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ラストピース・コレクタ  作者: 去人
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第六話 「二日目 バケモノ」

第六話「二日目 バケモノ」

 

 日本兵のR2-D4島上陸作戦開始から一日。上陸の翌日朝五時、ロシアから派遣された三つの隊のうちの一つ、グレゴリー十人隊の根城では大混乱が発生していた。根城に充満する粉塵の中、ロシア能力兵らの声だけが響く。

「グレゴリー隊長! 聞こえますか!」

「粉塵で何も見えん! 敵はどこだ!」

「大勢の姿は確認できません! おそらく単騎での襲撃かと!」

「うわあ!」

「どうしたアレクセイ!」

「生首です! イリヤの生首が!」

「イリヤがやられたか! 総員能力を解放して全力で戦え!」

「ぐうッ」

「アレクセイ! 大丈夫か!」

「隊長! おそらくアレクセイのものとみられる頭部が!」

「くそォッ! 死ぬなよ全員! 生き残ることを最優せンッ…あぐッ…ヴッ」

「グレゴリー隊長!」

「だめだ、多分、これ…隊長の胴体だ、」

「今何人生きてる…!」

「ぐあッ」

「マカーロ! 死ぬな!」

「どこから襲ってきてやがる…絶対に俺が仕留めデッ…ガふッ…」

「大丈夫かイサーク! ヴっ」

「…おい! みんなどこなんだよ! だれか生きてねえのか!…まじかよ、もう俺だけなのか?…だれか、返事を…」

 舞っていた土埃や爆破されたコンクリートの粉が晴れはじめ、次第に惨状が明らかに見え始めた。一面に飛び散っている鮮血。そこら中に転がる十人分の死体。だが肉片は大小様々で十個ではきかなかった。最後に生き残った能力兵の前に、ぼんやりと男の姿が見える。

「バケモンが…」

 生き残りのロシア人兵がそういい終わらないうちに、彼の首もすぐに吹き飛んだ。吹き出す血。その光景はすべて、まぎれもなく無慈悲な戦争そのものだった。根城には飲みかけのコーヒーがそのまま残されていた。


  ***


 朝六時。僕が目を覚ますと、突然暗い洞窟の天井が目に飛び込んできて驚いた。そしてすぐに思い出す。今僕は外国人の兵士と戦争をしに無人島に来ていたんだった。言語化してみてもむちゃくちゃな境遇だがいったん飲み込み起き上がる。すると入り口に置いてあった岩が少し移動して、外から隊長が入ってきた。服には血がついている。

「あ、おはようございます。もうどこかで戦ってきたんですか?」

 僕が聞くと、隊長は頭をぼりぼりかきながら答えた。

「まあな。散歩してたら敵の根城一個みつけたからよ。全滅させてきたわ」

「全滅…!? すごい…ですね」

 僕が驚き、若干引いていると里美さんが横から声をかけた。

「どこの隊の根城かってわかりますか?」

「あー…グレゴリーって聞こえた気がするから…グレゴリー十人隊かもな」

 昨晩言っていた三つの十人隊のうち、もうすでに一つが全滅したということらしい。たった七人の横浜支部だけで敵を三十人も撃退できるのか不安だったが、問題ないような気がしてきた。しかしこのいつもどおりの隊長は、ついさっき十人も人を殺してきたんだと考えるとゾッとした。しかし僕も今そういう世界に足を踏み入れているんだ。怖がっていてもしょうがない、と思いなおす。

