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ラストピース・コレクタ  作者: 去人
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第五話 「一日目 ポンチキブラザーズ」

第五話「一日目 ポンチキブラザーズ」

 

「…2060年は独立の年といわれるが、そのきっかけとなったのはどこの都市の独立かわかるか? じゃあここは…桜木」

 先生が僕を当てる。

「えっと…カリフォルニア州です」

「正解だ。偉いぞ桜木。ちゃんと先週言っておいた通り予習してきたんだな」

「はい、して…きました」

 あれからちょうど一週間が経った。僕を狙っていたと言う各国の刺客たちも最初の数日でほぼ全て撃退出来たらしく、僕はすぐに今まで通り学校へ通えるようになった。

「よし、今日はここまで。結局桜木しか予習してきてなかったから、次回こそ皆しっかり準備してから授業を受けるように」

 チャイムが鳴り、先生が授業を締める。いつもこうしてぼーっとしていると授業が終わっているのでおそらく何も身についていない。しばらくしてクラスメイトが僕の元へ寄ってきた。

「先生の『予習してこい』に応じるやつなんているんだな! えらすぎだろ桜木」

「ああ…いや、たまたま昨日テレビで見たんだよね。歴史特番? みたいなやつ」

 僕は曖昧に濁す。さすがに、政府所属の極秘部隊の人たちから世界の歴史の真実を説明されたのだ、とは言えない。


  ***


「こんにちはー」

 いつも通り僕がアジトの戸を開きあいさつする。能力についてや世界情勢について国家機密並みの情報を知りすぎてしまった僕を、一般社会に野放しにするわけにはさすがにいかなかったようで、僕は否応なしにこの隊に加入することになったのだ。あれから、毎日一回は顔を出すようにといわれたので部活感覚で放課後いつもここに訪れている。普段ならアジトに行って適当にお菓子を食べて帰るだけなのだが、この日は違った。

「おお桜木。今日はおまえ初仕事やで」

 アジトに入ってきた僕に坂井さんが言った。部屋には珍しく隊の全員がそろっている。

「初仕事?」

 僕が聞き返すと、今度は里美さんが話始めた。

「はい。今日から一週間、我々横浜支部は太平洋の或る島に潜入します」

「え?」

「まさに、今からです」

 突飛な命令に僕は言葉を失った。たった今から一週間も? 学校はどうするんだ? 両親に何と言えばいいんだ? 様々な疑問符にさいなまれたがとりあえず僕は説明を聞くことにした。

「行先はここ五十年程の地殻変動で現れた日本近海の小さな島で、住民もおらず名前もありません。我々はこの島を仮にR2-D4と呼んでいます」

 島の名前がスターウォーズのロボットっぽすぎることはこの際放っておこう。

「この島は現在日本の領土とされていますが最近ロシアの能力兵らが上陸しているようです。おそらく、この島を能力兵で占拠して日本政府に交渉を持ち掛け、割譲させる気でしょう」

 里美さんは説明しながらノートパソコンで地図を映し、島を指さした。本当に小さな島だ。里美さんは続ける。

「R2-D4周辺の海にはレアアースなどの資源が豊富なため、日本としては手放したくない要石ですが、占拠の基盤が築かれてしまうと奪還が困難になります。そのため今のうちにこの島からロシアの能力兵を追い出すというのが今回の任務になります」

 早口の説明で一気に多くの情報を聞かされたので、実際どれくらい理解できたかは自分でも怪しいが、なんとなくは分かった。つまりはまた外国人の能力者たちと殺し合いをしないといけないということらしい。

「えーっと…かなり危険なんじゃないですか?」

 不満げな僕に、坂井さんは陽気に答える。

「大丈夫や! ほかの支部は結構人死んでるらしいけど、今の隊長になって以降横浜支部での死者はゼロやから」

 それを聞いて隊長はすこしニヤつき、

「まーな」

 とだけ眠そうに言った。この人は本当にいつでも眠そうにしている。先週助けてもらって以降立って歩いているのを見た覚えがない。

「学校を休む理由に関してもご両親への説明に関しても、すべて政府の雑務担当の方がやってくださいますので、桜木さんは何も心配せずついてきてくれればいいですよ」

 里美さんはそう言ってくれたが、だとしても心配事は多すぎる。一週間も知らない島で命を懸けて戦うなんて心の準備が必要だ。だがそんなことを待つ余裕はないようだった。

「桜木が来たらすぐ出発するって話やったからほんまにもう今すぐ行くで」

 坂井さんはそう言って立ち上がると、隊長のもとへ寄って行った。他の皆も同じように隊長のもとへ歩き出す。

「桜木もはよ来い。ほんで隊長の肩掴むねん」

 肩をつかむ? 何の脈絡もなくそんなことを言われよくわからなかったが、ほかの隊員たちもみな隊長の肩や腕をつかんでいたので、言われるがままに僕も隊長の肩を握った。すると隊長は立ち上がって言う。

