プレゼント
商品の入れ替え時期、私は商品棚の一角を任されているので使用人と一緒に入れ替え作業を行い最終確認をするため棚を眺める。
うん。悪くないと思う。
女性向けの新商品も売れるといいな。
アランが来たとの報告を受け邪魔しに行かなければと売り場を後にしようとしたが眉間にしわを寄せ悩みながら商品を見ている男性客が目につき声をかけた。
「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」
「あ、ああ。ちょっと恋人のプレゼントを探しにきて」
恋人へのプレゼントなら悩むよね。
と、納得しかけたが男性が悩んでいる理由はそれだけではないようだった。
なんでも男性の地元では20歳の誕生日に欲しいものを贈ってもらえると幸せになれるという言い伝えがあるらしく、今年20歳になる恋人に欲しいものを贈りたいとのこと。
本人に直接聞くのは駄目で、あくまでも当てないといけないらしい。
…難しいような気もするが、それで当ててもらったら確かに幸せになれそう。
真剣に、必死にあれこれ悩んでいる男性を見て私も是非とも彼女の欲しいものを当ててほしいと思った。なので彼女の性格や出自、普段どんなものを身に着けているかなどを思い出してもらって一緒に考えた。
数時間悩みに悩み、彼は納得して商品を購入していった。
当たっているといいな。そう思いながら売り場を後にした。
「あれ?エイミーお嬢様まだいたんですね?」
廊下で羊皮紙を抱えたエイリアスが声をかけてきた。相変わらず髪はぼさぼさで髭も生えている。
「お客様と一緒に商品を選んでたのよ。なんでもそのお客様の地元では20歳の誕生日に欲しいものを貰ったら幸せなれるって言い伝えがあるんだって。だからとっても真剣に選んでて、でついついこっちも熱が入っちゃった。ちなみに欲しいものを本人に直接聞くのは駄目なんだって」
「お!それなんかいいなー!考えただけでワクワクしてきたぞ!」
エイリアスの少年心に刺さったらしい。瞳がきらきら輝いている。
「よし!エイミーお嬢様の20の誕生日に俺が当ててやりますよ。んで、お嬢様は幸せになれる」
「20ってあと6年もあるのにエイリアス覚えてるかなー?」
「記憶力だけはいいので覚えてますって。特に興味のあるものは忘れない。ほら、エイミーお嬢様手を出して」
言われた通り手を出すとエイリアスは開いている手を近づけ、私の小指に自身の小指を絡ませた。約束の意味だ。離れた小指を見つめる。
「…欲しいもの、か。20歳の時にあるかなぁ」
「考えててくれよー。当てないといけないんだからなー」
手で頭をグシャグシャと撫でまわされる。
…まったく。敬語になったり慣れ慣れしかったり本当に自由だし遠慮という言葉を知らない男だ。
でも欲しいものを当ててくれたら嬉しいんだろうな。
20歳の私が欲しいもの、か。
あるんだろうか欲しいもの。
先のことだからわからないけれどあるといいな。
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客間のドアをノックして開け、カーテシーをして挨拶。
よし、挨拶は完璧。ということで気を抜きましょうか。
「はー。仕事の後にゆっくり過ごせるのはいいですねー。仕事は好きなんですけどやっぱり気が張りますから。ところでお二人は何してましたか?」
「二人で本を読んで過ごしていたけどエイミーが来て一気に室内が賑やかになったよ」
遠回しにうるさいと言われている気がする。
聞かなかったことにして姉の隣に腰を下ろした。
「お客様の対応をしていたの?」
「はい。恋人の20歳の誕生日に贈るプレゼントを一緒に考えました。なんでもその人の住んでいたところでは欲しいものを当てると幸せになるらしいんです」
「まあ。欲しいものが当たっているといいわね」
にこりと笑いかけられ笑顔で頷く。
人の幸せを素直に祈ってくれる姉さまはとても優しい。
姉は読みかけの本のページに少し古びた栞を挟んだ。
「その栞長く使っているんだな。年季が入っている」
「クレア姉さまの栞はリリー姉さまからのプレゼントなんですよ。ね、姉さま」
「そうなんです。栞は12歳の誕生日に、この栞に結んでいる紐は13歳の誕生日にもらったんですよ」
