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16.パレードと法王

マリーさんの目は半分死んでます。

 2~3日、と王は言った。


 それは昨日のような馬鹿騒ぎが3日続くという事だろうか。あと2回もアレを体験しろと?――無理だ。私の心が死んでしまう。なんなら寝転がって手足をばたばたさせて泣き(わめ)く事すらも()さない。


冒険者衣装に身を包み、私は王の元へ行く。


「帰る」


「な…何故ですかな!?今日はパレードの予定が…」


「もうこんな珍獣の見世物みたいなのはゴメンだ!1日付き合っただけで死ぬほど辛かったんだぞ。3日続けてクーデターを止めろと言われた方が100倍マシだ!私の精神が死んでしまう!」


「せめて庶民にも聖女の姿を見せてあげて下され…皆感謝をしたいのです」


「…庶民と言ったな?」


「はあ」


「では全行程、私に家族とシュネー以外の一切の貴族を私に近づけるな!あとドレスも嫌だ!」


「み…3日目は法王がいらっしゃるので、法王と少しだけでも会話をして頂けませんかな!?あとドレス…ドレスだけは…」


「男連中が着ているようなスーツみたいなのだったら着ても良い。蝶ネクタイは嫌だ」


 散々な我侭をなんとか折衷案で納得して貰おうとする国王。2人の間には火花が散る。


 王は内心ため息を吐く。この美少女にはドレスの方が似合っているし、美しさもまた神性に磨きを掛けるものだ。しかし、涙目で訴えられては、せめて貴族用の豪奢なスーツでも手配するしかないと。男性向け衣装では尚の事マリーの背丈が問題となるのだが、針子の裾上げ技術に頼るしかないだろう。


「髪が長いから似合わないと言うなら、今此処で髪を切り落としてショートになってやる」


「スーツもきっとお似合いでしょうな!」


 フーッと毛を逆立てた猫のようだったマリーは、一応の納得をして、あと2日の行程に付き合う事に了承した。


 身嗜(みだしな)みも自分で出来る、と言い、風呂や着替えにメイドを入れることを断り、やっと部屋に戻ったマリー。


 浴槽にはまたバラが浮いていたが、それくらいは我慢して入る。自分で髪と体を洗えるのは素晴らしい。風呂を出たマリーは適当に体や髪を「乾燥」と言って乾かすと、突っ張る顔にだけ化粧水を塗りたくる。


 化粧?意味が解らない。あるがままを見て貰えばそれでいい、と頷く。部屋の入り口を見ると、そっと置かれた自分のサイズのスーツを見つける。必要以上に派手だとは思うが、そこは我慢した。ネクタイではなく、キラキラしたスカーフが入っている。…蝶ネクタイよりはマシか、と1人ごち、さっさと着替える。髪は(くく)らずそのまま流した。


 2日間、これで通す心算だ。法王?偉い人?知った事ではない。こちとら自分の精神の生死が関わっている。


 用意されていたバレード用の馬車は、上がオープンになっており、やたらとゴテゴテしていたが、これに乗って半日過せばいいだけだ。頑張れる。私頑張れる!涙目で馬車を眺めていると、後ろから手を当てられた。


「癒し手(精神)」


 リシュだ。有り難い。少し落ち着いた私はリシュに振り返る。


「一緒に乗ってくれるのか…?」


「そうでないと貴方が何をしでかすか解らないもの。常に癒してあげますよ~?」


 にこにこ笑うリシュが天使に見える。


 私がドレスでない所為か、リシュの着ている服は、催しに相応しくない程度に簡素だ。スーツであれど、聖女が私である事を間違われないよう気を使われている。


 そして座席は一杯の花で飾られている。心を落ち着ける為に、何度か深呼吸をして自分の席へと座る。リシュが隣に座り、癒し手(精神)を3度掛けてくれた。涙が引っ込んでくれる。


