事私はマリーと出会うことが出来た。其処だけは本当に感謝しているよ。龍を憑依させるのは、王族のみが使える纏龍技という技を使えるようにする為だな」
「なるほどな。という事は黒曜は王族か。王族なのに酷い目に合ったな」
よしよし、と頭を撫でてやると私の肩に顔を押し付けてきた。少しじわりと水分を感じるのは涙なのだろう。
「そなたの傍は心地良い…」
出口を探してぐるぐると猛る龍を感じる。今かなり苦しい筈だ。
「漆黒ー」
――人を便利道具のように使うでないわ。なんじゃ、ギリギリの器に若輩が棲んでおるようじゃの。
漆黒がすっと目を細めて殺気を飛ばすと、龍の動きが止まった。身を縮めるようにして黒曜の器の中に隠れようとしている。
――他愛も無い。お主の事じゃから、どうせすぐ器も大きくなるんじゃろうが、それまでは我慢するしかないのう。
――折角出てきたのじゃ。何か嗜好品でもおくれ。
私は苦笑しながら棚からクッキーを取り出すと、漆黒の前に置いた。
――うむ、これは美味じゃな。
一気にご機嫌になった漆黒に話をする。
「週末、皆を連れてダンジョンにいく話になっていたろう?器を広げる為に、全員分の経験値を黒曜にあげて欲しいんだ。構わないかな?」
――我等は気分転換に遊びに行く程度の事にしか考えておらんよ。経験値なぞどうでも良いわ。
クッキーを食べ終わると、用は済んだとばかりに漆黒はハウスへ帰っていく。
「…今のは…相当な力を持った竜と見受けるが、一体どうなっているのだ?」
「漆黒と呼んでやってくれ。私の従魔だ」
「マリー、いちゃついてないで、早く支度しないと遅刻だよ?」
「ああ、すまない、用意する。黒曜も早く支度して来いよ」
「解った」
この国に着いてからずっと龍に苦しめられてきた黒曜は、休学の届けを出していたようだ。職員室に向かってから教室に行くと言っていた。
教室には、まだ先生が来ていなかった。多分黒曜の件で足を取られているのだろう。
「通信機、持ってきてくれた?」
隣から声が掛かる。1つしか無いが、アイテムボックスに入れっぱなしだったので、問題なく渡せた。
「ほい。2つで一対だから」
「じゃあ私もはい、一個だけ余ってたの見つけたから」
通信機の使い方を説明してると、先生がやってきた。
「あー、変なタイミングになってしまったが、留学生を紹介する。入りなさい」
顔面偏差値10000くらいありそうな黒曜が顔を覗かせる。その時点でクラスの女子が黄色い声を上げつつも狩猟モードになるのが解った。
女子怖え。
「私は此処から東にある出雲国から来た、第一王子、黒曜・天津埜焔・皇という。この国にはまだ不慣れだ。よしなに頼む」
「で、席は――」
「先生!あたしの隣が空いてます!!」
鼻息荒く申し出たのは、ロッソ君の隣の席の女子だ。今日治しに行くんだけどな。
あまりの勢いと、申し出た瞬間の回りの女子の殺気に先生が言いよどむ。
「あ――ロッソ君は明日にでも復帰の見込みが高い。席を埋めるのはやめてやって欲しい。で、黒曜君の事だが、体調を管理できるマリー君の隣に居たいとの事だ。マルクス君かリシュリエール君、席を譲って上げてくれないか?」
リシュとマルクスの間に火花が散っているようだ。何故マルクス君が?錬金の話が出来るのが私だけだからか?