「おれが今から一歩だけ歩く。それに合わせてお前も、おれを掴んだまま一歩だけ前に進め。いいか?」

「はい…」

 事態は何も掴めていないが、とりあえず返事だけはしておく僕。ほかの皆はわかりきっていることのように軽くうなずいていた。

「行くぞ」

 隊長がそう言って右足を前に出すと、全員が同時に足をだした。僕もあわてて右足を前に出す。

 そして、次に僕の右足が踏んだのは砂利と土の混ざった地面だった。さっきまでのアジトの床とは明らかに違う感触に驚いて顔を上げると、周囲の光景も一変していた。隊長の肩や腕をみんなでつかんでいる、というポーズだけはそのままに木々の生い茂る森の中に僕らは立っていた。僕は聞く。

「し、瞬間移動ですか…?」

「ああ。もうさっき言ってた島に着いたんだよ」

 あっさりと答える隊長に、僕は続けて聞く。

「隊長の能力は、一体何なんですか?」

 隊長はそれを聞くとすこし笑って

「そりゃあお前、最高国家機密だよ」

 と言った。ほかの隊員たちはもう隊長から離れて歩き始めている。

「おし、早くいくぞお前も」

 隊長もそういって歩き始めてしまったので、これ以上の詮索は難しかった。

 そうして五分ほど歩いたあたりで、深めの洞窟が見えてきた。

「お、ここやここや」

 坂井さんは嬉しそうに入っていく。中を見てみると乱雑にではあるが武器やパソコンなどが配備されていた。

「なんで森の中にこんなものが?」

 僕が聞くと、

「昨日も一回瞬間移動できて、準備しといてん。ほらこれポテチ。お前も食う?」

 坂井さんが教えてくれた。そのままポテチの袋をこちらに投げる坂井さん。

「ちょっと! 遠足じゃないんですからね! そういうおやつは持ち込み禁止って言ったでしょう!」

 遠足ではないらしいが遠足時の先生のように里美さんが叱った。坂井さんは不満そうに、洞窟の奥からバナナを投げる。

「バナナもおやつに入ります!」

 里美さんはそういってバナナを投げ返した。


  ***


「はぁー。なんでおれが新人のお世話なんかしなきゃいけねえんだよ」

 島についてから数十分、僕は堂本さんと島を探索していた。隊長から受けた指令は『堂本とペアで、敵兵を見つけ次第殺せ』だけだった。それはたぶん僕も敵兵に見つけられ次第殺されるということも意味していているので、怖い。それだけでも怖いが、加えて横にはイラついた堂本さんがいるので余計に心臓が縮み上がった。堂本さんが舌打ちをするたびに、それに共鳴するかのように彼の耳元のピアスがジャラと音を立て、僕はそのたびにビクついていた。

「あ」

 堂本さんは何かを思い出したように声を漏らすと、こちらを振り返っていった。

「お前、趣味はなんだ」

「え?」

「趣味を答えろつってんだよ」

 そういえば、堂本さんだけは隊長からもう一つ指令をもらっていたのだ。洞窟を出る際に後ろから隊長がかけてきた言葉が思い返される。

『堂本はまじでちゃんと桜木と仲良くしろよ。二人でカラオケ行けるくらいまで。一か月以内に』

 先週は焼肉と言っていたがハードルがさらに上がったようだ。カラオケは割ときつくないかなと僕も思った。多分堂本さんは隊長に命令されたから律義に僕と仲良くしようとしているんだろう。こんな風貌だが根は真面目なんだと思う。

