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20.不穏な空気

受験生が勉強する暇がない苦しみ。

 隣国エスタークが徴兵(ちょうへい)をしているという噂が耳に届く。


 次から次へと面倒ごとが起こっている気がしてならない。


 大体エスタークとこの国トルクスの広さは然程(さほど)差がある訳ではない。エスタークが貪欲なのだ。隣の芝が青く見えて仕方がないのだろう。別に領土が枯れて岩場と砂漠になっている訳でもあるまいに…いや、なんか枯れたという噂も聞いたような…?だから肥沃な土地を求めて侵略するのか?


 ――戦争の方が土地も人も荒れる所業だと私は思うのだが。


 国王からの呼び出しを受けて、王宮へ(おもむ)いた私は溜息を吐く。目の前には綺麗な土下座をした国王が居る。そなた達の前の世ではこれが最大の謝罪であると聞いたとの事だ。だが一国の王がやっていい格好ではない。あ。ほら王冠が転がっていく。


「もう、いいから。顔を上げてくれ。話がしづらい」


 転がった王冠を拾い、顔を上げた国王の頭に載せてやる。


「王は何があろうと全ての責任を負う。だから頭を下げて許される事など1つもないんだ。だから王族は頭を下げない。前の世ではそうだった。こちらでは王は責任を放棄していいのか?」


「そんな事はない…!解った、謝罪ではなくお願いをしても良いだろうか?」


「先ずは話を聞いてから返事をする。構わないな?」


「勿論だとも」


 王は話し始めた。


 隣国が徴兵をしているのはどうやら結構前からのようだ。そろそろ軍の体裁が整いつつあり、この一月のうちに攻め込んで来る可能性が高いという。間諜が言うには、傀儡はもう使わないらしい。


 王として、シュネー王子を鍛え上げてくれた事には感謝しているが、エスタークの軍には遊撃として組まれた転生者が居るらしい。


 その者は勇者だと名乗っているという。聖女とこの国を()る、と息巻いているそうだ。


 シュネーは転生者ではないので、勇者に勝てるものか解らない。そこで私達のパーティに遊撃として主に勇者を狙って欲しいとの事だ。


 軍自体は、諸侯の私兵も掻き集めて10万になったらしい。


 あちらの軍も同程度の数である為、徴兵された農民の割合などに比べると一歩勝っていると言った。


「戦争での被害、か。農民を死なせたいわけじゃないんだが…相手国に居るのでは仕方がない…以前と同じく、私達でほぼ殲滅して良いのであれば引き受けよう。自軍が死んだりすると寝覚めが悪い性質(たち)なんだ」


 そう言い、錬金を試しているうちに出来たものを国王に渡す。


「これは…?」


「離れて居る場所にでも連絡が届くアイテムだ。二つが一対になっていて、片方が壊れると対になっている玉から激しいビープ音が鳴る。エスターク進軍の噂を聞いたら即座に壁か床なんかの固いところに向かって投げつけろ。それまでの間、万が一にも負ける事がないよう、私達はもう少しレベルを上げる。音が鳴れば転移で駆けつけるから心配するな。…で、シュネーは今回どうする」


「私は今回自軍を任されているが…やはりもう少しレベルを上げたい気もする。自軍に被害など出したくないのだ。父上、お許し頂けますか?」


「この玉を壊せばすぐに駆けつけるのであろう?ならばあちらが進軍用意をした時点で鳴らす予定だから構わないが」


「ありがとうございます、父上」


 にこりと笑うシュネー。


 運命はどうやら、私達に試験勉強をさせる気がないらしい。


「戦争、ねえ。例の勇者も出て来るって?…まあ優位を取りたいし、レベル上げに行くのはいいんだけど…」


「「私達全然勉強進んでないけど、学園は入れるの?」」


「試験結果は解らんが、入るには入れると思うぞ。国王が邪魔して来るんだ。尻拭いはさせる」


 折角腕のいい家庭教師をリクハルトが付けてくれていると言うのに丸損している。ちゃんと給金も途切れず渡していると聞いている。王は私だけでなく、アディとリシュとシュネーとリクハルトに謝るべきだと思う。まあ、こちらの事情など見通しているだろう。そのうち家庭教師の給金分の金銭と、筆記テストで落ちた場合のフォローはあると思われる。


