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6.リベンジマッチ

「そ、んな……」


 突如、再湧出(リポップ)した守護者を前にリンファが小さく呻く。


 再湧出(リポップ)現象。一度倒された迷宮守護者が再度復活することをそう呼ぶのだが、それはそうそう起こることではない。あ(・)る(・)条(・)件(・)に伴って複数の迷宮に連鎖反応的に生じる現象だ。


 その条件というのが非常に厄介極まりないというか、割と一大事なのだが、それはさておく。今は何より眼前の守護者だ。


 巨大な水晶の蠍、紫晶の魔蠍《アメジスト・スコーピオ》は俺たちと入口の間に立ちはだかるように佇んでいる。今のところ襲ってくる気配こそないものの、まさかこのまま横を素通りさせてはくれまい。そもそも、大部屋と来た道を繋ぐ門も閉じられている。


 最初から守護者が再湧出していればわざわざ大部屋に立入らずに引き返せば済む話だったのが、まさかの立入った状態で発生したために閉じ込められてしまった。どんなタイミングだよ。


 転移陣も未だ起動しない以上、帰るためには奴を倒すしかないというわけだ。


「リンファ、一応確認するが守護者と戦った経験は?」


「あ、あるわけないだろ!?」


「一応だよ、一応。分かってると思うが、こうなった以上アレとの戦いは避けられん」


「避けられないって、守護者だぞ!? 僕たち二人でどうしようって言うんだっ!」


「だから言ってるだろ、戦うんだよ」


 信じられないというような顔で固まるリンファ。まぁ気持ちは分からんでもない。


 【魔晶洞】に出現する魔物はそこまで強力なものではない。迷宮の危険度はCランクなのだから当然だ。それなりの冒険者パーティーなら難なく探索出来る。


 しかし、守護者はその危険度には全く当てはまらない。例え迷宮の危険度が低くとも、守護者となると冒険者の適性等級はB上位からAといったところか。もちろん人数を揃え、態勢も整えた上でだ。


 対して俺たちはたったふたり、それもB等級とD等級。客観的に見てこの状況は詰んでいるということだ。むしろリンファの反応こそ正常といえる。それでも——


「やるしかない。でなきゃ帰れん」


「だからって……! どうしてそんなに落ち着いて——!」


「倒したことがあるから」


「————は?」


「俺はあいつと戦って倒したことがある。ちょうどそん時もふたりだったしな」


「な……は……?」


 そう、俺はかつて同じ場所でヤツと対峙したことがある。もう何年も前の話にはなるが……再湧出タイミングといい、何とも因果な話である。


 俺は今一度、水晶製の大蠍を見据える。


「策もある、まぁ聞け」


 そう言って、俺は敢えて口角を上げて見せ、作戦の説明を始めた。

 

 ドヤ顔で策と言っても実のところそんな大層なものでもない。過去に戦った経験のある俺が死ぬ気で蠍を押さえている間に、リンファが威力のある中級精霊術をぶち込み続ける。細かい立ち回りの指示こそしたものの、端的に言ってしまえばそれだけの話だ。


 ちなみにその間も大蠍はその場を動くことはなかった。こちらから挑む姿勢を見せない限り、あちらから動く気はないらしい。守護者とは相も変わらず変なところで律儀なヤツである。


 説明の間は大人しく聞いていたリンファだが、今も難しい顔をしている。説明前から悪かった顔色がより悪化している気がする。


「まぁ都度合図は出すし、少々ミスっても何とかするからあんま気負わんでいいぞ。火力だけはお前に頼るしかないんだが……」


「…………その、ことなんだが」


 それまで黙っていたリンファが、意を決したように口を開いた。


「僕は……下級精霊術しか、使えない」


「…………何?」


 あれだけの芸当が出来て下級しか使えない? え、そんなことある?


 突然明かされた衝撃の事実に一瞬思考が停止する。


 中位以上の精霊との契約、それは精霊術士がまず初めに目指すべき最優先事項といえる。


 下位精霊は世界の至る所に遍在しており、契約が容易……どころか別に契約なしでも精霊術士が魔力を受け渡せば術を行使してくれる。


 巡り合わせが悪いと手こずることもあるらしいが、精霊術士そのものが希少なこともあって大体は駆け出し卒業までには契約できる。


 無論、中位精霊と契約してさえいれば中級精霊術を使えるというわけではないが、少なくともこれまでリンファを見ていてそれが出来ないとは思えなかった。となれば、だ。


「中位精霊と契約出来ていない……のか?」


「……」


 俺の問いにリンファは力なく頷きを返した。


 んー……なるほど、そういうパターンか……。


 リンファがこれまで最低限の下級精霊術のみで立ち回って見せていたのは効率を考えてではなく、単に中級は使えなかったから。


 振り返って考えてみれば察してもよかった可能性を、俺は自分基準の考えと思い込みで見落としていたらしい。というか3日もあってその辺り一切確認しなかった辺り、我ながらアホ過ぎる……。


