22.抜け駆け
戦争直前の抜け駆けです
計画通り、ダンジョン後半攻略を毎日5周、時折6周をこなして行く。7日もたつとほぼ作業と化していた。
唯一違ったのは、9日目に九尾のステージでミニ九尾がとうとう出て来てしまったという事だ。私は気配を消しながらシュネーの後ろに隠れ、シュネーは一生懸命ねこじゃらしを振っていた。最初はねこじゃらしに何の興味もない、とばかりに辺りを見回していたミニ九尾は、暫くすると、ねこじゃらしを前足で捕らえた。
――こなに妾を求めてくりゃるか。心地良い。そなた、名は?
「シュネー・エル・ラスキア・ド・トルクス」
――ではシュネーよ。妾に名を授けよ。
「では、玉妃で如何か」
――良い名じゃ。此れからよろしゅう頼むぞえ。
九尾はペットハウスに入る前に、私へちらりと視線を寄越して艶やかに笑うと消えていく。
私はシュネーの肩を叩いた。
「やったじゃないか。初従魔おめでとう!」
「マリーこそ、協力感謝する。…最初九尾はそなたを探していただろう?」
あ、ばれてた。でも本当に…これ以上の従魔は私には過剰戦力に思えて仕方がなかったんだ。
「しかしこれでまた此処のボスが変わるんだろうな。紅玉、人数分出た後で良かったわ」
じわじわとMPを回復してくれる優れものだ。全員に行き渡ったのは非常に嬉しかった。
そこからの5周、出てきたボスはXI-375という名の古代兵器で、どう考えてもテイム出来なさそうな相手に代わった為、一安心だ。雷魔法と水魔法に非常に弱く、倒すのにそれほど掛からない。九尾よりも格落ちしている。
ボスはテイムされる度に弱くなるのか…。と妙な感傷を覚えた。
「次は私!私がテイムしたい!戦争終わってから他のダンジョンで!」
アディがキラキラした目で手を挙げている。
「あっずるい~!私も、もふもふなのをテイムしたいです~!」
負けじとリシュが挙手している。
まあそう言われてもなあ…
「時の運だからなあ…まあ、ちょっとでも多くダメージ与えた方に行くんじゃないか?」
「よしっ!競争だよリシュ!」
「私だってやる時はやりますよ~!」
「わかった、わかったから。ギルドに報告と素材売却な。で、帰ったら寝よう」
「「「「「「明日は武器の受け取り日~♪」」」」」」
「大丈夫、覚えてる、ちゃんと覚えてるから」
ギルドで通常の受付をして貰うのと共に、ダンジョンのボスが変わった事を告げると、今までのリアクションと素材買取で疲れたのか、精彩のない顔で頷かれた。
「驚いてる暇がないくらい、毎日毎日大量の素材持ってやってくる何処かの集団が居ましてね。疲れたんです。またマリーさんの従魔が増えたんですか?」
「いや。シュネー王子だな」
「王族にありえない事を教え込むの止めませんか?」
「何も変な事を教えたりしていないが?」
「………もういいです……」
ホントに元気ないな。ヒールを掛けて労わった。
事務的にカード処理をこなし、返される。
なんかこれはこれで味気ないな…。いやエキサイトして欲しい訳ではないんだが。
素材売却に行っていたアディとリシュが丁度精算し終わったようで、合流、全員で家に戻る。
「早めに戦争始まらなくて良かったな。武器が間に合いそうだ」
「そうよね。空気読んでくれて助かるわね」
「私も武器が楽しみだ。この年になって冒険者、というのは少し恥ずかしかったけれども、悪くない」
「あら。それを言うなら私もだわ」
和やかに笑うサリエル夫妻。だが明日もあるのだ。早く風呂に入って寝るよう忠告し、私も風呂に入ったら寝た。
今晩もリシュは来ない。戦争前に一気に御開帳を狙っているんだろうな、と察しはついた。
そういえば、何故シュネーは当たり前のようにウチで寝起きしているんだ?家に帰らなくて大丈夫なのか?
朝の修練を終え、朝食を終えると、お待ちかねの鍛冶屋だ。
――寝ないって言ってたからなあ…また倒れてるんだろうな…申し訳ない事をした…。
そう思って鍛冶屋の扉を開くと、目の下に真っ黒な隈を作った鍛冶屋がピンピンしながら声を掛けてきた。
「ほいほいほい!出来とるぞ!早う見てくれ!最高傑作が出来たと自負しておるぞい!」
なんだこのテンションは???
