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ピクニック


今日は天気も良く、絶好のピクニック日和だ。

しかもただのピクニックではなく、移動手段は馬。馬車ではなく馬。

久しぶりの乗馬で今日が来る日を楽しみにしていた。

今日の服装は乗馬しやすいパンツスタイルだ。

普段と違い服が肌に密着するので体が引き締まっているような気になる。

てっきり姉とアランと三人で行くものだと思ったが、父から頼まれたエイリアスも同行することとなった。

観光客用に貸し出している厩舎へ向かい受付を済ませる。

二頭だけしか借りなかったため不満を漏らす。


「私は一人で乗りたいわ」

「俺もエイミーお嬢様なら心配いらないなとは思うんですが、旦那様からくれぐれもと頼まれてますからねー。それに安全第一ですよ」


…父は少し過保護すぎる。

エイリアスは乗馬できるのが嬉しいのか鼻歌を歌っている。

彼ももしかしたら一人で乗りたいのかもしれない。

なら今回は諦めるしかないか。

馬に乗るペアは立場を鑑みても姉とアラン、私とエイリアスになった。

アランは手慣れた動作で馬に跨った。姉もアランに手を借り、馬に跨る。

私は手を借りなくても乗れるのでエイリアスより先に跨った。


「乗馬は淑女の嗜みよ!」


馬の背に乗りびしっと背筋を伸ばして見せた。

ふふふ。今私はかっこよく見えているはず。


「いや、嗜みではないだろう」

「嗜みではないですねー」


男性二人から否定される。

嗜みに含まれてくれないかしら?

