1パーセントの賭け
「私アラン様に一目ぼれしちゃいました」
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あの発言がすごく、すごーくいけなかったようだ。
思い付きで突っ走ってしまいアランと姉しか視界に入っていなかったがあの部屋には両親もいた。
その結果、私は折檻部屋に監禁されている。
父と母は想像以上にカンカンに怒っていた。特に母。
反省するまでここに入っていなさいと外界との接触を禁止されてしまった。
最低限食事は朝昼晩でる。部屋の中でできることと言えば母が用意した教本を読むことだけだった。
できれば商売に関係する書物のほうがいい。
が、そういう本が私の娯楽になることを母は十分理解しているうえで教本を用意している。
教本を読まずに椅子に座り頬杖をついているとドアをノックされた。
私は見回りがきたのだと姿勢を正し教本を読んでいるふりをした。
「少しは反省したかしら?」
後ろから聞こえた声が使用人ではなく母の声であったため体がはねた。慌てて教本を置いて母の前まで駆けた。
「もちろんです!お母さま!」
母は無表情で私を見つめたあと徐に深いため息をついた。
頭痛がするのか指でこめかみをそっとおさえている。
「…出なさい。アラン様からお許しが出たわ」
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母と付き添って客間にいるアランに改めて謝罪することになった。
前を歩く母から静かな怒りを感じながら気まずい思いでついていく。
「この度はエイミーが大変失礼な発言をしてしまい申し訳ございませんでした」
「そんな。頭をお上げください。最初は驚きましたが大事にするようなことでははありませんよ」
座っていたアランは立ち上がり母と向き合う。
もう少し作戦を練ってから行動すればよかった。
そんなことを後悔していると母から睨まれる。
一瞬心を読まれたのかとヒヤッとしたが謝罪の意だった。
私は頭を下げた。
「大変申し訳ございませんでした」
「ふふ。気にしなくていいよ。あれは君の冗談だったんだろう? そうだな…理由としては…しばらく会えなかったから会うきっかけが欲しかった、というところかな?」
胡散臭い笑顔で助け舟を出されている。
差し伸ばされた敵の手を掴むのは正直嫌だったが、ほかの言い訳が思いつかない。
癪ではあったが背に腹は代えられない。
「そ、そうです」
「あんなことをせず、気軽に会いに来てくれればいいのだよ」
無垢しか感じさせない笑顔で言われる。
…本当にそう思ってるのだろうか。
あんな裏の顔を見た後では疑心暗鬼になってしまう。
動作の一つ一つが何か別の意味があるのかもと怪しく感じる。
「あの…私…姉さまを奪われた嫉妬心と…私も将来の義理のお兄様と仲良くしたいという気持ちで…ついその…冗談を言ってしまいました」
苦しい言い訳のような気もするがとりあえず話を繕わなければ再び折檻部屋行きだ。
それからは仲直りという意味でこれから姉とアランと三人でお茶会をすることとなった。
母からは退室の直前まで口酸っぱく「くれぐれも!失礼のないように」と言われ私は何度も頷いた。
姉もお茶会の準備のため退室してしまった。
…また二人きりになってしまった。
気まずい思いをしていると鼻で笑われた。
「浅はかすぎる行動に一晩笑わせてもらったお礼だよ。有難く受け取るといい」
「…別に出してほしいなんてお願いしたわけじゃないけど」
「そんな態度でいいのかい? 私を惚れさせてクレアから引き離したいんだろう?」
私は尖らせていた口を引っ込めた。どうやら私の考えはお見通しのようだ。
図星を言われて顔が強張ってしまう。
…だけどこの作戦、実行する本人にばれてる場合成功率低くない?
可能性の低さを考えると媚びへつらうことはない。強気で立ち向かう。
「ふ、ふん!あんたなんかに惚れてもらっても全っ然嬉しくないんだから!姉さまさえ絡んでなければ顔さえ見たくないわ!」
「…そうか。別に乗ってやってもいいと思っていたが…。そうなるとやはりクレアの手前、君との接触は控えてもらうよう母君に進言したほうがいいかもしれないな」
ふう。と残念そうにかつ大げさに首を振る。
こ、こいつ!人の弱みに付け込むつもり!?