「リシュ、ダンジョンに(こも)る分の飯を用意してくれ。夜は帰って寝る。だから記録ポイントで記録出来る階を目安に攻略していく」


「はぁ~い。でもソルデ領のダンジョンも制覇したのじゃなかった~?今度は何処に行くの~?」


「いや、時間がなくてな。一番大きいダンジョンを後回しにしていた」


「そうなんだ?」


「ああ――100層のダンジョンで、ラスボスが強くて未踏破のダンジョンだと聞いた。其処へ行こうと思う」


 早朝から魔法の修練をしていた面々に事情を伝えると、呆れた顔をした。


「もう、本当に存在が悪だわ、エスターク…こっそり潰しに行っちゃえば良くない?」


「それは考えなくもなかったが、攻められたので防衛した、という事実がないと周辺国に警戒されてしまうだろう」


「…んまあそれはそうだけれども」


 うんざりした顔でラライナは続ける。


「それさえなきゃ、王都ごと氷漬けにしてやりたい所よ。本当に」


 ぷんぷんと憤るラライナ。


 常日頃から、何かというと悪事に加担して来て、軍の者も「また隣国かよ」と溜息を漏らす程であるという。前回はこつこつとこの国のトップを押さえて行く事で計画を立てていたと言う。それが、王宮を掃除した事で計画が破綻(はたん)し、腹を立てて出兵と相成(あいな)ったのではないかと。どうしようもない事情を聞かされると何かぐったり疲れたような心地にされる。


「まあ、最低でも勇者は風魔法と時空魔法が使える。(そな)えて置かねば逆転される可能性もある」


 ふっと笑ったラライナは、妙な凄みのある笑みを浮かべた。


「スタンピードの犯人よね?エスターク所属なら思う存分痛めつけていいのよね?」


「そうだな。メテオフォールを撃ってくる可能性もゼロではない。気をつける必要がある――もう反撃の手は考えてある。できれば勇者は任せてくれないか」


「…そういう事なら解ったわ。勇者は任せるから、雑兵はある程度私達に任せてくれない?」


「了解だ」


 支度を済ませ、全員が集まったところで、ソルデ領に転移。目玉のダンジョンだからか領主が管理しているダンジョンのようで、入るのに1人銀貨1枚を要求された。受付の者に渡すとダンジョンへの挑戦が始まる。


 1層は他のダンジョンと同じく、石畳のなんの変哲もないものだった。出て来る魔物も弱そうなものばかり。全員で駆逐しつつ駆け足で2層へ移動。


 急にジャングルのような水棲(すいせい)ダンジョンに変わる。足元は沼になっており、歩き辛い。其処へ泥に紛れて襲い掛かってくる小型魔物は気を込めた足で蹴ると容易く死ぬ。大型は沼からざばりと顔を出し、粘着質な水泡を打ち付けてくる。足元が悪いとはいえ、身構える隙もある攻撃だ。全員が難なく避ける。川沿いを歩いて小型からの攻撃を受ける事無く、顔を出した瞬間の大型を仕留めていくのが一番楽だと気付いた。3層へと移る。同じジャングル水棲階層だ。これもさっさと通り過ぎた。


 5階層まで同じ事を繰り返す。足元の所為で駆け足出来なかったのが不満だったが、敵はさくさく倒せたのでプラマイ0だろう。


 6層に入ると、今度は砂漠ステージのようだ。これも砂に紛れて襲ってくるのだろう。ヒレのようなものが砂を泳いでこちらに襲い掛かってくる。ヒレの下は鮫に似た生物だ。多少砂に足を取られるが、飛び上がった瞬間を見逃す者はなく、一撃で屠られて砂に沈む。


 ロックゴーレムも居たが、動きの鈍い的と化していて、全員が先を争って魔法を撃つ。順番制にして、無駄撃ちはやめるよう忠告する。受け入れて貰えて、其処からはゴーレムは順番に魔法を撃って倒していた。私は加わっていない。皆がやりたいなら邪魔する気はない。この層も10層まで同じだった。


 駆け足で問題なく踏破。5層おきにカードに記録を取るのは忘れない。リシュとアディはメテオフォールの練習がてらにゴーレムを的にした為、オーバーキルも良いところだった。


