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エイミーとお祖父さま

エイミーの最初の物語


――お祖父(じい)さまの手は魔法の手だ。

どんな壊れた物でも魔法のように直してしまう。

幼い頃、祖父の家を何度目か訪れたときの話だ。

父と祖父は仲があまり仲がよくないようで、祖父の家に家族で訪れると祖父はいつもふらりとどこかに出かけてしまう。


「お祖父さまはいつもどこに行っているの?」

「自分の店だろうね。カーティスのことを未だに根に持っているんだよ。まったく、困った父親だ」


そう言って祖母は深いため息を吐いていた。

どうやら祖父は何かの店を出しているようだ。

どんな店か気になった私は今度遊びに来た時に祖父に付いていくことにした。


再び祖父の家に家族で訪ねると祖父は黙って出かけようとしていた。

祖父と一度も話したことがなかった私は緊張して胸がどきどきしていたが、好奇心を満たすために思いきって彼の背に声を掛けた。


「お祖父さまのお店、一緒に行ってもいいですか?」


祖父は振り返り、驚いたような顔で私を見た。

より一層鼓動が早くなる。

祈る気持ちで祖父の瞳を見つめていると彼の口元が綻び静かにうなずいた。


祖父の店は村の端寄りに建っていた。

木材で出来た小さな店だ。

面には看板だけが掛けられていて、修理屋という文字が書かれていた。


中に入れば狭い室内だというのに大きな机がやけに場所を取っている。

その机の上には様々な工具が置いてあった。

祖父は机の椅子に座ると私を手招いた。

不思議に思ったが言うとおりに彼の傍に寄れば、抱きかかえられ膝の上に座らされる。

それから祖父は引き出しから正方形の紙を取り出すと私の目の前で何かを折り始めた。

手慣れた手つきで紙が折られていきどんどん形ができあがっていく。

折り終わったのか祖父は折った紙を机に立てた。


「わあ!凄い!これうさぎね!」


立体的なうさぎの折り紙に私は感嘆の声を上げた。

思わず祖父を見上げれば彼は優しい微笑みを浮かべながら私に頷いた。

祖父の手は大きくてゴツゴツしているのにとても器用だった。


それから私を膝から降ろすと丸椅子を持ってきてそこに座るよう促された。

素直に座れば、祖父は依頼されていた懐中時計の修理に取り掛かるようだ。

眼鏡をかけ、小さな工具で懐中時計を解体していく様子を私はテーブルに頬杖をついて眺めていた。

静かな時間が流れていくのがやけに心地よかった。


どのくらい時間が経ったのか。

ドアの呼び鈴がカランと鳴り、来訪者を報せてくれる。

顔を向ければ親子であろうと見られる女性と少年が入ってきた。


「すみませんが、これ直せるでしょうか?」


そう言って出されたのは薄い木の板を組み込んで作られた船の模型。

とはいえ、半壊されており木の板が割れている箇所が多く明らかに壊れてしまっていた。

どうやら少年の物なのか、彼は沈んだ顔をしている。


「少し見せてもらえますか?」


女性は頷き模型を祖父に渡す。

祖父は受け取った模型を様々な角度から観察し始める。

私は木の板が欠けてしまっている箇所を見つけ、直すのは難しいだろうと思った。


「若干色合いは変わるかもしれませんが、新しい板を作ってはめ込めばどうにかなるかもしれません」

「本当ですか?……どうする?新しい板でもいい?」


祖父の言葉を聞いて女性は少年に問いかける。

少年は悩んでいるのか、それともよく分かっていないのか曖昧に頷いていた。


「それじゃあその方法でよろしくお願いします」

「承知しました。時間が掛かりますが明日には直せると思います」

「え!明日には直るんですか?」


女性の驚きの声に少年がはっと顔を上げて祖父を見る。

祖父は少年の傍まで歩み寄ると目を合わせるために屈みこんだ。


「元通りとはいかないかもしれないがきっと直すよ」

「おねがいしゃす」


照れているのか少年は舌足らずな言葉を返した。

二人が店を出た後、祖父はメジャーを取り出し模型の長さを隅々まで調べ始め、紙に何かを書き出していた。

全ての長さが測り終わったのか祖父は立ち上がった。

店の隅へと歩き、木箱を取り出す。

そこから木の板を取り出し一枚一枚物色して選び抜くと小さく細いノコギリで板を切る。

切った板をやすりにかけ、元の板との厚みが均等か確認する。

そんな一連の流れを繰り返し行っていた。


私はその姿を眺めていただけだったがいつの間にか寝てしまっていたらしい。

目が覚めればひざ掛けが背中にかけられていた。

寝ぼけ眼で祖父を見やればまだ作業をしているようで、その真剣な眼差しに私のぼんやりした瞳は次第にはっきりと祖父を映しだした。

幼いながらに人が何かに打ち込む姿に感動を覚えた瞬間だった。


日が完全に落ちてしまったようで外からは虫の鳴く声が聴こえてくる。

私のお腹がぐうっと鳴ると祖父は私の方を見た。


「そろそろ帰ろうか」

「でもまだ直ってないんじゃないの?」

「もう少しで完成するから残りは明日にするとしよう。それに私もお腹が空いてしまったからね」


私は祖父もお腹が空いているんだと安心したが、今思えばあれは私を気遣ってくれていたのだろう。


その日の夜は初めて祖父も食卓を囲んでくれた。

相変わらず祖父と父は話さなかったが、私が父に祖父の店での出来事を話せば父は穏やかに笑ってくれた。

母も姉も私の話に興味を持ったらしくうさぎの折り紙を是非見たいと言ってくれた。

