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ラストピース・コレクタ  作者: 去人
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第七話 「三日目 綻び」

第七話「三日目 綻び」

 

「起きてください桜木さん!」 

 里美さんの声と、強く体を揺さぶられる衝撃で僕は目を覚ました。起きてみると、洞窟中で何かしらの衝撃音が響き渡っている。

「えっ! うわっ、何の音ですか?」

 僕が驚くと、里美さんは最短で要点だけを説明する。

「この洞窟を我々が居城としていることがばれました。今入り口に置いた岩が破られそうになっています。早く逃げてください」

 洞窟内にはもう里美さんと隊長しかいなかった。

「他の隊員は全員脱出が完了しました。この洞窟の奥に入り口とは別の脱出口があります。私についてきてください」

 手を引かれるがままに僕は洞窟の奥に走り出した。寝起きでこんなに情報量を詰め込まれては、まだ夢かと思ってしまう。

「おれがここでこいつらを食い止める。先に逃げてろ」

 後ろで隊長の声が聞こえた。僕は大きな声でありがとうございますと言いそうになり、里美さんに止められた。

「とにかく静かに脱出してください。島中が敵の陣地なんですから」

 そうして僕と里美さんは三分程洞窟の中を走ったのち小さな出口にたどり着き、何とかそこから外へ這い出した。外はまだ薄暗く、時刻はおよそ午前四時と言ったところだった。

「はぁ…はぁ…」

 となりで里美さんが息切れしていた。司令塔的な役割の彼女はあまりこのように走り回ることがないようだ。絶え絶えの息で里美さんは僕に言った。

「ひとまずは…はぁ…私と二人でこの森を歩きましょう。はぁ…接敵するかもしれないので…戦闘時に備えて私の能力を教えておきます」

 言い終わると少し息を整えながら、里美さんは僕のほうを向いた。

「私は『右手で触れたものを五分前の状態に戻し、左手で触れたものを五分後の状態にする』能力をもっています」

 五分前の状態に戻すっていうのはわかるけど、五分後の状態にするっていうのは? 僕が浮かんだ疑問を聞こうとした時、横から爆発音が聞こえた。

「敵襲です。気を付けてください」

 里美さんが小声でそう言った。息を殺して周囲を見渡すと、一つ敵の影が見えた。ずっと襲われ続けで、心の休まる暇がない。僕は起きたばかりの目を見開いて、敵をしっかりと観察した。すると敵の手元に爆弾のようなものが出現するのが見えた。

「里美さん、爆弾です」

 僕が報告した頃には、その爆弾はこちらに向かって投げられていた。僕は両手で頭を抱えてかがみこむことしかできなかったが、里美さんは飛んできたその爆弾を左手でキャッチした。

「危ないですよ!」

 と僕が叫んだが、予想したような爆発は起きなかった。里美さんの左手を見ると、粉々の灰が握られている。

「これが、五分後の状態にする、ということです」

 里美さんのそれを聞いてスッと納得がいった。爆弾を、能力を使って爆発し終わった五分後の状態にすることで、ただの焼けた灰の塊にしたということだろう。だが僕がそれ以上物事を考える暇を与えず里美さんは指示を出した。

「桜木さん、そこのかなり長い枝を半分に折って片方を私に下さい」

 何に使うのかよくわからなかったが、緊急時なので何も考えず言うとおりにする僕。すると里美さんは受け取った枝を右手に持ち、じりじりと敵に近づいて行った。

「それと、桜木さん。あの兵の動きを止めておくことはできませんか。ほんの二秒ほど」

 歩きながら里美さんが小さい声で言った。

「二秒ですか…できないこともないかもしれません」

 見る限り、持っている能力はよくわからないが、あの男は手から爆弾を生成した以外目立った動きはしていない。今も新しい爆弾を作って手に持ち、こちらの様子をうかがっているようだった。さきほど里美さんに爆弾を無力化されたため警戒し、攻めあぐねているようにもみえた。僕は指示通りその二秒を稼ぐために慎重にタイミングをうかがう。そして男が二発目の爆弾を投げようというそぶりを見せたその瞬間、僕は走り出した。

