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前編

 私の名はリーズベルト・クラルヴァイン。建国以来の名門であるデッサウ侯爵家の長女。お母さまは早くに亡くなられたけれど、その分お父さまが私を大事に育ててくださった。私は侯爵家令嬢として、何不自由なく育ち、そして幸せな結婚をしてずっとこの家で暮らしていくはずだった。だってお父さまがそうおっしゃったのだから。


 それなのに…


 私がほんの子供の頃にお母さまが亡くなると、お父さまは後妻を迎えることになってしまったの。でもお父さまは私にこうおっしゃった。

「リーズ、どうしても断れない話なので仕方なくお父さまは再婚することになったんだ。だがおまえは何も心配しなくていいよ。お父さまが一番愛して大切にしているのはおまえの亡くなったお母さまだけだ。これはずっと変わらないからね」

「わかってるわ、お父さま。大好きよ」

「ああ、可愛いリーズ。おまえは私の宝物だよ」


 お父さまはその言葉通りにしてくださった。お父さまの後妻はなんだか冷たい感じの女の人だった。私は幼かったけれど、可愛らしくて優しかったお母さまのことはよく覚えているわ。お母さまはよくお父さまと一緒にお話をして笑っていらした。無表情なあの女はお母さまとは大違いよ。お父さまがあんなつまらない女を好きになるはずもないわ。


 それでもお父さまはがまんして、しばらくあの女と暮らしていたけれど、1年後に妹が生まれたあと、私たちは別々に暮らすことになったの。良かった!私はお父さまを独り占めよ!お父さまは優しくて私がねだれば何でも買って下さる。使用人たちも私がお母さまのことを忘れないように、元気だったころのお母さまの話をしてくれて、お母さまの代わりに私の好きなようにさせてくれるから、毎日が楽しいわ。


 屋敷の西と東に別れて暮らし始めたのに、あの女は何かと文句をつけてきたらしいわ。お父さまが子供のころから仕えている侍女頭のシーラが珍しく怒っていたの。私がどうしたのと聞くと、しぶしぶ教えてくれた。

「あちらのご夫人が少しばかりこちらのことに口を出してこられたんですよ。でも私どもも旦那様もきっちりお断りしましたからね。お嬢様は何も心配なさることはありませんよ」

 そう言ってシーラはいつもの笑顔に戻ったわ。そう、シーラはお父さまの後妻のことを「あちらのご夫人」って呼ぶの。間違っても「奥様」なんて言わないわ。だってこの家の「奥様」は亡くなった私のお母さまだけだもの。


 妹はほんの赤ん坊の時しか顔を見ていないけれど、あんな冷たそうな母親で可哀そう。きっとあちらの暮らしはひどいものだわよ。家の中だって暗くて静まり返っているに違いないわ。だってあちらの使用人たちも出入りの商人たちも、なんだかかた苦しくて雰囲気も悪いのよ。こちらには見向きもしないし。きっと女主人であるあの女がこわくて逆らえないのよ。


 でも私には関係ないわ。私はあちらのことなど何も気にせず、やさしいお父さまや使用人たちと毎日楽しく暮らしていたの。でも、大きくなって学校に通うようになれば嫌でも妹とは顔を合わせるようになってしまった。その妹ときたら!ああ、妹はアンナリーナというの。古くから伝わる名前らしいわ。


 名前のことはまあいいわ。何より私が気に入らなかったのは、アンナリーナがデッサウ侯爵家の令嬢とは思えない、さえない子だったことよ!学校に行くときは喪服かしらと思うような黒に近い灰色の制服を着こんでいるの。あんな制服、私の周りで見たことはないわ。


 私の通った学校は先進的で、制服だって明るい青色よ。私はそれに美しい刺繍を入れさせて、みんなからうらやましがられたものだわ。学校生活は本当に楽しくて、お友達もたくさんできたわ。でも私は侯爵家の長女だから、学校を卒業すればみんなと立場が違うってことはちゃんとわかってもらえたと思うの。


 卒業後はいよいよ大人の仲間入り。娘の社交界入りを世話するのは本来母親の役目と聞いたけれど、私にはお母さまがいない。でもお父さまはちゃんと考えてくださっていた。ある晩、上機嫌で帰っていらしたお父さまがこう切り出したの。