「本番は、マリーが勇者の相手をしてる間に私達が軍に打つからね。練習しておかなきゃ」


「「「私達の分もちゃんと残しておいてね?」」」


「マリーほどの威力はないから大丈夫だと思うけど」


「ね~、魔法を合成させるのが難しくて、実際の威力がお察しになってるわね~」


 まだまだ元気な一行は、お喋りしながらも駆け足で進む。


 11層からはは墳墓(ふんぼ)のステージだ。ノーブルヴァンパイア、死甲虫、レイスを相手に駆ける。


 「ホーリージャッジメント」


 この魔法一発で群れが消える。が、ファイアボルテクスでも2発あれば消えるので特に問題なく、20層まで進んだ。そのままボスとの戦闘に入る。


「鑑定、ブラックセンチビード!弱点は火、斬撃だ」


 リクハルトが火をエンチャントした剣で薙ぐと、一発でケリがついた。呆気ない。


 ドロップ品は火の指輪、神鋼の2つだけだ。火の指輪は付けた者が火魔法を操れる指輪だったのでシュネーに渡しておく。王族は少しでも自力で身を守れた方がいい。


 ここで一度昼食を摂る。特に疲れもない面々は楽しそうに会話しつつ、食事をしていた。


 21層からも草原やマットレスのようなステージなど、色々と変化はあったが、肝心の敵はやはり弱く、駆け足で進む。40層、ボス部屋だ。ボスは大きい人間の体から蟷螂の鎌と足がついた、余り直視していたくないボスだった。


「鑑定、キマイラ、弱点は火と物理全般」


 言い終わるや否や、ラライナの弓が矢を突き立てる。


「お…おおおおお!おっ おっ」


 下手に人の顔をしているので気持ち悪さがはんぱない。


 憤怒の顔で歩いてくるが、アディが気を纏わせた刀で顔面部分を両断する。


 そのままよちよちした動きで前に数歩進み、敵は倒れた。


「もう出て来て欲しくないタイプの気持ち悪さだったね」


 最後の足掻きで鎌がアディを襲うのを刀で両断、今度はドロップ品が落ちて来る。


 キマイラの鎌、神鋼、エリクサーだ。


「普通のパーティならエリクサー喜ぶんだろうけど…」


「「「「「うちにはマリーが居るからなあ…」」」」」


 そしてマリーにまたエリクサーが押し付けられる。持つとすれば回復役、という事で意見が纏まったようだ。


 40層から59層は岩石ステージと海ステージだった。

 岩石ステージは特に問題なくクリアできたが、海ステージが厄介だった。言葉の通りステージ全体が下方半分が海水で満たされている。息継ぎに上がっては潜って敵を迎撃しながら進む。タコ、イカ、マグロなどが変異した魔物で、美味しそうな敵を倒しているのに、死体を回収出来ない。先に海水で満たされてしまうからだ。