 馬車が動き出すと、私は引き攣った笑顔で街道沿いに沢山並んでいる者にひらりと手を振る。歓声が沸いた。綺麗な花が乱れ飛ぶ。


 リシュは5分おきにマメに癒し手を使ってくれる。お陰で私は最後まで手を振り続ける事が出来た。


「…」


 ひらひら


「あなた、あなた、もういいの、もういいのよ~」


 馬が厩舎へ戻り、馬車を仕舞いこもうとする段階まで気付かずにこやかに手を振っていた――


「癒し手!癒し手!癒し手!癒し手!」


「っは!?何だここは?」


「終わったのよ~、馬車はもうおしまいよ~!」


 どっと疲れが押し寄せる。途中から何をしていたか覚えていない。


「私は…ちゃんと最後まで笑顔で手を振っていたか…?」


「それは大丈夫だったけど~…終わってもずっと振ってたわ~」


「途中で暴れたりしなかったならいい…」


「癒し手、癒し手、癒し手、癒し手、癒し手…」


「ありがとう…人心地がついた…」


 自分の脆さと、こんな非道な仕打ちをした王を殴りたい。ぽろりと涙が零れた。



 その様子は王にも伝わったようで、王も頭を抱えていた。


 ドラゴンも倒す者が、ただ貴族として褒章でもある夜会やパレードでそれらしく振舞うだけで其処まで消耗するとは微塵も考えていなかったのだ。


 御者は凄く気の毒そうにマリーの様子を伝えてくれた。


 今からでも家に帰せるが、そうすると法王は家まで押しかけるだろう。やっと自由、と思った矢先に覆されるほど絶望する事はない。


 ――あと1日、1日だけ耐えて下され、聖女様…


 王の目も、静かに潤むのだった。


 しかし聖女の功績が今後なくなるとも思えない。また苦労をさせるより、ひっそりと()り行い、結果だけを大体的に発表する方が良かろうな…祝いたい対象が此処まで嫌がる事をして、祝う意味はないと思われる。


 実はこの後にまたパーティーだったのだが、聖女様には伝えないでおこう、と王は決めた。


 一方聖女は、役割は果たした、とばかりに客室へ戻っている。自分にクリーンを掛けてベッドに飛び込む。点々と脱ぎ散らかしたスーツが、ベッドまで続いている。


 秒で眠りに落ちた聖女は、パーティーで聖女が不在である事を必死で誤魔化す王の心労など知った事ではなかった。



 起きると朝になっていた。最終日だ。法王とかいう者とだけ話せばいいんだ。…しかし体が嫌がってなかなか動けない。


 だが、部屋の中でカチリと小さく音を立てながらお茶を嗜む者が居る事に気付いて一気に覚醒した。


 ばっと起き上がってテーブルの方を見ると、豪奢な法衣(ほうえ)(まと)った男が居た。


「寝起きのマリーちゃんも可愛いですね~♥別に格好などどうでもいいけど、パジャマはマリーちゃんが嫌かな?着替えるなら席を外すよ。好きな格好に着替えて欲しいな♥」


「では着替える。法王…で間違いないか?」


 眠ったときにはほぼ全裸だったのだが、寝ている間に侍女がパジャマに着替えさせてくれたらしい。 頷いた法王が席を外して外に出ると、私は慌てて冒険者衣装に着替えた。好きな格好でいいと言ったんだ。文句は出るまい。


 扉に向かうと、ノックをして、入っていいと告げる。嬉々とした顔の法王が顔を覗かせ、席へ戻る。


「このままここでお話してもいいかな?改まった席は苦手なんだよね」


「あなたもか!私も改まった席は遠慮したいと思っていたんだ!」


 いい奴じゃないか、法王。これは楽に済むかも知れない。


「なんだか無駄にゴテゴテ着飾ったり珍獣でも見せるように市中を引き回したり、意味が解らないよね」


 決して法王の座に着く者が言ってはいけない事をさらっと暴露する。


「全くだ!私への褒美と抜かして私が嫌がる事を押し付けてくるのには何の意味があるのかと問いたい!」


「こんなゴテゴテした服もさあ。着たくなかったんだよね」


 天上蚕の総シルク。蒼の基調に銀糸で細かな刺繍が施されている。帽子には重たそうな飾りがこれでもかとついていた。だが、非常に良く似合っている。似合っているからと言って何を着せてもいい訳じゃないが。


「その重そうな帽子は外すといい」


「本当に?聖女ちゃんは優しいね。では」


 帽子を脱ぐと、滝のように滑らかな銀の髪が落ちて来る。帽子を着けてた頃もそうだったが、この男、なかなかの美貌だ。偉い人間には美貌の者しかいないのか?と思わず首を傾げる。――いや、アスモルトは醜男(ぶおとこ)だったな、と思い出す。


「首を傾げる仕草も可愛い!いやあ眼福だねえ。そんな格好をしている所を見ると、冒険者で活躍中なのかな?時間を貰ってしまって悪い事をしてしまった」


「いや、こんな時間ならそう悪くない。肩肘張らずに済む相手と話すのは苦痛ではない」


 いや、相手は法王である。各国に教会を持つ、本山のトップである。気安く話せる事がおかしい。


「それで、どんな冒険をしてきたか、良ければ僕に教えてくれると嬉しいよ」


 そんな風に訊かれ、嬉しそうにマリーは、今まであった事を話す。法王は驚いたりわくわくした顔をして、適宜(てきぎ)相槌(あいづち)を打ちつつマリーの話に聞き入っている。


 この男、聞き上手というやつか。やるな…!