拳を震わせ睨みつけると「どうする?」と悪魔のような笑みを浮かべて返事を急かす。ここで接触の機会を絶たれてしまうのは悪手。
これまで感じたことのない屈辱を味わう。
「あ、アラン様の優しさにうっとりしますわー!」
両頬を手で包みながら首を左右に振る。もちろん口元は引きつりながら。
こ、こいつそんなこと言われたら乗るしかないじゃない。
や、やってやる!絶対こいつを私に惚れさせてみせる!
心の中でやる気の炎をめらめらと燃やしているとノックが聞こえ姉が戻ってきた。
「エイミー、私がいない間アラン様に迷惑かけてない?」
「大丈夫だよ。とても面白い話をしていたんだ。ね、エイミー」
「は、はい。ほ、ほんとうにと、とーっても面白い話でした」
アランに天使のような微笑みを向けられ同意する。
自分の口元が引きつっている感覚がする。姉が私を見て不思議そうな顔をしているから多分引きつっている。
それにしても本当にこの男は身代わりが早い。
姉とともに入ってきた使用人が運んできたティートロリーからお茶やサンドイッチをテーブルに並べお茶会が始まる。
談笑しながらお茶を飲む。
私は会話の内容とは違うことを考えていた。
実はこの惚れさせる作戦は最大の問題点があった。
私は生まれてこの方恋愛をしたことがない。
男性から告白どころか言い寄られたことすらない。気合だけはあるもののどうすればアランが私に惚れてくれるかわからない。
好きと言っただけで落ちてくれれば簡単なのに。
できるだけ手っ取り早く惚れさせたい。
男性を惚れさせる勉強とかあればいいんだけれど。
…もしかしたらこの作戦は前途多難かもしれない。
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身近な人物に話を聞こうと、まずは父のもとを訪ねた。
母の好きなところはどこ?と尋ねると笑顔で全部と答えた。
全く参考にならなかった。私はお礼を言い早々に立ち去った。
次に相談しやすいエイリアスのもとを訪ねる。
「思いのほかすぐに出られてよかったですね」
顔を見た途端笑われる。
もちろん折檻部屋のことを言っている。
わざとらしく頬を膨らませると「一応止めたんですがお嬢様聞いてなかったので」と言われる。
確かにあのときエイリアスが何かを叫んでいたことを思い出す。
膨らませていた頬をしぼませる。
…まあ婚約解消の進歩があったのでいいけれど。
とりあえず今まであったことを簡単に説明し、男性はどんな女性に惹かれるのかを訊いた。
「うーん。好意を持てば必ずしも相手が振り向いてくれるってわけではないですからねー。まあ、男性にはない女性らしさに惹かれる人は多いんじゃないですかね?」
なるほど。女性らしさ。持参したメモ帳に書き込む。
女性らしさと言えば姉を思い浮かべる。
気は進まないが母に淑女のレッスンを受けさせてもらえるよう頼んでみよう。
「エイリアスは色恋沙汰は経験したことあるの?」
「昔はありましたが今はちっともありません」
はっはっは。と豪快に笑う。
ちっとも悲しそうじゃないので本人的には現状に満足しているのだろう。
この商会に連れてきてから彼は実に幸せそうに過ごしている。
性に合っていたということでスカウトしてよかった。
それはさておき、今の自分が女性としての魅力がどの程度のものか確認したいところ。
「ねえ、エイリアスから見て私は恋愛対象になりそう?」
「10年早いですね」
即答される。子供ということか。
エイリアスとは年が離れている(年齢不詳だから見た目的に)から仕方がないかもしれないがアランは御年17歳。私が14歳だから3歳差。…うーん。ギリギリ子供には見えない…か?