「えっと…趣味ですか。あー…マンガ読むのとか、好きですね」

「そうか。おれは読まねえ」

「そう、ですよね…」

「…兄弟はいんのか?」

「兄弟は…いないです」

「そうか」

 マジで話が続かない。この人話下手すぎないか? ていうか学校ではどうしてるんだろこういう人。

「…初めて買ったペットの名前は?」

聞くことがなくなってiphoneの初期設定みたいな質問をし始める堂本さん。本当にもう気まずすぎる。誰か助けてくれ。

「Почему японцы здесь?(おい、なんで日本人がここにいんだ?)」

 突然背後から声が聞こえる。振り返ると、ロシア人二人組が首の骨を鳴らしながらこちらを見ていた。敵兵に見つかったのでこれより殺し合いが始まるわけだが、僕はこの気まずさから救われたことに少しだけ安堵を覚えた。

「おめえら殺しに来たんだよ」

 そう返事をして堂本さんはぐるりと振り返り、サバイバルナイフを構えた。僕も、洞窟に準備されていた金属バットを構える。僕が今能力で使えそうなものはこれくらいだったので持ってきておいたのだ。

 突然、堂本さんは自分で自分の二の腕にナイフを突き立てた。何をしているんだ? この人は。それが何か能力のトリガーになるんだろうか。血がたくさん出て痛そうだ。僕はそれを見て驚くばかりだったが、堂本さんは何の説明もせずすぐに敵兵へととびかかった。すると敵兵の一人、短髪のほうの男が前に出て堂本さんの飛び蹴りを腕で受けた。

「Да ладно, нетерпеливые мужчины не нравятся женщинам.

(おいおい、せっかち野郎は女にモテねえぜ)」

 短髪の男はそう軽口をたたきながら堂本さんと距離を取り、腕をまくった。まくった右腕には、人体には場違いなスイッチのようなものがついているのが見えた。男は自分でそのスイッチをカチッと押した。そしてそのまま勢いよく右手で地面を殴る。するとすさまじい轟音とともに地面に薄くクレーターのようなものができた。尋常ではないその右手の力が見て取れる。

「Ты можешь идти, Иван? (行けるか? イヴァン)」

 短髪の男はもう一人のロシア人、長髪の男に声をかけた。イヴァンと呼ばれた長髪の男は答える。

「Роджер.Донат, убей вон того модного парня. Я запру вон того слабого на вид парня.

 (おうよ。ドナート、お前はあっちのイカした兄ちゃんをやれ。おれはこっちの弱そうなやつを()()()()())」

 耳元の翻訳機からは、確かに『閉じ込める』と聞こえた。何のことだ? それを受けてすぐにドナートと呼ばれた短髪男は、再び腕のボタンを押し堂本さんに接近した。堂本さんは自分で刺して血まみれになった腕で僕を突き飛ばす。

「おれの近くにいるとあいつのえげつねぇ拳を食らいかねない。離れろ」

 言われたとおり僕が少し堂本さんと距離を取ろうと移動し始めたその時、僕の足元に黒いモヤがかかった。驚いてあたりを見渡すと、長髪のほうの男、イヴァンの足元にも似たモヤがかかっているのが分かった。なんだ? と僕が考えるや否や、僕の視界はまっくらになった。何も見えなくなったわけではない。真っ暗な部屋にいるのと同じ感覚だった。真っ暗な空間の中に、ぼんやりと長髪の男の姿だけが見えた。僕はこのイヴァンという男とともに暗い異空間へと転送されたのではないだろうか。

 暗い空間の中、イヴァンが僕の腹にアッパーをかました。僕は真上に少し吹き飛ぶ。パンチで人間を吹き飛ばすなんて常人にはありえない腕力だ。そしてこのイヴァンという男はそんな力があるようには見えない、ほっそりとした身体をしていた。続く第二撃も強烈だった。立て続けの右フックによろめく僕。手に持ったバットで反撃しようとするも、なぜか腕に力が入らない。そしてすぐに三度目の拳が繰り出された。今度は僕の顔面に向けてのストレート。こんなのを食らったらひとたまりもない…! 