「うおおお!」

 極力里美さんに敵の注意がいかないように僕は大声を出して目を引き、洞窟から持ってきていたバットで殴りかかった。予想外の僕のバットさばきに男は翻弄される。そして十分に殴ったところで僕はバットから手を放し、素手で男の脚にしがみついて押し倒した。

「今です! 里美さん!」

 僕がそう叫ぶと間髪入れずに里美さんはさっきの木の枝で男の顔面を突いた。そして折れた枝の切断面を男に押し当て、枝を握る右手に力を込めた。すると、枝は折られるより五分前の状態へと瞬間的に戻り元の長さになる。その影響で、五分前までは枝先のついていた位置を押し当てられていた男の顔面は、元に戻った枝に貫かれた。頭部を木で串刺しにされたその敵兵は、まもなく動かなくなった。

「はぁー。危なかったですね…」

 里美さんは森の中でペタンとしりもちをつく。僕もつられて息を漏らした。

「はあ…こんなことばかりやってちゃ命がいくらあっても足りないですよ」

 地べたに座ったままでも、里美さんは冷静に話し始める。

「ふぅ…まずは脱出したほかの隊員たちと合流するのが先決ですね」

 そして真剣な顔のまま里美さんは立ち上がろうとしたが、すぐにカクンと膝から崩れ落ちてしまった。

「どうしたんですか?」

 僕が聞くと、里美さんは恥ずかしそうに

「あの…戦うの自体久しぶりすぎて…腰が抜けてしまいました」

 と言った。

「もうちょっとだけここで休憩しましょうか」

 僕は笑ってそういった。


  ***


「出てこい…! 逃げられんぞ」

 しびれを切らした西山の、怒りを含んだ声が岩肌に響いた。そして勢いのまま西山は再度発砲する。しかし周囲の岩が削れるだけでどこにも敵の姿は見つからない。

――どこへ行った…。逃げたということは考えにくいが…

 数分前、洞窟から脱出し一人で少し移動していた西山は敵兵の襲撃を受けた。しかし数秒交戦したかと思うと敵兵は岩陰に隠れ始め、その後姿を見せなくなったのである。

――ずっと周囲に気配を感じる。おそらくはまだこのあたりにいてこちらの様子をうかがっている。

 そして交戦開始から五分ほど経った時、敵は再び動きを見せた。岩陰から突如現れた何者かによって、西山の喉元が切り裂かれる。首から血が滴り呼吸を妨害されている西山だったが、苦悶の表情は一切見せず冷静に相手を観察する。現れた男は、先ほど襲撃してきた敵兵で間違いはないようだった。

――しかしなぜさっきは隠れて、今は出てきたんだ…? こちらを観察したかっただけならばそもそも最初は襲い掛からず観察を十分に終えてから襲い始めればよいものを。

 考えながらも、西山は戦闘する手を止めない。至近距離からのナイフでの攻撃に西山は潔くマシンガンを手放し、素手で応戦する。增との戦いからもわかるように西山はCQB(近接格闘術)の名手である。敵が突き出したナイフを左腕で受け、あえて刺させる西山。深く刺さったナイフは抜けにくいので一瞬相手の男は攻撃の手が止まった。西山はその隙に右手で相手の襟首を掴み、即座に投げの姿勢に入る。そしてナイフを刺されたままの体勢で大外刈りを決めた。男は地面に転がる。だが即座にありえない速度で立ち上がり、その勢いを乗せたアッパーで西山の顎を砕いた。

――一度目の交戦時より強くなっている…? 投げられてからの持ち返しも、単純な攻撃力も先ほどより強くなっている気がする。

 立ち上がった男は少し後方にさがり、構えなおす。そしてゆらりゆらりと体を揺らし、こちらの出方をうかがっているようだった。そして一瞬、男の右手が前に出る。西山は身構えた。しかしすぐにその手はすぐにひっこめられる。

――フェイント…?

 そう考えた西山は逆側の左からの攻撃に警戒する。しかし…来ない。

――なにがしたいんだ…こいつは?

 そこで西山はある可能性に思い至った。

――先ほどの無意味なフェイントや、隠れる行為。それらが時間稼ぎだったとすれば説明がつく。では何のために時間を稼いでいる? 仲間が来るのを待っているのか? しかし昨日隊長がグレゴリー十人隊を全滅させ、さらに堂本や俺や葉月が数人殺したためもうあまり敵兵は残っていないはずだ。ではなんだ? そういえばこいつはいまだに能力を使ったそぶりを見せていない。時間稼ぎが能力のトリガーになる何かなのか?