お腹が空いたことへ意識が向きすぎて折り紙を店に置き忘れたので明日は持って帰ろうと決意した。

祖母は顔に笑みを浮かべながら祖父をずっと見ていた。

あまりにも祖母が見るものだから最終的に祖父は少し怒っていた。


次の日も祖父と一緒に店に行くのだと息巻いていた私は誰よりも早く起きることができた。

と、思っていたら祖父と祖母は先に起きていた。

年寄りの朝は早いのだと祖母は笑っていた。


整容と朝食を済ませ、祖父と一緒に店に向かう。

店に着けば祖父はすぐに昨日の残りの作業に取り掛かった。

私は邪魔にならないよう昨日と同じく丸椅子に座り、祖父の作業を眺めていた。


祖父が直した船は、目を凝らせば色が少し違う気もしたが遠目から見れば色合いに不自然な箇所はなかった。

あとは二人の来店を待つのみだ。

少年が喜ぶ姿が目に浮かび、ワクワクしながら私は二人を待っていた。

頬杖を突きながら模型を眺めているとしばらくしてドアの呼び鈴がカランと鳴った。


「こんにちは。依頼していた物は直ったでしょうか?」

「お待ちしておりました。修理は完了しています。一緒にご確認よろしいでしょうか?」

「はい」


祖父は修理した模型を慎重に両手で持ち、少年にも見えるように屈んだ。

少年の目には完全に直っているように見えているのが表情でわかった。

女性は口に手を当て驚愕していた。


「え!?これ本当に昨日の模型ですか!?」

「やはり色合いを同じようにするのは難しかったのですが……」

「十分ですよ!ね、直ってるよね?」

「うん!」


女性の言葉に少年は笑顔で頷いた。

祖父はその二人のやりとりを微笑みながら見ていた。

それから女性は支払いを済ませ、少年は祖父から模型を受け取った。

嬉しそうに二人は店を後にする。

扉が閉まると私は居ても立っても居られなくなり祖父に声を掛けた。


「あの子すごく喜んでたね!お祖父様のおかげだね!」


私が興奮気味に言うと祖父は首を横に振った。


「驕ってはいけないよ、エイミー。私はただ物を直すだけの存在だ。お客様の心に残ってはいけない。それがお客様の宝物であるなら猶更私の存在は残るべきではないんだよ」


そう言った祖父はとても穏やかな顔をしていた。

それを見た私は祖父はお客様のことを愛しているのだろうと思った。

私は祖父から目を離し、出入り口に目をやった。

思い出すのは先ほどの二人。

直った模型を少年が手に持ち喜んではしゃぐ姿を女性が嬉しそうに見下ろしていた。

確かに。あの二人の間に誰かが付け入る隙なんてない。

私は胸に手を当てて瞳を閉じる。

物を直し、お客様の幸せそうな姿を心の中でそっと留める。

それは……とても素敵なことだ。


「私もお祖父様みたいな商人になりたい。お客様が幸せになれるように物を売るの。そうしたら、それを見た私はきっと幸せになれるわ!」


私の目標は祖父みたいになること。

一所懸命に自分の想いを伝えると祖父は静かに耳を傾けた後、微笑んで私の頭を撫でた。


「へぇ。エイミーの志の影響は祖父からのものだったのか」


義兄のエイリアスが売り場のカウンター席で紙を折りながら私の話に相槌を打つ。

彼が若旦那となってから商品の修理事業にも興味が湧いたとの話を聞いて、ふと祖父のことを思い出し、お客様もいなかったので昔話をしてしまった。

私の原点ともなる出来事……今では商会の仕事に関与する機会が減ってしまったが、代わりに鑑定士として依頼を受けることが多くなった。

商品を通してお客様に幸せになってもらうということはほとんどできなくなったが、どんな仕事になろうが人が幸せになるためという目標は変わらない。


「よし!できた!」


エイリアスが折っていた紙をテーブルに置いた。

見てみれば立体的なうさぎが立っている。

懐かしくなり、手に取ると両の掌の上に乗せて眺める。


「どうだ?なかなか上手くできているだろう?」

「手先も器用だなんて……貴方にできないことはないのね」

「最近、時計いじりとか細々した作業に興味があるからな。手先を鍛えるために空いた時間があれば何か折ってるんだ」


エイリアスは頬杖を突きながら答えた。

瞳を閉じて追想する。


――お祖父さまの手は魔法の手。どんな壊れた物でも魔法のように直してしまう。


少女の私の言葉を思い出せば自ずと口元が緩んだ。

すると唐突に廊下へとつながる入口からバタバタと足音が聞こえてきた。

そちらに目を向ければ小さな甥、ニールが顔を覗かせた。


「パパー!」

「おー!どうしたー?」


エイリアスが両手を広げるとニールは彼に飛びついた。


「お仕事中にごめんなさい。この子がパパに会いたいってきかなくって」


続いて困った表情を浮かべた姉が顔を覗かせる。


「姉さまこれ見て!義兄(にい)さまが折ったのよ」

「あ……とっても懐かしいわね」


姉も祖父のことを思い出したのか柔らかい笑みを浮かべた。

そんな私たちのやりとりに興味を持ったのか、ニールが「なになにー?」と顔を向ける。


「ほら、貴方のパパが作ったのよー」

「ちょうだー」


ニールが手を伸ばす。

彼の手に乗せてあげれば興味深そうにうさぎを見て――握りつぶした。


「あ。お前なぁ」


エイリアスが呆れたような声を出すがニールは不思議そうな表情で首を傾げるだけだった。

それが可笑しくて私は大笑いした。





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