 やっと洞窟と其処に続く階段を見つけ、退避する。面倒なステージなのに、きっちり10層分がこのステージだった。ダンジョンメイクした人間が居るなら殴りたい。


 60層手前の階段で全員クリーンを使用して服や体を綺麗にし、乾かす。


「体が冷えたな。どうする?晩餐にしてゆっくり体をほぐすか?」


「いいよ。どうせ戦闘したらすぐに暑くなるんだから。ストレッチだけしておこうかな。あと暖かいお茶」


 各々体を伸ばし、お茶で体を温める。


「晩餐は80階層でって決めてるの」


「それはいいが…皆、体力などは平気か?」


「「「「「問題なし」」」」」


 一応棒飴を配って食べて貰う。


 60層のボス戦へ、扉を開けて向かう。


「鑑定!狗神(いぬがみ)!弱点は火、斬撃!」


 アディ、リクハルト、シュネーは火をエンチャントさせた武器を突きたて、薙ぎ払うが、火力が足りないのか狗神の毛が攻撃を弾く。


「気か勁で攻撃しろ、内部にダメージを与えるのがいい」


 見せるように、火をエンチャントした刀に気を纏わせ、首筋を狙う。


「ハァッ!」


 ずぐりと肉へ食い込む感触。それと同時に前足で痛烈な一撃を貰う。


「ぐふぅぁあ!」


 腹に手を当て、グレーターヒール。痛みは直ぐに治まった。


 狗神の頭は、首筋を半分斬られてぐらぐらしている。


 忌々しそうにこちらを睨み、腹に響くような音で咆哮した。


「グルオオオアア!!」


 致命傷ではあるものの、威嚇し、勝ちを諦めていない目だ。


「瞬歩、飛行――斬閃乱舞(ざんせんらんぶ)!」


 それは肉を抉り取るような回転を載せた刀だった。


 ガリガリと残りの首筋を断ち、狗神は倒れた。


 ポスっとドロップアイテムが落ちる。


 狗神の鎖鏢(じょうひょう)、神鋼、身代わりのペンダント


 ここで暗器か。影の人に渡しておこう。身代わりは私は既に持っているのでシュネーに渡す。死なれると国にとって大事(おおごと)だから。


 …何故か子犬が居る。めっちゃ尻尾振ってる。私はもう1匹従魔が居るので、シュネー辺りがテイムして欲しいんだが、めっちゃこっち見てる。焦れたのか、とことこと私へ向かって歩み寄り、手の甲をぺろぺろ舐め始める。


「あー…どうしようもなさそうだな…皆すまん…テイム」


 子犬が飛びついてきてぺろぺろと顔まで舐めだす。


「あー、名前どうするか…折角大きくなると格好いいから、強そうな名前…。よし、お前はケルベロスだ」


 嬉しそうに尻尾を振りながら体を摺り寄せてくるケルベロス。


「ワン!」


「きゅうきゅう!!!」


「ワン!?」


 どうやらライムが先住権を主張してるようだ。魔物をテイムすると現れるペットハウスの空間から勝手に出て来ている。


「こら、2匹同じ部屋じゃないから!分かれてるから喧嘩するな」


 どうどう、と割って入ると、お互いしぶしぶ納得したようだ。二匹とも各々のハウスにきちんと入ってくれた。


 61層からは炎獄という名が相応しい、マグマが其処かしこに流れるステージだ。敵はそこまで苦労しないで済む火属性の鳥やマグマのゴーレム、火蜥蜴(ひとかげ)だ。氷魔法で一掃できる。問題は暑さだ。ガリガリと体力を削られる。


 これでも鎧に刻印された温度調節が付いているのだ。なければグリルされる鳥の気持ちが解るに違いない。


「ああああもう嫌だ――――!!!!!アイスワールド!!!」


 ラライナが最上級氷魔法で先の方まで凍らせ、そこまで皆で走る。ついたらまた「アイスワールド!」余波で敵は死ぬし、良い事ではあるんだが、ボス戦までMP大丈夫なのかラライナ。


 氷が溶ける前に、とほぼ全員が全力疾走。律儀に10層分、炎獄ステージだったよ…。


 70層は別にボスステージではなかったのだが、流石に消耗した面々――特にラライナ――は、少し休憩を挟む事になった。MPポーションを一気飲みしているラライナは、配分も考えずに突っ走った事を謝っていたが、多分ラライナがやらなければ他の誰かがやったんじゃないかと思う。だから気にするな、と肩を叩いておいた。


 息が落ち着き、冷えたスポーツドリンクに癒されてほう、と息が漏れる。そして階段の下からは。


「冷気…今度は寒いのね…どっちも嫌だわ」


「んー…ちょっと全員、肌着を少しでいいから出してくれないか?」


 首を傾げながら服の下から肌着を出す面々。


「ヒートエンチャント」


 自分も含めて全員分掛け終わると、ぽかぽかと暖かい。一応ズボンにも掛けておいた。


「よし、行くか」


「「「「「「応」」」」」」


 案の定の凍気ステージ。あちこちに氷塊やつららが垂れ下がり、吹雪に紛れて白く小さな鳥が集団で肉を啄ばもうと体当たりを仕掛けてくる。1羽1羽は全く大した事はない敵だが、恐ろしいほどの数で群れている。軍隊アリを思い出す。


