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エイリアス2(エイリアスside)


船を降りると腹がなった。腹を押さえる。

あたりを見回すとどうやらこの港町は栄えているようで、通りを歩いてみれば出店が多く並んでいた。

どれを食べようかと吟味していると、ある三人の子供が目に留まった。

少女が二人の少年にクイズを出しているようだ。


「さて、どれが一番価値があるでしょうか?」


笑顔で問いかける。思わずのぞいてみれば、そこには宝石三つと小袋が並んであった。

一目で正解がわかり、この女なんて底意地の悪いガキなんだと心の中で悪態をついた。


「一番価値のあるものはこれだろ?」


悩んでいる少年二人の間を割って入り小袋を手に取る。

少女は宝石に意識を向けさせて一番価値がある物は袋だったという意地悪をする気だったのだろう。


「友達を騙すような悪いことするんじゃねーぞ」


少女は驚きを隠せないようで目を丸くして俺を見上げている。

まあ、普通はわからないだろうな。

袋を少女の前に差し出し、説教の一つでもしてやろうと意気込んだ。


「これに懲りたら二度とこんなこと――」

「貴方みたいな人を探していたのよ!」


少女は俺の言葉を遮ると同時に袋を掴んでいた手を小さな両手で包み込んだ。

少女の瞳はガラス玉のようにキラキラと輝いている。

予期せぬ反応にどういうことだと顔が引きつる。


「あーよかった。当たったらどうしようかと思ったぜー」

「おんなの子分になんてなりたくないもんなぁ」


少年二人がそんなことを口々にしながら去っていく。

……は、はめられた。

何も確認せず動いた自分のミスだったが後悔先に立たず。

とりあえず、そのつもりはない事だけは伝えなければならない。


「俺は子分にはならねーぞ」

「ま、まあまあ。それはさておきご飯でもどう?家が近いから御馳走するわよ?」


握られている手に力が入る。

逃がさないとでも思っているのだろう。

しかし、御馳走ときいて俺の腹が鳴った。情けない。

飯くらいは食べてもいいかという気になり、彼女に手を引かれて家へと案内される。


「私エイミーって言うのこれからよろしくね」


屈託のない笑顔を向けられる。彼女の中ではすでに子分は確定しているようだ。

俺は名乗り返さず、黙って彼女についていく。

しばらく歩いた先に見えてきた建物の看板にはカーティス商会と文字がつづられている。

――こいつ商会の子供か。

げんなりした。商人は俺が嫌いな職業の一つだ。

上辺だけの笑みを浮かべ、腹の底では損得しか考えていないのが透けて見えるのが嫌いだった。

少女の正体を知ればますますこのガキが嫌いになってきた。

しかも強引なところが商人の血を受け継いでいるのをより一層感じさせ一刻も早く出立したくなった。


商会に着くと彼女は料理の準備をするからと、俺にまずは風呂を勧めてきた。

なんでもこの商会は大浴場が併設されているらしく、使用人は自由に使うことができ、一般の人でも料金さえ払えば入浴できる体制もとっているとのこと。

手広くやってるんだなーと感心しながら、大浴場へと向かった。

普段は一人で入り、複数の侍女が背中を流すので、初めての大衆風呂というのを目にして新鮮な気持ちになった。

久々に湯につかれば身体が溶けるような気持ちよさを感じた。

大浴場を出て商会に戻れば、料理の準備ができたようでエイミーが俺の手を引いて使用人の食堂へと案内した。

パンにスープに、チキンステーキ、サラダ。目の前に並べられた料理に俺はゴクリと喉を鳴らす。


「……これを食べても俺はお前の子分にはならないぞ」

「ま、まあまあ。それはともかく食べたら?」


エイミーの顔をじっと観察する。ぎこちない笑顔を浮かべて俺を見返す。

食事の香りが鼻につき食欲を刺激する。

まずは食べてから彼女の反応を見て対処すればいいだろうと思いいたり俺は席に着き食事を口にした。

食べ終えるとエイミーは水を勧めてきた。素直に受け取る。


「とりあえずしばらくうちにいてくれたらそれでいいから」

「俺は明日出立するぞ」

「ダメダメダメ!せめて数日はいてくれないと貴方を落とすことができないじゃない!」