 僕がグッと歯を食いしばったその時、あたりが再び明るくなった。周囲は先ほどまでの森に戻っている。真っ暗な空間からは解放されたらしく、僕は真っ暗な空間に転送される直前に立っていた位置に戻っていた。イヴァンも先ほどの位置に立っている。そして交戦中の堂本さんは、短髪のほうの敵兵ドナートとともに僕の正面あたりにいた。ドナートと堂本さんは激しく殴り合っており、すでに堂本さんには傷が目立った。服もこれだけの短期間でボロボロになっていた。ドナートは振り返ってイヴァンが戻ってきているのを見ると、

「Прости, Иван. Я в деле. (わりぃイヴァン、()()()()()())」

 と言った。『入った』といったのか? 入ったとは何のことだろうか。おそらくお互いの能力に関する何かなのだろうがまったくわからない。しかし先ほどの真っ暗な空間が解除されて、その直後にドナートが謝ったということは、その『入る』という何かしらの行為が真っ暗な空間を解除するトリガーになるということだろうか。正直何もわからないので仮説の域を出ないが、とりあえずさっきの真っ暗な空間は外界での何かのきっかけで解除されることがあるというということは頭に入れておこう。

「О, неважно. Сосредоточьтесь на враге перед вами.(あー、気にすんな。お前はそこの兄ちゃんに集中してな)」

 イヴァンは答える。僕はひとまず、戦う堂本さんとドナートを尻目に、イヴァンへと向かっていった。ここでなら先ほどの空間とは違い腕に力が入りバットも振りかぶることができた。そしてイヴァンへと殴りかかる僕。やはり先週ヤンキーを倒した時と同様、バットを上手く操る力が僕の身体にしみついているのを肌で感じた。そして僕が能力で身に着けた巧みなバットさばきにイヴァンは防戦一方だった。腕に持った鉄の棒で何とか僕のバットを受けている。真っ暗なさっきまでの空間でのイヴァンの強さが嘘のようである。

 そして僕は考える。さっきの真っ暗な空間は、ただの黒い異空間というだけではないようだ。おそらくあの中に閉じ込められた二人のうちどちらかだけにとって非常に有利な状態を作り出す空間なのだ。あの中では僕は両腕に力が入らず満足な反撃ができなかったし、反対にイヴァンのほうは本来の実力の何倍も強い腕力で僕を殴ることができていた。つまりイヴァンの能力は、任意の二人を、どちらかにとって有利な空間へと閉じ込める能力なのだろう。そして今は僕のバットを鉄の棒で受け止めることしかできていないことから、連続してあの空間を作り出すことはできず、少なからずインターバルをはさむ必要があるらしいということも予想できた。

「Мы готовы идти? (そろそろ行けるか?)」

 ドナートが、堂本さんと殴り合いながら言った。するとイヴァンはうなずき、なんとか僕から距離を取った。そのイヴァンに、ドナートは続けて声をかけた。

「Теперь сделай это со мной. (今度は俺で頼む)」

 それを聞いてイヴァンは指を鳴らす。直後、先ほどと同じ黒いモヤが出現した。今度は堂本さんとドナートの足元にひとつずつ。さっきと同じものなら、このモヤに包まれた者は真っ暗な空間に転送されることになる。今回は堂本さんとドナート。そして片方だけに有利な空間だとすれば、その空間の中では確実にドナートが強化され堂本さんが弱体化されることになる。今互角に戦っていて少し押され気味の堂本さんがもしあの空間にひきずりこまれてドナートと戦わされれば、負けかねない。それは非常にまずい。しかしドナートか堂本さんかどちらかを突き飛ばして僕がモヤに包まれれば、僕が暗黒空間に行くことができるのではないだろうか。だがそうなるとどちらを突き飛ばすのが正解だ? 突き飛ばさずここでイヴァンを攻撃するほうがよいか?

 ここで僕の頭に、なぜか狼とヤギとキャベツが登場する有名な思考パズルが思い浮かんだ。川渡り問題と呼ばれているものだ。この三つを川の向こう側にわたらせたいが、船に乗るのは同時に二つまで。狼はヤギをたべ、ヤギはキャベツを食べてしまうのでその二つは同時に船に乗せてはいけない。さてどうやって三つを安全に川の向こうへ渡すか、というものだ。今の状況は、勝手はかなり違うが本質として似ているような気がしたのだ。つまり、先ほどの暗黒空間に閉じ込められるのは二人までで、入った二人のうち片方は強化され片方は弱体化されるため入ったらおそらく片方は倒されてしまう。どうするべきか。ドナートを突き飛ばせば僕と堂本さんでさっきの空間に入ることができ無事を確保できるかもしれない。しかしあの空間を出しているのがイヴァンである以上、もしかしたら僕も堂本さんも一生出してもらえず本当に閉じ込められてしまうかもしれない。それは危うい。では堂本さんを突き飛ばすか? しかしドナートは先ほど見た限りでは、腕についたスイッチを押せば桁違いのパンチを放つことができる、何かしらの能力を持っているようだ。僕がそんな男とあの密室に閉じ込められたら、さらに強化されたドナートの攻撃により一撃で絶命してしまうだろう。いや、待て。僕がドナートと閉じ込められている間、外にいるのは堂本さんとイヴァンの二人ということになる。イヴァンは先ほどの感触からもわかるように、あの空間の外では戦闘力はそれほど高くない。ならば堂本さんならイヴァンをすぐに倒せるんじゃないか?