「纏まった所を範囲魔法で狙うか」


「そうだね」


「「「ファイアエクスプロージョン!」」」


 目論見通り、大半を撃墜した筈が、見る間に元の数に戻っていく。


「あいつら…このステージに降る雪で出来てるんだ。ホラ!」


「め…面倒臭ぇ~」


「バリア掛けつつ全力疾走、増えすぎたら間引く、で行くか。とんだ力技だけどな」


「私もまともに相手したくない敵だな」


「じゃあそれで行く。ホーリーシールド!」


「「「ウィンドバリア!」」」


「ファイアサークル」


「ダークネスケージ」


 一同が掛け終ると、滑るように走り出す。各々、自分の掛けたものが切れたら掛け直し。時折後ろに向けてファイアエクスプロージョン。


 漏れなくきっちり10階層分あったよ。うん、解ってた……。


 80階層はボスが居るようだ。


 一気に開け放ち、鑑定する。


「鑑定!アダマンタイトゴーレム!弱点は魔法!」


「「「「「「了解!」」」」」」


「きゅう!きゅうきゅう!!」


「ワン!!グルルルル…」


「なんだ!?」


 今まで大人しくしていた従魔が2匹、ペットハウスから飛び出し、私達より敵の前に出る。そして両方が元の姿に戻る。…ボス部屋が窮屈だった事なんて今まで経験した事がない。


「あー…どうやら偶には闘いたいようだ。任せてやってみてくれないか?」


 見ている間に、ライムは上から相手の体を取り込んで消化していく。ケルベロスは業火を吐き、足から金属を融解させていく。数分も掛からず、2匹は相手を倒してのけた。


 ぽたぽたとドロップ品が落ちて来る。


 どうだ、褒めて!とばかりに胸を張る2匹を撫でて落ち着かせるのに必死でドロップ品を見る暇がない。


「えーと、アダマンゴーレムの指輪(DEF+10000)と神鋼と…ねこじゃらし?」


 ねこじゃらしを鑑定すると、テイム確立+50%とある。シュネーに渡した。ラスボスを是非テイムして欲しい。


 指輪も王子へ。私より耐久出来ないからね。


 此処で予定していた晩餐を摂り、小休憩する。


「別に此処で帰っても良かったんだがなあ」


「ちょっとだけ残していくのって気持ち悪いからやだ」


「あー、気持ちは解るけどな」


 全員が人外級のスタミナと体力を持っている所為で、止めどころが解らなくなってきている。


「仮眠しとくか?」


「ううん。勝利を手にしてから全力で家で寝るの」


 アディは言い出すと聞かない。他の面々は少し疲れた様子で苦笑していた。


 充分に腹がこなれてから、再出発だ。


 フィールドは1Fと同じ石畳だ。敵は嘆きの精とレイスがぽつぽつと点在するばかり。ほぼ直進で次への扉が開いていく。90層を超えても変わる事無くそれは続く。


「なんか…拍子抜けというか、肩透かしを食らった気分だな」


「油断させようとしてるのかしらね」


「…何か来る」


 ボス部屋から威圧が此処まで届いてくる。


 ――命知らずの人間共が!また不恰好なダンスをして我から逃げ出す心算か?


 念話、というのだろうか。頭の中に直接思念が届いているようだ。


 ――まあいい。以前の者のように、顔を覗かせてすぐ逃げるくらいなら今すぐ引き返せ。忠告はしたぞ


 こっちは念話なんて使えないのだから返事なんて…あ。生えた。


 ――そうだな。精々無様ではない踊りを見せに来た。お相手を頼むよ


 ――ならばもう少しだ。我は我の住処で待っておる


 すぱぱぱぱぱっと言った感じで点在していた敵が消え、誘導するように蝋燭に火が灯る。


 成程、暇を持て余した最下層ボスの遊技場といったところか。なら、後は心構えをしっかりして、相手に呆れられないよう、必死の足掻きとやらを体験してみようじゃないか!久々にわくわくしている。多分目がキラキラ輝いているだろうなと自己分析。周りが苦笑しながらこちらを見るので、これはもう確信。


 しかしどうも…こう、意思疎通が出来てしまうと殺すのは惜しい気がしてしまう。相手も戦意を失った人間を殺すでなく追い払っていただけのようだし。


 だからと言って、痛めつけるだけで勝利、と言った生ぬるいモノは求めていないだろう。全力だ。全力で私の全てを叩きつける。


「でかい…」


 過去見た中で一番大きく分厚い扉。無骨で飾りのようなものは一切ない。


 慎重に手を掛け、ゆっくりと扉が開いていく。


「鑑定!黒神竜アデルドヘイド!弱点は、聖魔法」


 聖魔法って私しか扱えないんだけどな。


「無効は闇だ。闇以外の魔法や武器で各々最善を尽くせ!あと、多分私には近づかない方が良い」


――来てやったぞ。歓迎してはくれないのか?


