閑話2
ファムリタさんの現状やら王様やら受け付け嬢やら知らない男の事やらです
●王家の悩み2
教会に雷が落ちた。晴天の中、教会の上にだけ暗雲が立ち込め、何度も落雷し、建物の一部が壊れる程であったという。かなわずに飛び出した者の中、メルセラ司教を狙ったように落雷し、危うく命を落とすところだったとか。
だから言ったのだ、聖女の望みは公爵家で楽しく暮らす事だと。まるで聞いては居なかったが。
これ以上の被害の拡大を起こさぬよう、私は法王に連絡を取る。聖女の望みと、メルセラ司教が逆鱗に触れている事、教会への被害などを知る限り全て書き起こした。
すると、丁寧な謝罪の言葉と、メルセラへの罰と放逐を知らせてくれる。きちんと聖女の望みを第一に考えられる者をこちらに寄越して、トップの意識調査を行い、聖女の望みを無視してでも引き込もうとするような危険思想の持ち主は全て放逐して入れ替えるとまで言ってくれた。ただ、一目でも聖女を見てみたいと言い、近く視察に紛れて公爵家へ謝罪をしたいとの事だ。
手紙を読む限りは非常に真っ当で誠実さを感じる。だが、私は知っている。法王が熱心な聖女フリークで、聖女の手からオークションに掛けられた品をいくつも落札して頬ずりしたりしているちょっと危ない人物である事を。
逢うとヤバい事態に発展しないかと胃がキリキリする。良い人なのだ。良い人なのだが、聖女の抜け毛などを聖遺物として持ち帰りそうな勢いのこの法王、逢わせて本当に大丈夫なのか果てしなく疑問だ。
一応、誠意ある対応をお願いし、決して欲で暴走をしないようオブラートに包み込んで連絡したが、返事がない。どうやらもうトルクス領へと出発したようである。
ああ、女神よ、女神様!どうぞ何事もなく法王が聖女様の前で失態を犯さぬよう、お願いします。良い人ではあるので、天罰で死ぬような事がありませんように…!
●ファムリタ
落ちぶれた男爵家は潰れた。男爵の称号を剥奪され、今日から貴方は平民です、なんて言われてはいそうですかと返事が出来る訳がない。両親はとっとと金目のものを漁ると姿を消した。どうして連れて行ってくれなかったの?
あたしは貴族だ。平民じゃない。文句を言いながらも平民の仕事を嫌々やってみたりしたが、長続きしない。段々と食べるものにも眠る場所にも困窮する有様だ。どうしてこうなったのか、いくら考えても解らない。うちは悪役令嬢の家ではない。潰れるなんて微塵も考えた事がない。
今は所有者の異なる、元男爵家の壁に凭れて座って居たが、スラムへ行け、と追い払われた。
平民街どころかスラム!?そんな所にこの美貌のあたしが紛れ込んだらどうなるか、想像に難くない。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
あたしは悪い事なんてしていない!醜女の姉が分不相応な扱いを受けぬよう、あたしが代わりにヒロインを務めてあげようと思っただけなのに!
悔し涙をぽろりと零しながら、そっと男爵家から離れる。行く宛がない。どうしろと言うのだ。自ら汚れた男共の玩具になれというのか。弟は冒険者になったという。稼ぎが良いならあたしを受け入れてくれないだろうか。
でも居場所は聞いていない。解らない。悄然と立ち尽くすあたしに、声を掛けてくれる紳士が居た。思わずびくりと反応してしまうが、衣食住に困らない場所で簡単な仕事をするだけでそこそこ多い金額の報酬を約束してくれると言う。
男爵の称号を剥奪されてからの経験で、道端でこんな甘い仕事を斡旋する輩なんて警戒すべきだと警鐘が鳴る。でも今のあたしは限界だった。たった一晩でも良いから、きちんと食事をしてちゃんと眠らせてくれるなら縋り付きたかった。
男に手を引かれ、豪奢な館に連れて行かれる。間違いなく此処は貴族区域だ。しかもかなり高位の。でっぷりとした当主が優しそうな顔であたしを労わってくれる。涙の止まらないあたしを、メイドが服を脱がせ、浴槽へ入れてくれる。丁寧な手つきで髪も体も綺麗に磨いてくれた。用意されていたデイドレスに袖を通す。少し服が大きかったが、そこまで無様な格好にはなっていないと思う。カチリと嵌められたチョーカーには繊細な文様が刻まれており、綺麗な魔石が嵌められている。
メイドに案内された場所には、先ほど声を掛けてくれた青年と、でっぷりした当主が、晩餐を前に座っていた。あたしの分も用意されている。
「酷い目にあったね。もう大丈夫だよ。さあ、食事をしようじゃないか」
欲望に身を任せれば、マナーも何もなく、顔を突っ込むようにしてがっついてしまいそうだ。必死でそれを耐えて優雅にカトラリーを扱う。一口目は体全体に沁み込むような滋養を感じた。2口目、3口目、と少しづつマナーが崩れて食べる勢いが増してしまう。シチューに浸した丸パンを齧り、メインのステーキ肉を頬張る。まるで獣から人間へと戻って行くような心地だ。
満腹になったあたしの元に、ケーキと紅茶がサーブされる。
今度はゆっくりとそれを味わいながら、始めてあたしは礼を口にする。
「ありがとう…ございます…」
「気にしなくて良いのだよ。君はその価値がある人間なのだから」
そう、そうだ。あたしには価値がある。王子に口説かれつつも黒曜様の嫁に行くのだ。
「さて、早速だが、『仕事の時間だよ。私についてきなさい』」
「…はい…」
あたしの意志に反して勝手に体が動く。何だこれは。気持ち悪い!