「リーズ、来週オークランス伯爵邸で開かれる夜会に行こう。あそこの奥方はすばらしい女性だ。きっとおまえも気に入るよ」

「まあ!夜会に連れて行って下さるの?本当に?」

「おまえの初めての社交だからな。先日作ったドレスがちょうどいいだろう?」

「ありがとう、お父さま。なんて素敵なの!今夜はきっと興奮して眠れないわ」

「ハハハ、大事な娘のためだ。まかせておきなさい」


 お父さまに付き添われて初めて参加した夜会は、それはそれは華やかで楽しいものだったわ。女主人のエローラ様はお父さまの古くからのお友達で、とても楽しい方だった。初めて会った私に、若い方達をたくさん紹介してくださったの。


 私は社交界に出るなり人気者になったわ。お母さまに似て私もとっても美しいのですもの。当たり前よね。毎日のようにあちらこちらのお友達から招待されたり、賑やかで楽しい夜会に出てちょっとしたいたずらをしたり、競馬場や射的場に連れていってもらったこともあったわ。心配性の取り巻きたちがうるさいから、頻繁には行けないけれど楽しい所よ。


 楽しく社交をこなしていると、月日が経つのも早く感じるわ。ある晩久しぶりに参加したオークランス伯爵邸での夜会で、初めてお目見えした令嬢たちを見て、私はそう言えば妹も彼女たちと同じくらいの年ではないかしらと思い出した。すっかり忘れていたけれど、そろそろ妹も社交場に顔を見せてもいいころでは?それにしては一度も彼女を見かけていないわ。


 私は取り巻きの一人であるアルトに声をかけた。彼は少し世話焼きなところがあるけれど、意外に顔が広いようで色々な話題を持ってくるの。

「ねえ、アルト。あなた私の妹をどこかで見かけたことあるかしら?」

「えっ?君の妹さん?…いやあ、ここらへんで見かけたことはないね」

「急にどうしたんだい、今まで妹の話なんてしたことないじゃないか」

 もう一人の取り巻き、ミカエルがすぐに会話に加わって来たわ。

「ええ、ちょっと思い出しただけよ」

「それより来週のことだけど…」

 他のお友達もあれこれ言いだして次の遊びの計画を立てていたから、すっかり忘れてしまったけれど帰宅してふと思い出した。


「まあ、いいわ。お父さまは妹の事なんて気にしていらっしゃらないし。あのかた苦しい母親ではね。きっとどこにも連れて行ってもらえないのだわ」

 それきり、私は彼女たちの事なんて頭の片隅からも追いやってしまったわ。


 だって私は運命の方に出会ったの!ルクリュ伯爵家のオクタヴィアン・バルビエ様。私の、いいえ私だけではないわ。王都中の若い女性がみんな憧れて、一度でいいから彼とお話したい、手をとっていただいて一緒に踊りたいと恋焦がれる方よ。伯爵家のご子息という家柄も、とっても頭がよくって王子様のご学友というお立場も、それに甘えることなく剣の腕も最高という素晴らしい方!


 あまり社交がお好きではないと言う噂で、その噂どおりお会いできることは少なかったけれど、礼儀正しくて穏やかな方。オクタヴィアン様がいらっしゃると若い女性がすぐに取り囲んで大変そうだけれど、いつもにこやかに平等に挨拶されるの。きっとものの数にも入らない女の子たちに期待させるようなことのないように慎んでいらっしゃるのね。


 でも私は違うわ。なんと言っても侯爵家の長女ですもの。周りの娘たちとは衣装だって装飾品だって違うわ。それにこの美しい容姿ですもの。どんなに大勢の中にいたって目立つに決まっているわ。だからオクタヴィアン様も何度かお会いするうちにあちらから挨拶してくださるようになったのよ。私だけの気のせいではないわよ。だってお友達も気づいていたんだもの。


「リーズベルト様。今日もルクリュ伯爵のご子息様がこちらを気にしていらっしゃるようですわ」

「ええ、リーズベルト様は一番お美しくていらっしゃいますもの。あのオクタヴィアン様も目を奪われていらっしゃるのね。羨ましいわ」

 当然とは思ったけれど、一応注意はしておかなくてわね。

「まあ、あまり先走ったことはおっしゃらないで。まだ何も始まっていませんのよ」

 私がそう言うと、取り巻きの青年たちがすねたように声をあげてきた。

「リーズベルト、あんな男のどこがいいの?気の利いたセリフひとつ言えない奴だぜ」

「そうだよ、遠くから見ているだけで声もかけないなんて。意気地なしで失礼な男じゃないか」

 私は思わず笑ってしまったわ。

「フフフ…やきもちをやいてくれるの?あなた達は私の大切なお友達であることに変わりはないわ」


 でも彼らは一緒に遊ぶには楽しいけれど、身分的には私と釣り合わないわ。オクタヴィアン様なら私にふさわしい、申し分なく立派な方。でもやっぱり男性に囲まれていると声をかけづらいのかしら。そう考えた私は取り巻きの青年たちから離れて、なるべく令嬢たちと一緒にいるようにしたの。彼女たちは私の引き立て役にもなるし。


 そうするとオクタヴィアン様は私に少しずつ話しかけてくださるようになった。周りに人がいるから遠慮していらっしゃるようだけれど、お会いすれば必ず私には挨拶してくださるのよ。周りの令嬢たちの悔しそうな顔ったら。私にお付き合いを申し込んでくださるのも時間の問題だわ!


