婚約解消?
「私から婚約を解消することはできない。この婚約は自分で蒔いた種だ。責任は取らせてもらう」
「だから何度も言っているでしょう!?責任はとる必要はないと!」
「じゃあ君から父君に婚約解消を申し出ては?」
「いいえ!私も覚悟を決めて婚約を受け入れました。解消いたしません。それに立場上私から解消を言い渡すことはできません!」
「ならこの話はなしだ」
「……なんて頑固なんでしょう」
「君に言われたくない」
二人はふんっと顔をそらす。
私は気まずい思いで紅茶をすする。ずずっと音が鳴った。
なぜ私は巻き込まれているのだろうか。
姉に婚約解消するかもと言われて来ただけなのに…なぜ?
しかも結局婚約を解消したいのか、したくないのかがわからない言い争いだ。
それにしても姉さまの態度に驚いた。
いつもはアランに対して低姿勢なのに自分の意見をはっきり言えている。
まるで気心知れている友人のようだ。
二人とも一言もしゃべらなそうな雰囲気に仕方なく口を開く。
「もう覚悟を決めて結婚してはどうです?なんだかお似合いに見えてきました」
「まあ!エイミーなんてことを!」
悲痛な表情をした姉が私の肩を抱いた。
柔らかい姉の体に包まれ気持ちがいい。
「あなたが甲斐性なしだからエイミーがこんなことを言うのですよ!」
「私だってエイミーと結婚したいと思っている。しかし、クレアの人生を……」
「だから!気にしないでいいと何度も言っているではありませんか!」
私と結婚したいんだ…。
その台詞を聞いて少し照れる。
それにしてもなんだかこの二人、夫婦喧嘩をしているみたいだ。
やっかいなのはどちらも頑固で融通が利かないことかな。
うーん。似た者同士だし案外結婚したらうまくいくかも?
……喧嘩のたびに私が仲裁役として出向くことにもなりそうだけれど。
「わかりました。エイミーのために私から解消を申し立てます。エイミー、大丈夫よ。姉さまが一肌脱ぎますからね」
「……聞き捨てならないな。エイミーのためなら私は自分から申し立てる!」
「私が申し立てます!」
「いいや!私が申し立てる!」
意地の張り合いにまあまあまあと宥めるジェスチャーを行った。
その日は特に結論が出ず、ただただ二人が険悪になっただけだった。
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「本当に似たような二人で可笑しいと思わない?いっそのことこのまま結婚するべきよ」
エイリアスと一緒に仕事をしながらこの間の話をする。
姉とアランには悪いがあまりに可笑しくて笑い話だ。
「お嬢様はアラン様のことをお慕いしているんですよね?だったら婚約解消してもらいたいんじゃないですか?」
「うーん。私は姉さまもアラン様も大好きだからなぁ」
「エイミーお嬢様らしくないですね。ほしいものは手に入れるのが商人では?」
エイリアスはアランのことが欲しいのなら何が何でも手に入れたらどうだと暗にそう言っているようだった。
確かに結婚できたら嬉しい。
だけれどそれだけが私の幸せの基準ではない。
胸に手を当て自分の心に嘘がないか探る。
……うん。私の欲しいものは確かに手に入っている。
「私は二人が幸せでいてくれたらいいの。それだけで十分幸せよ」
「……そうだ。君はそういう人間だった。らしくないのは俺のほうだな」
「ん?」
「いや。さすが俺の親分だ」
呟いた言葉を聞き返したが誤魔化された。
エイリアスは優しく笑って私の頭をぐしゃぐしゃ撫でまわす。
本当に無遠慮な男だ。
「エイミー」
撫でる手が止まり、いつもと違った声音で名前を呼ばれる。
不思議に思い見上げるとエイリアスが私の瞳を見つめてきた。
「俺を信じてくれるか?」
祈るような縋るような、必死な思いが伝わってくる。
差し出された彼の小指に自分の小指を絡め、瞳をまっすぐ見つめ返した。
「うん。信じるよ。約束」
頷くと再び頭を強く撫でまわされる。
いつもより力強い撫で方に照れ隠しか?と推測し、確認するため頭を上げようとしたが抑え込まれる。
どうやら見られたくないらしい。
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婚約解消の話はこじれるのかと思ったが詳細を聞いてみると姉とアランは正式な婚約は交わしてはいなかったようだった。
1年の期間を経ての正式な婚約、つまり今までは仮契約の婚約だったらしい。
まったく知らなかった。
それにしても仮の婚約だと知っている二人が解消の話を一世一代の大問題として扱っているのは二人が真面目だからだろう。
今日は執務室に父母姉、アラン、私が集まって婚約について話し合いを行う予定を組んでいた。
そして昼食後、執務室に集まった。
アランが椅子に腰かけている父の前へ出た。
「我が家ではこの婚約の件はすべて私が一任しているので私が変更すると言えば父と母は何も言いません」
「ああ。それについては夫妻からすでに確認済みだから心得ている」
そうだったのか。夫妻はアランの婚約に関して特に興味がないのだろうか?
