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そして彼女は愛を知る(前妻side)


「私には愛する人がいる」


そう悪びれもなく言い放つ婚約者フィルに私は興味が湧いた。


――貴族の結婚に愛は必要ないのよ。


母はそう言っていた。

私の父と母は仲が良くも悪くもなく、互いに無関心であった。

そんな二人の間に生まれた私に二人は親として最低限の教育をしてくれた。

特に悲しいことはなかった。

欲しいものは買ってくれたし、抱っこを望めば叶えてくれた。

そこに愛があるのかと言えば疑問だが私は何不自由ない生活を送っていた。


――そして冒頭に戻る。

人を愛する、愛されるってどういう感じなのかしら?


「一緒にはなれなくてもせめて側にいてもらいたいんだ」


フィルの謙虚な姿勢に心を打たれ、私は彼の力になりたいと思った。

善意による人助けだ。

人に感謝されることは気持ちがよく、私は自己満足のためによく慈善活動に参加していた。


それに彼が愛するその子を知ることで恋愛とは何かを知ることができるのではないかと考えた。

私は愛とは何かを純粋に知りたかった。

結婚後もフィルの屋敷に彼女を置くことを了承し、私たちは婚姻契約を結んだ。


結婚式後、フィルの屋敷に到着すると使用人たちが出迎えてくれた。


「(ミラという女性はどの人だろうか?)」


目配りをしている私をフィルは庭園へと案内した。

どうやら私の好きな花をミラが植えてくれたらしい。

健気に歓迎してくれる行いに感動し、私は早く彼女に会いたくなった。


ようやく会えた彼女は後ろめたさがあるのかぎこちない態度で私と向き合った。


「初めまして奥様。ミラと申します。この度は残ることをお許しいただきありがとうございます」


深々とお辞儀される。

うん。やっぱり感謝されることは気持ちが良いものね。


「貴族の結婚は愛のないものだから、愛がある貴女たちの感情を大事にしたいのよ。これからよろしくね」


戸惑う彼女に私は笑った。


結婚してから数日が経った。

折角フィルの側にいることを許したというのに、ミラはいつも縮こまり、私から見えないように隠れていた。

勿論フィルにも近づいたりしていない。

明らかに雲隠れしているようだった。けれど、彼女は呼べばすぐに出てきた。


「ミラー!ミラはどこにいるのー?」


と呼べば駆け足で寄ってくる。

その姿を見て私は愛猫を探しているような気になっていた。


しかし、毎日私がミラを呼ぶものだから虐めだと勘繰る者が出てきた。

周りの使用人たちが私に気を使うためわざと「ミラは旦那の愛人だ」と豪語した。

あまりに私が何度も言うものだから私たちの関係を腫物のように扱う人はいなくなった。


ミラはよく花を育てていた。

そういえばフィルが彼女の花を育てている姿が愛らしいと言っていたのを思い出した。

――なるほど。花を育てればいいのね。

早速庭園の一角を私の物にしてミラに花の育て方を教わった。

ほとんどの準備を彼女がしてくれて私は土に穴をあけて苗を植えるだけだった。

花が咲くには時間がかかるらしい。


「奥様には水やりの仕事をお願いしますね」

「わかったわ」


頷いたが私は水やりを忘れることが多く、気が付いたときにだけあげていた。

そして日は流れいつの間にか花が咲き誇っていた。

綺麗に咲いた花をミラと一緒に鑑賞する。


「やっぱり自分で育てた花はいいものね」

「奥様はたまにしか水やりをしてくれないじゃないですか」

「庭師が言っていたわ。肥料はたまに撒いたほうがよく成長するって」

「水は肥料ではありませんよ」

「私が肥料って言っているのよ」


あっけらかんと言ってのけると彼女は呆気に取られてから噴き出した。


「それなら花も綺麗に咲きますね」

「そうでしょう。これからも肥料として頑張るわ」


胸を叩く私にミラは可笑しそうに笑った。


籍を入れてから数年が経ち、流石にこのまま白い結婚とはいかず、夫婦としての責務を果たさなければならなかった。

まあ、仕方がないと割り切り閨事をしたが運が良かったのかすぐに懐妊した。


死ぬ思いで産んだアランはとても可愛かった。

小さくてふにふにしていて抱くと温かい。

彼を守らなくてはいけないと思えた。


しかし、育児は大変だった。

乳母やミラ、侍女が手伝ってくれたが喋れるようになるとママ、ママと私ばかりに寄ってきた。

どうやら私じゃないと駄目らしい。


フィルも仕事がないときはアランの相手をしてくれていたがやっぱり私らしい。

そしてまた少し大きくなると同じ本の読み聞かせを要求されるようになり、最終的には手元に本がなくても話せるくらいに暗記できた。


アランの物心がつき始めるようになると4人で外出することも多くなった。

