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ラストピース・コレクタ  作者: 去人
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第四話 「思春期にピアス、鮮血とアルコール」

第四話「思春期にピアス、鮮血とアルコール」


「だらだらとくそ長え授業は終わったかよ」

 坂井さんや里美さんが話し終わったころ、今日聞いた誰のものとも違う声が聞こえてきた。振り返ると、若い男が一人部屋に入ってきていた。

「なんでお前そんないっつも不機嫌やねんな。もっと楽しく行こや」

 坂井さんはその男の黒い髪をわしわしとなでる。

「やめろ馬鹿。そもそも俺はこんなよくわかんねえ新人を入れるのに賛成してねえんだよ」

 男はそう言ってこちらをにらんだ。耳にはバチバチとピアスが開いているその男の目は痛いほど鋭かった。正直めちゃくちゃ怖い。

「文句言うなやー。お前と年も近いねんし仲良くできるって。なぁ? お前桜木の一個上とかやったやろ?」

 坂井さんはそう言ったが、正直全くそうは見えなかった。こんなに怖い人が高三だとは到底思えない。しかし先ほどからの大人への反抗的な態度やしゃべり方に見られる若干の痛々しさは思春期らしいと言えば思春期らしかった。

「ふぁぁ…うるさ。反抗期のがきんちょがうるさいから起きちまった。説明とか終わったの?」

 坂井さんらがやいやいと言い合いをしていると、ソファで寝ていた隊長が目を覚ました。

「はい。おおかたの説明は」

 里美さんはすぐに隊長の方を向いて答えた。

「そっか。おっけおっけ。あー…まじでねみぃな。じゃあこっからはあれだな、桜木も連れて他国の刺客退治だな」

 隊長は眠そうに、独特の間でそう言った。そして隊長は続ける。

「あと堂本、お前ちゃんと桜木と仲良くしろ。二人で焼き肉行けるくらいになれよ。一か月以内に」

 黒髪にピアスの怖い男は、堂本と呼ばれた。

「くだらねえこと言ってないでさっさと次の指示を出しやがれ」

 堂本さんは隊長にも牙を剥く。隊長はそれに答え、

「そうだな…。じゃあ刺客撃退班は堂本と西山と桜木にする。おとりの桜木には不死身の西山がついて護衛しろ。あとは…葉月は今日動けるかな?」

 眠い目をこすりつつそう言った。里美さんは答える。

「聞いている限りだと今日葉月さんは私用でこの辺りにいるそうです」

 里美さんがそう言ってマークのついた地図の画面をパソコンでみんなに見せた。

「えっと…その葉月さんっていう人もこの隊のメンバーなんですか?」

 と僕の質問。

「ええ。葉月というのは本名ではなく源氏名なんですが」

「源氏名?」

「ああ、彼ホストなんですよ。源氏名っていうのはホストの芸名みたいなものです」

 突然大人の夜の世界の用語を聞いて僕は少しびっくりした。

「よし、じゃあこの葉月がいるあたりの周辺で刺客が現れるのを待つことにするか。桜木を連れてれば敵兵は間違いなく現れるからな。葉月に参加するように連絡入れといてくれ」

