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アランside


「クレア姉さまとイアン兄さまってとってもお似合いよね」


そんな言葉が聞こえ反射的にそちらに注目すると、背の低い女の子と女性が少し離れた先の男女二人を見つめている。

どうやら女の子が指しているのはその男女のことのようだ。

キラキラした瞳でいる女の子に、隣にいた女性は微笑みながら「本当にお似合いよね」と言った。

その答え方に私は既視感を覚えた。

彼女の作った笑顔はあのときの母にそっくりだったからだ。


「父様とミラは本当に仲がいいですね」


幼いころ、父と侍女のミラが笑っている姿を見かけて一緒に歩いていた母に話しかけた。

母は私に「そうね」と言って微笑んだ。


生前母はよく侍女のミラのことを“父の愛人”だと冗談のように言っていた。

まるで深刻さのかけらもない物言いで楽しそうに笑いながら。

ミラ本人にもからかうように言っておりミラはその度に困った顔をしていた。


とはいえ、愛人というのは本当のことらしかった。

母が嫁入りするときに出ていこうとしたミラを母が止めたらしい。

貴族の結婚は愛のないものだから、愛がある貴女たちの感情を大事にしたい。

当時その場に居合わせた使用人は母がそう話していたことを教えてくれた。


愛のないものと言っている割には母は父と仲がいいし、悲観するような出来事も起きなかった。

母はミラのことを気に入っており、二人でよく庭に行き花を育てていた。

育てていたといっても母は植えるだけで他の世話はミラが司っていた。

気まぐれに花に水を掛けに行く母をミラはおかしそうに笑っていた。


私もミラのことが好きだった。

優しい彼女を姉のように、時には第二の母のように接してた。父と母、ミラ、私で過ごす時間はとても楽しかった。


――本当に二人は仲が良かった。楽しそうに話す姿は姉妹のような仲の良さだった。


だから勘違いしてしまったのだろう。

私が12の時流行り病で母が倒れた。

他者への感染の可能性がある病だった。


隔離された母の看病については問題になることなくミラが率先して看てくれた。

私も手伝いたかったがミラが断固拒否した。

感染しないようにとの配慮だった。


罹るかもしれない状況なのに彼女は自分のことは顧みようとせず、休むときと食事するとき以外は母の世話をしていた。

母に会えない日が続き、私は母に会いたくなった。

ミラが休んだタイミングを見計らって母の部屋へとこっそり侵入した。


「ミラ? いつもありがとうね」


母の周りはカーテンで仕切られているため私をミラだと勘違いしているのだろう。

私は母を驚かせようと声をかけなかった。

静かに近づく。


「あなたはいいわね。あの人に愛されていて」


独り言のように呟かれた言葉に息が止まった。

動けずにいる私に母の息遣いだけがやけに耳に付く。


「…あの人をよろしく頼むわね」


その言葉を聞いて私は部屋から逃げた。

母はずっと我慢していた。母は本当は父の愛を欲していたのだ。

知ってしまった真実に、気が動転した。

父とミラを許せなくなった。

二人は母を知らずに苦しめていたのだ。

そして気が付いてしまった。


『父様とミラは本当に仲がいいですね』


自分が母にかけてしまった言葉を。

声にならない叫びをあげて床を拳で何度も何度も殴った。

こんなことをしても母を傷つけてしまった事実は変わらない。

1週間後、母の言葉は遺言へと変わった。

母は用意周到な人だった。

事前に自分の墓石に彫る言葉を考えていたらしい。

埋葬された後、墓石に近づき彫られた言葉を指でそっとなぞる。


『土の中に埋まっている私の願いを叶えてください。私はいつまでもあなたたちを見守り、幸せを願っています』


――そう彫られていた。

正直母の遺言を叶える気にはなれなかった。

寧ろ母の葬儀が終わったらミラを追い出そうと思っていた。

だけれど、この母の残したメッセージを見て考えが変わった。

母の最期の願いであるならば叶えてやらなければ。


ミラは私が追い出そうとしなくても出ていこうとした。

なぜか父は引き留めようとしなかった。

しかし、私は母の願いを叶えてあげなければならない。

義務のように彼女を引き留め父の後妻に推した。

二人はすぐには頷かなかったが母の意向と知り、悩んでいたが最終的には籍を入れていた。

母が亡くなってから父とミラ、私の間には見えない壁ができたかのように必要以上の交流はしなくなった。

そんな生活が1年続き、ふと庭園を見れば母とミラが花を育てていた花壇が綺麗になっていた。

しかし、花は植えられていない。

庭師がいつでも植えられるようにと気を使っているのだろう。

きっとその花壇に花が咲くことは未来永劫ないだろう。

それから数年が過ぎ気づけば17歳になっていた。

そろそろ将来のことを考える時期になった。

父は私に婚姻を打診するようなことなく、すべての決定権を委ねてくれていた。

とはいえいつまでも先延ばしにしているわけにはいかない。


婚姻を考えるにあたってカーティス商会が候補にあがったのは偶然だったのか必然だったのか。

領主の立場から見れば商会と直接パイプを結ぶことで武器などの仕入れが容易くなること、顧客の仕入れの管理がしやすくなるなどのメリットの他に、土地に根付いてきたカーティス商会と確固たる領地の地盤を作りたかった。


物流が多くなれば自ずと人が訪れ領地が潤う。

そんな考えあっての候補だった。


そうとなったら婚約者の指名はどうするか。

カーティスには二人の娘がいた。名はクレアとエイミー。クレアが齢16、エイミーが14。


年で考えればクレアのほうが近いが、私としては婚姻さえ結べれば特に年齢は気にしなかった。

とはいえ、人となりは重要だったためこっそり窺いに行くことにした。


その結果――カーティスの娘というのがあの時見た女の子と男性と一緒にいた女性。

正直、関わりあいたくないと思った。

あの微笑んでいた女性が母の表情に重なって辛い過去を思い出す。

彼女が母ならクレアがミラ――そしてエイミーは私だ。

そう考えるとエイミーという女の子に嫌悪感が生まれた。

クレアと男が結ばれることも嫌だった。

だから、クレアを指名した。

顔合わせの日、改めて二人を観察した。

クレアはよく教育を受けられているようで、所作が美しかった。

エイミーはどこかぎこちない様子であった。

悪いイメージを持たれないように持参した土産を渡せば一瞬で懐いたようだった。

なんて単純な女だ。

それから会話をして過ごし、クレアと二人で話をとなったが、エイミーがそれに待ったをかけた。


「私、もう少しアラン様とお話がしたいです」


断るよりは受けたほうが外聞がよいかと了承した。

それから3人で会話し滞りなく交流はできている手ごたえを感じた。

途中でクレアは退室しエイミーと二人きりになる。

エイミーは思いつめたかのような面持ちで私に言った。


「姉さまとの婚約…考え直してもらうことはできませんか?」


君の立場からそれを言うのは悪手ではないかと思った。

婚約が決まりかけているこの状況で水を差す行為は自分の首を絞めているようなものだ。

きっと彼女は馬鹿なのだろう。だから平気でこんな発言が出来る。

取り繕う必要はなかった。世間知らずに現実を突きつけなければならなかった。


「君は人の不幸の上に幸せが成り立っていることを知らない。それがただむかついた」


驚いているようだ。当然か。


「つまり私が嫌がらせしているのはクレア嬢にではない。君にだよ」

「い、嫌がらせ…」


そう君に。――昔の自分に。

私の態度に相当ショックを受けたのだろう。それから彼女は姿を現さなかった。





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