 話が途切れた際に、パンパンと手を叩いて侍女を呼ぶと、お茶の催促をしている。マリーの分もお茶と茶菓子が届く。


「邪魔してごめんね?喉が渇くと思ってね」


「いや、丁度喉が渇いていた。有り難い」


 お茶で喉を潤し、菓子を一つ口に入れる。食べ終わったらまた話に戻る。


 和やかに会話――主にマリーが話していたが――をしていると、慌てた顔の闖入者(ちんにゅうしゃ)が現れる。


「法王!別の客室で待って欲しいとお願いしましたよね!?なんて所でお茶会しているのです!?もしや聖女が起きる前から淑女の寝室で勝手にお茶を飲んでいた訳では有りませんよね?」


「そうだけど?」


 ありえない返答に王の口がかぱりと開く。


 静かにお茶を飲む音だけが響いて暫し。


「お…お茶会室を用意しておりましたでしょう?」


「嫌だよあんなゴテゴテした場所。此処が良い」


 絶対に、絶対にだ。この男は聖女の寝息で呼吸したくてこの部屋に入り込んだに違いない、と王は顔を顰める。


 しかも、聖女のこれまでの顛末を聞きたいなどと白々しい。ほぼ把握済みで有るくせに!

「では私も一緒させて頂きますぞ」


 その事を聞いた両人共に、「えー…」と言った反応をされたが、王は挫けない。そもそも聖女の思っていることや此れまでの顛末を聖女視点で聞くことは大事だ。


「…なるべく空気に徹しますので、どうか御容赦(ごようしゃ)を…」


 項垂れながら提案すると、「それならいいか」という空気に変わり、王は涙目になった。


「じゃあ続きを…」


 聖女が話し出すと、王は目を丸くする。ダンジョンなど野蛮で貴族の通うようなものではないとされていたが、どうやら見直しが必要なようだ、と考え、真剣にマリーの話に耳を傾ける。


 話が(ようや)く終盤へ差し掛かる。劇場での話、先日のクーデターの話をして、マリーは静かに話を終える。


「付け加えていいかな?」


「ええ、どうぞ」


 改めた法王が、小さく咳払いをして告げる。


「ファムリタという妹が居ますね?」


「…ファムリタが何か?」


隷属(れいぞく)の首輪を着けていてね。聖女の妹、という事で僕の管轄(かんかつ)の孤児院に受け入れたのだが、まあ癇癪(かんしゃく)の多い方でね。男爵家での話を聞いて納得したよ。聖女を(おとし)めた罪人であった、という訳か…。放逐すると聖女の下に来て迷惑を掛けそうだから、このまま預かるけど…少し待遇を落とそうとおもうよ。傀儡なる物騒なスキルは封じてあるけど本人が何も反省せず、我侭放題というのも頂けないしね」


「傀儡!?」


 あの数の傀儡が湧いていたのだから、妹は相当()き使われて居た様だ。戦闘時の5万人。あれも全て妹がやったとなると、MPポーションを飲ませながら延々と術の使用を強制されて居たに違いない。――ただ、いくら妹であっても、ファムリタをサリエル家に迎える心算はない。きっと家族の絆が分解される。確信に近い。


「まあ、他に2人ほど同じスキル持ちが居たからね。全員傀儡なんかや物騒なのは封印してきたよ。狂化のスキル持ってたヤツも居たし、本当に物騒だよね」


「ああ、後始末をしてくれていたのか。ありがたい」


「聖女ちゃんがありがたく思ってくれるならなんでもしてあげるよ」


 これは口説き文句でもブラフでもなく、聖女の為なら死んでも良い法王の本音だろう。そっと王は胃を押さえた。


「――そういうのは良くないぞ法王。1人で立って居られてこそ、聖女だと思う。無駄な庇護はいらん」


「ああっ♥聖女ちゃんのそういう所が(たま)らない…!」


 本性が出かかった法王を、王が肘鉄で牽制(けんせい)する。


「まあ、まあ。其処は置いておいてだな?ファムリタはまだ自分が聖女だという主張を止めない。光魔法の発現もないのにね。だから学園に行かねばならない、と全く繋がらないおかしな事をいうのさ」


「顔のいい男がわんさか居ると聞いた。その所為なのではないか?」


 ぶふっと法王は吹き出す。


「顔!!!顔かぁ…だとしたら物凄い執念だね。教会の奉仕活動もそこそこに、後の時間は必死で勉強しているようだ。学園に放っても大丈夫かな?」


 ふう、とマリーは胸に溜まったため息を落とす。


「そこまで努力しているんだ。奨学生向けの難しいテストに合格するようであれば入れてやっていいんじゃないか?」


 少し甘すぎるか?とマリーは悩ましげに繭を寄せる。


「まあ確かに彼女は癇癪持ちだ。学園で友人を作るのも難しい性格だろうが、ネックのスキルは封印されてるし、その辺は善処しよう。学園で同年代の者と行動を共にすれば少しはマシになるかも知れないしね。ああ、あと一ついいかな?」



聖女(きみ)様から託宣(たくせん)を受ける時と同じ神性を感じる。神か――はたまたその眷属(けんぞく)くらいの存在に変わってしまっているようだよ?」



マリーは息を呑む。この日一番の爆弾が落とされた。


ようやくファムリタさんの居場所が割れましたね。

読んで下さってありがとうございます!少しでも楽しく読んで頂けたならとても嬉しく思います(*´∇`*)もし良ければ、★をぽちっと押して下さると励みになります!妹は無事学園へ入学出来るのか?

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