 隊長は少しずつ目が覚めてきたように指示を出した。

「了解です」

 そう言って里美さんはパソコンで何か作業をし始めた。すると西山さんが口を開く。

「堂本と桜木は先に車に乗ってろ。俺もすぐに行く」

 低音のその声に言われるままに僕は部屋を出る。堂本さんも何やら文句を言いながら部屋を後にした。


  ***


 桜木と堂本が去った部屋で、西山が重苦しい面持ちで話し始めた。

「本当に言わないでおくのか。桜木には」

 里美は答える。

「ええ。秘密を守れなさそうなので、堂本さんにも教えないでおきます」

「俺は反対だ。隠し事は団体行動の上で妨げになる」

 きびしい表情の西山。

「いやいや、急に桜木にあんな残酷なこと言えるか? いう方がおかしいって」

 とあわてて言う坂井。

「ただでさえ桜木さんは今日驚くべきことをたくさん聞いたんですから。()()()()を教えるのはもっと後でいいはずです」

「危機に瀕した時、桜木は俺たちに命を預けるしかないんだぞ。俺たちが隠し事をしていていいのか?」

「西山は真面目すぎんねんって。今こんなこと桜木に言ってあいつがパニックなる方がよっぽど危ないと思うで」

 三人が揉めていると、黙っていた隊長が口を開いた。

「今は言うべきじゃねえよ。それに、一つや二つ隠し事があったってチームとしてやっていくのに問題はねえ」

 西山はそれを聞き、不満げに口を閉じて部屋を出ていった。


  ***


「遅くなったな。行くぞ」

 車の中で僕と機嫌の悪い堂本さんが気まずい時間を過ごしていると、西山さんが遅れてやってきて運転席に座った。

「目的地に着いたら堂本は東方面の人気のない場所へ行き手当たり次第能力者兵を殺せ。桜木は俺と西方面で敵兵を迎え撃つ」

「わかりました」

「了解」

 僕と堂本さんは、西山さんの指示に同時に返事をした。…そして、それ以降到着までの三十分間会話は一切なかった。西山さんもよく喋るタイプではないのか黙って運転をしており堂本さんも当然僕に話しかけてこず、死ぬほど気まずかった。

 おおよそ夕日が沈み始めたころ、目的地とされていた閑散とした住宅街に着いたので、堂本さんと僕らは別れた。そして西山さんは僕に何か機械のようなものを手渡した。形状はイヤホンに似ているように見える。

「同時通訳機だ。耳につけろ。敵は外国語で話すから聞き取れた方がいい」

 西山さんは最低限の説明だけを済ませる。第三次大戦後70年は技術が進歩していないと聞いていたが、最新技術もあるところにはあるんだなと思いながら、僕は黙ってそれを装着した。

「僕らはどこに向かえばいいんですか?」

 僕が質問すると、

「より襲われやすそうな建物に入ることで襲わせ、それを俺が撃退すると言うのが定石だ」

 先ほどの里美さんのやり方と全く同じ答えが返ってきた。僕は今のところおとりとしての役割しかないらしい。言われた通り、僕は西山さんを連れて人気のなさそうな建物を探した。

「ここなんかどうでしょう?」

「襲われそうだな。よし入れ」

 自分で自分の襲われやすそうな場所を探すと言う妙な状況に少し口角が上がっていた僕に、笑ってはいられないような事態がすぐに訪れた。ドアを開け建物に入るとそこには、待ちかねていたように外国人の能力者らしき男が立っていた。

「Hello. You must be Sakuragi. I’ve been waiting for you. Who’s the bald guy beside you? Well,okey.」

 男が英語で何かを言った。僕は慌てて耳元の翻訳機の電源を入れる。

「You are lucky. If you're going to die anyway, it's most fun to be killed by me.

(いやーでも君も幸運だね。どうせ死ぬならぼくの能力で死ぬのが一番楽しいもんね)」

 耳元から翻訳された音声が聞こえてきた。いやに鼻につくその声は目の前の外国人の口の動きに合っており、どうやらその男の話す内容の同時通訳で間違いないようだった。

「出鼻から厄介なのに当たった。気を引き締めろ桜木」

 西山さんは小さく舌打ちをした。

  ***

「ああくそ。新人なんて別に死んでも構わねえのに」

 指示通り東方面に向かっていた堂本は、そう独りごちた。ポキポキと指を鳴らしながら能力者の潜んでいそうな場所を探す。少し歩くと、かなり古びた廃墟に近い建物が見えてきた。

「戦闘向きだな」

 堂本は躊躇なくそこへ入っていく。政府からの直接の公認を受けた部隊のメンバーのため、不法侵入などの違法性を考慮する必要はないようだ。実際これから人を殺すわけなので、この程度の犯罪は些事とすら言えた。

 建物に入ると、堂本は適当な場所に座り込んだ。あたりには埃の積もったベッドや枕が散乱していた。

「ラブホだったみてえだな」

 そこでしばらく退屈していると、10分もしないうちに何者かが建物に侵入してきた。入ってきた大柄な男と、堂本の目が合う。

「Are you Sakuragi?」

 大柄な男は短くそう言った。堂本は耳元の翻訳機の電源を入れつつ答える。

「あいにくお前が引いたのは外れくじだ。来世に期待しな」

 堂本が首の骨をボキッと鳴らして、胸ポケットからサバイバルナイフを取り出した。相手の男も身構える。

 直後、刃物が肉を切り裂く音が響く。上がる血飛沫。 …堂本は自分の脇腹にナイフを突き立てていた。

「あぁ、何回やっても痛えな。クソ」

 そう言った堂本の耳元に、翻訳された相手の声が流れ込んだ。

「Ha? Are you a bushi? Is that now a hara-kiri?