それを見た先生は小さく溜息を吐く。
「解った、先生が机と椅子を置いてあげるから其処に座りなさい」
すたすたとこちらに歩いてくると、リシュと私の間が少し空いてるのを利用して、なんとか机と椅子を捻じ込む。
リシュはアディ達に近くなった分、私から机1個分離れた。マルクス君は勝利の笑みを浮かべ、リシュは少しむくれた顔になっている。私はなんだかバスの補助席を思い出す。
「席替えがあるまで、暫くはそこで勉学に励んで欲しい」
「先生!!!マリーさんばかり贔屓過ぎませんか!!?」
その言葉に先生は顔を顰めた。
「私がマリー君を贔屓する意味が解らない。彼女は気を操る事に長けていて、黒曜くんの中に居る龍を押し込める事が出来、また、もし龍が解放されてしまうような事態になっても龍を倒せる。こんな条件の揃った者が他に居るなら挙手してみろ」
「龍!?」
「私は武術の師範であり、気を操れる。また、冒険者として一番上のクラスに属しているのでドラゴンも何度か倒している。私以上の適任は居ないと思われるが?」
「ドラゴン倒した!?」
「えっ別に冒険者みたいなマッチョでもないのに?」
ざわざわと姦しく教室が揺れる。
「私がレベルを上げろとスピーチしたのは、自分で体感したから言った事だ。勿論自らレベルを上げているに決まっている」
「え~眉唾なんですけど~?」
「そうそう、口だけならなんとでも言えるわよね」
「そうやってイケメンを独り占めしたいだけにしか聞こえないわよね」
「…そうか」
いつにない女子の反発の凄さに、黒曜の顔面レベルの凄さを感じる。
「では一端でも感じて貰うとするか」
気絶させたり死んでしまうレベルにならないよう、調整して殺気を纏う。
「ひぃっ!」
「きゃぁあああ!」
「なに…なにこれ…化け物!?」
「あまり被害が出ないよう加減して殺気を纏ってみた。これで満足か?――もしそうでなければ剣を取るのも吝かではない」
「はいはい、そこまで!先生が挨拶の時に言った事覚えてるか?喧嘩を売ったら死ぬ相手のナンバー1が彼女だ。手加減をミスっただけでさっくり死んじゃうからね。これ以上喧嘩を売らないように!」
先生…そのセリフはあんまりだ。それにド素人相手にミスする訳がない。動けなくしてから脅す為だけに刃物を使うに決まっている。
少しムッとした顔をすると、クラスメイトと先生が逃げ腰になる。私は殺気を解除し、先生を促した。
「あ――先生の言い方もあまり良くなかったね、気をつけるので勘弁して欲しい…」
「もういい、進めてくれ」
「マリー…私の所為でそなたに嫌な思いをさせてしまった…許しておくれ」
「気にするな黒曜。別にお前が悪い訳じゃない」
ゆるく私を抱きしめる黒曜の頭を撫でてやる。女子の殺意が復活した。何故かマルクス君もムッとした顔でこちらを見ている。マルクス君も黒曜の顔面に堕ちたのか?凄いな黒曜。性別の垣根を越えたぞ。
「あー、時間を大分取られてしまったが、授業を始める」
ここで真面目に勉強をしていれば、テスト前に慌てずに試験に挑める。真剣な面持ちで授業を受け、ノートに板書をする。しかし、錬金の担当と聞いたが、どう見ても数学の授業なんだが。
「数学の先生が臨月でな。暫くは私が数学も担当する」
カツカツ、と黒板に数式を書き、綺麗に纏まった途中式を説明し、答えを出している。
代打を頼まれるだけあるな、と感心した。高校時代の勉強内容なんて思い出せないのだから此処でちゃんと覚えなおす。
授業が終わると、教わった事がしっかりと知識として出せるようになっているのを確認し、にっこり笑う。
何故か両隣が撃沈した。眠いのだろうか。しかし教室で寝るのは頂けないな。
