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モテるエイミー


「旦那様今日も別の家からお手紙が」


言いづらそうにしている使用人の姿をみてカーティスは手紙の内容を察し深いため息をついた。


「今はクレアのことで手一杯だ」


手で追い払う動作をするカーティスに戸惑う使用人。

受け取るのが嫌だとわがままを言っていても結局は受け取り返事を書かなければならない。

再びため息を吐き、嫌々ながらも使用人から手紙の束を受け取る。

使用人はほっとし部屋を後にした。


嫌な仕事は数多く存在するがこの仕事をしているときが一番憂鬱だ。

カーティス商会は金だけならある。

しかも国で1、2を争うほど商会の力は成長している。

そんな商会の娘であるエイミーに金目当ての貴族の嫡男以外の男たちが群がってくるのは十分ありうる話だ。


エイミーもゆくゆくは考えていかなければならないが、14歳という年齢で結婚を意識するのは時期早々。

と、もっともらしい理由をつけてはいるが可愛い娘を手放したくないというのが本音だった。


「…しかし、これだけは断れない」


頭を抱えながら一通の封筒を手に取る。

得意先の貴族からの夜会の誘いだ。

ご家族で是非とのことでどうしても行かなければならない。

その夜会には貴族だけではなく富豪なども参加し、表立ってはいないが婚活の場ということだった。

今まで断った縁談の家からも参加者がいると思うとカーティスの胃がキリキリと痛んだ。




***



夕食後、父は食器が片付いたテーブルの前で夜会に誘われていることを家族の前で説明し始めた。


「夜会ですか?」

「そうだ。クレアのエスコートにはアラン様もお誘いする予定だ。彼がいればお前に変な虫が寄ってくることはないだろう」


姉さまに変な虫が付かないように配慮する父は流石だ。

私としてもアランさえ横についていれば安心して送り出せる。

そんなことを思っていると父と目が合った。


「今回はエイミーも連れていく」

「え!?私もですか!?」


てっきり私は話に参加できないものだと思っていたのでふいに向いた矛先に驚いた。

わ、私が夜会に参加…。夜会…。

想像した。

天井にはキラキラしたシャンデリア、白いテーブルクロスを敷いたテーブルの上には豪華な御馳走が並んでおり、色とりどりのドレスを着た女性がワイン片手にお喋りしている姿。

想像しただけでワクワクしてしまう。


「エイミーも参加ということであるなら今以上に立ち振る舞いの訓練をしなくてはなりませんね」


母の言葉に一瞬で現実に戻され、ぎくりとする。

今でも十分厳しいのにそれ以上があることに驚きだ。

夜会の日程を聞いた後、解散となった。

初めての夜会参加に私の胸は躍っていた。

次の日、我が家を訪れたアランは父からの頼みに二つ返事をした。

それからいつものように三人で客間で過ごす。


「クレアには私がいるからいいものの…問題はエイミーだな」


アランは心配そうな面持ちで私を見た。

初めての夜会参加でドジをしてしまわないか気にしているのだろう。

いくら私でもそんな公の場で羽目を外したりはしない。

借りてきた猫のように振る舞いますとも。

そんな心構えを話すとアランは「そうではない」と少しイラついている様子。


「…今回の夜会は表立っては公表されていないが貴族男性の婚活の場でもあるんだ」

「まあ。そうなのですか?」


驚いたクレア姉さまは口を手で覆った。

私はふーんという感想しかなかった。

それなら猶更私には関係のない話だからだ。

気楽な気持ちになった私は、クッキーを頬張る。


「なぜ君は自分のことなのに他人事みたいにクッキーを食べているんだい?」


私の態度が気に食わなかったのか額に青筋を立てているアランが無理やり作った笑顔を向けてくる。

さすがに怖かったのでクッキーをおかわりしようとした手を引っ込めた。


「やだなー。私まだ14歳なんですよ?そんなの関係ないですよー」


自分の年齢もあるから楽観視するのは仕方ない。

それに父にも早いと念を押されているし。

私も婚活するには早いと思っている。

心配させまいと私ははっはっはと笑う。


「…アラン様、私エイミーのほうが心配だわ。当日はエイミーのエスコートをお願いします」

「それはダメです!クレア姉さまに変な虫がついたらどうするんですか!?」


テーブルを拳でたたく。

テーブルの上の食器がかちゃんと音をたてた。

異を唱える私を、二人は残念そうな、失望しているような表情で見た後頭を抱えていた。

…なんか私だけ仲間外れにされている疎外感を感じた。

結局その日は解決策などなく解散した。心配しすぎでは?