 ここまでの思考に、0.3秒。先ほど殴られた体は傷んだが、危機に瀕すれば瀕するほど脳は回転速度を上げていた。そして僕は無我夢中で堂本さんのもとへ走っていった。僕が堂本さんを突き飛ばしてモヤにのまれ、ドナートと暗黒空間で二人きりになる。そしてイヴァンと堂本さんを外で二人きりにさせる。僕の背負うリスクは大きいけど、これがおそらくこの川渡り問題の正解選択肢だ。普段なら絶対に至らないハイリスクな結論に、アドレナリンの充満した僕の脳は至った。

 堂本さんに体当たりして、僕は自ら足元の黒いモヤに飛び込む。堂本さんは立ち位置が少し横にずれ、モヤからは離れた。

「何してやがる!」

 堂本さんの大声。

「頼みました!」

 本当は今の作戦を伝えたいところだったがそんな時間はなく、僕が頼みましたとだけ言い終わった瞬間に真っ暗な空間は現れた。再び真っ黒な空間に転送された僕の目の前には、予想していた通りドナートが立っていた。あっけにとられたような表情のドナートが、少し間を開けてから口を開いた。

「Вы знали, что это произойдет, и сами пошли на это? 

(お前、こうなるってわかってて自分から突っ込んだのか?)」

「えぇ…まあ…それに実は隠した最終兵器もありますんで」

 僕は適当なホラを吹いてみる。今僕にできることは時間稼ぎだけだ。堂本さんが、僕の「頼みました」だけでおおよそ状況を理解して外でイヴァンを倒してくれるといいのだが…。

「Хватит врать.. Он прозрачен, как мокрый пеньюар.

(下手な嘘はやめろ。濡れた女のネグリジェくらい透け透けだぜ)」

 ドナートは少し笑って言いながら、腕のスイッチを押した。そして、腕を振りかぶる。これで殴られたら僕なんか瞬殺だ。何とかってくれ、頼む…。

 パッとあたりが明るくなった。ぎりぎりで暗闇の空間が解除されたようだった。何とか助かった。すぐにイヴァンと堂本さんの方を見ると、僕の意図は堂本さんにも少しは伝わったようでイヴァンをボコボコにしている堂本さんが見えた。イヴァンは死んではいないようだが、この短期間で殴られたとは思えないほど傷だらけになっており、力尽きて暗黒空間を維持できなくなったようだった。

 実は、僕がこの作戦に出たのはもう一つ気づいていたことがあったからだ。それは、一度目に閉じ込められて出てきた時の堂本さんの服の破れ具合の違和感だった。僕が閉じ込められていたのは長くても十数秒だったはずなのに、堂本さんは明らかに数分は交戦した後の状態に見えた。つまり、あの暗黒空間のなかと現実の世界では時間の経過速度にズレがある可能性が浮上したのだ。そうなれば、仮に僕があの空間で強化されたドナートに殴られれば一撃で絶命してしまうとしても、僕が絶命するまでの数秒間で外の世界では数分経つことになる。数分あれば堂本さんならイヴァンを倒せるのではないかと僕は踏んだのだ。ドナートと渡り合っている様子を見ても、堂本さんが相当強いことに間違いはないはずだからだ。

 殴られて弱ったイヴァンを見て、すぐにドナートは僕にとびかかり僕の首をつかんだ。そして言う。

「Ты, отойди от Ивана. Или я убью его. (そこの兄ちゃん、イヴァンから離れな。さもないとこいつを殺す)」

 かなり力の強いドナートに首をつかまれ、すでにかなり苦しい。

「あ? やってみやがれ。おれがこの長髪を殺すのが早いか、お前がそいつを殺すのが早いか、勝負してみるか?」

 堂本さんは挑発するようにそう言った。僕は身を賭して堂本さんを突き飛ばしたのに、そんな仕打ちはあんまりじゃないですか? 僕がそう思った瞬間、堂本さんはイヴァンを放してこちらへ飛びかかった。

「なんてな」

 ドナートは、急接近してきた堂本さんの回し蹴りをかわすとすぐに僕の首から手を離しイヴァンのほうへ駆け寄った。そしてすぐにイヴァンを肩に担ぐ。

「Извините. Это потому, что я слаб. Я куплю тебе пончики позже. 