でも私より三歳下って考えると…子供だしねぇ。
この賭け勝率1パーセントくらいしかないかもしれない。
「大丈夫ですよ」
不安で唸っていると肩に手を置かれ、顔を見上げる。
エイリアスは優しい瞳で言葉を続けた。
「お嬢様は天性の人たらし。お嬢様が好きだと思い続けていれば相手も好きになってくれますよ」
「エイリアス…」
安心させてくれているのが瞳、置かれた手から伝わってくる。
「まあ、人たらしだからと言ってそれが恋愛につながるわけではありませんが」
はっはっは!と笑う。
私の感動を一瞬でぶち壊すなんてさすがエイリアスだ。
好きだと思い続けていれば相手も好きになってくれる、か。
…ん?それって結構ハードルが高いんじゃないの?
アランのこと別に好きじゃないし。寧ろ嫌いだし。
まずは私が好きにならないといけないって…こと?
そんなの無理。初恋だってまだなんだから。
「とりあえず一緒に行動を共にしてはどうですか? アラン様の好き嫌いがわかるかもしれませんよ」
二人きりにさせないように行動を共にはする気だったが盲点だったかもしれない。なるほど…好き嫌いか。
上手くいけば弱みを握れるチャンスかも。
そしてその弱みをうまく利用できれば婚約解消が出来るのでは?
「なんか良からぬことを考えてません?」
「…」
「おーい。エイミーお嬢様ー」
エイリアスの問いかけに答えず私はそそくさと退室した。
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ひとまず女性らしさを学ぶために母の元に訪れる。
マナーを学びたいというと当然だが訝しまれた。
「何の前触れもなくマナーを学び直したい?どういう風の吹き回しかしら?」
自室で本を読んでいた母は鋭い目つきで私を一瞥した。
いつもはやる気のない娘が自ら言い出したことで警戒しているのかもしれない。
「まさかとは思うけれど貴女、性懲りもなくアラン様を奪おうとしてはないでしょうね?」
ぎくり。
「まさか。私はただ未来の義理の妹として仲良くなりたいだけですわ。ほらアラン様って領主様の嫡男ですから義理の妹としてはマナーをしっかり学びなおしておいたほうがいいですよね」
満面の笑みを作り良い子を演じる。
母は白々しく感じたのか疑いの目をますます細める。
まずい。ポーカーフェイスで乗り切らねば。
「本当に?」
「本当ですわ」
疑いの目でじーっと顔に穴が開きそうなほどみられる。
私は背中に変な汗をかきつつも笑顔を崩さないように心掛けた。
「…そうね。姉の婚約者を奪おうだなんてそんな淑女にあるまじきことするはずがないわよね」
「そうですともお母さま」
口元に手を当てておほほほと笑う。なんとか誤魔化せたようだ。
母は元は貴族のお嬢様。とはいってもお金はなかったらしく、母が稼ぎに出なければカツカツの生活だったらしい。
しかし、教養はあったため貴族の子供の家庭教師の仕事に携わっていた。男性と関わる機会が少ない生活をしていたためか婚活もできず、父とは晩婚だったとか。
そんなこんなで職業病なのか母はその知識を生まれた娘に惜しみなく叩き込んだ。
姉は母に似て教養やダンス、立ち振る舞いなどを完璧といっていいほど覚えたが、それらに全く興味のなかった私は出来の悪い生徒だった。
それでも母が無理強いをしなかったのは商会の仕事に関わる学びについては私が積極的だったからだ。
と、まあ母は教育熱心なのだが、今回の私の不手際が助長しているせいか今日の母は一段と気合が入っているように見える。
「それにしても自ら申し出てくれるなんて…手間が省けたわ」
機嫌よくにっこりと笑いかけられる。
あら?嫌な予感がする。
「アラン様に対するあの無礼な態度。…私のしつけが今まで甘かったことを痛感したわ」
そう言って母は机から小さい鞭を取り出す。逃げたくなったが足が震えて動けない。
鞭は滅多に振ることはないが、振るった時の痛みを思い出すと恐ろしい。
「エイミー覚悟はよろしくて?」
「こ、心の準備が―」
「始めてしまえば心の準備など不要です。さあ、トレーニング室に行きますよ」
母が敬語を使い始めるのは授業の合図だ。後には引けない状況に泣きたい気持ちになった。