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リリーside2


それからイアンとの関係は良好だった。

一緒に出掛けたり他愛のない話をしたり。

恋人みたいなことはなかったけれど私は日々に幸せを感じていた。

そんな生活が続いたある日イアンが家に来た。


「騎士見習いの試験に受かったんだ」


一瞬理解が出来なかったが、彼の嬉しそうな顔を見て実感がわいた。


「やったじゃない!おめでとう!」

「ありがとう。……ただここから通うとなると厳しいから城下町で暮らそうと思うんだ」

「……そう」


それじゃあなかなか会えなくなるわね。

彼が受かったことは嬉しかったが少しの寂しさが生まれる。

気落ちしていると彼は咳払いしてやけに畏まった態度で私と向き合った。


「だから……一緒についてきてくれないか?」

「え?」


真剣な眼差しがその言葉に偽りがないことを教えてくれる。

気恥ずかしい気持ちが広がった。


「……騎士見習いのお給金って少ないんでしょう?二人で生活なんてできないわよ」

「あ……」


唇を尖らせて指摘すれば、彼は気が付いたようで頭を掻いた。

無計画な彼に可笑しくなる。

だけど、私を誘ってくれたことが泣きたくなるほど嬉しかった。


「だから城下町に住んでいる親戚に頼んで私も仕事を見つけるわ」


私がそっぽ向いて提案すると彼は笑顔になった。


「ありがとう。苦労を掛けるかもしれないけど、一緒に頑張っていこう」


そう言って彼は私の手をとった。その瞳を見つめて希望を抱いてしまった。

もしかしたら彼は本当に私のことを好きになってくれるんじゃないかと。

――そんな愚かな夢を見てしまった。


夢見る私を神様は赦さなかったのだろう。

しばらくしてクレアから私宛の手紙が届いた。

開けて読めば婚約解消の話が持ち上がっているとの内容だった。

それを読んで私は絶望した。身体が小さく震えだす。

この手紙が私にも届いたということはイアンにも届いているはずだ。

そう思うとイアンに会いたくなかった。

だって、彼はきっとクレアの元へ行ってしまうのだから。

家の戸がノックされた。

開けてみればそこには手紙を持ったイアンが立っていた。

きっと彼も手紙を読んだのだろう。

困惑して佇んでいる彼に私はめいいっぱい笑顔を振りまいた。


「よかったじゃない!これで綺麗さっぱり元通りだわ!」

「……」

「それにクレアが望んだ婚約じゃないんだもの。あの子もきっとほっとしているに違いないわ」

「リリー」

「……ごめんなさい。帰ってくれない?」


憐れむ表情を向けられるのが辛かった。

下を向いてそう言えば彼は帰っていった。

――これでいい。夢見る時間は終わったのだ。

不思議と涙は出なかった。


数日後、彼は再び私の家へやってきた。

きっとクレアに会ったという報告だろう。

家から離れた場所に誘い出され彼の言葉を待った。


「クレアと会ったよ」


わかっていたけどイアンの口から聞きたくはなかった。

何かを言いたかったが何を言っても泣きそうになるので迷った挙句、震える唇から出た言葉は「そう」の二言。


「……でも、彼女に会うのは今日が最後だ」


耳を疑い、俯いていた顔をあげた。

彼は切なそうな、けれど覚悟を決めているようなそんな瞳をしていた。


「クレアは婚約を解消したんでしょう? なら…」

「今思えば、俺はクレアが婚約する前に彼女を止めるべきだったんだ」


独り言を話すかのように彼は言った。


「けど、出来なかった。立場とかそういうしがらみもあったけど、男が縋るのはかっこ悪いからと……彼女にそんな姿を見せられなかった。それに今回婚約を解消したとしても再び婚約の話が出るかもしれない。そのときに俺は止められるかって考えた」


彼は瞼を閉じ言葉を切った。

数秒経ってから彼は瞼を開けた。


「きっと止められない。今回と同じようになるんだろうなって考え付いた」


切なそうな、悲しそうな――すべてを諦めてしまった表情。

私は彼を見て心を痛める。

しかし、彼は息を小さく吸うと私と向き合った。


「だから改めて君に言う。――俺と一緒に着いてきてくれないか?」


彼の手が私の返事を待つように差し出される。

差し出された手を――私は掴むことができなかった。

だってこんなことにならなければ貴方が私を誘うことなんてなかったのだから。

クレアの婚約が解消されると分かっていたならイアンに気持ちなんて伝えなかった。

だって本当はクレアを連れていきたいんでしょう?