(わりぃ。おれが弱いばっかりに。今度ポンチキ奢らせてくれ)」

 とイヴァンが弱々しい声で言った。

「Нет, я допустил несколько ошибок, поэтому мы можем разделить пончики.

(いや俺のミスもある。ポンチキは割り勘だ)」

 とドナート。言い終わると、すぐに自分のズボンをまくる。脚にもスイッチがついているようだった。ドナートは自分でその足のスイッチを押すと、すさまじいスピードで走り出し森の奥のほうへ消えていった。僕は一息ついて、言う。

「助かりましたね」

 堂本さんは安堵の一息ではなく、ため息をついて言った。

「助かりましたねじゃねえよ。逃げられてるし、大体お前なんでおれを庇いやがった? なめてんのか」

「いえ…あれが正解の選択肢かなと思いまして」

 僕はそう言って先ほどの一連の考えをつらつらと説明してみた。そして数分間話し終えると、堂本さんは少し間を開けて言った。

「よく一瞬でそんなに気づいたな…悪くねえ考えだ。だが仮説にすぎないそれをあてに命を賭ける無鉄砲はヤバすぎる。気をつけろ」

「はい…」

 堂本さんは少しだけ僕を叱ったが、すこししてこう付け加えた。

「ん…庇ってもらっといて「なんで庇いやがった」はダセえな。…ありがとうな」

 セリフの最後に行くにつれてどんどん音量の小さくなるその声で言い終わった後、堂本さんはすぐに立ち上がって森の別のほうへ歩き始めた。

「あ、待ってくださいよ」

 最後のほうがあまり聞き取れなかったが、聞き返しはせず僕もすぐにそれを追いかけた。


  ***


「あぁー…まじでいてぇ」

 ドナートの肩に乗せられ運ばれながら、イヴァンが言う。

「基地に帰ったらダシャちゃんがなおしてくれるぜ」

 とドナート。イヴァンは少しニヤついて

「そいつはいいや。ボコられた甲斐があったってもんだ」

 といった。するとドナートは走りつつため息をつき、言った。

「それにしても、あのガキが飛び込んできたときは驚いたな」

 答えてイヴァンも言う。

「あぁ、日本人は自殺好きだとはよく聞くけどよ、あそこまで命知らずとはな」

「だってあんなガキ、お前の閉じ込めの能力使えばイチコロだったろ? あいつよく命拾いしたもんだよ」

 とドナートが言う。イヴァンの能力とは『任意の対象二人を異空間に転送し閉じ込める能力』、通称『不平等(ダークネス・)な密室(ヒエラルキー)』である。閉じ込める前にモヤを出現させて対象を選択し、暗闇の異空間へと閉じ込めるのである。桜木の予想はおおむね当たっており、閉じ込められた二人のうち片方の戦闘能力を強化し片方を弱体化するという特性を持っている。またイヴァン本人も正確には把握していないが、作り出された真っ暗ない空間と現実世界とでは時間の流れる速度に若干のずれが生じている。

「あー、まぁあいつが命拾いしたのは俺が()()()()()()ミスのせいか」

 ドナートはそう付け足した。実はこのイヴァンの能力にも弱点がある。暗黒空間に二人の対象が転送されたのち、外の世界で何者かが、対象二人の元々立っていた位置の中間に足を踏み入れると、作られていた暗黒空間が消え閉じ込めが解除されてしまうのだ。この弱点を踏まえ、対象二人の立っていた位置に足を踏み入れてしまうことをイヴァンとドナートは「入っちまう」と呼んでいる。

「いやその程度のミスはまあ悪くねえって。でもお前の能力は単純そうでつくづくいいよな」

 イヴァンはドナートを庇いつつそういった。

「まあな。俺のは何にも難しいこと考えなくていいからな」

 とドナート。ドナートの能力は『体中に生えたスイッチを押すことでその部位を強化する能力』、その名も『ボタン(クロック)仕掛け(ワーク)()暴力(レンジ)』である。添臓への手術後、ドナートにはニョキニョキと体中にボタンが生え始め、それを押すとパワーが強くなるという単純な能力が発現したのだ。