「そうだ桜木、お前今日も堂本とツーマンセルな。仲良くなれそうか?」

 隊長が聞いてくる。

「うーん…堂本さんも頑張って僕と話を続けようとしてくれてるみたいなんですけど…質問攻めでアキネイターみたいになってるんですよね」

「ははっ、だめだそりゃ。あいつあれだからモテねえんだよ」

 あの怖そうな見た目であのコミュ力なら、モテるモテない以前に友達がいるのか僕は心配だ。

 僕と隊長が話していると、起きてきた堂本さんが僕のもとに歩いてきた。僕と隊長は目を見合わせて口をつぐむ。堂本さんは早口で、

「行くぞ桜木。今日は二十人殺す」

 と言った。昨日の意気込みからさらに倍になっている。鼻息荒く歩き出した堂本さんに僕は続いた。

「おー。行ってこいや」

 隊長はひらひらと手を振り、

「今日俺もう十人殺ったからあとは寝てていいか?」

 とあくび混じりに言った。


  ***


「…あー…じゃあ、好きなタイプは?」

 話すことがなくて気まずい僕と堂本さんは、またも無意味な質問コーナーを開催していた。いよいよ聞くこともなくなってきたようだ。

「ええっと…好きなタイプ…」

 合コンで聞けば盛り上がる質問かもしれないが森の中で男二人でするものではない。何とか考えて僕が答えをひねり出す。

「かっこいい系の…人、ですかね」

「そうか」

「…堂本さんは好きなタイプとかないんですか?」

「…ねえな。うん。女としゃべった覚えがほとんどねえ」

「あー…」

 マジで気まずい。同年代でこんなに話が続かないことあるか? てか女としゃべったことないってどういうこと? 男子校? 僕が気まずさに変な汗を流し始めたとき、ちょうどなにかが堂本さんのほうへ飛んできた。2mほどの大きさのその影は、堂本さんを後ろへ吹き飛ばした。慌てて僕はそちらを見ると、かなり大きな男が堂本さんの前に立ちはだかっている。堂本さんは両腕で自分をガードしたようで、腕を顔の前に立てたボクシングの構えのような態勢のまますこしずつ大男に近づいて行った。

「痛えな。ヒビ入ったかもしれねえ」

 堂本さんがつぶやいた瞬間、大男はタックルを仕掛ける。姿勢を低くしてそのタックルを受け止めた堂本さんはそのまま低い体勢で大男と組合いになり、しばらく膠着が続いた。そして数秒後、両者が同時に投げ技を繰り出そうとし、そのままお互いにつかみ合ったまま森の斜面を転がっていった。その一連の格闘をあっけにとられてただ見ていただけの僕は、二人が斜面の下のほうへ転がって行って見えなくなってからもしばらく呆然としていた。

 そして、昨日と同じくちょうど気まずくなった時に敵襲が入って助かったなと思った。ドラマとかでいい雰囲気になったときに邪魔が入るのはよくあるけど、気まずくなった時に運よく邪魔が入るの珍しくないか? と思う。そんなのんきなことを考えていると、後ろから声をかけられた。

「Здравствуйте. Что вы здесь делаете? (やあ、こんなところで何してるの?)」

 フランクなしゃべり口調だが、四十歳手前ほどの男性の声に聞こえた。振り返ると、優し気な紳士が立っていた。

「Приятно познакомиться, Сакураги. Давайте немного поиграем вместе. (はじめまして桜木くん。ちょっと一緒に遊ぼうか)」

 僕の名前が呼ばれた。僕のことを知っていて話しかけてきたらしい。そして見た目はそうは見えないが、この島にいるロシア人ということはまず間違いなく敵兵。僕はいつ襲われてもおかしくないわけだ。僕はすぐさま行動に出た。ポケットから拳銃を即座に抜く。昨日バットだけでは少し不安だったため、今日は小型のピストルも洞窟で借りてきたのだ。相手は今立ち止まっているため、先週駐車場で身に着けた『止まっている相手にのみ確実に命中させる』能力が使える。そのまま即座に相手の腹に銃を放つ僕。けたたましい銃声が鳴り響き、相手の腹から血が噴き出た。

「Оооо, ой. Это сюрприз. (うわあ、痛い。びっくりするなぁもう)」

 相手は悠長にそういい、打たれた傷跡に左手をかざした。すると一瞬で銃創が消滅し、さっきまでの無傷な腹部に戻る。なんだ? 回復系の能力を持っているのか? 僕が考えながら男の顔を見上げると、どうもその紳士面に見覚えがあった。そして僕は気づく。

 ラーヴルだ。昨日里美さんが写真を見せてくれた三人のリーダーのうちの一人の写真にそっくりだった。昨日のイヴァンやドナートが所属しているという十人隊のリーダーで、トップクラスに危ないというその男だ。

「Что это такое? Не смотри на мое лицо так часто. Стыдно.