「紐だけ貰ったのか?」
「いえ。この紐は元々の用途が違うんです」
「おまじないの紐ですよ。腕とかに結んで、自然に切れると願いが叶うっていわれているらしいです」
アラン様は貴族との交流のほうが多いからこういう平民の流行りというのは疎いのだろう。
姉は本からはみ出ている紐を愛おしそうに指でなでる。
「へえ。そういうものが流行っていたんだな。しかし、切れると願いが叶うなんて変わっているな。ふつうは縁起が悪かったりするものだ」
言われてみれば確かにそうだ。
切れても残念、ではなく嬉しいって思えるのは画期的かもしない。
「今栞に使われているということは切れたんだな」
「はい。切れたのですが折角リリーから貰ったものものだからこうして栞に使おうかなって」
「素敵なことだ。…それでクレアの願いは叶ったのか?」
「うーん。叶っていたことを願ったので叶ったということでいいのでしょうか?」
「なんだそれは」
姉の返しにアランが笑う。
…アランと共に過ごしてわかったことがある。
彼はクレア姉さまに優しいだけではなく尊重してくれているということ。
姉さまに危害を加えることがあれば何が何でも婚約解消を画策するつもりだったがこれなら万が一結婚したとしても大丈夫だろう。
もちろんアランが姉より私を選んでくれればありがたいが私だって馬鹿ではない。
この婚約が確固たるものだとは理解している。
だから妥協することも念頭に置いておくのだ。
「そうだ。今度城下町の本屋に行こうと思うんだがクレアも一緒に行かないか?朝早い出立にはなるのだけれど…」
「え!いいのですか?ぜひご一緒したいです」
「城下町の本屋!?とっても楽しみです」
念頭に置いてはいますがそう簡単に二人きりにはさせませんよ?
とは言ったものの馬車で城下町となると少し遠いしさすがに断られるほうが高いかも。
しかし、ダメもとで乗っかってはみる。
「それじゃあ改めて日程を組むことにしよう」
「え!?私も行ってもいいんですか!?」
「…自分から行きたいと言っておきながら何を驚いているんだ君は」
あきれ顔を向けられる。
あ、いやてっきり断られると思っていたから。
呆気にとられうまい返しが出来ずにただただ彼の顔を見上げて佇む。
「…エイミーは本当は行きたくなかったようだ。クレア、二人で行こう」
「行きたい!行きたい!行きたいです!城下町の本屋楽しみだなー!」
立ち上がり両手を挙げながらくるくると回り喜びを最大限に表した。
私の姿を見た二人が笑っている。
一緒に行けるというのなら私はピエロにもなれるのだ。
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約束の日を迎え、朝にアランが迎えに来て姉と一緒に馬車に乗り込んだ。
準備のため朝早く起きたので道中眠たくてあくびをするとアランが「家で寝ていたほうがよかったんじゃないのかな?」と指摘してくるので「楽しみすぎて眠れなかったんです」と返しそれ以降はあくびをかみ殺していた。
姉も楽しみすぎて眠れなかったと言っていたがこちらは多分本当だ。
姉も寝不足のはずだがアランの前であくびをしないのは本当にさすがだと思う。
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城下町の本屋は何度訪れても大きく広い。
姉は入った瞬間本の量の多さに感無量といった表情だった。
はぐれる心配があるため互いの視界に入らない場所に行くときは一言声をかけるという決めごとを作り各々物色し始めた。
うーん。他国の経営術か…いや流行りものとか知るためには産業のほうか?あーでも技術でもいいよねぇ。
今日買う本は一冊と決めている。
事前に決めているのでお金も本一冊分買えるくらいしか持ってきていない。
しかしこれだけ本が多いと悩む。
姉のほうをちらりと見ると姉も迷っているようで何冊も手に取っている。
アランはどんな本を選んでるんだろうか。
この前見たときは経済の本を読んでいたような気がする。
次期領主としての勉強も大変そうだ。
きょろきょろとアランを探すと彼の姿が視界に入った。
観察するとアランが一点をじっと見つめていることに気が付いた。