「けどよぉ。日本人の奴らみすみす逃しちまって、ラーヴル隊長怒るかな?」 

 イヴァンが少し怯え気味に言う。するとドナートも少し顔がこわばり、

「どうだろうなー。うちの隊長、優しいけどたぶんキレたらヤベえタイプだよな」

 と言った。

「あぁ。やっぱポンチキは俺らで割り勘するんじゃなくて…」

「ラーヴル隊長に二個買ってあげたほうがいいな」

 二人は息をあわせてそういった。


  ***


 イヴァンらと交戦して以降は僕らは敵兵とは遭遇せず、この日はそのまま夜を迎えた。僕と堂本さんが洞窟に戻ると、他の隊員たちもみな戦闘を終えて一息ついている恰好だった。持ち前のおしゃれな服が血や土埃で汚れている葉月さんは悪態をつく。

「はー。急に一週間も店のスケジュールに穴開けるとか、ありえないからね? どうしてくれんのホント」

 すると坂井さんが笑って、

「心配すんなって。来週おれらが店いって、国家予算で死ぬほどシャンパン開けたるわ」

 と言った。それを聞き里美さんも少し考えて、

「隊員の職業生活維持のための費用とすれば国の経費で落とせますかね…」

 と言う。極秘の部隊なため使い込みは容易なようだった。そして里美さんは振り返って僕を見ると、あ、と言って話しかけてきた。

「おつかれさまです。今日交戦した敵の情報を教えてもらってもいいですか」

 そういいながら、ノートパソコンを開く里美さん。すると間髪入れずに堂本さんが口を開いた。

「悪い。逃した」

「…まあ、そういうときもあります。情報だけでもわかれば大丈夫ですよ」

 責任を感じているようだった堂本さんに、里美さんは優しくそう言った。今度は僕が口を開く。

「えっと…まずお互いのことをイヴァン、ドナートと呼び合っていました。片方は身体にスイッチみたいなものがあって、もう片方は真っ黒な異空間みたいなのを生成していました」

 とにかく覚えていることをつらつらと説明していく僕の口を一度とめて、里美さんは言った。

「『閉じ込め』のイヴァンと『ボタン仕掛け』のドナートですね。ありがとうございます。この島にいるロシア兵の全貌が見えてきました」

 言いながら、里美さんはノートパソコンの画面をこちらに向ける。そこには数人の人物の写真が写っていた。里美さんは続ける。

「ロシアの能力兵は十人ごとの隊に編成されて行動しているんですが、この島にはおそらく三つの隊が派遣されています。そしておそらく桜木さんと堂本さんが接敵したのはラーヴル十人隊のメンバーでしょう」