 再び男は動き出す。今度はフェイントではなく本当の攻撃であった。ナイフは西山の腕に刺さったままなので素手で殴りかかってくる。それを右手でガードしながら西山は考える。

――やはり力が強くなっている。一度目の交戦時よりも、もっと言えば先ほどのアッパーよりもだ。こいつはもしや『長期戦になればなるほど戦闘力が上がっていく』という能力を持っているのか? そうなると今までの時間稼ぎも意味が分かる。

 相手の殴る手を掴んで止め、手首をひねり関節を固める西山。しかし先ほどよりも力の強まっている相手の男は難なくそれを振りほどき、ハイキックを決めてきた。それをもろに食らった西山は頭から血を流す。そして眉間にしわを寄せる西山。

――不死の俺には時間などいくらでもある。ならばどこまででも付き合ってやろう、その長期戦…!


  ***


「里美ちゃん大丈夫かなー。ギリギリまで洞窟残るとか言いだしてほんま心配やわ」

 ぶつぶつと独り言を言いながら森の中を歩く坂井。洞窟からの脱出後、坂井もまた一人で行動しているようだった。そして不安に顔を染めた坂井がハァとため息を吐いたその瞬間、突如目の前にロシア人の男が出現した。男はなんの躊躇もなく坂井の首めがけてナイフを振るう。

「危なっ!」

 坂井はぎりぎりでそれをかわし、思わず声を漏らした。そして現れた男にしっかりと目をやる。姿を見ても明らかに敵兵であった。

――くそっ、もう敵襲か。こっちはさっき起きたばっかやねんぞ。まあ戦わなしゃあないか。

 そう思い立ち、坂井は敵のほうを向く。しかし、坂井の手には何もなかった。『左手に持った物の重さに応じて、右手の力が強くなる』という坂井の能力を発動させるために必要な、重いものが周囲にはなかったのだ。せいぜい石ころが転がっているくらいである。

――まあないよりましか…

 坂井は仕方なしに、落ちていた石の中でももっとも大きそうなものを拾い上げ左手に持った。そして坂井が右手で殴りかかろうとしたとき、現れた男は突然姿を消す。

――やっぱ瞬間移動する感じの能力なんか? 発動条件もなんもかんも全然わからんな。

 首を傾げつつ坂井が周囲を見渡すと、かなり離れた位置にうっすらと男の姿が見えた。背格好から判断して、先ほどの敵兵に間違いないようだ。坂井がその人影をにらみつけていると、不意にそれも姿を消した。その瞬間、背後にいやな気配を感じて坂井は振り返る。

「Умри.(死ね)」

 再び男から繰り出されるナイフ。先ほどの男が再び坂井の背後に瞬間移動して来たようだった。またもギリギリの反射神経でそれをかわす坂井。今度はよけるだけでなく、体の勢いそのままに右の拳を繰り出した。そこまでの重量はないとはいえ左手に持った石の重さにより右腕の力は強化されていた。しかしその拳は着弾せず、男は再び消失する。坂井はとっさに周囲に目を凝らした。するとやはり離れた位置に男の姿が確認できた。

――なんや瞬間移動でヒットアンドアウェイかいな。卑怯やな。やけどようみたら、あいつの立っとる位置さっきと全く同じやな。多分こっちに瞬間移動して来た時に立っとった位置も、最初攻撃してきたときとおんなじや。あいつ、同じ位置にしか瞬間移動できへんのか?

 三度目の男の出現。やはり坂井の予想通り先ほどと同じ位置であった。

――やっぱりな! 

 しかし、男がとった行動は先ほどとは違った。男は今度はナイフは取り出さずに、小さな木片のようなものを取り出して少し投げる。木片は坂井のかかとのあたりへ転がっていった。

――なんや?