ギャーギャー騒ぎ出すが、どうあがかれようが俺の気が変わることはない。

なおも騒いでいるが俺は明後日の方向を見ながらコップに口をつけた。


「エイミーお嬢様」


使用人らしき男性が食堂に入ってきた。

エイミーは呼ばれたことで騒ぐのをやめて、男性に向き合う。


「どうしたの?」

「お客様がエイミー様を指名されてまして……よろしいでしょうか?」

「ええ。もちろん構わないわ」


へえ。こんなに小さいのに客から指名がくるのか。

意外な一面に俺は感心する。


「ちょうどいいわ。貴方、私の仕事ぶりを見るといいわ。そうしたらどんな仕事をするのか興味がわくかもしれないし」


彼女の提案に、悩むが御馳走をしてもらった恩もあるので見るだけならいいかと頷いた。

売り場に出向くとエイミーを指名したの人は少女であった。

エイミーを見ると少女は小走りで彼女のもとへときた。


「エイミーお姉ちゃん、実は売りたいものがあるの」

「あらそうなの。何かしら? あ、うちって古物の買取もしているの」


エイミーは振り返り俺に説明すると、再び少女に向き合う。


「これなんだけど……」


そう言って少女が取り出したのは髪留めだった。

花の飾りがついているものの、所々メッキがはがれており、とてもじゃないが買い取ったとしても売れそうな品物ではない。

これを買うくらいなら客も他の髪飾りを購入するだろう。


「どうしてこれを売ろうと思ったの?」

「……今日、おばあちゃんの誕生日だから花をおくりたいの。だけどどうしてもお金がたりなくて……」

「いつもこれつけてお店に来るわよね?リタの大切な物じゃないの?」


エイミーの言葉にリタという少女は下を向く。

長考しているのかしばらくリタは黙っていた。しかし、意を決したのか顔をあげた。


「いいの! おばあちゃん最近体がわるくなることが多いから花をあげて元気になってもらいたいから!」

「そっか……お金、いくら足りないの?」

「えっとね……」


少女が提示した金額は古びた髪留めを買い取るにしては少し高めの金額だった。

0のものを3で買い取るなんて、エイミーのやっていることは所詮子供のごっこ遊びなのだろう。

お金を受け取ったリタはエイミーにお礼を言って帰っていった。


「お嬢様ゆえの優しさか。その髪留めもあとで返すんだろ?」


商会のお嬢様の道楽。

そう結論付けた俺は髪留めを手にしているエイミーに声をかける。


「え?これは売るわよ」


しれっと答えるエイミーに、驚愕した。


「おいおいおい。そんなもん、誰も金を払ってまで欲しがらないぞ?」


物の価値が分からないにしても、一目見て売り物にはならないだろうと察しはつくはずだ。

それでも売れると思っているなら節穴が過ぎる。


「きっといつか売れるわよ。明日か、一か月後か、はたまた一年後か」


そりゃあ気長なことで。

呆れ果てる俺を余所に彼女は髪留めをじっと見つめていた。

宿がない俺にエイミーは商会にある休憩室に泊まるよう提案してきた。

正直助かったが、なぜか彼女も一緒に寝るらしい。

使用人が布団を運びこむ姿を見て頭を抱えたくなった。


「絶対に逃がさないわ。逃げようとしてもすぐに起きてやるんだからね」

「そりゃあ凄い根性だな。けど婚前の女性が男性のいる部屋で寝るのはいただけないんじゃないか?」

「貴方私のこと女性だと思っているの?」

「いいや。ガキだと思ってる」

「なら問題ないわね。一応ここには傭兵もいるから全然危険じゃないわ」


そう言ってエイミーはにっこり笑う。

もう好きにすればいいと脱力した俺は備え付けられたソファに倒れこむとエイミーに背を向ける形で眠りについた。

そして朝方、早い起床だったのかエイミーはまだぐーぐー寝ていた。

しめた、と思い俺はここを出ようと荷造りを始めた。

鍵については傭兵に言えばどうにか対処してくれるだろう。

そう考えながら俺は使用人が出入りする扉をあけた。


「あの、商会の人でしょうか?」


ケープを着た老齢の女性が扉を開けたと同時に話しかけてきた。


「いえ、違います」

「そうでしたか……失礼しました」


そう言って彼女は俺から離れ、佇む。

どうやら商会が開くのを待っているようだ。