(なんだい? そんなにぼくの顔を見ないでよ。恥ずかしいな)」

 ラーヴルはそう言いながら左手を僕の肩に乗せた。その瞬間、肩に激痛が走る。その痛みは先週駐車場で射撃された時のそれに似ていた。とっさに肩を見ると銃で撃たれたような傷跡がついていた。一瞬で僕の脳内に大量の疑問符が浮かび上がったが、ひとまずそれについては考えずに猛スピードで僕は逃げ出した。激痛がこだまする肩をかばいつつ、僕は走る。

「Ха-ха. Во-первых, ты хочешь поиграть в пятнашки? 

(ははは。まずは鬼ごっこかい?)」

 後ろからは上品な笑い声が聞こえたが、振り返りはせず走った。だが走っているうちにどんどんと細い道に入ってしまっていた。森の中なので道といえるものはないのだが、木々がさらに生い茂る場所へ出てしまい狭い場所に追い込まれていたのだ。

「Я бы не рекомендовал бегать таким образом. 

(そっちに逃げるのは悪手じゃないかな?)」

 すぐ後ろから再びラーヴルの声が聞こえた。もう追いつかれているようだ。まずい。さらに僕は肩の激痛と焦りから判断力が鈍り、とっさに近くにあった小さな洞窟に足を踏み入れてしまった。失策だ。これでは逃げ場がなくなる。ここでやっと先週の西山さんの言葉をまた思い出した。

『もし襲われたら、必死で抗戦し続けろ。逃走は能力者相手には無意味な場合が多い』

 実際逃げたせいで僕は窮地に追い込まれてしまった。もはやここからはこのトップクラスに危険だという男、ラーヴルにも果敢に立ち向かうしかないらしい。

「Упс, это щепотка. Тогда я буду драться с тобой только левой рукой. 

(おっと、ピンチだね。じゃあ君には左手だけで戦ってあげようかな)」

 ラーヴルの声が背後から聞こえた。僕は意を決して振り返り、

「そうしていただけると、ありがたいです」

 と言った。ラーヴルはにやりと笑い、右手を後ろに隠した。

「Ну что, пойдем (じゃあ行こうか)」

 そう言うや否や、瞬時に繰り出されるラーヴルの左ストレート。よけることなどできるはずもなく顔面でそれを食らう僕。強い衝撃で目がくらんだ。だがすぐにラーヴルはその左手を開き、僕の顔を手の平で包んだ。すると一瞬で痛みが引く。なにがおきたんだ? ラーヴルはそのままのスピードで左手を引っ込め、今度は僕のわき腹を左手の平でタッチした。すると軽く左手で触られただけなのに思い切り殴られたような衝撃が腹に走った。一体こいつの能力はなんなんだ? 僕が考えながらいったん相手と距離を取る。早すぎて何が何やらわからなかったな。

「Вы выглядите так, будто не совсем поняли. (何が何やらわからないって顔だね)」

 ラーヴルが笑い気味にそういって、今度は左手で器用に手榴弾を取り出してピンを外した。

「Позвольте мне показать вам это более наглядно. (もうちょっとわかりやすくやってあげるよ)」

 こんなところで爆発させたらラーヴルもただでは済まないはずだ。何を考えている? 僕は思わず身構えた。するとラーヴルはピンの外れた手榴弾を真上に放り投げ、もう一度左手でキャッチした。爆発は起きない。なぜだ? ラーヴルは爆発しなかった手榴弾をポイと放り捨てて、自分の背後にある洞窟の壁に左手をかざした。すると直後大きな音とともにラーヴルの背後の壁が小爆発し、ラーヴルは爆風を利用して僕に急接近してきた。また殴られることを警戒して両腕でガードする僕。

「Вы как-то поняли это? Мои способности. (なんとなくわかった? 僕の能力)」

 しかしラーヴルは攻撃はしてこず、ニコリと笑って話しかけてきた。こいつ、何がしたいんだ? よくわからないがひとまずこれはチャンスと考え僕は金属バットをふるう。だがそれは容易に左手で止められてしまった。

「Я показал тебе, разве ты не понял?  Я разочарован результатами исследования "Аахенской пятерки". (見せてあげたのにわからないのかい? アーヘン五つの研究成果って聞いてたのにがっかりだよ)」

 少し首をかしげて、まっすぐ僕の目を見つめてくるラーヴル。口角は上がっているが目が笑っていない。その表情からはどうも得体のしれない根源的な恐怖を感じた。恐ろしくて頭が回らない。だが、ここで僕はギリッと歯を食いしばる。