リビングから程遠い、暗い地下室へと連れ込まれる。中には身なりが良いとは言えないがそこそこに屈強そうな男共が沢山居た。
『シュネー王子とアデライドを殺すように操りなさい。それと此処の事は忘れるように』…貴方はその力を持っている筈だ」
シュネー王子!?嫌だ、攻略対象を殺すなんて。黒曜様に逢えない!
そう思っているのに、唇は従順に男の言葉に応じる。
「傀儡…、シュネー王子とアデライドを殺しなさい。此処の事は忘れなさい」
抗おうとしても体がぶるぶると震えるばかりだ。男共の目が茫洋としたものに変わり、あたしの命令を復唱する。ぞろぞろと出て行く男共を見ながら、あたしは徐々に体の自由が戻ってきた事を感じる。文句を言おうと当主を振り返ると、また言葉に止められる。
『さっきの事は忘れなさい。それと、私とこの従者の名前を決して尋ねてはいけない。逃げ出そうとしてもいけない』
「はい、忘れます。尋ねません。逃げません」
そこからストンと意識が落ちた。
今は、可愛く飾った好みの部屋、衣服や宝飾に囲まれてお茶会にも出して貰える。養子になったと聞いたが、当主の名前が解らないので、あたしは自分の名前がファムリタから後が解らない。
一先ずディスタと名乗っておくように言われ、ファムリタ・ディスタと名乗っている。でも余り気にならないのでそういうものだと納得している。時折同じチョーカーをした者とすれ違う事が有り、気にはなったが、あたしは何の仕事をしているのかも解らないのに、なんて声を掛ければ良いか躊躇っているうちに、機会を逃す。
そこそこの自由。短い、けれど何をしているか覚えていない仕事。豪華な部屋、豪華なドレス、豪華な宝飾。豪華な食事。メイドも数人ついている。これ以上はない環境だ。学園にも通わせてくれるそうで、家庭教師もついた。あたしは幸せに違いない。
――いや、あたしは、幸せだ。
●ソルナ
もう異常事態の全てはバケモノ姫の所為で片付けておけば、私の心の平穏は保たれると思っていたんですよ。
ええ、ええ、教会の落雷だってきっとバケモノ姫に違いありません。
それくらい悟っていても、予想の斜め上を行く異常な報告の数々。驚くまいと構えているんですよこっちは!なのに何度驚かされているのかもう数え切れないですよ!どうなってるんですか公爵家。あと一番の問題の聖女。
普通聖女っていうと、教会の中で静かに国の安寧を祈っているような想像をするじゃないですか?実態はあれですよ。言葉遣いなんてほぼ男の方と変わらないぶっきらぼうさ!
暗殺者が放たれていると耳にしましたが、阿呆の仕業としか思えません。だいたい聖女を殺しても国が荒れるだけで何一つ良いことはないですし、容易く殺されてしまうほどマリーさんの戦力は低くありません。
スタンピード直後のダンジョンの踏破をしてのける強さですよ?有象無象が何人居ようが敵にもならないでしょう。それでも懲りずに頑張っているそうで、はあ、まあ、ご苦労様としか言い様がない。
ただまあ、公爵家の方々は仲良く固まって暮らしていますからね。本当にマリーさんが標的なのかは解りませんが、それでも公爵家に手を出すと漏れなくマリーさんが付いてきますからね。
貴族派じゃないか、いいや第二王子の手のものじゃないか、と色々噂は聞こえてくるんですけれど、第二王子はそういう過激な手を打てるタマではないと思うんですよねー。消去法により、ギルド内では貴族派の仕業だと言う事で認識されています。
とっとと諦めてくれませんかね?
●????
某公爵家の地下で、洗脳のような仕打ちを受ける際に、手持ちの短剣で足を切りつけ、影響下を逃れた。男共に紛れて外に出たが、きっとそのうち突き止められるだろう。その前に、公爵の名前だけでも何処かに伝えなければならない。警備の兵などには伝えられない。何処まで手が回っているか解らないのだ。
出来る事ならサリエル公爵に、それか王族の誰かに。
ダメだ、庶民の言う事など信じて貰える自信がない。足を切った際に動脈を傷つけたのか、出血で頭がぼんやりしてくる。
もうダメだ、と思った時に誰かが俺を受け止めてくれた。敵か味方か解らないが、俺はその手に縋りながら意識を落とした――。
ファムリタさんには無事学園に行って貰わねばならないのですが、どうなるでしょうねえ。
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