疑問
私室で寛いでいるとドアがノックされ、入室の許可を出すと入ってきたのは姉だった。
「どうしたのですか?」
「相談なのだけれど…明日、アラン様に商会内を案内しようと思うの。だから案内役をエイミーお願いできる?」
「できます!」
即答した。
これは二人の邪魔が出来るからではなく、大好きな商会を案内できるからという気持ちの表れ。
相手がアランじゃなかったとしても私はこういう反応をする。
まあ、いけ好かない男だけど仕方がない。とっておきの商品を見せてあげよう。
わくわくしている私を姉さまはニコニコしながら見ていた。
姉と別れた後、早速明日の準備に取り掛かろうと保管庫へと向かう。
いつも通りそこにはエイリアスがいた。
挨拶だけ済ませ商品を物色していると私の普段とは違う動きを不審に思ったのかエイリアスが何をしているのかと声をかけてきた。
「明日アラン様に商会内を案内するの。で、どうせなら取り扱っている商品の紹介をしようと思って」
「ほう」
エイリアスの瞳がきらりと光ったような気がした。
…何かを企んでいる顔だ。まあ、彼としてもお気に入りの紹介したい商品の一つや二つくらいあるのだろう。
彼も鼻歌を歌い始めなにやらごそごそし始めた。
何を紹介するかはどうせ明日分かるので気にせず自分の準備に集中する。
ふっふっふ。どうやら入手困難のとっておきの商品を紹介する時がきたようね…!
いつかは売れてしまう商品だと分かっていてもやはり入手に手間暇かかった商品には愛着がわいてしまうというもの。
わくわくしながら次の日を待った。
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次の日、家の前に到着したアランを笑顔で出迎える。
馬車から降りてきた彼に挨拶し、「お荷物お預かりしますわ~」と声をかける。
一瞬訝しむような視線を感じたが彼はお礼を言って荷物を預けた。
私はルンルン気分で荷物を運んだ。
「エイミーはやけにご機嫌だね」
「アラン様に案内できるのがとても楽しみだったみたいです」
姉はクスクス笑った。
家で一息ついたあと改めて商会へと向かう。
簡単に商会内を案内していく。まずは主体となる売り場。
正式に売りに出している商品を物珍しそうに眺めるアラン。
「商品は家に取り寄せて選ぶほうが多いから、こうやって色々な商品を見れるのはやはり楽しいな」
ふっふっふ。これからそれ以上に凄いものをお見せしますよ。
アランの気が済むまで付き合った後、今日の主役と言える保管庫へと案内する。
保管庫に入るとエイリアスが笑顔で出迎えてくれた。
彼も今か今かと待っていたのだろう。
「いらっしゃいませ、アラン様」
「この方は?」
「この男はエイリアス。私の子分です!」
「お初にお目にかかりますアラン様。エイミーお嬢様の子分のエイリアスです」
アランは相当驚いたようできょとんとしている。
ふっふっふ。まさか私の年で子分がいるなんて思わなかったでしょうね。
誇らしい気持ちになり鼻をこする。
一拍おいてアランはエイリアスに優しく微笑んだ。
「…貴方も大変ですね。子供の遊びにお付き合いなさるなんて」
「遊びじゃありません!」
心外な!
私が憤慨しているというのにエイリアスもエイリアスで「はっはっは!まったくですよ」と頭を抱えて笑っている。何が可笑しい。
二人を横目で睨んだがそんなことで気分を害している場合ではない。
気を取り直すためにわざとらしく咳払いする。
「それではアラン様に私が先日仕入れたとっておきの商品をお見せしましょう」
「商品の紹介ができるなんて小さいのに偉いね、エイミー」
胸を張ると笑顔でアランに頭を撫でられる。…どうみても子ども扱いしている。
それになんか馬鹿にされているような気もする。
褒められているのに釈然としないのは相手がアランだからだろう。
手袋をはめ昨日用意した小箱をテーブルへ置く。
「それでは開けますよ!」
皆が注目している中、私はゆっくりとふたを開ける。
ところどころ傷がついている万年筆が姿を現す。
「これこそかの有名な画家が使用していた万年筆です。もちろんただの万年筆ではありません。彼が自分のサインを書くときに使用されていた鑑定書付きの代物です。さらにさらに、この柄の部分を見ていただければわかると思うのですが製作者がかの有名な職人のものなのです。これはただの偶然ではなく実はお二人は友人同士。今でさえ有名な二人ですが当時は売れない者同士大変苦労なされたそうで―」
「…へえ。すごいね」
アランは笑顔を崩すことはなかったが思ったより反応が薄い。
そりゃあ少し古びているけど、価値のあるものに違いはない。
…さてはこの男の目は節穴か?