 直後、坂井の視界から男の姿が消える。とっさに首を振り回し、男の位置を確認しようとする坂井の頭部に、強い衝撃が加わった。男は坂井のすぐ後ろへ瞬間移動しており、肘で坂井の後頭部を思い切り突いたのである。そして痛がる坂井にとどめを刺そうとナイフを取り出す。だが坂井はその殺気を察知したか勢いよく振り返り、ナイフをまたも危ういところでかわすことには成功した。

――同じ位置にしか瞬間移動できへんかったんちゃうんかい! じゃあ一体全体どういう能力やねんな。あぁもうわからん。おれほんま頭使って戦うん苦手や。もっとアホほど単純な能力の奴とただの殴り合いみたいな戦闘がしたいわ。

 頭の中でぼやく坂井に、男は容赦なく斬撃を浴びせる。振るわれるナイフのそのすべてをかわすことはさすがにできず、いくつかを胴体に食らい坂井は血を流した。痛さに歯を軋らせる坂井。対して、十分に能力を発揮できていない坂井の拳はそう強くなく、くらっても大したダメージを負わない攻撃のため相手の男は余裕を見せていた。

――くっそ…重いもんがないから全然効いてないな。相手の能力もようわからんしピンチや。重いもんさえあれば…。

 坂井が内心で頭を抱えた、その時だった。

「おまたせ、坂井! うけとって! こんなサイズでもめっちゃくちゃ重たいから注意!」

 葉月が両手で重そうに、真っ黒な石を一つ持って木陰から現れた。ほかの石と違って綺麗に黒光るその石は確かに材質の特殊なものに見えた。そして葉月はそれを両手で思い切り投げた。なんとか投げ上げた時の葉月の表情には重量挙げの選手のように力がこもっていた。

「まじか! ナイス!」

 真っ黒な石はドスンと大きな音を立てて着地する。坂井は間髪入れずにそれを左手で持ち上げた。

「うぉっ。これはマジで重たいわ。やば…」

 敵の男は石で殴られるのかと思い身構える。しかし坂井から繰り出されたのは何も持っていない右手からの正拳突きであった。予想していなかった角度から攻撃に対応できず、男は腹にもろに拳を食らう。これだけの重量のある石を左手に持った坂井が放つ拳は、能力でいまだかつてないほどに強化されていた。砕ける相手の肋骨。そのまま内臓を破壊してもなお収まらないその勢いは、男の体を吹き飛ばし周囲の木に激突させた。男の後頭部はすさまじい勢いで木と衝突し、その衝撃で男は絶命した。

「助かるわ葉月。ほんまにありがとう。こんな重い石どこで見つけてきてん」

 すぐに葉月のもとへ駆け寄る坂井。それに、葉月はペロッと舌を出して答えた。

「あれ嘘だよ。拾ってきたのはただのそれっぽい黒い石。重そうに持ってたのも演技だよ」

「え? じゃあそのウソをおれが信じたから、お前の能力が発動してウソがほんまになったってこと?」

「そういうこと。味方をだましてこういう使い方もできるってわけ」

 それを聞いてもういちど先ほどの黒い石を持ち上げてみる坂井。

「うわ、ほんまや全然おもくない」

「そうでしょ? 今はもう坂井がウソを信じてないから、ボクの能力が解除されたってことね」

「いやーお前すごいわ。ナイスすぎ」

 二人が和気あいあいと話していると、すぐに次の敵兵が現れる。今度は丸坊主に、肥大した筋肉を持った大男だった。

「Вы, ребята, убили Виту? (お前らがヴィータを殺したのか…?)」

 大男は木の下に転がる先ほどの男の死体を見て、頭に血管を浮かび上がらせながら言った。たった今死んだ男はヴィータというらしい。

「У Виты есть дочь, которой скоро исполнится десять лет. (ヴィータにはな、もうすぐ十歳になる娘がいるんだよ)」

 憤りを隠せないといった様子の大男が続けた。坂井と葉月は顔を見合わせる。

「Дочь, которая наконец-то оправилась от тяжелой болезни, которую она перенесла, и с ней наконец-то можно играть.(患った大病をやっと治し、やっと一緒に遊べるようになった娘が…)」

 大男は歯をギリギリとならし、目に薄く涙を浮かべた。

「Его счастье только начиналось. С этого момента….(あいつの幸せはこれからだったんだよ。…これから…。)」

 言い終えると歯を食いしばって涙を拭き、大男は冷静な顔でこちらへ襲い掛かってきた。

「どうする。もうさっきの石使えへんで。お前ちょっとおれに種明かしすんの早すぎやねん。もうちょっとだましといてくれたら今もあの重たい石使えたのに」

 小声で葉月に悪態をつく坂井。さっきまでは褒めていたのになんとも身勝手な手のひら返しである。葉月は軽くため息をつき、大男の突進をかわしながら、

「坂井! ()()を使うまでにはあとどれくらいかかる?」

 と、聞こえるような大声で言った。大男も顔を上げ、その声に少しだけ反応した。男の耳には翻訳機が刺さっているのが見える。

――アレ? 何のことや?

