15.祝勝会
マリーさんは自分の事で大事になるのは嫌なタイプなので、自分の為の夜会など開かれても迷惑なのです
「隷属の首輪をした者は、悪事に加担させるような特殊スキルを持っていると思われる。早めに対処した方が良くないか?」
「もう!マリー!往生際が悪い!」
バラの浮いた風呂に突っ込まれ、丁寧に髪や体を他人の手で洗われ、化粧水やオイルでマッサージされたと思えば、何処から調達したのかあれでもないこれでもないとドレスを宛がわれ、ようやく赤を基調としたドレスを着せられる。
あまつさえ化粧だ。マリーはその段階でもうグロッキーだった。ぐったりしたマリーの髪を今まだ複雑に結い上げる者、宝飾品をあれこれ選んでは付ける者が居る。
アディはシュネーから贈られたアメジストのドレスに、プラチナを糸にしたもので花の刺繍がされたものを纏い、デートの時に買って貰った首飾りを大事につけている。何処から見てもシュネーの独占欲の塊になっていた。
「ふむ…顔の良い男がわんさか、というのは今日の事か?」
「あ、それは別。学園行ったら解る」
最後に身嗜みチェックをされ、ようやくマリーは解放された。半分目が死んでいる。
そんなマリーを見たのは初めてのアディは軽やかに笑った。
「マリーにも苦手な事あったんだ。普段ウチではどうしてたの?」
「1人で勝手に入って顔に化粧水とやらは付けてたぞ」
「えっ、せめてクリームもつけようよ」
「あれは顔がペタペタして好かん」
さっきからマリーは顔を手で拭こうとしては必死で耐えている。
それをやると、化粧が崩れて酷い顔になる、と言われて必死で気を使っているのだ。
健康的な体になったマリーは美しい。確かに今日もわんさか男性に囲まれそうな勢いだ。
本来のゲームのヒロインは守ってあげたい可愛らしい容姿をしていたが、マリーのピンとした姿勢と表情、オーラが覆している。どちらかというと「麗しのお姉さま」といった体だ。
悲しいかな、身長だけがそれを裏切っている。ヒロインの背丈は公式で150センチなのだ。それを覆す為に、高めのヒールを履かされている。15センチヒールで165センチだ。
最初は生まれたてのヤギのような動きしか出来なかったが、持ち前の運動神経で10分もすれば履きこなした。肉刺などはヒールで治せるだろう。ダンスの講義は受けているので踊れる筈だ。本人に踊る意思さえあれば。
「ねえ、マリー。主役なんだから、ダンスのお誘いはかなりあると思うけど、全部断っちゃダメだよ。出来る限り相手をして、愛想よくしてて。貴族なんかが多いんだから、学園で何かしらマイナスの噂になったら過ごし辛くなるからね!」
「うう…解った。なるべく頑張ってはみる」
「それと、同じ相手と1回以上踊っちゃダメ。講義で聞いてるとは思うけど、特別な関係になる意思があると思われちゃうからね!私だって、シュネーと何度かは踊るけど、それ以外はやっぱりダンスを申し込まれて断るのは難しいんだよ。疲れたなら立食のスペースがあるから其処へ行けばある程度逃げられるけど、入り浸るのもNGだよ!」
懇々と注意を受けていると、シュネー王子がアディをエスコートしに訪れる。そろそろ時間のようだ。マリーはエスコートなしで1人で行こうとしたが、侍女に止められる。
ソラルナが現れてマリーの手を取った。こういう場所では1人で行動するのは淑女らしくない、若しくは問題があって男性から倦厭されていると思われるのだそうだ。苦笑するソラルナに手を預け、「社交界とは面倒だな」と零すマリーは、これから何度もこういうパーティーに参加する羽目になるとは微塵も考えていなかった。
会場の大扉の前では順番に名前がコールされ、コールされた者が中へと入っていく。身分の順になっており、主役で聖女のマリーが呼ばれるのは最後だ。因みに結界はまだまだ機能しており、貴族派の残党などが弾かれ、何名か参加出来なかった者たちが居る。当然名前は控えられており、後日なんらかの沙汰があるだろう。
大分と人が減ってきた頃、公爵夫妻が呼ばれ、次いでアディ達が呼ばれる。王族もその後に呼ばれて出て行く。そして最後にマリー達が呼ばれた。
扉を潜ると、一気に人目がマリーに集中する。値踏みをされているのが良く解る視線だ。顔は笑って拍手で迎えてくれていても、目だけがそれを裏切っている。
本来は15になってからデビュタントを迎える筈なので、同い年で同級生になるはずの面々は居ない。マリー、アディ、シュネーは一足先に今日デビュタントとなる。