いまいちな反応を不満に思っていると横にいたエイリアスがチッチッチ、と舌打ちしながら指を左右に揺らす。
「エイミーお嬢様は男心をわかってないですね」
やけに得意げなエイリアスに首を傾げる。
彼はふっふっふと怪しげな笑いをしながら重量がある施錠のついた木箱をテーブルの上に置いた。
その箱を見て私は静かに察した。
「アラン様がお好きなのはこういうのでしょう」
木箱のカギを開け、出てきたのは猟銃。…なるほどね。
アランは先ほどとは打って変わって少年のような瞳をしながら木箱の中をのぞいている。
「従来のものとは少し形が違うな」
「ええ。実は従来のものを改良中という話が出てまして、私が先方に試供品を是非いただけないだろうかと交渉した結果手に入れた品物なのです。なんでも威力を落とさず飛距離が伸びるとか」
「へえ。カーティス商会の力はそこまで大きくなっているのか。…試し撃ちはしたのか?」
「姉さま私たちはあっちでお茶してましょう」
男性陣の会話を横目に姉の背を押して退室する。
こういう話をしているとき内容にあまり興味のない人間はいてもいなくてもよい存在になるので退室して自分の時間を過ごしたほうが有意義だ。
商会にある客間に移動し私たちはソファに腰を下ろした。
「男というものはなぜあんな危険なものを好きになるんでしょうね」
私のつぶやきに姉が苦笑する。
銃の暴発に巻き込まれる事故だったり跳弾が足を貫いたとの話を聞いたときは背筋が凍った。
しかし、エイリアスは気を付けて扱わないといけませんね~と間延びした声で全く危機感がない反応だった。父もまあ、銃だしとの反応。
怖いは怖いとは言ってはいるが銃への憧れが薄れることはなかった。
「だけど二人とも楽しそうでよかったわ」
「…エイリアスの功績ですけどね!」
目を閉じて唇を尖らせると姉は笑った。
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お昼前ぐらいに二人は商会内にある応接室に入ってきた。
会話が弾んでおりすっかり打ち解けているようだ。
銃の話が出来るのは限られた人間としかできないのでエイリアスが満足そうでよかったとは思う。
けれど私のとっておきの商品との反応の温度差を少し不満を抱く。
とはいえ相手の欲しいものを提示できるほうが商人としては正解か。
午後からは港町に行こうという話になり、商会を後にした。
快晴の空の下、潮風に吹かれながら表通りへと三人で向かう。
「エイリアスは元貴族か?」
「しりませーん」
アランの問いかけに私は投げやりに答えた。
不機嫌な私を見てアランは不思議そうに首を傾げる。
…こいつ気づいてないのか。
恨めしそうにしている私を姉が宥める。
だってせっかく私のとっておきを紹介したのにー。
むくれている私を余所に姉はアランに向き合う。
「エイミーの言っていることは本当で、エイリアスについては誰もわからないのです。出身、年齢も不詳。彼も何も言わないから周りも無理には聞かないんです」
アランは黙り込んだ。なにかを考えているようだった。
余計なことをされないように釘をさす。
「商会にとって優秀な人物ならどんな人生を歩んでいようと関係ないんですよ」
「…犯罪者でも?」
「…も、もちろん」
最悪な過去を想像し一瞬怯んでしまった。
エイリアス私は信じているわよ。頼むわよ、エイリアス!