(は? お前ブシなのか? 今のがハラキリってやつか?)」

 それには応えず、堂本が床を蹴り相手に飛びかかる。そのスピードは明らかに常人のものではなかった。そのままの勢いで繰り出される飛び蹴り。相手の男はなんとかそれを両手で受け、距離を取る。

 そして男はしゃがみこみ、足元にあった枕を掴んだ。すると枕は一秒ほどで消滅する。

――触れたら枕が消滅した? あいつの能力はなんだ…?

 堂本が考えていると、今度は相手の方から仕掛けてきた。繰り出された左の正拳を堂本が受ける。直後、堂本の全身に激痛が走った。

「ぐっ…」

 思わず声を漏らす堂本。そして皮膚の感覚からすぐに結論に至った。

――電流か…。電流を放つ能力…。しかし能力の法則性はなんだ。発動条件はなんだ。先の物体の消滅はなんだ。考えろ…。

 男は再び堂本と距離を取り、今度は転がったベッドに手を伸ばす。するとベッドもすぐに消滅した。男は続け様に堂本に接近しまたも正拳を繰り出した。再びそれを腕で受け止め、堂本は電流をその身に受けた。だが先ほどとは違い、すぐに回し蹴りを放ち男の鳩尾を抉った。男はうずくまりそうになる体に鞭打ち三度距離を取った。

――連続して電流は放てないと言うことも、何かしら物体を消滅させることで電流を蓄えているらしこともわかった。そして今の電流はさっきよりも強かった。…だいたい能力の概要が見えてきそうだな。

 男は古びた椅子を掴み、消滅させる。そして三度目の突撃。またも堂本は両手で攻撃を受け、電流を浴びる。

――なるほど。今回のは二回目の電撃よりは弱いけど、一回目よりは強い。おそらくだが、消失させたもののサイズによって次に放てる電流の強さが左右されてる。物体と引き換えに電力を得るってとこか。

 堂本はそこまで思い至ると、相手の大柄な男にではなく周囲のベッドやら椅子やらに、容赦なく蹴りや正拳を浴びせ始めた。その破壊力は常人から繰り出されるものとは一線を画していた。みるみるうちに部屋中の家具が粉々になっていく。

――あいつはおそらく、引き換えに消滅させたもののサイズが大きいほど強い電流を放つことができる。だがこうすればもう部屋に大きいものは一つもなくなった。

 すると堂本の狙いどおり、相手の男はうろたえ始めた。

――よしそろそろ()()()だな。

 堂本の能力は『被ったダメージに応じて自身の身体能力が向上する』というもの。その名も『被虐的な(マゾヒスティック)嗜虐者(サディスト)』。

初めにナイフで自分の腹を切ったことで身体能力を最低限戦いに必要なレベルまであげ、さらに三度の電流を喰らった堂本は、筋力や耐性、体力などすべてにおいて常人とは程遠い域に達していた。

「死にな」

 堂本はそう言って床を蹴る。一度目の時とは比べ物にならないスピードで相手に接近する堂本。相手の大柄な男は腹をくくったように歯を食いしばり、()()()()()()()()

――しまった…!