夜会の日に向けて手持ちのドレスでは古いのでドレスを新調しようという話になった。

ドレスを新調するのは久しぶりでわくわくする。


まずは色を決めるため母の部屋に持ち運ばれた色とりどりの絹から選ぶよう促される。

綺麗な絹を見て心が躍る。

どれにしようか眺めているとある絹に目が留まる。


これ、アランの瞳の色に似てる…。


エメラルドグリーンの絹を手に取って眺めていると上機嫌の姉が「エイミーはそれがいいのかしら?」と冷やかすような声をかけてきた。

一気に顔が熱くなり慌てて絹を手放し薄ピンク色の絹を手に取り抱きしめながら「私はこの色がいいです!」と断言した。

そんな私に姉は何も言わずにこにこ笑っていた。

そして夜会当日。

驚くことに朝から準備は始まった。

覚えたマナーの最終チェック(これがとても念入りに行われた)、入浴して体を磨き、ドレスを着るため慣れないコルセットを装着、ドレスに着替えたら髪のセットと化粧が始まる。


目まぐるしく時間が流れていき疲れ果てて夜会に行き渋りたくなった。

しかし、鏡の前で想像以上に可愛くなった自分の姿を見て疲れが吹き飛ぶくらい嬉しくなった。


この姿をアランに早く見てもらいとそわそわしながら彼の到着を待った。彼は父と挨拶した後母、クレア姉さまの順で褒めていく。私は自分の順番が来るのをどきどきしながら静かに待つ。


「エイミーも可愛いよ」

「ありがとうございます」


笑顔でお礼を言う。

口ではそう言っているが心の中では猿にも衣裳と思っているのだろう。


とはいえ…嘘でも可愛いと言ってもらえると頑張って何時間もめかしこんでよかったと思う。

にやけそうになる顔を必死でおさえていると、にこにこと上機嫌で私を見つめる姉の視線に気が付く。


「よかったわね、エイミー」


含みのある言葉にどぎまぎしてしまう。姉さまは最近少し意地悪だ。

アランは当然のように姉をエスコートする。

まあ、婚約者だし仕方がない。

くれぐれも姉に恥をかかすことがないように!と心の中で叫ぶ。

父は母と私のエスコート。

二人は大変なんじゃないかと思ったが「両手に花だ」と上機嫌でエスコートしていた。

行く前は夜会に乗り気じゃなかったような?


到着すると執事が出迎えてくれ、屋敷の扉が開く。

主催者の夫妻が出迎えてくれ順番に挨拶をし、会場へと案内される。

廊下に飾られた調度品に目を向けているとある絵画が目についた。


「あ、こちらの絵画今話題のオーエンさんの絵画ではありませんか?」


近年売れ始め入手が難しくなっていると言われている画家の作品だ。

抽象画がシンプルながら独特で紐解いていくと奥が深いと、評価されている。

何気なく訊いた言葉に夫人は食いついてきた。


「ええ!ええ!そうなのよ!実は私が数年前から彼のパトロンをしているのよー!」

「え?そうなのですか!?奥様には先見の目があられるのですね」

「お嬢さんもよくわかったわね。これは彼が売れなかった頃の作品で特別に私にプレゼントしてくれたのよ」

「ここの色の付け方が最近の絵画に似ていたのでそうなのではないかと思いまして」


上機嫌になった夫人はオーエンさんの秘蔵作品がおいてある部屋へ私を誘った。

父と母は不安そうな表情をしていたが旦那様は「妻が楽しそうなのでお嬢さんさえよろしければ」とおっしゃられ私としても彼の作品は気になったのでお言葉に甘えることにした。