無垢な願いをしていると馬の頭絡を握っていたはずのエイリアスが私の後ろへと跨った。


「というかそういうところですよ。お嬢様は勝手に行動しすぎだから旦那様が心配される」

「あなたにそれを言われる筋合いはないと思うけれど」


エイリアスだって私と同じくらい自由に行動している。


「俺は大人だからいいの」


大人で許されるとしたら早く大人になりたいものだ。

馬の歩みに揺れる体が心地よい。

いつもより高い位置から見る景色も新鮮でいいものだ。

一人で乗りたいと思っていたが背後に感じる人の温かみも悪くなかった。

最初は緊張気味で下ばかり見ていた姉も次第に景色を楽しむ余裕がでてきたようだ。

目的地の泉に到着するとエイリアスが先に降り、私も手を借りて降りた。

走りつかれたであろう馬を休ませるため水を飲ませ、姉と一緒にニンジンを差し出すと美味しそうに食べ始める。

それを見て顔を見合わせ笑った。ふふふ。幸せ。


「お、おい!こら!やめろ!」


慌てたような声が聞こえそちらに顔を向けるとエイリアスの髪を馬が食べている。

ぼさぼさの髪が牧草に見えたのかもしれない。

姉と大笑いする。


「俺の自慢の髪が~」

「毛量多いから減ってよかったじゃない」


嘆いているエイリアスを冷やかすと彼の助けに入っていたアランが「ふ」と噴き出し口元を抑える。

そんな彼を見逃すわけがなくエイリアスは間髪入れずにアランのほうを向いた。


「あ!今アラン様笑いましたね!?同じ男同士髪へのこだわりはわかるでしょう!?」

「…すまない」


ごくごく普通の返答だ。

とてもじゃないがぼさぼさの髪にこだわりがあるとは思えない。

寧ろしっかり整えているアランのほうがこだわりがありそうな気さえする。

それでも誰かにわかってもらいたいのか姉さまに矛先が向いた。


「クレアお嬢様は俺のこの髪にこだわり感じますよね!?」

「ええ。とっても素敵よ」


にっこりと同意する。

姉さまは優しいからそう答えるに決まっている。

しかし、姉さまもエイリアスの姿を見て笑っていたのだから心の中ではあの髪をうっとおしく思っているのかもしれない。

姉にこっそり一緒に笑っていたことを指摘すると、「あれは髪を食べている馬の顔が面白かったのよ」とのこと。なるほど姉らしい。

それにしても流石観光名所。

整備を施されており、芝生が整っている。

うずうずしていたが我慢できない。思い切り芝生の上に寝転がった。

仰向けに寝て目を閉じ深呼吸する。

そよそよとした風が頬を優しくなでて芝生のにおいがした。


「お!エイミーお嬢様いいなー!」


声がして目を開けば隣にエイリアスが同じく寝ころんだ。

すぐ真似する男だ。けれど気持ちは分からなくはない。

そうなんだよね。気持ちがいいんだよねこれ。

姉はどうしているのか顔だけ向けると、アランが芝生にハンカチを敷き、姉に座るよう促していた。

私は上体を起こす。


「アラン様私には?」

「逆に訊くが…今更いるのか?」


問いかけを問いかけで返される。

自分の体に目を落とす。芝生の葉っぱがところどころついている。

いらないかも。しかし―。

隣で手足を広げているエイリアスを見下げる。

彼も一応紳士なのだからアランみたいな気遣いを心掛けるべきではないのだろうか。

やれば出来る男なので見くびられないよう叱咤する。


「ほら!エイリアスも紳士なんだからアラン様に負けてられないわよ!」

「え?いつから勝負してるんですか?」


寝耳に水だっただろう。

馬に乗った時点から勝負は始まっていたのだ。

さあ、私をもてなしなさいと迫る。


「…ならエイミーお嬢様ハンカチ持ってますよね?」


母から渡されているのでもちろん携帯している。

渡せというジェスチャーに素直に渡す。

受け取ったエイリアスは立ち上がり芝生にハンカチを広げた。

ハンカチを手で指し示し、恭しく腰を折り「エイミーお嬢様どうぞ」と言われる。

これぞレディの扱われ方。やればできるじゃない。

気分が高揚し、ルンルン気分で腰を下ろした。


「…あれ?これ騙されてない?」

「騙されているほうが幸せなときもありますよ」


結局は自分のハンカチに腰下ろしているだけだもん。

次からはエイリアスと出かけるときはハンカチを携帯させるようにしよう。

それから姉は持ってきた本を読み始め、エイリアスは隣でいびきをかいて寝ていた。

アランを見ると日の光で反射している泉をただじっと眺めている。

体を起こしてアランの隣に座った。


「アラン様暇なんじゃないですか?確かクレア姉さまが本を何冊か持ってきているので借りてきましょうか?」

「いや、大丈夫だ。ありがとう」


手で制される。