 そして、ついに最高の瞬間が訪れたの。久しぶりに夜会でお会いしたオクタヴィアン様は、広間の向こうから私を見つけてくださってこちらに一直線に向かっていらしたの。


「クラルヴァイン嬢。今夜こちらでお会いできて安心いたしました。昨夜の騒ぎを聞いて気にかけていたのです」

 そのお顔は私のことを本当に気にかけてくださっているような固い表情で。

「まあ、オクタヴィアン様。私のことをそれほどご心配いただいたとは存じませんでしたわ」

 ああ、なんて幸せなのかしら。こんなに私のことを思っていただけるなんて。

「社交場でも特に何も気づきませんでしたわ。どんな騒ぎでしたの?」

「港近くの賭場で、賭けに負けた者が暴れたようです。巻き込まれた者が何人もいたと聞いたので…」

 私は思わず怖くて彼にすがるような瞳を向けてしまったわ。だってその場所には少しばかり心当たりがあるのだもの。まさか私が帰ったあとで?手に持った扇で少しこわばってしまった口元を隠さなくては。

「まあ、なんてこと。勝ち負けは時の運ですもの、少しばかり損をしたからと言って暴れるなんて愚かなことですわね」

「そう…ですか。…クラルヴァイン嬢に何もなければそれでよろしいのです」

「まあ、オクタヴィアン様。そんな他人行儀な呼びかたはおやめになって。どうぞリーズベルトと」

 オクタヴィアン様は少しためらっていらしたけれど、こうおっしゃってくださったわ。

「…そうですね。これからはお話ししなければならないこともあるでしょうから」

「あら!何のお話かしら。私にとって大事なことのような気がするわ」


 ああ、なんて素晴らしいこと。きっとこの後お父さまに大事なお話があると言ってくださるに決まってる。もちろん結婚のお申込みに違いないわ!ああ、でもここで私が「喜んで」とお返事してしまったら、あまりに軽薄な女と思われるかしら。結婚を前提としたお付き合いから始めましょうとお答えしたほうが、それとも少し迷っているふりをしたほうがいいかしらなんて、いろいろ考えていたらその隙に知らないお年寄りが彼に声をかけてきたの。


「失礼、お嬢さん。ちょっといいかね、オクタヴィアン」

 オクタヴィアン様は断れなかったみたい。

 「では、失礼します」とだけおっしゃって、すぐにそちらに行ってしまったのよ!もう!気の利かないおじいさんね。いつお父さまに会いにいらっしゃるかだけでも聞きたかったのに。


 まあ、でも問題ないわ。あんなに大勢の女の子たちの中から、私の名前だけを覚えて呼んでくださったのですもの。ほら、みんな私のほうをチラチラ見てる。悔しそうなあの顔といったら!最高ね。


 うれしくて急いで家に帰ったのに、お父さまは何か急用とかで出かけてしまって、それから何日も帰っていらっしゃらない。私はオクタヴィアン様にも会いたいし、遊びにも行きたかったけれど、お父さまと行き違いになってはと思って出かけるのも我慢していたのよ。


 やっとお父さまが帰っていらしたわ。急いでお迎えに出たのに、なんだかお父さまったら疲れているみたい。でも私だってずっと待っていたのだから、早く話さなくっちゃ。


「お父さま、実はルクリュ伯爵家のオクタヴィアン・バルビエ様のことなのですが…」

 そう言いかけた私にお父さまは信じられないことをおっしゃったの。


「ああ、そうだ。もう聞いたのかい?オクタヴィアン・バルビエ殿とアンナリーナの婚約が決まったのだ」


「なんですって?!」


「アンナリーナがオクタヴィアン殿と結婚して、この家を継ぐことに決まったんだよ」

 それだけ言うと、お父さまは背中を丸めてご自分の部屋に戻ってしまった。


 いったいどういうこと?



後編は週末に投稿予定です。

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