 そう言って里美さんは移っている人物のうち一人を指さした。

「そのリーダー、ラーヴルがこの男です。ロシアの能力兵の中でも随一の実力を持っていてかなり危険な男です」

 指さされていた写真の男は言われているような危ない人物には見えず、優しそうな紳士にすら見えた。

「それと堂本さん。ラーヴル十人隊の中でもイヴァンとドナートはしぶとさで有名なので、逃してしまったことを気に病むことはありませんよ」

 里美さんがそういって慰めると、横から西山さんもやってきて

「俺も奴らと戦い、みすみす逃げられたことがある」

 と言った。すると堂本さんは恥ずかしそうに眉間にしわを寄せ、

「やめろ、おれがうじうじしてるみてえじゃねえか。明日は十人殺すから見とけ」

 と言い捨てて洞窟の奥のほうへ逃げていった。里美さんは少し口角を上げて、

「彼、かわいいとこあるでしょう?」

 と言った。僕は苦笑いをする。里美さんは言い終わると洞窟の中に積んであった段ボールの一つを開け、いくつかジグソーパズルの完成品を取り出した。そして続ける。

「それから、桜木さんの『相手の弱点を見つけてその真逆の長所を身に着ける』という能力を私なりに考察してみたので、聞いてもらってもいいですか?」

 僕は即座に、

「はい、ぜひ教えてください!」

 と言った。すると里美さんはそのジグソーパズルの完成品から一枚だけピースを抜き取り、説明し始めた。

「このパズルがすべてはまってできている絵、これを一人の能力者だとしましょう」

 よくわからない例えに困惑するも、僕はひとまずうなずく。

「そして、一枚だけピースの抜けているこの部分。これがこの能力者の弱点です」

 そういって里美さんは抜き取った一枚のピースを裏返しにして、黒い裏面を見せて地面に置いた。

「桜木さんの能力はつまり、相手の唯一埋まっていない最後のピースだけを奪い取って集めるという行為なんです」

 さらに里美さんは他のジグソーパズルの完成品からもピースを一枚ずつ抜き取った。

「いろいろな相手から最後のピースを集めることで桜木さんは強くなっていくわけですが…」

 その最後のピースたちを地面に集め、形の合うものをはめていく里美さん。

「現状桜木さんはこのくらいしかピースを集められていません」

 里美さんは地面に並べた五つほどのピースを見せた。はめていっても、横の完成品より明らかに小さく貧相だ。

「普通パズルは100ピース以上で構成されているので、桜木さんはまず百人以上の弱点を見つけて初めて一人前の能力者ということになります。実際今桜木さんが持っている能力と言えば、バットをうまく操れることや左手が強いこと、それに止まっている対象にだけ射的できることくらいでしょう。まあ大道芸みたいなものです」

 はっきりと言われてしまい、言葉を失う僕。確かに他の隊員たちの戦いぶりを見てもわかる通り、僕の能力はとびぬけて弱い気がする。

「ですが安心してください。これは能力界の常識なんですが、能力は単純な強い弱いでは測れません。使いこなしにくい能力は極めるととても強力になったり、極めてもそれほど強くない能力は単純な構造で応用がききやすかったりするので、能力は使いようなんです」

 僕の表情を見て里美さんは慰めてくれた。そしてさらに続ける。

「それに桜木さんの能力にはほかにはない可能性があります。今はたったこれだけしかピースを集めていないので弱いですが、もっともっとピースを地道に集めていけばいずれは100ピースを超え200ピースを超え、普通の能力者には到達できない強さにまで至れるかもしれないんです」

 それを聞いて僕はうーんとうなり、口を開く。

「そうですけど…百人も相手にしたらいずれ僕が死んじゃいますよ…」

「そこは心配しないでください。ぶっちゃけてしまえば新人のあなたは結局誰かしらが守ってくれますし、敵兵も隊の誰かしらが倒してくれます。なので桜木さんは敵を倒すこともあまり視野に入れず、今はとにかく敵の弱点を探すことだけに集中していただきたいんです」

 里美さんは真剣に僕の目を見てそう言った。隊員として、そんな自分のためだけに動いていいのだろうかとは思ったが僕は勢いに押されてうなずく。

「わかり…ました」

 ちょうどそのあたりで、洞窟の奥から隊長が歩いてきた。

「おーおつかれ。野営の基本は暗くなったらすぐ寝ることだ。おれらが交代で起きて警備しとくから、お前は寝な」

 いつもの眠そうな目で、本当に一番寝たいのはおれだがな、とでも言いたげに隊長は歩いていき、洞窟を出てすぐのところにある大きな岩を見つめた。

「まあ…これでいいか」

 そういって岩の下方に手を入れ、ひょいと持ち上げる隊長。高さも幅も隊長の四倍ほどあるその岩を片手で持ち上げている隊長は、一切重そうな顔をしていなかった。そして隊長はそのまま少しだけ歩いて洞窟の中に入り、洞窟の入り口をその大きな岩で塞いだ。

「これでよしと。この入り口のとこを交代ばんこに警備な」

 すさまじい腕力を見せた隊長に、僕は再度質問してみる。

「ほんとに、隊長の能力って一体何なんですか?」

「だから教えねーって。考えたらわかるかもよ。あいや、わかんねえなさすがに」

 隊長はそれだけ言って、また洞窟の奥に消えていった。里美さんも僕を見て、

「私たちも教えてもらっていませんから、仕方ないですよ。そもそも能力の戦闘においては自分の能力が何かばれることは命とりですからあまり仲間どうしても教えることはありません」

 と言った。僕は、まあそういうものなのなら仕方ないかと思い言われるままに寝る支度をし始めた。洞窟の中だというのに布団やまくらまで用意されていて至れり尽くせりという感じだったので、僕は歩き回って疲れた足を気持ちよく投げ出し、布団に倒れた。そして仰向けになり、眠りにつきながらふと思った。

 ポンチキって…なんだ?

 ちなみにポンチキとはロシアなど東欧で親しまれているお菓子である。



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