 そんなに当ててほしければ当ててやるよ…! こいつの能力…! そして弱点も見つけてこいつを倒す…! 僕は自分に言い聞かせて心を奮い立たせた。そして頭は回転し始める。

 まず、こいつは受けた銃の傷を左手で治すことができた。だがもちろんただの回復系ではない。その手で今度は僕の方に触れ、僕の方にその銃痕を再現してきた。そのせいで今も肩には激痛が走っていて物事を考えづらい。そして、今度は爆弾を自分の手に持ったまま爆発させようとした。しかしそれは不発に終わる。そのまま奴が左手で壁を触ると、壁が爆発した。この事実から何となく能力の概要を浮き彫りにできるかもしれない。おそらく奴は『現象を手で持つ』ことができるのだ。この文字面だけでは自分でも何のことかよくわからないが、つまりある物体に起きている現象をその物体から取り外して、別の物体に付与することができるということだ。例えば銃で撃たれているという状態にある自分の腹部から『負傷』という現象を取り外し、それを一度手に持ってキープし、その手で僕の肩に触れることで『負傷』という現象を僕に付与したのが先ほどの一連の出来事の内訳なのだろう。もちろんこれも仮説の域を出ないが、そう考えれば今までのことにも説明がつく。僕の顔を殴った時も、殴ってすぐに僕の顔から『打撲』という現象を取り外し、またその直後僕の脇腹に手のひらで触れることで『打撲』という現象を付与、僕に二度の衝撃を与えることを可能にしたのだろう。先ほどの爆発も、爆発寸前の手榴弾から『爆発』という現象を取り除き、自分の背後の壁に付与することで爆風を利用できたのだろう。 

 ここまでを数秒の間に考えて、僕はラーヴルの眼をにらみ返す。

「О, что вы узнали? (お、何かわかったみたいだね)」

 ラーヴルは楽しそうに僕に話しかけ、金属バットを離した。そして今度は足元にあった木の枝を拾い上げてこう言った。

「А теперь я собираюсь сделать с ним кое-что интересное.

(じゃあ今度はこれを使って面白いことをしようかな)」

 言いながらラーヴルはナイフでその木の枝を真っ二つにする。だが僕はそれには目をやらず、即座に走って距離を取り体勢を立て直そうとした。先ほどの仮説が正しければ、ラーヴルは何も『現象』を手に持っていないときは攻撃してこられないはずなのだ。そして今爆発を壁に付与したばかりのラーヴルの手の中には『現象』は何もキープされていないはずだ。ならば反撃の期は今。こいつが木の枝に気を取られている今のうちに銃か何かで遠距離攻撃を…。僕がそう考えた次の瞬間、

「Эй, куда ты идешь? Вы должны смотреть их правильно.

(ちょっと、どこ行くんだい? ちゃんと見ていてくれないと)」

 ラーヴルはそう言って、再び自分の背後にある別の壁に左手で触れる。すると壁が爆発して、ラーヴルは爆風を利用してまたも僕に接近してきた。なぜだ? 僕は考える。『爆発』はさっき使い切ったから手には何もないはずじゃ…いや、まてよ。一度目の爆発も二度目の爆発も、手榴弾の爆風にしては小さかった。爆風を利用して安全に移動できるほどの強さの『爆発』に調整されていたのかもしれない。そうなるともしや、あいつは『持った現象を二回以上に分けて放出する』ことも可能なのか?

 予想していなかった誤算にあっけにとられていると、ラーヴルが真っ二つに切れた木の枝に左手をかざし始めた。

「Прежде всего, вы должны сделать вот так... (まずこれをこうして…)」

 すると、切断されたはずの木の枝はみるみる完全な姿に戻っていった。これはまずい。今奴の左手には、『切断』という現象がキープされていることになる。

「Если вы поняли, на что я способен, тогда вы знаете, что я собираюсь сделать сейчас, не так ли?(僕の能力がわかってきたなら、僕が今からすることもわかるよね?)」

 ラーヴルの不気味な笑顔を見て、僕はすぐに逃げようとした。だがそんな暇は与えられず、僕の脚はラーヴルの左手にガッシリと掴まれてしまった。直後、僕の脚から信じられない量の血が吹き出はじめた。激痛は言うまでもなかったが、僕は立っていることができなくなり倒れこんだ。そして自分の脚を見てみて、僕が立っていられなくなった理由がわかった。痛みで倒れこんでしまったのではない。僕の片足は完全に切断されて、切り離されていた。