あまり遠出をすると彼がぐずるので近場で。


ちょうど季節が薔薇の咲かせる時期だったため行き先を花園にした。

到着して花の鑑賞を一通りするとアランをフィルとミラに任せ、私は日頃の疲れを癒すためにベンチに腰かけてのんびりしながら3人を眺め見た。

自分が母親だというのにこうして眺めていると3人は親子のように見えた。

不思議な光景だったが悪い気はしなかった。

なぜなら私は自分の置かれている立場にとても満足していた。

これをきっと幸せというのだろう。

ある日、アランと手を繋いで庭園に向かっていると彼の足が止まった。


「父様とミラは本当に仲が良いですね」


アランの視線の先には談笑しているフィルとミラがいた。

二人のことはとても好きだったがきっと私の好きだという思い以上の好きがあってそれが愛なのだろう。

愛を知らない私は少し疎外を感じてしまったがアランに心配をかけないため笑顔を作って「そうね」と笑った。

最近、フィルは私に欲しいものはないのか聞いてくる。

本当に何もなかったので「ない」と答えると彼は残念そうに肩を落とした。


「じゃあ好きなものは?」

「フィルにアランにミラ」


私が答えるとフィルは顔を赤くして「そういうことでは……」とごにょごにょと何か言いたげであった。

思わずふと笑った。変な旦那だ。

ミラと庭園を歩いている時に“私たちは前世は姉妹だったのよ”と冗談を言うとミラはすっかりその気になっていた。

冗談だったが彼女の嬉しそうな顔を見ていたら本当にそう思えるから不思議だった。

もちろん姉は私だ。そこは譲れない。

前世が姉妹で今世が雇人と使用人であるなら来世はなんだろう。

そう想像すると来世が楽しみになった。

アランが12の時、喉に違和感を感じた。

最初は空咳だったが次第に咳が止まらなくなり、私は苦しくなって倒れた。

気づいたときにはベットの上におり、医者が診断した結果、流行り病に罹ったようだ。

この病は原因がわからず感染する可能性があるため私は隔離された。

皆に移らなければいいと思っていたのに布で鼻口を覆ったミラが私の元に訪れた。

薬で咳は落ち着いていたが彼女に移るのではないかという恐怖にぞっとして激しく拒絶した。


「早く出ていきなさい!これは命令よ!」

「嫌です」

「命令だと言っているの!」

「嫌です」


何を言おうが彼女は頑なに出ていこうとしなかった。

観念した私に彼女は嬉しそうに身の回りの世話をし始めた。

まったく。言うことを聞かない妹だ。


毎日のようにミラは甲斐甲斐しく私の世話をしてくれた。

そんな彼女を見て早く元気になろうという思いとは裏腹に体はどんどん悪くなっていく。

その進行と同じように日に日にミラの表情が曇っていった。

そんな彼女を見てはいられず「移るからもういいわ」と突き放すとしくしく泣きだし「一緒にいます」と頑固としてそこから動こうとしないのだ。

まったく。困った妹だ。

痛みで顔を少し歪めただけで目の前で涙目になり騒がれる。

まったく。おちおち苦しんでもいられない。


フィルもミラに内緒で現れては「私を置いていかないでくれ」と泣き始める。

苦しいのは私なのにどうしてあなた達が苦しんでるのよと呆れた。

どうやら言うことを聞くお利巧さんはアランしかいないらしい。

そんなことを考えると痛みより可笑しさが勝った。

眠気が強い日だった。

扉が開く音がしてミラが入ってきたのだと思って声をかけた。


「ミラ?いつもありがとうね」


返事はなかった。

眠気眼で声をかけたから声が届いてなかったのかもしれない。

眠気のせいか視界がぼやけて今までの人生が走馬灯のように脳裏に流れ込んできた。

始まりは“私には愛する人がいる”というフィルの言葉から。


「あなたはいいわね。あの人に愛されて」


短いのか長いのか分からない人生だったけれど結局恋愛がなんなのかはわからなかった。

身を焦がすような経験を一度は体験してみたかったものだ。

だけど違う愛なら手に入れることができた。それは――家族愛だ。

フィルにアラン、そしてミラ。

4人で過ごす時間はとても愛おしい時間であった。

それが無くなるのはとても辛く寂しい。

けれど私のことで皆が悲しむことのほうがもっと辛かった。


「あの人をよろしく頼むわね」


そして3人で仲良く暮らしてほしい。これが私の願いだ。

でもきっとあなた達は悲しむでしょう。

だからミラの代わりに世話に来た侍女に彼ら宛ての手紙と指示書を庭師に渡すことと、墓石に残す言葉を依頼することを頼んでいた。

前を向けたときにこの手紙を読んでほしい。


――私のために花を植えてくれた貴女なら見つけてくれるでしょう?


そう思いながら眠りについた。






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