本日の主役、と解るようにか、マリーは一番上座に案内される。
「もう見知っている者も居ると思うが、我が国の聖女であられるマリー・フォン・サリエル殿だ。スタンピードの大半を個人で片付け、今回もほぼ1人でクーデターを収めてくれた。その功績を持って、英雄の称号と第一等鳳凰勲章を授ける。金品などは後程贈るので改めて確認して頂きたい。皆、拍手を。聖女が我が国に居てくれた事に感謝を!」
わあっと声が上がり、拍手の雨が降り注ぐ。王に場所を譲られ、何か発言するよう促される。
「あー…私が聖女だ。味方になってくれる者には何もしないが、敵対した者にはそれなりの実力行使をする。是非敵にはならないよう努めて欲しい。今日の席は私の為だと聞いている。国王に感謝する」
全員がポカンとした顔になっている。どうやら挨拶は失敗したらしい。そもそもこんな席でいきなり挨拶を求められてもマリーは何を言って良いのか良く解らなかったのだ。
「尚、病気や毒、呪い、怪我、欠損などが有る者は私に声を掛けてくれれば癒せる。後程声を掛けて症状を聞かせてくれれば赴こう。以上だ」
この発言には、ぴくっと反応し、縋るような視線を送ってくる者が数名居た。
王に場所を譲る。もうマリーは目が死んでいる。なるべく人の少ない壁際に陣取って頭を休める。スッとリシュが寄って来て、癒し手(精神)を掛けてくれたおかげで、少し目に光が戻った。
「助かる…」
「貴方は前からこんな席が苦手でしたからね~。喝を入れてあげました~」
もう一度癒し手を発動。マリーの精神疲労はかなり楽になった。
「あー…なんとか踊れそうになったよ、リシュ」
まだ戻りきって居なさそうなマリーに、とどめの癒し手(精神)。どうやら完全に調子が戻ってきたようで、やっと生気を感じたリシュは笑う。始まったばかりで疲れすぎだろうと。
其処へ、ソラルナから第一ダンスのお誘いが。他の人を相手にする前に自分で練習をしておけ、と言わんばかりだ。
苦笑しながらエスコートを受け、舞台の中央へ。曲が始まる。少しテンポの速い曲だ。マリーは早いテンポの方が踊りやすいので、ラッキーだった。まるで相手を挑発するような鋭い足裁き。かと思えば情熱的なゆるりとした動きで相手の首筋へ指を伝わせる。ただスピンは1回のところ3回も回ってしまい、周りの人を驚かせてしまった。上半身にはゆるっとしたターンなども含まれているが、マリーの足はずっとテンポに合わせた鋭く早いリズムを刻んでいる。大きく後ろに仰け反り、相手の腕が腰に回される。フィニッシュだ。
周りに向けてカーテシーをすると、マリーもソラルナも息も乱さず元の場所へ戻った。
「はは、こういう速い曲で身内が相手だとダンスも楽しめるんだがな」
「リードどころか振り回されっぱなしだったよ、私は。マリーの足捌きが並じゃない」
飲み物を配り歩いているボーイからソフトドリンクを受け取ると、ゆったりと会話で時間を潰す。
ずっとそうして居たかったが、見知らぬ青年からダンスを申し込まれ、なるべく嫌そうな顔をしないよう表情筋に訴えかけ、辛うじて笑顔でその手を取った。今はワルツに曲が変わっている。
なんとか1曲踊りきっても、相手が手を離さない。なしくずしに2曲目もダンスに付き合わせようとする。マリーは無言でにっこり笑い、掴まれた手に雷を纏わせた。
「うあっ!?」
バチン、と音が響き、弾かれたように青年が後退る。
「女性に無理強いをしようなんて、呆れた紳士も居たものだ。さっさと手を引いてくれれば良かったものを」
顔を真っ赤にしながら這う這うの体で逃げ出す青年は嘲笑を浴びていた。
次の青年も次の青年も、2曲目を誘いたそうにしているのは解ったが、マリーは1曲踊るとカーテシーをして逃げてしまう。うんざりした顔を見て、アディと3曲踊ったシュネーがダンスに誘う。
このシュネー王子のダンスが終われば立食出来る休憩スペースに行こう、とマリーは決めた。
少し密着度の高いダンスだったが、シュネーからは欲望が感じられないので素で踊れる――と、急に悲鳴が聞こえた。
「わ…わたくしではないわ!この方が避けたから…っ」
どうやら第三王子に派手な色のカクテルを掛けてしまったらしい女性が、ぶるぶる震えている。
明らかにアディ目掛けて掛けられたカクテル。掛けられる瞬間にカクテルをすっと避けたらしいアディが言う。
「あら。まさかカクテルを私に掛けようと?困ります、ドレスはシュネー王子が贈ってくれたものですので」