「うああああああ!」

 思わず腹の底から叫び声があふれた。ラーヴルの左手に保持されていた『切断』という現象は淡々と僕の脚に付与されてしまったのだ。そして僕は思い出した。ラーヴルは初めに「一緒に遊ぼう」と言ったのだ。こいつにとって今までのすべては遊びでしかなかった。殺そうと思えば僕みたいな初心者は一瞬で殺せたのだ。だからこいつがその気になれば僕から足を一本奪うことなど造作もないことなのだろう。こんなバケモノ相手に、反撃のチャンスもくそもない。僕がどれだけ頭を回してこいつの能力を解明したとてこの男の前では等しく無力だったのだ。僕はこの状況にとにかく絶望することしかできなかった。

「Я думал, что смогу сыграть еще немного.(そりゃあ痛いだろうねー。叫びたくなる気持ちもわかるよ)」

 ラーヴルは優しげに笑みを浮かべながら、再び手榴弾を取り出し、ピンを抜いた。そしてもう一度『爆発』という現象を左手に保持したようだった。

「Это была игра в пятнашки, не так ли? Тогда я прикоснусь к тебе этой рукой.

(さて、鬼ごっこだったよね? じゃあこの手で君にタッチしちゃおうかな)」

 『爆発』を保持した左手をゆったりとこちらに近づけてくるラーヴル。足を失った僕は下で倒れていることしかできなかった。肩に負った銃痕のせいで手にも力が入らなくなってきた。どうしようもなく近づく死を感じた。この場合、実際に少しずつ近づいてくるラーヴルの左手が、その死そのものであった。

「Упс! (おっと!)」

 ラーヴルはその手で僕には触らず、僕の近くの壁に触れてそこで爆発を起こす。

「Ха-ха. Удивлены? Я дам тебе пожить еще немного. (あはは、驚いた? まだ君のことは殺さないよ。もうちょっと遊ばないとね)」

 爆風で僕の身体は軽く横に転がり、服は破け散った。

「А что с ними дальше? (次はこういうのはどうかな?)」

 ラーヴルは今度は切れた僕の脚を拾い上げながらそう言った。そして、左手だけで器用にそれをボキリと折り曲げた。

「Я сломал этим ногу. (よし、これでこの足の骨が折れたね)」

 言い終わらないうちにすぐに能力を行使し、折れた足を元通りに治すラーヴル。

「Таким образом, феномен "перелома" теперь у меня в руках.

(これで今僕の左手には『骨折』という現象がキープされてることになるよね?)」

 一人で楽しそうにラーヴルは話し続けた。僕からはどくどくと血が流れていき、意識は朦朧とし始める。

「Да! (えいっ)」

 ラーヴルはその左手で僕の腕を掴んだ。すると予告通り『骨折』という現象が付与され、僕の腕はボキリと真ん中で折れる。

「うッ!」

 ぼんやりしていた意識が、再び激痛で呼び戻される。死んだほうがましとはまさにこのことを言うのかもしれない、と思った。もはや僕の体で正常に機能する部分を探すのが難しい域に達している。四肢をここまでボロボロにされてしまってはもはやどうしようもない。服も先の爆風で破れ飛んでしまった僕は家畜のように地を這っていた。今はただ楽になりたい、そう思った。

 僕がすべてをあきらめたその瞬間、目の前のラーヴルが何者かの攻撃を受けよろめいた。ラーヴルへと飛んできたその人影に目を凝らすと、悪い目つきに恐ろしげなピアスが見えた。

「Кажется, меня прервали. Я ухожу. (ああ、邪魔が入ったようだね。僕は帰るよ)」

 何者かが侵入してきたことを確認すると、ラーヴルはさっきまで後ろに隠していた右手をスッと出した。そして右手を自分の首にあてる。すると、少しずつラーヴルの存在が薄まるように透過していき見えなくなっていった。