不思議に思ったが今は余計なことを言って話を遮るべきではない。
「包み隠さずに本心をいうと私はエイミー嬢に惹かれています。しかし、私の私情だけでクレア嬢が婚約解消されたとなれば彼女は軽んじられることになります。そんなことは許されるべきではない。責任をもって彼女と結婚します」
「まだそんなことを言っているのですか!?私のことは考えず、自分の気持ちに素直になったらどうですか!?」
「なら君から婚約解消すればいい」
「いいえ。私からは致しません!」
そして前回の言い合いが始まった。
父が小さく「困ったなぁ」とぼやいているのが聞こえた。
本当に困るよねぇ。
母は特に何も言わずに二人を見守っている。姉を見る瞳はとても優しい。
うんうん。わかるよ。姉さまがあんなに自分の感情を曝け出して嬉しいよね。
言い合いに一区切りついたのかアランと姉はお互いに背を向けている。
やれやれ。この様子だと今日だけでは解決しなさそうだ。
呆れていると、ノックの音がし、父が疲れた声で「入れ」と許可した。
「お話の途中に失礼します。緊急で伝えなければならないことがあります」
「エイリアスか。緊急ということは…仕事で何か問題でもあったか?」
父の問いかけに応えることなくエイリアスはずかずかと執務室に入ってきた。
父の前に行くのかと道を開けるが彼は父の前では止まらず姉の目の前で止まり、その場で跪いた。
その行為に誰一人として状況を把握できずにいただろう。
矛先が向いた姉さえ何が起きているのか戸惑っている様子だ。
そんな私たちの混乱をものともせずエイリアスは姉の手を恭しくとって顔を上げる。
「クレア、俺と結婚してほしい」
驚いた。
おそらくその場の全員が驚いているだろう。
固唾をのんで見守る中、すべての視線が姉の顔へ注ぐ。
「はい…」
顔を真っ赤にさせた姉が小さく、か細く返事した。
静寂を破るように父は音を立てて倒れた。慌てて父に駆け寄った。
「お父様!お気を確かに!」
……駄目だ。ショックで気絶している。
姉さまはぽーっとしているし、アランは絶句している。
ちょっとした騒ぎね。
そんな中母だけは冷静だった。
エイリアスのほうをじっと見つめている。
珍しく心配そうな困ったような表情をしていた。
母はゆっくり口を開いた。
「本当によろしいのですか?」
彼は覚悟を決めたような表情で「はい」と頷いていた。
返事を聞いた母は執務室から退室した。
エイリアスと母のやり取りは違和感を覚えるものだった。
エイリアスに何かを訊こうと思ったが「クレアは渡さーん!」という一声とともに父が目を覚ました。
大事にならなくてよかった。
騒ぎ出す父だが、私としてはあの状況でよく言った!その根性認めてやってもいい!
という気持ちなのである。
父には悪いがエイリアスになら姉を渡してもいい。
とはいえ父の様子からひと悶着ありそうな予感。
そんな不安を抱きながらその場は解散となった。
心ここにあらずの姉の手を取って部屋まで送り、私も自室へと戻る。
寝床に潜りエイリアスの告白を嬉しく思っていた。
しかし、母とのやり取りが気になるところではあった。
そんな一抹の不安を感じながらも眠りについた。
次の日、エイリアスは姿を消した。