前に釣り人が釣れなくても海を眺めているだけで楽しいと言っていたことを思い出す。

彼もその部類の人なのかもしれない。


「正直、君たちと過ごす時間はとても楽しい。こうして静かに流れていく時間ですら悪くないと思っているよ」

「ふっふっふ。姉さまもエイリアスも素敵なんだから一緒にいて楽しいのは当たり前ですよ」


得意げに胸を張る。

私のことは嫌いらしいが姉さまとエイリアスを好ましく思ってくれるのはとても嬉しい。

なんなら誇らしくもある。

「それもそうなんだが…」と何か言いたげそうにしているアラン様。

不思議に思ったが話し出すのを待つ。

じっと見ているとと見つめ返される。

しばらく待つが長い。

普段は意識をしていないが彼は顔がとてもいい。

それに宝石と似た輝きを持つエメラルドグリーンの瞳に見つめられると居たたまれなくなる。

空気に耐えきれなくなり思っていたことを口にする。


「アラン様も最初は意地悪だと思っていたけど姉さまたちに優しく接してくれるから一緒に過ごすの悪くないですよ。…では!私はこれで!」


逃げるようにその場から去りエイリアスの隣へと戻る。

両足をまげて腕で足を抱え込むよう座る。

ふう。心臓に悪かった。

最初はそうでもなかったのにアランがじっと見つめてくるから変に意識してしまった。

気まずかった…。

再びふう。と息を吐くと隣から嫌な視線を感じてバッと見た。

ニヤニヤしながらエイリアスが私を見ている。


「へえ。エイミーお嬢様は俺のこと素敵だと思ってくれてんの?」

「…寝ていたんじゃないの?」

「俺自分の噂話には敏感なんですよね」


普段本人に言ったりはしない言葉なので聞かれていたことを知って一気に顔が熱くなっていく。


「忘れなさーい!」

「嫌ですよ!それにクレアお嬢様も聞き耳を立ててましたよ!」

「姉さまはいいのよ!」


叫ぶとエイリアスは立ち上がり笑いながら走って逃げたので、私も立ち上がり彼を追いかける。

遠くで姉たちの笑い声が聞こえた。

――どのくらい走ったかは分からないが、走り疲れて倒れこむとお腹が鳴った。

たくさん走ったからか先ほどの羞恥心はすっかりどこかへ消えてしまった。

時間も時間だったので昼食をとることになった。

私とエイリアスが走り回っている間に姉とアランが昼食の準備をしてくれていた。

食事を囲むとアランが心配そうに声をかけてくる。


「エイミーはこれだけじゃ足りないんじゃないか?」

「うーん」


アランの言葉にバスケットを見てお腹と相談する。

言われてみれば確かに大目には入っているが足りないかもしれない。

不安を感じてバスケットを見つめている私にアランが再び声をかける。


「もしも足りないなと思ったら馬にニンジンを分けてもらうといい」

「なっ!」


いくら私でも生のにんじんは食べない!

酷いことを言う男だ。

…だというのに姉とエイリアスはクスクス笑っている。

というかこれが彼の素だと分かったら姉はショックを受けるのでは?

妹に悪口を言う人は嫌いよ!とか言ってくれそう。


「クレア姉さま今の聞きました!?アラン様はこういう男なんです!」

「ええ。知っているわ。だけど今のはアラン様の冗談でしょう?」


ええ!?知っていたの!?

意外な事実に目を白黒させる。

エイリアスは「確かにエイミーお嬢様はそんなイメージだ」と笑っている。

え、私って馬のイメージなの?

まさかこの状況…私の味方はいないのでは!?


「…お馬さんにニンジンをもらうときはアラン様の分もお願いしておきますね」

「ああ。よろしく頼む」


笑顔で頭をぽんぽんとたたかれる。

…くそう。生のニンジンにかぶりつかせてやる。

昼食を食べた結果、食事の量は十分だった。

昼食後は各々好きに過ごし。夕方前に帰る準備を始めた。


「それにしても残念だったなあ。エイミーお嬢様とアラン様がニンジンにかぶりついている姿、見てみたかったなぁ」


馬の頭絡を持ちながらエイリアスがつぶやいた。

ムッとし、食って掛かろうとすると「どうどう」と手で制された。馬じゃない。

姉さまにそっと「私って馬に似ているんですか?」と相談すると「まさか。ウサギみたいだなって思っているわ。二人ともそう思っているのよ」返された。

姉さまはそう思っているかもしれないがあの二人は馬だと思っているかもしれない。

じっと馬の顔を見るとつぶらな瞳をしてこちらを見つめ返してきた。

顔を撫でてあげると気持ちよさそうに目を閉じる。

なかなか可愛い。なら馬でもいいか。

癒されている私の後ろから大きな鼻息が聞こえ、振り返ると先ほどエイリアスの髪を食べていた馬が舌を出し見下すような眼で私を煽ってくる。

まさかこっちか…?