「Я буду играть с вами снова в любое время.(またいつでも遊ぼうね。桜木君)」

 そう言い残すと、ラーヴルは完全に消えてしまった。

「桜木! 大丈夫か! 桜木!」

 洞窟に響き渡った男の声は、間違いなく堂本さんのものだった。そして僕を見て驚く。

「おい! 脚が! というか…服! いやっ、ちがっ、お前どういうことだ! なっ、あっ、いやっ、大丈夫か!」

 堂本さんは両手でとっさに自分の目を隠したりしながら何やら慌てていたが、限界を迎えていた僕は何かを返事することもできなかった。そしてすぐに、僕の意識は途切れた。


  ***


「木…! 桜木…! 大丈夫か?」

 大勢の声で僕は目を覚ました。目を開けた先には坂井さんや里美さん、それに堂本さんも西山さんもおり、皆で倒れている僕を取り囲んでいたようだった。あたりを見てみると、先ほどラーヴルと戦ったあの狭い洞窟ではなく横浜支部が根城としていた安全な洞窟であることもわかった。僕は柔らかな布団の上に寝かされていたようだ。

「よかったー。死んでもうたかと思ったで」

 と坂井さん。急いで僕は先ほど切られた自分の脚を確認してみる。すると、さっきの出来事が嘘のように元通りつながっていた。肩の銃痕も、腕の骨折も元通りに治されていた。

「それ、里美ちゃんが治してくれたんやで。感謝しーや」

 そういえば駐車場で撃たれた時も、里美さんが治してくれた覚えがある。回復系の能力なのだろうか。

「あの…あれからどれくらい経ったんですか?」

 僕が混乱したままの頭で質問する。

「丸十二時間くらいやな。ほんまに死ぬ一歩手前みたいな状態やったで」

 すこしずつ、思考がまとまり始めた。僕はラーヴルに敗れたうえ意識を失い、ラーヴルには逃げられ、おそらく堂本さんにこの洞窟まで運んでもらい里美さんの能力で治療してもらったというところだろう。破れた服も元通りになっていた。

「おれが桜木を一人にしたせいだ。本当に悪かった」

 堂本さんはいつになく律儀な口調で、深々と頭を下げた。

「いえ、僕が…僕が弱すぎただけです」

 僕は敵に瀕死に追い込まれたうえ、堂本さんに責任を感じさせてしまうような自分が情けなかった。僕がもっと強ければ…

「桜木さん、交戦した敵の情報を教えてください」

 僕が悔しさをにじませるよりもはやく、里美さんは質問をし始めた。

「…はい。多分敵は、昨日聞いたラーヴルっていう人だったと思います」

 できる限り冷静に僕は答えた。

「やっぱりな。あのやり口はあいつだとおもったよ」

 軽く舌打ちをして隊長がそう言った。

「桜木は明らかに、必要以上に痛めつけられていた。奴は加虐を楽しんで行っていたようにしか見えん」

 西山さんも眉間にしわを寄せて怒りをにじませた。

「桜木。今日はかなり恐ろしい思いをしたと思うが、どうする。明日からは一度日本に帰るか?」

 隊長がそう聞いた。僕はそのセリフを聞くや否やガバッと立ち上がり、早口で言った。

「そんなわけないでしょう! ここまでコケにされて、さすがに僕もこのまま敗走なんてできませんよ」

 僕はすぐに近くにあったバットと拳銃を手に取る。

「今すぐにでも…」

 と僕が言いかけると、隊長は笑って

「もう夜だぞ。鼻息が荒くなるのもわかるがとりあえず今日は休め」

 となだめた。僕は改めて自分が気を失っていた時間の長さを思い知り、おとなしくもう一度布団に倒れこんだ。


  ***


「ラーヴルは異常者だが…桜木の奴もなかなかイカれてるな」

 桜木が再び眠りについた後、隊長は笑いながらそう言った。

「どっちが先かわかんねえが、あいつ脚を折られた上にもがれてたんだぞ。肩も撃たれて腕も折られてた。あそこまでやられてまだ戦えますっていうのはなかなか頭のネジが飛んでる」

 隊長はそう続けた。西山も少しうなって、

「たしかに…兵士としては悪くない勇敢さだが、明日にでも死んでしまいそうな危うさがあって心配だな。明日からは俺がつこうか?」 

 と言った。すると隊長は

「明日から…か。ラーヴル本人が動き出したとなるとそろそろ時間がないかもしれねえぞ」

 と意味深なことを言った。


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