 坂井は一瞬考えたが、すぐに話を合わせた。

「ああ、アレならあと十秒くらいや!」

 すると葉月はまた聞こえるように大声で返事をする。

「もうそんなにチャージできてたんだね!」

――チャージ? 葉月のやつどんなウソのつもりなんかわからんけどとりあえず話合わせとこか。

「おう、十秒したらおれがアレぶちかましたる!」

「アレさえあればこんなやつ一撃だもんね。十秒だね? じゃあそれまでボクが時間を稼ぐよ」

 先ほどは冷静さを失っていたようだった大男も、敵の情報を逃すまいと葉月らの会話に耳をそばだてていた。そしてその十秒後に放たれる何かを阻止しようと、大男は猛攻に出る。それに対し葉月は宣言通り男の前に出て、銃やナイフなどを使いつつ相手を翻弄し始めた。そして先の葉月の発言からちょうど十秒経ったあたりで、坂井が行動に出る。

「うぉおおおお!」

 こけおどしの咆哮。坂井は叫びながら大男へ向かって行った。すると坂井の左腕が光り始める。大男は両腕を立ててガードしたが、構わず坂井はその上から左手で思い切り殴った。すると、すさまじい強さの衝撃波が発生し、大男の上半身が跡形もなく吹き飛ぶ。ほどなくして坂井の左腕の光も消えた。

「はぁ…今のなに?」

 と坂井。

「さあね。あの大男が僕らのウソを信じて想像した、何かしらの超強い攻撃でしょ」

 葉月は適当に答える。葉月のついた嘘のとおり、一撃で大男は死んだようだった。

「あのめっちゃ強いパンチ、もっかい使えへんかな?」

「まー無理だろうね。さっきのウソを信じてた張本人がもう死んじゃったからね」

「えー。さっきのやつめっちゃかっこよくて気持ちよかったのになー」

 子供のように残念がる坂井。そしてほんの少しだけ真剣な顔になって続けた。

「けど、さっきの奴らちょっとかわいそうやったな。十歳の娘とか言うてたし、あいつめっちゃ泣いてたで」

 それを聞いて葉月は少し黙り、

「まあ…ね。でも殺らなきゃ殺られるわけで…こっちが負けてたらそこに代わりに坂井の死体が転がるだけで…そうなったら泣くのはボクだったし…それが戦争ってもんじゃない?」

 と言いづらそうに言った。

「…せやな。一昨日食べたチャーシューも、死んでくれた豚さんのおかげやもんな」

 状況にあっているのかどうなのか微妙な例えを出す坂井。そしてその神妙そうな面持ちで両手を合わせ、

「なんまんだぶ」

 と言った。それが彼の精一杯の、死体たちへの手向けだったようだ。


  ***


「你的精神状态似乎非常好。(なかなか活きがいいみたいじゃねえか)」

 戦いながら息を切らす堂本に、中国人の男がそう言った。

――なぜ中国能力兵がここにいる…!

 考えを巡らせる堂本。潜入と、ロシア兵らの撃退が任務だったはずのこの島に中国能力兵がいるのはありえない状況だった。男は指を鳴らしてニタリと笑う。すでに数か所殴られた堂本の肌にはあざができていた。。