視線の先を追うと絵本を見ているようだった。
気になって彼に近づく。
「あの本が気になるんですか?」
アランは口元をゆるめて「ああ。懐かしいな、と思ってな」と一言いうと絵本から視線を外し、別の本棚へと向かった。
その背中をしばらく目で追った後再び絵本へ目を向け、近づき手に取った。
何の変哲もない絵本。
アランはこの本が欲しいわけではないのだろう。
けれど私は彼にこの絵本を贈りたくなった。
なぜならこの本を見ていた彼の瞳は宝石のように美しかったから。
会計に行く前に姉の元に行き、会計する旨を伝えた。
「あら。可愛い絵本。それを買うの?」
「はい。プレゼントしようと思って」
「…そう。喜んでくれるといいわね」
私が頷くと姉は微笑んだ。
会計を済ませ、購入した本を早速アランの元へと渡しに行く。
「はい。アラン様。これいつも姉さまに優しくしてくれているお礼です」
急な贈り物に首を傾げながらも彼は受け取った。
包みを剥がし中身を取り出す。
出てきたのはもちろん先ほどの絵本。
「あ。もしかして家にありました?」
「いや、親戚に譲ったから手元にはないが…はあ。この年で絵本なんて読むわけないだろう。気持ちは嬉しいが遠慮しておこう」
「年齢は関係ないと思います。それに結構いるんですよ年を取ってから絵本を買われる人って。小さいときに読んでもらった話と大きくなってから読む話は感じ方が違うんだって」
私の言葉にアランは眉間にしわを寄せて再び絵本に目を落とした。
受け取るべきか受け取らないべきか悩んでいるのかもしれない。
その表情を見て私は先ほど見た彼のあの美しい瞳を思い出した。
「それに懐かしくなるほどの本ならそこにアラン様の大切な思い出があるんじゃないですか?」
彼ははっとして私を見た。
特別なものがあるということは良いことだ。
その人の人生に彩りを増やしてくれる。
そしてそれは宝石のようにきらきらと輝くのだ。
その人だけの宝石だ。
「その絵本がアラン様の宝物でありますように」
穏やかな気持ちで私は彼に笑いかけた。
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本屋からの帰り道、疲れてしまった妹が私の肩に寄りかかってくる。
口を開けて寝ている姿が可愛くて思わず笑ってしまう。
馬車がガタガタと揺れると妹の体も一緒に揺れてしまうので倒れてしまわないように自分の膝へと誘導する。
ふと向かいに座っているアラン様へと目を向けるとエイミーが買っていたものと同じ本を眺めている。
「それってもしかしてエイミーが買っていた本ですか?」
「ああ。君にいつも優しくしてくれてるお礼だって」
アラン様へのプレゼントだったのね。
私に優しくしてるお礼、か。
この子は本当に他人のことばかり。
たまには自分のために何かをしてほしいと思ってしまう。
エイミーに目線を落とし頭をなでる。
だけれど、この子が贈ったものなら―。
「…ならそれはアラン様にとって特別な本なんでしょうね」
「…君たち姉妹はよくわかるなぁ」
「エイミーが選ぶものならそうなのかなって」
「…ああ。その通りだ。この本は昔母にせがんで何度も読んでもらった本だ。エイミーが言うには昔読んでいた話と今読む話は感じ方が違うらしい」
「そういうのありますよね。昔はひどいと思っていた登場人物がただの不器用な人だったとか。…それで、どうでした?何か違いましたか?」
「いや。話の内容自体は同じだった。けれど、意外にも忘れているページを見つけてしまった。些細なページだったんだが…鮮明に覚えていたはずだった自分の記憶が思いのほか曖昧なもので笑ってしまったよ」
本を眺めるアラン様は口元を綻ばせる。
その瞳は凪いでいて、きっと大切な記憶を追想しているのだろう。
「…アラン様のお母さまは優しい方なんですね」
「ああ。優しい人だった。優しすぎて…亡くなる直前でしか本音を言えないような人だった」
私は言葉を詰まらせた。
何を言っても、ううん。かけられる言葉なんてなかった。
彼の細めた瞳は悲痛を滲ませており、苦しくなった私は自然と顔を外へと向けた。
流れる景色は美しいのに心が陰る。無言の室内の中に車輪の回る音だけが響いた。