厩舎に馬を返した後、噴水広場を通ると複数の子供たちがなにやら騒いでいた。


「何が宝だよ!傷まみれだし、なんか茶色い線が入ってるじゃねーか」


馬鹿にした口調の男の子が何かを持っている。

目を凝らしてみると指で挟んでいるのはガラス玉のようだった。

彼に取られたのであろう男の子―ヨアンがそれを取り返そうと必死に手を伸ばしている。


「見せるだけって言ったじゃん!返してよ!僕の宝物!」

「やーだよ!っと、こんなものこうだー!」


からかう少年は噴水へと手を振り下ろす。

きらりと光る玉は弧を描き噴水へと落ちていく。

私は駆け出し噴水へと飛び込んだ。

体重で水が音を立てたのが聴こえた。

手に掴んだものは感触的に先ほど投げられたもので間違いないと思う。

ガラス玉を指でつまみ、水面から顔をあげるとともにそれを天高く掲げた。


「お宝見つけたー!」


得意げに笑って子供たちのほうを見やる。

ぽかーんとしていた。

思っていた反応と違い頬を掻いていると「エイミーお嬢様―!」と叫ぶ声が聞こえ顔を向ける。

エイリアスが走ってこちらに向かってきている。

飛び込んだことを心配して来てくれたのかなと思ったが顔が悪戯をするときのそれで、これは違う!と思った時には彼は噴水へと飛び込んでいた。

水しぶきがかからないように咄嗟に両腕で顔をおおったが頭から水を被ったので意味はなかった。


「エイリアスー!!」

「あっはっはっは!!」


怒鳴ると水面から顔を出した彼は頭をかかえて笑い始めた。

…本当に自由気ままな男だ。

愉快に笑っているエイリアスを睨んでいるといつの間にか姉が噴水のそばまで来ていて身をかがませていることに気が付いた。


「エイミー大丈夫?早く出なさい風邪をひくわよ。エイリアスは…ふふっ…本当にっなんで飛び込んだのっ?ご、ごめんなさい!お、おかしくてついっ!」


姉はエイリアスから顔を背けふるふると震えて笑いをこらえている。

…本当になんで飛び込んできたんだ。

笑っている二人を余所に立ち上がる。

噴水から出ようとするとアランが目の前にいて心配そうに顔を覗き込んできた。


「怪我はないか?」

「はい。痛いところはないです」


アランは手を差し出してきた。

遠慮することもないので手を借りて噴水から出た。

エイリアスも姉の手を借りて噴水からでようとしていた。


「ちょっと!クレア姉さまが濡れるじゃない!」

「エイミーいいのよ」

「いいそうですよ」


はっはっは!と笑うエイリアスにクスクスと笑う姉。

私の飛び込みは意味のある飛び込みだけれどエイリアスはその場の思い付きで飛び込んでいるに違いないので姉が濡れてしまうのは納得がいかない。

…まあ、姉さまが楽しいならいいけど。

水分を含んでしまった髪と服を簡単に絞り水を出す。

まだ服が重かったが、気にせずに子供たちへと近づいた。

何をされるかわからない恐怖があるのか彼らは身構えていた。


「見てごらん」


湿ったガラス玉を少年たちの頭上に掲げる。

日の光が当たったそれは水が湿ったことにより普段の数十倍は輝いて見えているはずだ。


「すげー」


誰かのつぶやき。うん。伝わった。

掲げていた手を下ろしヨアンの手を取った。

ヨアンの手のひらにガラス玉をのせ、握りこませるように彼の手を両手で包んだ。


「これは間違いなくお宝よ。私が言うんだから間違いないわ。大事にしなさい」

「…うん!」


元気よく頷く。

瞳がキラキラしていて綺麗だ。心が洗われ満たされた気持ちになる。

大切なものを持つ人の姿はやはり美しい。

数秒思いを馳せ、現実に戻る。

――さて、悪ガキどもと向き合わなければ。


「さあて、あんたたちは自分のやったことに対してどう責任とってもらいましょうかねー」


両腕を広げ指を禍々しく曲げると悪ガキどもはひっと悲鳴をあげた。

じりじりと近づくたびに彼らは後ずさりしていく。


「く、クレア姉ちゃーん!」


悪ガキどもは姉へと泣きついた。

駆け寄ってきた彼らを姉は受け入れた。しかし、その表情は厳しい。

ふっふっふ。姉さまに怒られなさい。


「あなたたち、人が大切にしているものを貶すことはよくないことよ。あなたたちだって大切なものを貶されたくはないでしょう?」


優しい物言いだが、しっかりとした厳しさが含まれた声音。

黙り込む悪ガキ。

しかし、私としてはもう少し強めに言ってほしいところ。

優しく言っても反省するか怪しいもの。


「ヨアンごめんな」

「わるかったよ」


素直に謝り始めた。

…いやいや。そんな簡単に謝ったところでヨアンが許してくれるはず「いいよ」いいみたい。

釈然としないがヨアン本人が許すならそれでいい。

その後の悪ガキどもは打って変わってガラス玉のことを褒めたたえ始め、ヨアンは鼻を高くしていた。

少し納得いかない私の背を姉が苦笑しながら押し、広場を後にした。

帰り道、目の前を歩いている姉とエイリアスが楽しそうに話をしている。

心穏やかな気持ちになり自然と目を細めてしまう。


「どうしてあのとき飛び込んだ?」


隣を歩いていたアランがふいに訊く。

彼を見れば不可思議そうな、理解できないといった顔をしている。


「あら?アラン様には見えませんでしたか?」


私の返しに彼は何のことかわからない様子だった。

玉をつまんだ指の感覚を思い出しながら腕を上げる。

指の間にあるはずのないガラス玉がきらりと光った気がした。


「私は見えましたよ、お宝に!」


笑って見せると虚を突かれたような表情をしていた。

その表情が少しおかしくてふふっと笑って彼から離れスキップしながら帰途についた。

服は濡れたけど今日は楽しい一日だったなー。






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