――先手をくれてやろうとしたというのに無粋だな。貴様は。ならこちらから!一撃で死んでくれるなよ!


 コァッと喉の奥に闇が(こご)るのを見て、射線から外れるが、黒竜も首を捻って照準を合わせなおしてくる。――それなら。


 黒竜のブレスの射線に仲間が入らないよう誘導し、そこでブレスを待つ。放たれた、という瞬間を狙って瞬歩、顎の下を突き上げるように逆鱗を破壊する。


 ブレス中に無理やり口を閉ざされた黒竜の口元が爆発する。そこにはもう私は居ない。続けて飛行魔法で上空へ逃れている。


「聖なる千剣、顕現(けんげん)し、蹂躙(じゅうりん)せよ!聖爆剣閃(せいばくけんせん)!」


 ふっと黒竜の上に現れた強い聖属性を持つ剣が1000本。眩いばかりのオーラを放って黒竜の体内深くへ突き刺さる――そして体内で聖気を放ちながら爆発する。


「ギャァアアアオオッ!!!」


 悲鳴から一転、竜眼が赤く細くなる。キレたのだろうか。


 無駄に闇のオーラを放って視界が悪くなるのを払う。


「ピュリフィケーション」


――ぐううっ、猪口才(ちょこざい)な!


「――女神よその影を私に――アストラルポゼッション」


 詠唱と共に、私の纏うオーラが全て聖属性に染まる。勿論、刀に回した気も全てだ。


「ハァッ!」


 黒竜の首に向けての居合い斬り、からの。


「九の型・無限乱刃(むげんらんじん)!」


 100人に届こうかという数の私があちこちから現れたり消えたりして見えているだろう。そしてその刃は一瞬にして1000度黒竜の首を襲った。残るはほぼ竜骨のみの首を見て私は問う。


「消えたいか。まだ強者を此処で待ちたいか」


――お主になら倒されたい。実力ある者に(ほふ)られるは栄誉に等しい


「上等!」


 大きく振り被った刀を骨の継ぎ目に目掛け、思い切り斬り落とす。


――見事…ッ


 戦闘後、欠けた刀を見て、以前仕留めた竜よりもこちらの竜の方が格上だったんだな、と納得する。


「…格好良かったぞ、黒竜」


――そうか。ならば我を貰っておくれ。人の子よ。此処はもう飽いた。


黒い皮の中がごそごそと動き、小さな黒竜が……いや、待って。もう2匹居るのだ。シュネーじゃダメですか!?


――我が(おも)(たた)こうたのはそちであろう。そち以外は嫌じゃ。まあ、仲間だと言うなら背に乗せてやるのはやぶさかではないが。


 シュネーは猫じゃらしを持て余してぷらぷらさせている。


「シュネー…あの…何と言ったら良いか……すまん」


「大丈夫、今回の敵は私ではどうにも出来なかったし、私は私の力で屈服させてテイムしてみせるから…っ」


 強がりである。ついでに涙目である。


「……テイム。…お前の名前は漆黒だ」


 次いで、目の前に残る黒竜の死体に目を向ける。


「下拵え」


 そう、解体は覚えていないが、この下拵え、実に良い仕事をしてくれる。部位によって切り分け、綺麗に皮を()いで(なめ)してくれる。目玉も内臓も血も骨も全て小分けにしてアイテムボックスへ仕舞える。


 あえて解体を覚えたいと特に思った事がない。


 今回の黒竜の皮や牙や骨で、また全員の武器と防具を調えることが出来る。今なら多分戦争までに間に合うだろう。


100階層のポータルを記録し、リターンと唱えた。


流石に夜中になってしまっている。ギルドへの報告は明日へ回し、一先ず今夜は全員家に戻り、グッスリと良く眠った。流石のリシュも疲労困憊で、全員鑑定したいとは言い出さなかった。有り難い…もう何もしたくない。


「おやすみ…」



かなり長くなってしまいました、読んで下さった方お疲れ様です!

読んで下さってありがとうございます!少しでも楽しく読んで頂けたならとても嬉しく思います(*´∇`*)もし良ければ、★をぽちっと押して下さると励みになります!因みに狗の名前は彼氏が考えてくれました。ケルベロスさん。

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