私を黒曜から剥がすのが無理だと悟った女子連は、今度はリシュに絡んでいる。すっと冷気が足元を掠めたと思ったら、女子達の足元が氷で覆われていた。
「わたしも~、ドラゴン倒せますよお~?」
「嫌っ…足が動かない…!」
「やだやだ、近寄らないで!」
「なんなの!?サリエルの家は化け物の棲家なの!?」
素人のお嬢さん達にとっては概ね間違ってはいないな。
ぐだぐだと吐き出される罵詈雑言を聞いていると、シュネーには婚約者のアディが居るので近づき難い、黒曜は言わずもがな。マルクス君は話しかけても無視される、との事。
いや、知らんがな。全部自分達で掘った墓穴に埋まってるだけじゃないか。
というか、マルクス君も女子に人気があったのか。周りが美形だらけで気付かなかったが確かに整った顔をしている。公爵家というステータスも人気に拍車を掛けているようだ。
「な…なんだい、そんなに見られたら顔に穴が開きそうだ」
少し頬を火照らせてマルクスが言う。
「いや、良く見たら結構良い顔してるんだな、お前」
「は…?はっ…?行き成りなんだそれは!マリーもそこら辺の女子と同じで外側だけ見るタイプだったのか!?」
「………それを本気で言っているなら私達の友情も終わりだな」
「ああいや…私が悪かった。少し動転してしまったようだ、申し訳ない」
「わかった、許す。ところで昼食は1人で摂っているのか?」
「そうだな」
「私達と一緒に食べるか?」
「―! 良いのか?」
「友人が1人寂しく昼食してるなんて聞いたら放っておけないだろう?昼休みは私について来い」
「すまないな。ありがとう」
それからは特に波乱は無いまま、昼休みに突入した。教室中の女子がじりじりと此方を伺っていて、とても移動できる状態じゃない。私は全員に私の体の一部に触れるようお願いし、転移で黒曜と出合った場所に着く。
「此処なら邪魔されずに昼食が食べられるだろう?」
にこにこ笑いながら告げると、アディが嬉しそうに言う。
「流石マリー!いいね此処。東屋はちょっと手を入れたいところだけど。」
「クリーン」
流石に朽ちかけた状態を戻す事は出来なかったが、黒ずんでいた色が、本来の木材の色へと変わる。椅子も同様にクリーンを掛け、全員が席に着いた。
「うふふ。今日はね~、全員で食べるって聞いてたからお重にしてみたの~」
アイテムボックスから重箱が現れる。ぱかりと開かれていく重箱。中には沢山のほかほか料理がぎっしり詰まっている。パンはパン籠ごと出していた。
自力で弁当を持っていたマルクスは驚きに目を見開いている。
「アイテムボックス…これがあれば…相当研究が捗るな…私も欲しい…。…というか、自然にそっちに混ざってる黒曜!何故なんだ!?」
「「「「「「「今ウチで預かってるから」」」」」」
「なっ…マリーの家に!?不謹慎だろう!?」
「正確に言えば療養の為にウチに居る。最終的に自分で龍を御せるまでウチ居る事になった」
「帰りたくないのでずっと居たいんだがな…龍を御したと言ってもすぐに信じて貰えないだろうから、また隔離されそうだからな」
「隔離?」
「そうだ。うちの実家は~…」
説明を終えると、マルクスは不憫そうに黒曜を見た。
「大変だな…マリーがきっと解決してくれるんだろうが、暫くはまだ苦しめられる状態か…」
「そんな顔をするな。私が独力でどうにかせねば成らなかったことを、マリーの手を煩わせているのだ。申し訳ない限りだ」
「…ねえ、早く食べないとなくなっちゃうよ~?」
ハッと気づいた黒曜が重箱に手を出す。美味しそうに食べている様を見て、マルクスはリシュに断っておかずを一つ貰って行く。さくさくの海老の天ぷらだ。
「美味っ…こんな美味いもの食べた事がない!」
