エイリアス1(エイリアスside)
第二王子を知っている人物は声をそろえて「第二王子は変人だ」という。
人は絶食に何日耐えられるのかと疑問を持てば食事に手を付けずに従者を困らせたり、視察に訪れた町で行方をくらませたと思えば住人の家で毒見なしの食事を食していたり、とにかく王族きっての破天荒ぶり。
ただの阿呆なのかと思えば、彼は様々な物事に器用であった。
帝王学を学べば「良い王になる」と、剣を習えば「騎士団長になれる」などとにかく褒められる。
しかし彼は褒められると途端にやる気をなくす。あまのじゃくのような性格だった。
どれだけ打ち込んでいた事柄でも切って捨てたかのようにやらなくなった。
趣味と言えば芸術鑑賞。
その時だけは彼は動かず静かであった。
そういうことが積もりに積もり、周りは評判は「第二王子は変人だ」というものに落ち着いた。
それが俺、クラウスの評判だ。
俺が物心ついたときから第二王位継承者として周囲は扱っていた。
その所為か、取り巻く大人たちの言葉の端端から取り繕うような雰囲気を感じ取ることが多かった。
幼いながらそのいびつさが嫌だった。
そんな毎日を送り数年経って俺は悟った。成長したとしても取り巻く環境が変わることはない、と。そう理解してしまえば人の期待に応えたくないとも思い始めた。
そんな俺の唯一の趣味が芸術鑑賞だった。
芸術はいい。美しく、陰鬱な感情を洗い流してくれる。
それに比べて人は駄目だ。醜く、すぐ陰鬱な感情にさせる。
だから俺は芸術鑑賞が好きだった。
ある日兄から、自分の在り方を咎められた。我々は与えられている役目を全うしなければならない、と。
「兄さん、俺は自分の立場が嫌で嫌で仕方がないんだ。王子なんてやめてしまいたい」
本心を話しただけだったが今思えば兄には弱音を吐いているように聞こえていたのだろう。
神経質の兄は普段から気難しい顔をしていたが、その時の彼は更に眉間に皺を刻み、睨むように俺を見据えた。
「お前はこの国の第二王位継承者だ。その事実は何があろうと覆ったりはしない」
はっきりとした口調で俺を咎めた。
このことがあり俺は兄とは分かり合えないのだと決別した。
とはいえ、自分の気持ちを隠す必要はないので何一つ変わることなく自由気ままに過ごしていた。
そんな俺に両親は期待していなかったのだろう。
何も言ってはこなかった。
しかし、兄だけは違った。
あの出来事以来、俺に対して必要以上に世話を焼いてきた。
放っておいてほしいという俺に構わずそれはまあはた迷惑なことばかり押し付けてきた。
重役になるための勉強やら諸外国との外交など兎に角自分が王になったときに俺に色々させようという目論見が見て取れた。
俺は兄を支えるつもりなんて毛頭なかった。
それから年月が過ぎ、17の時に開催された舞踏会に参加した際、妙な違和感を感じた。
ホールに足を踏み入れた途端、肌に視線が刺さり注目されていることに気づく。
その違和感は見事に的中し、徐々に貴族の令嬢たちが俺に群がってきた。
――あ。兄は女をあてがって俺を閉じ込めるつもりだ。
直感的にそう思った。
どうやら兄は何が何でも俺を城から出したくないらしい。
兄の計らいに内心うんざりしていると、女たちが下心が透けて見える笑いを向けてきた。
その顔に酷く嫌悪する。
――それならば。
俺は微笑みを浮かべて彼女たちをダンスに誘った。
甘い瞳を作り、彼女たちを見下ろし、時には耳元で囁き、わざと倒れるように仕向け優しく抱擁した。
その結果――。
「クラウス!貴様自分が何をしたのかわかっているのか!」
憤怒の形相で執務室の机を叩く兄。
手には手紙の束が握られている。
そんな姿に動じることなく俺は椅子に座ったまま頭の後ろで腕を組み体を明後日の方向に向けた。
「なにってなんでしょうか?」
淡々とした声音で白を切る。
視線で兄の反応を窺えば、彼はわなわなと震えだし、怒りで顔を赤くした。
「お前が舞踏会で気を持たせるような振る舞いをしたせいで各方面からお前宛てに婚約の申し入れが殺到している!」
「ほー。よかったじゃないですか。兄さんの計画通りになって」
「こんな状況で一人の令嬢を選べば格好の的になりいらない争いを生むことになりかねない!まったく!お前は余計なことしかしない!」
そう吐き捨てて出ていく兄に俺は舌を突き出した。
これでしばらくは静かに過ごせそうだ。
安堵のため息をし、天井を見上げた。
昔から人の下心が透けて見えるのが嫌だった。城を歩けば下卑た笑いがいつも俺を取り囲む。
ここは檻なんて生易しいところではない。
ここは暗いツボの中だ。
深く暗く、周りがどうなっているかなんてわからない。
一生ツボの中で暮らす人生を考えただけで地獄だった。
俺はクラウスじゃない俺になりたかった。
「出るか」
ポツリと呟いてから俺の行動は早かった。
前々から計画していたことを実行する日がきたのだ。
必要最低限の荷物を持ち城から抜け出した。
俺がいなくなったことに気が付くとすれば早くても夕方。
よく姿をくらます俺は城では常習犯扱いなのでそのくらいの時間が妥当だろう。
さっそく街に行き洋服を数着と食料を調達し、俺は山に入った。
そこで一週間過ごし、伸びてきた髭をさすりながら水面に映った自分の姿を確認する。
髭が生えている自分はなかなかイケていた。
水だけで洗っていた髪もボサボサとしていてこれならすぐに俺がクラリスだとは気づかれないだろう。
それから服を着替え港へ向かい船に乗る手配をしようとしたが、兵たちの監視の目があった。
どう切り抜けるかと考えた結果、船員に声をかけ積み荷を運ぶ手伝いとして乗り込むことができた。
船の中でまずは隣国に行き、次はその隣、そうして渡り歩いていこうと簡単ながら予定を立てた。
目的のない旅に俺の胸は高鳴るばかりだった。