「……呆れたかい? 散々粋がっておいてこの有様だ……」


「いや、問題ない。それならそれでやりようはある」


「……え? ど、どうやって……まさか君ひとりで戦うつもりか……!?」


「俺ひとりで? いや無理無理。言っただろ、俺じゃ決定打がない。だから最初に言った通り火力はリンファ、お前に頼む」


「は、はあ? どうやって……」


「修行だ」


 


 ◆


 


「よう、久しぶりだってのに随分待たせちまったな」


 大部屋の中心で待機する紫晶の魔蠍《アメジスト・スコーピオ》に向かって歩みながら、5年ぶりの再会ということで挨拶をしておく。同一個体なのかは知らんけど。


 それに反応した大蠍がその巨体を臨戦態勢に移す。表情の読めない虫の貌は、かつて敗れた仇敵との再戦を前に眼窩の光を狂喜に揺らしているようにも見えた。


 じりじりと縮まる距離。やがて、お互いの間合いが触れる瞬間——大蠍の巨大な鋏が薙ぎ払われた。


「おっ……と!」


 まともに受けてはひとたまりもないそれを、俺は後ろに飛んでやり過ごす。そこを追撃するように振り下ろされる反対側の鋏は半身になって躱し、斬りつける。


 ガキン、同じ金属でも殴りつけたような硬質な音とともに僅かに水晶の欠片が飛び散った。


 冒険者は皆、例外なく戦うときに魔力を使う。それは近接職であっても、だ。如何に己の肉体を鍛えようと、人は魔力による身体強化なくして魔物という強大な存在には立ち向かえない。


 その点、俺は生まれつき持ち得る魔力の器が小さすぎた。貧弱な魔力では既存の身体強化術を満足に行使することは叶わぬ程に。


 なのに俺は今こうして迷宮守護者と立ち向かえているのは何故か。それは極限まで無駄を削ぎ落したからに他ならない。純粋な体術面は勿論のこと、魔力リソースの管理を俺は徹底した。


 術式を改良し、強化する部位、その強弱を常に状況に応じた最低限に調節する。


 更に、周囲の魔素をより早く魔力に変換する術を会得することによって、俺はギリギリで冒険者としての活動を可能にしたのだ。


 その後も数回、同じように攻撃をいなしつつ斬りつけてやると、大蠍は尾の針を振り回すように体を1回転させたため、大きく距離を取る。


 間合いの外に出た俺に対し、大蠍は尻尾の先を向けてきたと思うと先端の針が射出される。


「そういやそんな技もあったな……ッ」


 初見でもないし、対応できない速さではない。針はすぐに生やせるらしく、次々と飛んでくるそれらを俺は時に躱し、時に斬りはらうことで対処する。


 斬りつけた箇所はいずれもうっすらと傷が付いている。同じところをしつこく斬り続ければ破壊出来ないこともなさそうだが、削れた箇所はじわじわと再生しているのが見て取れた。やっぱり俺の剣だけで倒すのは現実的じゃないな。


 重要なのはタイミングだ。この大蠍の意識は俺に向いていて、現状間合いの外に居るリンファには見向きもしていない。焦らず、削り続け、機を窺う。


 かれこれ数十回は斬っただろうかという頃、一向に攻撃が当たらないことに焦れたように大蠍が両の鋏を叩きつけてきた。


 ここだ。


「リンファ!!」


 掛け声と共に俺は鋏を迎え撃つように振るう。当然このまま衝突してもまず俺に勝ち目はない。


 轟音。


 眼前まで迫る鋏はしかし、凄まじい勢いで飛来した巨(・)大(・)な(・)氷(・)塊(・)の衝突によってその軌道を変えられる。それだけでは終わらせない。


 氷塊の直撃によりベキベキと不気味な音を立てる鋏に向かって、俺は渾身の力で剣を振り抜いた。


 バギンッ!


 もとよりコツコツと削られていた鋏は氷塊と絶妙な角度の斬撃によりとうとう限界を迎え、中程から折れ飛んだ。

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