胸を張って強がる私にアランはふっと笑う。
「いや、ただの疑問だ。気にしないでくれ。それに人には言えない事情は一つや二つくらい誰にでもあるものだ」
まあ、アランにとって商会で働いているだけの個人を躍起になって詮索するほどの興味はないか。
露店が並ぶ表通りは港町のため足場が良く、観光客が多いので他の町に比べると活気はいい。
露店の種類も多く、珍しい食べ物なども置いていたりと歩くだけでも楽しい。前はよく姉さまとイアン兄さま、リリー姉さまと一緒に歩いていたものだ。
「アラン様はよくここに来られるのですか?」
「ああ。この前も交流のある貴族が船で来られると言われたので迎えのためにね」
へえ。アランもよく港町に来るのか。
案外どこかですれ違っていたりしたのかもしれない。
とはいえすれ違う人をそこまで意識して見たりはしないので覚えてはいない。
「あ!あそこのお店美味しいんですよ!」
お昼のサンドイッチの量だけでは足りなかった私は燻製肉を売っている店を指さす。
二人の腕を引っ張ると二人は顔を見合わせ苦笑してから止まっていた足を動かした。
店の前まで来ると私はいつも買っている大きなソーセージを選んだ。
アランも同じものを選び、姉はお腹がいっぱいとのことで購入しなかった。
誘ったのは私なので財布を出そうとするとアランが手で制し、代わりに払ってくれた。やったー!
それから歩くごとに見えてくるお気に入りの露店に足を止めてを繰り返しては買っていく。
最後に果物を買おうと足を止めるとアランに呆れた目で見られる。
「…先ほどから食べ物ばかりだな」
だって育ち盛りだからお昼のサンドイッチだけじゃ足りなかっただもん。それに最後のお口直しにデザートは食べたいじゃない。
しゅんとしつつも露店の店主にお金を払い果物を受け取る。
それを見て可笑しかったのかアランと姉さまは同時に吹き出した。
笑い始める二人に羞恥心を抱きながらも果物を頬張った。
そのとき空間を割くかのように「あ!」という声が聞こえ反射的にそちらに顔を向けた。
イアン兄さまだ。立ち尽くしている彼は姉の顔を、姉は彼の顔を見つめている。
「クレア…」
「イアン…」
…しまった!忘れていた。港町に行くってことはイアン兄さまに遭遇する確率が高いということを。
これはいくら私がいるからと言って修羅場は避けられないのでは?
この状況を打破するには私の立ち回りにすべてがかかっているかもしれない。
はらはらしながら何が起きてもいいように身構えた。
周りは騒がしいというのにこの空間だけはシンっとした空気が流れている気がした。
「クレア、こちらの方は知り合いか?」
「え…ええ。昔からの友人ですわ」
アランの問いかけにはっとした姉は少し動揺しているものの返事する。
そのやり取りを見たイアン兄さまも気を取り直したのかアランへ歩み寄り向き合った。
「私はクレアとエイミーの友人のイアンというものです。領主様の息子だというのに挨拶が遅れてしまいすみません。いつもお世話になっております」
「アランだ。こちらこそ挨拶が遅くなってすまない」
殺伐とした雰囲気になるかと思えば意外にも笑顔で握手を交わしている。いいえ。油断は禁物よ。これから一触即発な雰囲気になる可能性だってあるのだから。
「今日は散策ですか?」
「ああ。いつ来ても賑わっていていい町だな」
「そう言ってもらえるとこの町の出身者としては嬉しい限りです」
顔を見合わせ笑いあう。…気にしすぎだったかもしれない。
ほっとして残っている果物を頬張った。
「クレア?」
「リリー!」
リリー姉さまだ。次から次へと知り合いに出会う日だ。
とはいえ、リリー姉さまにはイアン兄さまのような後ろめたさを感じないため会ったところで気楽なものだった。
姉も特にアランに気を遣う様子もなくリリー姉さまへと駆け寄っていた。
置いて行かれたアランは特に気にする様子もなく、無言で二人の様子を眺めている。
その視線に気づいたイアン兄さまが手でリリー姉さまを指し示し口を開いた。
「彼女もクレアとエイミーの友人で名をリリーと申します」
私も久しぶりにリリー姉さまと話がしたかったが、今はアランが余計なことをしないか見張るほうが大事なので留まった。
アランの様子を窺っているとばちっと目が合った。