答えられずにいる私に彼は目を伏せ「先に行って待ってる」と言って立ち去った。

それでも一緒に行くことはできない。

だってそんなことしたらクレアへの裏切りだ。

既に裏切っているはずなのにクレアの婚約が解消されてから裏切ったことへの罪意識がじわじわと体を蝕んだ。


クレアへの罪悪感を抱えながら毎日を過ごしていたある日、家の戸を誰かが叩いた。

返事をしながら戸を開けると見えた姿にはっとした。


「どうしたのエイミー?」


そう声をかける。

いつもは笑顔の彼女が緊張した面持ちで私を見ている。


「リリー姉さまに聞きたいことがあってきたの」


胸がどくんと鳴った。

きっとクレアのことだ。

私を非難しに来たのだと怖くなる。

迫りくる恐怖を感じつつも平静を装った。


「聞きたいことってなあに?」

「……リリー姉さま、本当はイアン兄さまのことが好きだったの?」


彼女の口から聞きたくなかった言葉が出てきて血の気が引いた。

――知られてしまった。

鼓動が早くなる。

私の嘘にエイミーが気が付いてしまったのだ。

うまく息ができなくて、めまいがする。

頭が真っ白になりそうだ。


「ど、どうしてそう思うの?」

「…ハンカチのことを思い出したの」


息が止まる。どうして急に昔のことを…。

どうにか誤魔化せないかと、ない頭を回転させる。

どうしよう……本当はイアンを騙そうと、悪戯をしていただけだと言えば……でも……それは……。

策を練っていると、ふと冷静になった。

私は……いつまで醜い自分を隠して二人を騙しているのだろう。

いっそのこと汚い自分を曝け出して嫌われてしまったほうがいい。

私はクレアの望まない婚約を一瞬でも喜んでしまった。

こんな醜い女は綺麗な二人にとって相応しくない。

……本当に、馬鹿ね。私は何をいまさら好かれようとしているのかしら。


「そう。気づいてしまったの。……そうよ。私はイアンが昔から好きだった」

「あ……わ、私リリー姉さまに酷いことを…」

「本当にね!あなたは本当に酷かったわ!私に二人がお似合いだなんて突き付けて!それで私が何度傷ついてきたと思っているのよ!あなたのことなんて大嫌いだったわ!」


エイミーの瞳が揺れる。

罪悪感を抱くことなんてない。

私は酷い女なんだと思われて嫌われれば彼女は傷つくことはない。

エイミーに嫌われるなんて簡単なことだった。

クレアのことを酷く罵ればいい。


「クレアのことも嫌いだったわ。ぽっと現れてイアンを誘惑するんだもの。目の前で彼の心を奪っていって……クレアは本当に酷い女だった。だから婚約の話が出たときざまあみろって笑ったわ。罰が当たったのよ」


そう言って思い出すのは、私のプレゼントした紐を結ぶと嬉しそうにしていたクレアの笑顔。

『リリーとずっと仲良くいれますように』

……本当に馬鹿な娘。呆れるくらい馬鹿だ。


「でもクレアとの友情もこれでおしまい。私があげたあの紐みたいに切れてゴミみたいに捨ててやるのよ!」


エイミーが目を見張る。驚いただろう。

これで本当に終わり。

ああ…本当に…終わり。


「リリー姉さまから貰ったあの紐クレア姉さまは今でも大事にしてるよ」


息が止まった。

エイミーの口から紡がれた言葉が信じられなかった。

うまく声が出せず「嘘よ…」とつぶやいた声は小さく震えていた。

そんな私にエイミーは近づいてきて、腕にそっと手を添えた。

顔を覗き込んできた瞳は気遣うように優しかった。


「リリー姉さま、姉さまに栞をプレゼントしたこと覚えてる?姉さまは大事な物だから大事な物同士くっつけとこうって紐を結んで笑ってたよ」


その言葉を言っているクレアが容易に想像できて――すんでで止まっていた感情が一気に涙として溢れだした。

もう自分で止めることはできなかった。


「私……イアンのことが好きだった…だけどっ、それと同じくらい…クレアに嫌われるのが嫌だったの!だって…」


好きだったから。

嫌われるのが怖くなるくらい好きだった。

紐をプレゼントしたときイアンのことを願うのではなく私との友情を願ってくれて本当はすごく嬉しかった。

私たちの繋がりはイアンからのものではなくちゃんとまっすぐ繋がってるんだと思えて本当に嬉しかった。


「それにエイミーのことだってハンカチのこと気づいてくれて本当に嬉しかったのっ!思いは届かなかったけど……昔の私を救ってくれたの…だから……」


好きになったの。この姉妹が……。

クレアが悪い女だったらよかった。そしたら嫌いになれたのに。

だけれど私は好きになってしまったのだ。幸せを願えるほどに。

タガが外れてしまった私は目の前の女の子に泣き縋る。

エイミーは優しく抱きしめ返してくれた。

それからどれくらい泣いたのかわからない。

すっかり涙が枯れてしまった私にエイミーが囁いてきた。


「リリー姉さま、嘘が下手だったんだ。散々言ってたけど泣きそうな顔して言うんだもん。全然説得力ないよ」

「……でも騙されたじゃない」

「あれは……きっとリリー姉さまの優しい嘘だったから気づかなかったのよ。……そうよ。私を傷つけたくなかったんでしょ?」

「……どうだったかな」

「嘘。覚えてるくせに」

「本当に。私は嘘ばっかりね」

可笑しくなって笑ってしまう。泣いて笑って忙しい一日だ。

「私、イアンについていくわ」


泣いてすっきりした所為か自分の気持ちを迷いなく言葉にできた。

エイミーは少し笑って頷いた。


「クレアには嫌われるかもしれないけれどそう伝えてほしい。……まあ、イアンが私のことを好きになるかはわからないんだけど」


だけど自分の気持ちに嘘をつきたくない。

可能性があるならばそれに縋りついてみてもいいのかもしれない。


「いつ行くの?」

「準備もあるけど早く行きたいから5日後かな」

「見送りに行くね」

「……うん。待ってる」


そう言ってエイミーは帰っていく。

そこで初めて傍にクレアの婚約者だったアランがいたことに気が付いた。

目があうと会釈され、私も会釈した。

全然気が付かなかった。

それほどまでに私は気が動転していたようだ。

エイミーに寄り添う姿に「ああ。そういうことか」と納得し、彼女の幸せを願った。





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