さくさくと食べているうちに、海老がなくなってしまう。悲しそうにお重を見つめるマルクスに、リシュが笑うと、好きに食べて欲しいと言う。多目に作ったそうだ。
「しかし朝からこんな量を…大変だったのじゃないか?うお、パンが柔らかい!?」
「いえ、1人分作るのも5人分作るのも、対して手間は掛かってませんし。明日からも一緒に食べますか?」
「出来れば是非お願いしたい…!」
「いいですよ~」
快諾したリシュに、マルクスが破顔する。余程嬉しいようだ。リシュはまた1人の胃袋を掴んでしまった。
今日は座学ばかりで教室移動もない。時折黒曜がすりすり、と肩を触れ合わせるのがくすぐったい。犬みたいだ…と、常に尻尾を振っているケルベロスを思い出す。
授業が終わり、帰り支度をしていると、じいっと此方を見つめている女子達がジリジリと距離を縮めてくる。怖い。
「転移!」
黒曜の手を引っ掴み、私は家に転移した。女子達が怖すぎた。
リシュとソラルナも転移で帰ってきた為、アディ達は馬車で帰って来るだろう。
しかしこの状態、明日からも続くのか…?すでにめげそうなんだが。
晩餐前にも気を増やすように何度も体内を循環させる修練をさせ、気力的に疲れては居たが、ロッソの家に行く件を思い出した。
ラライナに確認すると、直ぐにでも来て欲しいという。馬車に乗って暫く揺られていると、アフェリア家が見えてくる。馬車を降りると、門番が来て身元確認される。マリーという名前を聞くと、直ぐに頷いた。
「話は聞いております。すぐに此方へ」
ウチほどは広くない、小ぢんまりとした庭を抜け、本館に辿り着く。其処にはアフェリア夫妻が待っていてくれた。直ぐにロッソ君の眠るベッドに案内してくれる。これは――。
「本命は呪いで、毒も盛られているようですね。心当たりは?」
「………あるわ」
「相手に呪いが跳ね返りますが問題は?」
「ないわ」
それを確認して、ロッソ君に向き直る。
「ピュリフィケーション、キュア、ヒール」
それまで苦しそうに魘されていたロッソ君の顔色が良くなり、安らかな寝息に変わる。
「これで大丈夫だとは思いますが、様子を見て学園への復帰を考えて下さい」
「「ありがとう…!」」
「そんなに大したお礼も出来ず恐縮ですが、お代は如何程でしょうか」
「クラスメイトから代金なんて受け取れませんよ。学園に来て健康になったロッソ君が見れるなら充分です」
「まあ…なんて欲のない…噂は嘘だったみたいね」
「噂?」
「ええ…聖女の癒しは有料で、ヒール一つ掛けるだけで金貨が必要になる。金の亡者で性格が悪い、と」
「性格がいいかは解らないですが、お金に困っている訳ではないので必要以上に金銭を受け取る心算はありません。どの方も無償で治してますよ、今のところ」
「なんてこと…!私から噂は嘘だと喧伝しておきますわ」
「あはは…お気遣い無く。私は私ですから」
下手にそんな事を喧伝されると、自分の時間がなくなるほど癒しで忙殺される気がする。
何度も少しくらいはお礼を…と食い下がる婦人を留め、私はアフェリア家を後にした。
どうも女性の相手は苦手だ。疲れてしまう。ふ、と笑いながら馬車の外を眺める。
馬車は軽快に走り、程なくサリエル家に着いた。
「おっそーい!お腹ぺこぺこなんだから!早く外套脱いでこっち来て!」
「ああ、っと引っ張るなアディ」
食卓に全員座って待っていた。それを見ると嬉しすぎて少し目が潤んでしまう。
「ただいま!」
黒曜の気持ちは薄っすら理解しつつも、マルクスの方にはまるで気がつかない…だって元男だもん。
読んで下さってありがとうございます!少しでも楽しく読んで頂けたならとても嬉しく思います(*´∇`*)もし良ければ、★をぽちっと押して下さると励みになります!マリーに女子の友達も出来ますように!