「掛けようとした相手が避けたから悪いと?君は独特な感性をお持ちのようだ。だがこの会には相応しくないものだね。すまないが、お帰りはあちら、だ」
悲痛な顔をして、肩を落とした令嬢はしぶしぶ出口へと向かう。途中振り返ってアディを睨むのを忘れない。
「巻き込んですみません、王子」
「君が謝る必要はないさ。掛けようとした者が悪いに決まっている。私も着替えなくては。失礼するよ」
一連の騒ぎを聞いていたマリーは苦笑する。
「君が離れていると、どんどん騒ぎが起きると見た。アディについていてやってくれないか?」
「そうだね、私が軽く考えすぎたようだ。姫の傍に戻るよ」
今また足を引っ掛けようとされて、その足を思い切り踏み躙ったアディを見て苦笑する。
ギャーギャーと怒り声の響く立食スペースにシュネーが向かうと、途端に騒ぎが小さくなる。
そして、こんな陰険な女では王子に相応しくない、私こそが――、いえ、王子でしたら私の方が――
そういった声が響く中、シュネーは冷気を纏う。後ろからアディをぎゅっと抱き締めた。
「私の可愛い婚約者に、ちょっかいを掛けるのは止めてもらえないか。嫉妬してしまうだろう?」
「ふふ、まあ、一体何に嫉妬していらっしゃるやら」
「そなたの時間を取られている事に決まっているだろう」
「もう、外ではそんな恥ずかしい事を仰らないで…照れてしまいますわ…」
頬を染め、小さく王子の袖を摘まむアディには、怪しい美貌と妖艶さが漂い、王子もそれに合わせて妖しく笑いながらそっと頬へ口付ける。嬉しそうに寄り添う二人に声も掛けられない。
そのうち1人が、カトラリーのナイフを振り翳した。
「邪魔なのよ!あんたなんて!死ねば良いのに!!」
完全にイって仕舞っている目で、アディの顔を狙ってナイフが振り下ろされる――が、それもひょいと避けられてしまう。シュネー王子も少し仰け反ってナイフを避けた。日頃の鍛錬の賜物だなあ、と私はうん、と頷く。
アディは肩を押して相手を半回転させると、腕を極める。
「いやああああ!離して!痛い!痛い!」
何事かと警備の者がやっと駆けつけ、事情を話して未だナイフを持った令嬢を突き出す。
「そんな未熟な体捌きで喧嘩を売られても困ります…。手加減を誤ったらうっかり死んでしまうかも知れないでしょう?」
にこっと笑顔でアディがそう告げると、周りに居た令嬢達は我先にその場を逃げ出す。
やっぱり噂は嘘で、アデライド様は悪の令嬢だったのだ、とひそひそ声が辺りに響く。
アディはため息をつく。相手から仕掛けられたものを返しただけで、何故こうまで言われねばならないのか。
その時、逃げている令嬢を遡って、可憐な令嬢が私達の元へ現れた。
「っ、あの、あのっ、私と踊って頂けませんか!!」
勇気を振り絞りました!という体で、ご令嬢が声を掛けたのは王子ではない。――私だった。
真っ赤に顔を染めた御令嬢の手を取り、私は笑った。
「喜んで!」
私は男性パートも覚えている。むしろ此方の方が得意だ。お嬢さんのフォローをしながら優雅に舞う。令嬢は夢見る瞳で言う。
「貴方様が居なければ、私の街や国はどうなっていたのか、と思うと、とても恐ろしかったのです。お礼を…お礼を言いたくて!ありがとうございます!しかもダンスもお上手で、一緒に踊れてなんて幸せだろうと心躍ります」
「お礼など必要ない。この国は私が住む国でも有る。自分の家を守っただけのようなものだよ」
「なんて謙虚な…!あ、あの、ファンになってもいいですか?」
「構わないが…」
ファン?ファンになってどうする心算か解らないが、害がないようなので受け入れる。
ダンスが終わって元の場所へ戻ると、初々しそうなお嬢さん方が、小さな列を作って私を待ち受けていた。
「…?これは…一体…」
目を白黒させる私に、アディがからかう様に耳打ちしてくる。
「お姉さまと踊りたい、だってさ。踊ってあげたら?多分下心はないよ」
「は、ははは!無論構わないとも」
このお嬢様方と踊っていれば、ぎらついた男共の相手をせずに良いと言うなら願ってもない。
そうしてマリーは順番に令嬢と踊り、最後までもう男の手を取らずに済んだ――
そしてその所為で、聖女は男より女が好きだという噂が流れ、頭を抱えるのだった。
まさかの同性愛者疑惑。マリーさんの性自認はちゃんと女なので、凄く凹んでます
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