面の看板を見やれば開店するまでは時間があった。

海が近いせいか肌寒く、老齢の女性がこのまま待つには体に障るだろう。

俺は商会の人間ではないが、老齢の女性をこのまま無下にして去ることはできなかった。

苦虫を嚙む思いではあったが、覚悟を決めてエイミーを叩き起こしに行った。


「ふぁ!なに!?なに!?泥棒!?」


被っていた布団を取り上げるとエイミーは寝ぼけているようで周囲を見回し始める。

……俺は人選を間違えたのかもしれない。

しかし、今は彼女しかここにはいない。


「お客様だ」


叱咤のような言い方をすると、彼女は目を瞬かせた。

エイミーは老齢の女性を中に通すよう俺に指示すると慌てて整容をし始めた。

俺は言うとおりに老齢の女性を中へと招き入れた。

応接室に案内し、女性に椅子に腰かけるよう促す。

しばらくしてエイミーが入室し、礼儀正しく挨拶をした。


「お待たせしました。カーティスの娘のエイミーです」

「まあ。可愛らしいお嬢さんだこと」


老齢の女性はエイミーを見ると微笑んだ。


「今日はどういったご用件ですか?」

「実は……昨日孫がここに髪留めを売りに来たんですが、それを買い取りにきたのです」


髪留めと言われリタという少女を思い出す。

この老齢の女性はリタの祖母か。


「わかりました。お持ちいたしますので少々お待ちください」


立ち上がりエイミーは髪留めを取りに向かい、すぐに戻ってきた。

髪留めを老齢の女性の前へとテーブルに置いた。


「おいくらかしら?」

「まだ決まっておりませんので、買い取った金額でお売りいたします」


金はしっかり回収するんだな。

当たり前のことだが、孫のために買い戻そうとする老齢の女性を見て情になびかないエイミーはやはり商人魂を持っているのだろう。

女性は懐から財布を取り出し、お金をエイミーへと渡す。


「確かに頂戴しました。領収書はどうなさいますか?」

「いいえ。いらないわ」


そう言って老齢の女性は嬉しそうな様子で買い戻した髪留めを手に取った。


「お優しいですね。お孫さんに返すおつもりなのでしょう?」


孫を思う祖母の優しさ――悪くない。

温かな気持ちになり、気づけばそう声をかけていた。

しかし、俺の問いかけに彼女は首を横に振った。


「いいえ。これは孫が身を削る思いで売ったものです。そんな彼女の決断に水を差すようなことはできません」


予期しない返答に俺は目を瞬かせた。

ならなぜ彼女はこの髪留めを買おうとしているのか。

俺の疑問に答えるかのように、彼女は口を開いた。


「あの子が私のために贈ってくれた花――とても嬉しかったわ。自分の大切にしていたものを売ってまで私に贈ろうとしてくれるその気持ちが。そうしたら、私はあの子が大切にしていた髪留めが段々と愛おしく思えてきたのよ」


老齢の女性はそう言って手に持っている髪留めを慈しむようにじっと見つめた。


「だからこれは私の宝物にするのよ」


瞼を閉じた老齢の女性が髪留めを胸にそっと抱く。

その姿が、その場面が、切り取られた一枚の絵画のように見えて自然と目を見張る。

そうか。人は――美しいのか。


「いいものでしょう?」


その言葉にはっとしてエイミーを見る。

子供には似つかわしくない慈愛に満ちた表情で老齢の女性を眺めている。


「物がその人の宝物に変わる――そんな瞬間が私は堪らなく好きなの」


そう言った彼女は今まで出会った誰よりも輝いて見えた。


老齢の女性を外までエイミーと一緒に見届ける。

彼女の背が完全に見えなくなるとエイミーは得意げにふっふっふと笑い始めた。

彼女を見下げる。


「こっそり逃げようとしていたみたいだけど残念だったわね。さあ、観念して商会に入るといいなさい」


見上げてくるエイミーは先ほどとは打って変わって子供のような表情をしていた。

商人の娘としてはこの子はお人好しで優しすぎるのかもしれない。

……だが、そこが気に入った。

自然と口角が上がり、エイミーを抱き上げた。


「しょーがねーなー。大人しく子分になってやるよ」


戸惑っているエイミーだったが、俺と目が合うと笑った。




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