――くそっ…状況が読めねえがとにかく今は戦うしかないか。

 男から2m程離れた位置から、堂本は地面を蹴って飛び掛かる。が、しかし殴ろうと男に近づいた堂本の体はピタリと止まってしまいそれ以上男に近づくことができない。

――またか…さっきからこの繰り返しだ。

 即座に男は、動けない堂本に思い切り肘を食らわせる。その衝撃で後ろへ少しよろめく堂本。すこし男から離れると動けるようになった。

――あいつの能力はなんなんだ? 一定以上近づくと動きを止められちまうみたいだが…

 ならばと堂本は敏速な足使いで男の背後に回り込み、再び突進を仕掛ける。しかし結果は同じで、堂本は男に近づくとまたも動けなくなった。男は振り返りもせずに後ろ蹴りを堂本に見舞った。再び後方へ吹き飛ばされる堂本。軽く舌打ちをする。

――かなり殴られたから『被ったダメージに応じて自身の身体能力が向上する』能力でおれの戦闘力は相当上がってるはずだ。だが、動きが止められて肝心の攻撃ができないんじゃダメージがたまる一方だ。どうすりゃいい…

「怎么了? 你说完了吗?(どうした? もうおしまいか?)」

 男は挑発する。

――そもそもこの島に中国能力兵が来てる時点で、当初の予定とは違う不測の事態が何か起きているのは確かだな。一旦引き返して誰かと合流して、隊で情報を共有するほうが先決か?

「日本的年轻人很软弱。(日本の若い奴は軟弱だな?)」

 さらなる挑発を受け、堂本は男を睨んでこう言った。

「やっぱしてめえイラつくからここで倒してくわ。情報共有とかは二の次だな」

「尽情地冲我来吧。 (好きなだけかかってこいや)」

 男は口角を吊り上げて、睨み返した。


  ***


「大丈夫ですか西山さん。今はどういう状況ですか?」

 岩陰に倒れこんでいた西山さんに、僕は声をかけた。

「ああ問題ない。すぐに再生する。今は強力な能力兵と接敵して一時退避しているというような状況だ。逃げずに抗戦し続けろと教えた俺がこの現状は情けないな」

 西山さんは申し訳なさそうにそういうと、

「回復次第、奴がいた場所へ戻る」

 と続けた。僕はすぐに、

「無理しないでくださいよ。僕も手伝います。相手はどんな奴なんです?」

 と言う。

「お前は…洞窟からは一人で脱出したのか? ほかに近くに誰かいるか?」

 西山さんは質問には答えずに、質問を返してきた。

「えっ…ああ、僕は里美さんと一緒に脱出してきてこの辺りまでは二人で行動してました。でも西山さんらしき人影が見えたので助けようと思って一人で来て…里美さんは反対方向に坂井さんたちが見えたみたいだったので向こうに行きました。そこで二手に分かれた感じです」

「お前俺を手助けするためにわざわざ一人で来たのか?」

「はい。あ、もちろんそれだけじゃなくて、坂井さんたちと僕とか里美さんで一緒に固まってるよりは、僕は西山さんのほうに行って二手に分かれたほうが安全かなっていうのもあったんですけど」

 西山さんは僕の危険な行動に何か言おうとしたようだったが、それはひっこめ、

「ありがとう。お前の力を借りることにする」

 と言った。そして接敵した相手の情報を話し出した。

「敵は一人だ。おそらく『長期戦になればなるほど戦闘能力が上がっていく』という類の能力を持っている。初めのほうが俺よりもかなり力が弱く戦いやすかったが、格闘が十五分以上続いたあたりから相手に戦闘能力で上回られて戦況が厳しくなってきた。単純に力が強くなっているだけではなく、ダメージへの耐性もあがってきているようだ。もうほとんど俺の攻撃が効いていない。銃で撃ってもだ」

 かなり激しい戦いの最中なのか服はボロボロだったが、西山さんは冷静に説明した。そして立ち上がる。

「さっきの位置から大きく動いていなければ、奴はあの岩のあたりにいるはずだ」

 そう言いながら少しずつ岩のほうへ歩き始めた。僕もついていく。そして僕は小声で聞いた。

「その敵、最初はどんな感じで襲ってきましたか?」

「最初? …まずいきなり岩の影から現れて攻撃してきて…そのあとはすぐにまた隠れた。そこで時間稼ぎをしてからまた現れて…」

「まず襲ってきて、隠れたんですね?」

「ああ、そのあと数分間は隠れたままだったな。だが逃げていたわけではなく俺の近くで隠れているのは確かだった。」

西山さんにそれを聞くと僕は少し溜めて、言った。

「僕に考えがあります」


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