閑話3
ファムリタサイドです
●ファムリタ
ファムリタの勉強漬けは止まらなかった。
自分の今後が、学園での玉の輿になるか、一生を修道院で過す事になるかの瀬戸際なのだ。目の下には真っ黒な隈が出来た。修道院での勤めを果たしていない為、ちょくちょく食事を抜かれた。
そんな事は受験が終わってからで良い。死に真っ直ぐに向かっているようなファムリタを見かねた院長は、受験までの間の勤めを免除し、食事くらいは摂らないと死んでしまう、とファムリタを諭した。
何も目に入らず、暗記項目をぶつぶつ呟いているファムリタに、暖かいシチューと、それに浸したパンを与え、無意識にでも食べながら勉強している様を見てほっとする。どんどん痩せ細って目だけがギラギラと輝いている様は飢えたスラムの少女と見紛う有様だったのだ。
しかし院長はファムリタが学園に馴染んでいる姿は想像出来なかった。きっと失意の裡に此処へ戻ってくるだろう。そうしたらお勤めをきちんと果たして貰えれば良い、と思いつつ個室のドアを閉める。
ファムリタは傀儡術を封印された今、マトモな魔法など使えない。
光魔法をどんなに練習しても発現させることは出来なかった。それでも諦め悪く毎日2刻は光魔法の練習に割いている。聖女だと認めて貰えなければ養子に貰ってもらう事が出来ないと解っているからだ。
先に攻略対象を攻略し、養子先を探して貰うのでもいい。でも聖女でなければファムリタは只の平民だ。貴族と交流出来るか解らない。むしろ相手が自動的に自分に惚れる様なイージーモードになればいいのに。ふっと体が軽くなるような感覚。ファムリタは自分のステータスを見る。
ファムリタ・エデランド 14歳/女
レベル1
HP101/MP520
力5
体力5
精神力12
知力52
忍耐1
癇癪5
礼儀作法3
混沌魔法1
傀儡術1<封印>
生活魔法3
光魔法<未取得>
「…こん…とん、まほう…?」
どんな魔法か解らない。まじまじと魔法を見ていると内容が頭に流れ込んでくる。あらゆる状態異常――魅了・毒・混乱・石化・凍結の状態へ、対象者を落とす魔法。
魅了
これがあれば。私は楽に攻略対象を落としていける。ファムリタの目が輝いた。
ついでとばかりにもう一度ファムリタの体を浮遊感が襲う。――光魔法1
「ひ…ひーる…」
指先の皸が薄くなる。隈も多少は薄くなった気がする。
「ひーる、ヒール、ヒール」
何度も唱えて、やっと皸が治った。きっと隈もかなり薄くなったと思う。鏡を見る。少し痩せてはいるが、病的ではない。目の下の隈もほぼなくなっている。
その時、混沌魔法と光魔法が点滅し始めた。
『どちらかを選んで下さい。相反する魔法の為、両方は保持できません』
ファムリタは目を剥いた。どちらか一方なんて選べない。どっちも必要なのだ。ごくりとつばを飲む。
「だめよ、両方よ。両方必要よ」
『対象者の選ぶ意思を確認出来ません。自動的に片方が消失します』
「い、嫌、駄目。どっちも必要なの…!」
『実行しました』
「嫌だぁああああ!!」
機械的な声の主はもう何も伝えてこない。一体どっちが残ったのか。
恐る恐るステータスを見ると、混沌魔法が残り、光魔法は薄いグレーの文字に変わって<取得不可>となっていた。
「ぁ…ぁ、ぁ、あ…ああ…」
いや、これで良かったのかも知れない。攻略対象さえ魅了してしまえばいい。どうせなら王家がいい。もう黒曜様には逢えると思えない。ならば、せめて王妃の道を残したい。ぼろぼろと落ちる涙を袖で拭う。
「黒曜様…黒曜様ぁ…」
いや、まだだ。攻略対象全員を魅了してしまえば、ムリにでもハーレムEDを再現さえ出来れば。
念のため、先に落とすのは王子だ。
ファムリタはまた教本に目を落として勉強し始める。皸が痛まない分だけ、胸が痛むような気がした。
試験の日までに、全ての教本の中身をほぼ記憶した。これなら奨学生は狙える筈。
受付に行くと、テントで鑑定を受けろと言われる。
そのままテントで鑑定を受けたファムリタはビイイイィィ!という警告音が響くのを聞いた。
なんだろう。鑑定の機械が壊れたのだろうか?