まさかこちらを見られると思っていなかったので心臓がはねた。
目を向けたのは一瞬だったがすごく驚いた。
「仲がいいのだな」
「ええ。リリーもクレアと昔からの友人ですので」
「…イアン殿のほうがクレアとは特別仲がいいのでは?」
その問いかけに私は息をのんだ。
イアン兄さまの表情が一瞬凍り付いたような気がした。
気がしたと思ったのはこの時のイアン兄さまの切り替えが気のせいだと思わせるくらい早かったからだ。
「いえ、ただの友人ですよ」
イアン兄さまはなんともないように笑って答えた。
その姿を見て胸がずきりと痛んだ。
アランは一拍おいてから「そうか」とだけ答えていた。
三人の間に何とも言えない空気が流れる。
しばらくして、慌てた姉さまがこちらに気づき走って戻ってきた。
アランに勝手をしてしまったことを申し訳なさそうに謝っていた。
二人と別れた後、私たちは帰途につくことにした。
屋敷の前に着くとアランはそのまま馬車で帰るとのことで、姉はアランの手荷物を取りに屋敷の中へと入っていった。
二人きりになったことで腹の中にためていた鬱憤が爆発する。
「どうしてイアン兄さまにあんなこと言わせたのよ!」
「私は疑問に思ったことをただ確認しただけだ」
誰が聞いているかわからないため小声で非難すると彼は平然とそう返した。
エイリアスといいイアン兄さまのことといい、疑問に思ったことをすぐ聞こうとする男だ。
「しかし、あの返答…お前は二人は想いあっているといったが思い違いなんじゃないのか?」
「それは貴方がいるからよ!本当の気持ちなんて言えるわけないじゃない!」
現婚約者の目の前、しかも相手が領主の息子となれば言いたいことも言えないに決まっている。
嫉妬で火種になるくらいなら大人な対応をしたほうが利巧というもの。
「…言わなければ伝わらないのにな」
アランはふっと切なそうな表情をした。
私はその顔を見て何を言われても言い返そうと意気込んでいた口を閉じた。
沸騰していた頭が冷や水を浴びせられたように冷静になり、落ち着いて言葉を紡いだ。
「もしかしてイアン兄さまが本音を言っていたら身を引こうとしていたの?」
「いや、それとこれとは話が別だ」
一刀両断された。淡い期待を抱いて損した。
少し様子がおかしかったからそうなのかなって思ったじゃない。
「商会との繋がりはうちからみても都合の良いことが多いからな。それに縁は結べるときに結ばなければ次があるとはかぎらない。よってこの機会を私からみすみす手放すことはない。彼には悪いが時代が悪かったと思ってもらうしかないな」
肩をすくめるアラン。時代が悪かった、か。
生まれた時代が違っていれば二人は一緒になれてたのかな?
「けれど貴方は姉さまのことは好きではないんでしょう?」
「クレアのことは交流を重ねたこともあってそこそこ気に入っている。嫁いだとしても悪いようにはしない」
へえ。姉さまのこと気に入ったのか。
まあ、姉さまを気に入らない男はいないわよ。
ふふんと得意げになる。
…違う。こいつに気に入られると困るんだった。
というかそもそもこの男が商会との繋がりを作るためという理由で婚姻を希望しているのであればやはり私でいいじゃない。
しかし、彼は私に嫌がらせをしているらしいので縁を結んではくれない。
…やっぱり惚れさせるしかない。
「アラン様私はどうですか?」
口元で祈るように手を合わせ、上目遣いでアランを見上げる。
突飛なことを訊いたためか彼はぽかんとしていた。
今日は特段これといって何もしてないけど少しくらいは気に入ってくれたと思いたい。
きらきらした瞳を意識しながら見つめているとアランは鼻で笑い「お前はこれくらいだ」と人差し指と親指でちょっとのジェスチャーを作った。
…何もしてなかった割には及第点の結果に嬉しくなった。
「やったー!ね、あとどれくらいで私に惚れてくれるの!?」
「…は?」
自分の指で空間の長さを作りながら「これくらい?それともこれくらい?」とアランにせまる。
惚れた目安が私にはわからないのでこの際だから聞けるうちに訊いていたほうがいい。
「…ふ。さあな」
アラン自身にもわからないらしい。なんだ使えない。
そんなやり取りをしていたらアランの荷物を持った姉が戻ってきた。