「寝ていないのだろう?体は大丈夫なのか?」
「お主がくれたスタミナポーションが、物凄く良く効く良いポーションだったんじゃよ。まだ徹夜出来そうな位じゃ」
「いや、急ぎの仕事がない時はちゃんと寝てくれ…!凄い顔色になってるんだが、解ってないのか!?」
「解っとる解っとる。武具を渡したらちゃんと寝るわい!」
武具を運ぶのを手伝い、説明を受ける。
神竜の剣 攻撃力50000 (ゴッズ)×2
神竜の刀 攻撃力52000 (ゴッズ)×2
神竜の短剣 攻撃力40000 (ゴッズ)×2
神竜の槍 攻撃力55000 (ゴッズ)×1
神竜鱗の軽鎧 防御力56000 (ゴッズ)×5
神竜鱗の小手 防御力38000 (ゴッズ) ×5
神竜鱗の肩当 防御力38000 (ゴッズ)×5
神竜鱗の足甲 防御力38000 (ゴッズ)×5
神竜皮のローブ(土)防御力40000 (ゴッズ)×1
神竜皮のローブ(氷)防御力40000 (ゴッズ)×1
「凄いじゃないか鍛冶屋…!軒並み数値が大幅に上がってる…!」
「ほいほい!素材がええからの、当然じゃ」
「謙遜するな、オヤジあってのこの武具だ。本当に助かる!ありがとう!」
それぞれが嬉しそうな顔で各々の武具を抱えている。
「今日は直ぐに寝て欲しい。じゃあな鍛冶屋!」
「ほいほーい、解っとるわい!」
ほんとにただのスタミナポーションの心算だったのだが、効果が強すぎるようだ。次から少し加減しなければ。
家に戻ると、新しい装備に変える。身が引き締まるような思いだ。
振り返ると、全員既に着替え終わっていた。
「んじゃあ今日のノルマを果たすとするか」
ダンジョンへ飛び、5周して戻り、覇気のない受付嬢に処理して貰う。
3日ほど繰り返していると、腰に付けていた魔道具が物凄い音量でビープ音を吐き出し始めた。
丁度ボスを倒したところであった私達は即座に反応した。
「戻るぞ。ポータルへ!」
次々とリターンで戻る。人数を確認し、転移で王宮へ。
「おお、良く直ぐに駆けつけてくれた、礼を言う!実はエスタークの兵は今日出兵だと聞いたのだが、何やらあちらの軍服を着た少年が現れてな。既に民家に被害が出ておる。多分勇者を名乗る者だと思うのだが」
私達は顔を見合わせ、私だけが転移で街の入り口へ向かう。他の者には続きの情報を聞いてもらいたい。
「なぁんだ君だけかい?僕の芸術的な大魔法を見に来たのは」
間違いなくダンジョンで出会った少年だ。
「その大魔法とやらは民家を3軒ほど潰す程度のものなのか」
「バ――――カ!!!そんな訳ないだろ!観客が居ないとつまんないから!誰か来るまで暇つぶしに弱い魔法を当てて遊んでただけだよーだ」
「そうか、碌な親に育てられていないようだな、如月悠太君。因みに私は盤倉圭吾だ」
こっそり鑑定を使って見たが、勇者とは書かれて居ない。やはり自称だ。しかもレベルは99。
「は?…はああ?何アンタも転生者ぁ?困るんだよね。希少価値が下がるじゃん?最初から殺そうかと思ってたけどやっぱり殺すわ」
すうっと息を吸うと、少年は楽しげに唱える。
「メテオフォール!」
「重力反転!」
メテオの隕石群と少年のみを対象に、私は重力を反転させた。隕石は更に上空へと登って見えなくなり、少年は自分の風魔法でなんとかバランスを保っている。これでは碌に魔法も使えまい。
「お、前ぇっ!僕の魔法に何した!」
「重力を反転したのだから、下に落ちるの逆で上に上がるに決まっているだろうが」
「そんなのズルいだろ!僕の華麗な大魔法を見て、お前が驚く流れだっただろ!」
「…なあ、それで俺を驚かすという事は、ここら一帯の人々が亡くなるという事を解って言ってるか?」
「はあ~?勇者の技の引き立て役になれるんだから、むしろ僕に感謝するだろ普通」
――ダメだ。元同郷の人間だからといって、許してはいけない域の思想だ、これは。
「事情次第で生かして返してやりたかったが、どうやらムリのようだ…ホーリーケージ」
飛んで逃げる事も転移で逃げる事も許さない。聖属性の籠に囚われた少年は喚く。
「ちょっと邪魔くさいんだけどこれ!解ったよちゃんと軍と一緒に来いって言うんだろ。そうしてやってもいいから!ホントはエスターク王が共に行動しろって五月蝿かったんだけど抜け駆けしちゃったんだよねえ。ゴメーンねぇ~」
「崩壊」
黒い球のようなものがケージ内へと吸い込まれ、少年の傍まで来るとカパリと中身を展開するように広がる。広がる先から靄のように分解されていくように見える。が、黒い靄のようなものに触れた少年の肌が、ぼろぼろ、と崩れるように崩壊していく。
「え。なんだこれ。何してんだ…僕がなくなる…お前、していい事と悪い事があるんだぞ!お前は死んでもいいけど僕は特別なにんげ」