絵画鑑賞しながら夫人の説明を聞き楽しんでいると夫人は使用人に呼ばれた。

さすがに長い時間夫人が不在とはいかないようだ。

夫人と一緒に会場へと戻り、私に「エイミー嬢、今日の夜会楽しんでいってくださいね」と言い夫人は満足げに去っていた。


独りぽつんと残された私はとりあえずお腹がすいたので腹ごしらえをしようと食事のテーブルへと向かった。

コルセットがきついのであまり食べられないかもしれないが少しは何かを食べなければ。


「カーティス商会のエイミー嬢、ですよね?」


何を食べようか悩んでいると後ろから声を掛けられる。

振り向くと知らない男性が立っていた。


「もしかしたら話は聞いているかもしれませんが私は婚約の申し出をした男爵家次男のスティーブです」


婚約の申し出? そんなの父の口から聞いたことがない。

まだ届いてないとか? はたまた父の言い忘れか。

嘘を言っても仕方がないので、初対面の彼に知らされていないことを申し訳なく告げる。


「申し訳ございません。まだ聞き及んでないのです」

「そうでしたか…。それでは今から知っていただければ」


にっこりと笑いかけられる。

…この笑顔には既視感がある。

商売人同士の駆け引きの時の顔に似ている。

少し身構える。


「よろしければ一曲どうですか?」


夜会に参加するにあたって母からよほどのことがない限りダンスは断らないほうがよいと言われている。

相手がどんな人間かわからない以上恥をかかすのはよくないらしい。


「ダンスをお受けするのはいいのですが、その前に一つだけ言っておかなければいけないことがあります」

「なんでしょうか?」

「私、練習でお父様の足を12回ほど踏むくらいの実力なのです。それでもよろしいでしょうか?」


暗に足を踏むかもしれない可能性を告げる。

踏んでから謝るより踏むかもしれないと忠告していたほうが相手も許せるだろう。


男性は一瞬怖気づいたような表情をみせたがキリっとした顔で「大丈夫です」と頷いた。

覚悟を決めたらしい。

ほほう。なかなか根性をみせる。

根性がある人は私は好きだぞ。


「じゃあ―」と私が男性の手を取ろうと手を動かそうとしたと同時にどこからか別の男性陣が現れ私の周りを囲む。

突然のことに吃驚したが彼らは口々に何かを言い始める。


要するに「自分とも一曲」とのことだった。

なんとなく聞き取れた彼らの身分は貴族の次男三男らしい。


なるほど。私は貴族の男性にもてるらしい。


今まで言い寄られたことのない私は満更ではない気分を味わっていた。

最初に誘ってくれた男性は先に自分とと訴えるがほかの男性と爵位の話でもめ始めた。


大変だなーと眺めていると目の前の男性が押しのけられるように視界から消え、代わりに不機嫌な顔をしたアランが現れた。

とっても機嫌が悪そう!と慄く私を彼は一瞥した後背を向けた。


「私の婚約者の妹君になにか?」


どんな表情をしているのかわからなかったが明らかに非難の声だった。

男性陣がうろたえている雰囲気が感じ取れる。


「私たちは彼女にダンスの誘いを―」

「彼女は初めての夜会参加だ。不安にさせるような争いはやめてほしい」


ピシャリと言い放つ。

…確かに少し不安だった。

男性の数は6人ほど。

足の踏む回数が何十回になるのだろうと不安でこっそり指折り数えてしまったほどだ。


「いくぞ」


アランは私の手を握りずかずかと人波をすり抜けた。

彼の進むがまま私は無言で足を動かす。

会場の端のほうへとたどり着くと彼はようやく手を離し向き合った。


「姉さまは?」

「…父君たちと一緒に行動している。ダーシー子爵夫人が会場に戻っていたので君を探していた」


父と一緒ならば変な虫がつくことはない。

胸をなでおろし安堵する。

それにしてもご飯を食べ損ねてしまった。

再び戻ろうにもあの男性陣がいるのでは行きにくい。

ちらちら食事があるテーブルを見ているとアランは分かりやすくムッとした。


「言っておくがあいつらの狙いはカーティス商会の跡継ぎの座だ。間違っても君のことが気に入ったからダンスを踊りたかったわけではない」


貴族の嫡男以外の男性が婚活で苦戦していることはなんとなく誰からか聞かされていたが、まさか私が狙われるとは思っていなかった。

商会の大きさ故に私は彼らにとって価値のあるものだったのか。

確かに楽観視しすぎていたのかもしれないと反省する。


…しかし、“間違っても”とはどういう意味なのか。

こんなにめかしこんでいるなら間違いも少しくらいあるでしょう。

納得いかなかったので抗議してみる。


「いえいえ!もしかしたら間違いが起きたのかもしれませんよ!今日の私可愛いですし!」


絶対この抗議は切り捨てられると覚悟を決めていたが意外なことに反応が違った。


「…間違い、か。そうだな…」


じっと私のことを見つめてきた。

え?なに?

…ま、まさか今ここでめかしこんでいることを馬鹿にしてくるつもり?


最初に可愛いって言ってくれたんだから本心は心のうちにしまっておいてほしい。

できれば今日は可愛いままで終わりたい。

戦々恐々していると彼は徐に手を差し出した。


「私と一曲踊ってくれないか?」

「え?」


目をぱちくりさせる。

アランは真剣な瞳で私を見つめてくる。

乞うような瞳に惹かれ、アランしか見えなくなる。

次第に心臓がどきどきと鳴りはじめる。

体も強張り、押し寄せるように緊張してきた。


顔が熱くなるのを感じながら震える手でその手に応える。

自分でも驚くくらい消え入りそうな声で「はい」と返事する。


その日のダンスは足を踏むことなく踊れた。

ダンスを踊り終えた後もなんだか現実味がなく頭がふわふわしているようだった。




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