そう思った矢先に、腕を掴まれ白い腕輪のようなものを付けられる。警告音は止んだ。
「なに…?何があったの…?」
「禁忌魔法を確認した。今は一時的に封印している。筆記のテストは受けさせてやるが、その後は王宮で完全に封印させて貰う」
「きんきまほう……禁忌、魔法?」
いきなりの事で、ファムリタの頭はうまく動かない。
待って。もしかして混沌魔法の事を言ってるの…?封印…?どうして?折角残ったあたしの希望が。
光魔法を選ばなければならなかったのだと薄々気付いた。きっとズルは許して貰えなかったのだ。聖女として歩まなければならなかったのだ。あたしは間違えた。取り返しのつかない間違いを犯した。
ふらっとファムリタの体が傾ぎ、涙と共に笑いが零れる。
「は…ぁは…ぁはは…ぁはははは」
もう光魔法は取得不可となってしまったけれど、この禁忌魔法を封じればもう一度チャンスがあるかも知れない。
もうそれに賭けるしかない。
筆記試験に向かう前に、シュネー王子を見かけた。ここで少しは好感度とイメージを上げて置かないと。ヒロインとの出会いの1幕としてスチルにもなったシーンだ。あたしはカウンターで紅茶を頼むと、王子の席の傍で躓いたふりをして、紅茶を王子に掛けた。
「あっ、きゃー!ごめんなさい!」
いい香りがするハンカチで拭いながら、潤んだ目で王子を見るスチルだった。ハンカチを取り出そうとすると、横から声がする。
「クリーン、ヒール」
あたしは思わず反射的に声の主を睨み付けた。なんて事をしてくれるのだ。マリーが王子は自分のものだと言っているように聞こえる。折角のシーンが台無しになってしまった。けど、あたしは諦めない…!
「あたしったらドジで…熱かったですよね?ごめんなさい…」
目を潤ませ、王子を見つめる。これでスチルはなんとか取得できた…はずだ。
「解った。謝罪を受け入れるので離れてくれないか?」
王子が引き攣った顔で違う席を指差す。
「他にも空いている。私達は仲間同士で話をしていたいんだ」
駄目だ、失敗したようだ。でも負けを認めたらもう黒曜様に逢えないから!
「で、でもあたし、知り合いも居ないから心細くて…一緒にお茶したいんですけど駄目ですか…?」
ふと気付くと、マリーが何かの合図をしたのが解った。先ほどあたしに白い腕輪を着けた男が駆けつける。
「勝手な行動は困ります。それとさっきの鑑定で禁忌魔法が発現し、魔封じの手枷も付けさせて貰っているのを解っていますか。筆記が終われば一旦王宮で預かりますから、王子に絡まないで下さい」
「嫌よ!大事な出合いシーンでスチルもあるんだから!私は王子とお茶するの!」
こんな大事な場面で何てことだ。男はあたしの言葉に耳も貸さず、無理矢理にでも此処を出て行かせようとする。引っ張らないでよ!痛いのよ!
「はいはい、あっち行きましょうねー」
軽い言葉とは裏腹に、凄い力であたしを引き摺る男。なんなの!何が悪かったって言うの!一緒にお茶を飲もうって誘っただけじゃないの!
「嫌あぁああああ!!!」
嫌がっても暴れようとしても、全く手の力は衰えず、あたしはカフェスペースから引き摺り出された。
試験は多分問題なかったと思う。解けない設問が2つ程あったけれどそれ以外は合っている筈だ。
その後は男の言葉通りに王宮魔術師の下へと連れて行かれ、スキル封印の儀式を受ける。傀儡に続いて2回目だ。
「あのね、お嬢ちゃん。2度も禁忌魔法を覚えてしまうなんてなかなかない事なんだよ。マリー様が頑張ったのなら試験くらいは受けさせて欲しいっていうから今回はギリギリで目こぼしするけれど、3度目はないと思って。余程の危険思想を持ってなければ発現しない筈なんだよ禁忌魔法なんてのは」
ステータスを確認すると、混沌魔法は封印されていた。が、光魔法は取得難易度高、となっていた。
難易度なんかじゃ諦めない…何度でも…、そう何度でも繰り返し修練すればまだ聖女の道は残ってる!
その後は、結果貼り出し前に待機しているだろう王子を探したが、カフェスペースにも貼り出し板前にもいない。少し離れたカフェやイートイン、レストランも覗くが居ない。裏通りがあるのに気付いたのは大分時間が経ってからだった。そちらにもカフェがあったので覗くと王子が居た!
慌てて王子の元に駆けつけるが、酷い言葉で詰られてあたしは呆然と王子が去っていくのを眺める事しか出来なかった。
試験には合格しており、奨学生として働きながら学園に通う事になった。住み込み出来て学園になるべく近い場所で。
あたしは、負けない。光魔法だって直ぐにもう一度手に入れてみせる。
無駄な根性だけはあるので、いい方向へ生かして欲しいところですね。
読んで下さってありがとうございます!少しでも楽しく読んで頂けたならとても嬉しく思います(*´∇`*)もし良ければ、★をぽちっと押して下さると励みになります!ファムリタさんは無事に光魔法を発現できるのか?