崩壊は進み、少年から下顎を奪う。悲痛に眉を顰めているが、解る。反省などしていない。放置すれば誰かを殺す。子供が蟻の巣に水を掛ける様に。蝶の羽を毟る様に。自分以外の他者の価値が虫以下なんだ、この少年は壊れていた。
せめて、髪の一筋まで消えるまで見送ろう。同郷の誼だ。
全て崩れて無くなってしまった少年に、踵を返す。王宮へと転移した。
「…最悪だった。性格が。捻じ曲がってるとかいうレベルじゃなかった」
皆の隣に並び、報告する。
「観客が来るまで家を的にして弱い魔法で遊んでいたそうだ。本命のメテオフォールは空へ捨ててきた。本当にどうしようもない性格だったから生かせなかった。最後まで反省せずに逝ったよ」
「…倒してくれたか…ありがたい…私達の国の軍を出すと全員がメテオフォールで死んでいただろうな」
「『観客』として私より先に人が出向いていたら危なかった。街ごと犠牲にする気だったからなアレは…。王との約束を破って抜け駆けしに来たそうだから、後は普通の軍がやってくるだろう」
「――そうか。素早い対応、本当にありがたく思っている。後に褒章を贈らせてくれ」
「パーティーもパレードも要らん」
「大丈夫だ、解っておる」
ふ、と王は苦笑を浮かべる。だが、まだ気を抜いてはいけない、と王は顔を引き締めなおす。
「エスターク兵だが、私は参加しないが、従魔を参加させてもいいだろうか?偶には外で遊ばせてやらないと退屈だろうから」
「ああ、うちの九尾も外に出してやれていないな。共に出しても?」
「構わんだろ?」
「「「「「私達が構うよおー!?」」」」」
「だってお前、カプセルホテルにずっと置きっぱなしで放置されたら嫌だろう?――しまった。餌とかいるのかこいつら。私やっていなかったぞ」
私が顔を青ざめさせると、シュネーも同様に青くなった。
すい、と漆黒が出て来る。
――面白い事を言うものだ。テイムされる際に一度倒されている我らは、もう普通の魔獣や人間などと存在が違う。食えぬ事はないが、まあ嗜好品だな。あると嬉しいが、ないからと言って飢える事は無い。まあしかし…もっと外には出たいものよな。この小さい格好であれば外に出ても混乱はないのではないか?
「ああ、待ってくれ、従魔には首輪を付けねばならんのだ。ハウスに居る分には問題ないんだがな、外に出すならテイマーギルドで首輪を見繕ってつけて貰って欲しい」
首輪か…首輪…スライムみたいなまるい物体にどう付ければいいんだ?
「王よ。これにはどう頑張っても首輪は付けられないんだが…」
ぽにょんと腕の中にライムを出して見せる。外に出たのが嬉しいのかご機嫌のようだ。
「きゅっきゅー!」
「スライムか…確か専用の焼印を押して貰えれば良かった筈だが」
「それはスライム専用なのか?それだと使えないのだが」
「?スライムであろう?」
「いや、本体はもっとでかい。メタモル・アポクリファという種類で、食った相手に化ける事が出来る」
「なんと…ううむ、一度焼印ではダメか試して貰っても良いだろうか」
「ふむ。解った」
シュネーと2人でテイマーギルドに寄る事になった。ところで。
「もうレベル上げはそろそろ一旦置いて、通常の休日のみダンジョンで後は朝と夕の修行だけに戻そうと思うのだが」
試験勉強もあるし、そろそろあのダンジョンではレベル上がらないと思うのだ。凍土の女王が、最初の魔法連打で完全に溶けるようになってしまっている。ラスボスも同様だ。
「あー、確かにあのダンジョンじゃもう意味なさそうだよね」
「だろう?なら試験勉強を再開しても良いんじゃないかと思うんだ」
「あ~誤魔化そうとしてる~軍は私達に任せてくれるって言ったのにぃ~!」
あちゃ。思い出されてしまったか。
「解った解った、軍には従魔は出さない。小さい姿でハウスに戻りたい時以外外に出してやるので良いだろうか?」
――戦闘に参加できぬのは残念であるが、外で嗜好品を食べたりするのでも気は晴れる。そこまで気にしてくれるな。
「今度ダンジョンに行くときは外に出してやりたいんだけど…大きくならないと闘えないか?小さいままでは駄目だろうか?」
――少し戦闘力は落ちるがな。闘えんという事はない。連れ回しておくれ。
何とか両者の妥協点で落ち着いた。
そして帰り際にテイマーギルドに行った。それぞれ好みの色や形を見てこちらへ咥えて戻ってくる。ライムには無事印が押せたようだ。良かった。
従魔全員が首輪を付けて外に出たが、狗神の似合い方が凄い。もうどっから見ても豆柴だ。思わずモフってしまったが、ケルベロスは満更でもなさそうだった。
さて、家に帰ればまた以前のルーチンに戻る。勉強しなきゃ…休日のダンジョンはまた考えないとな。
うん、シュネーさんや、まだウチで暮らすのかい?おうち帰らなくていいのかい?
勇者との戦闘回でした。
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