 堂本が自分の失敗に気づく。この部屋にあるすべての「大きいサイズの物」を破壊したはいいが、一つだけ破壊していなかった「大きいサイズの物」があったのだ。相手の大柄な男、彼自身の体である。

 相手の男は自分の能力で自身の胸から下すべてを消滅させ、それと引き換えに残った両手に電力を蓄える。そして、接近してきた堂本に最後の電撃を加えた。

「くはッ...!」

 激痛に、堂本は思わず再び声を漏らした。だが歯を食いしばり、足元に転がる男の上半身に思い切り蹴りを入れた。男は思い切り血を吐いて、ラグビーボールのように転がっていった。

「最期の抵抗にしちゃ結構効いたぜ。だが相手が悪かったな」

 堂本はそう言って座り込む。さすがに、息は上がっていた。


  ***


「はー昼のアフターが夕方までとか聞いてないわー。ボクくらいになると休む暇なんかないよねー」

 閑散とした横浜の住宅街に、似つかわしくない派手な髪型の若者が歩いていた。若者のポケットから、携帯のバイブレーションが響いた。

「ん…なんだろ。お客さんからの電話はこっちにかからないようにしてたはずだけど」

 若者は電話をとる。

『私です。葉月さん、そちらに能力者兵が数人来るかもしれませんので対応をお願いします。至急戦闘が可能な場所に移動してください』

「え? 今から? 今日この後別の同伴もあるんだけど…」

 若者が言い終わらないうちに電話は切れてしまった。

「はぁ…。里美ちゃんいつも最低限の要件しか伝えないからなー。まあ言われちゃったらしょうがないよね」

 葉月と呼ばれたその若者は、今度は別の携帯電話を取り出して誰かに電話をかける。

「もしもし、りなちゃん? 今日同伴の予約入れてくれてたよね。ほんとに悪いんだけど、明日か明後日にできない? いやいや、別の女の子じゃないって。ほんとにほんとに。え?

じゃあ何って…難しいけど…」

 少し溜めて、葉月は続ける。」

「日本、救うんだよね」

 そして葉月は少し笑い、

「いや冗談じゃないってばー。でもほんとにごめんね。一番好きだよ、りなちゃん。またね」

 と言って電話を切った。

「これで指名客減ったら里美ちゃんのせいだからな。里美ちゃんに店来てもらおっと」

 文句を一人で垂れつつ、葉月はひとけのない公園に入った。そこでベンチに座っていると、十五分ほどで外国人の兵士らしき男が公園に入ってきた。

「うわもう来た。どの国も情報係が優秀なんだね」

 葉月がそういうと、相手も口を開く。

「在桜木...它看起来并不像。 那么,就杀了他吧」

「おっと翻訳機つけ忘れてた。危ない危ない」

 耳のあたりの機械をいじりながら立ち上がる葉月。そして相手に話しかける。

「今日はとびきりの良いマシンガン持ってきてるから、あんまり近づくとハチの巣にしちゃうよ」

「嗬,有意思。 你应该试试。(ほう、おもしろい。やってみやがれ)」

 相手の男が挑発するように言ったセリフが、翻訳されて葉月の耳に流れた。すると、背中の後ろに隠していた葉月の手の中に、マシンガンが出現した。

「サイレンサーも付いてるよ」

 葉月がそう付け加えると、少ししてマシンガンの銃口にサイレンサーが出現し装備された。サイレンサーとは銃の発砲音を抑える器具で、これにより住宅地での発砲も可能になる。そして葉月は間髪入れずに公園内でマシンガンの連続射撃を開始した。相手の男は公園内を悠々と走り回りそれをかわす。走るほどに男の足の筋肉は太くなっていくように見えた。すさまじいスピードで走る男を見て葉月は考える。

――ふーん。能力の条件はわかんないけど、とりあえず筋力強化系のなにかしらの能力なのはわかったね。ただの脳筋なら御しやすいなー。

 葉月の能力は『自分のついた嘘を相手が信じた場合、それが真実になる能力』、人呼んで『危険(リスキー)な詐欺師(スウィンダラー)』。

葉月は初めマシンガンなど持っていなかったが、持っているという嘘を相手が信じたためそれが真実になり、マシンガンが出現したのである。サイレンサーも同様だ。

 そして葉月は一度射撃をやめ、マシンガンを相手に向けながら手持ちのカバンをあさる。

「怎么了? 你已经没有弹药了吗? (どうした? もう弾切れか?)」

 薄ら笑いを浮かべ挑発する、相手の中国人。そうしている間に、葉月は鞄の中に一つだけ武器が入っているのを見つけた。職場のホストクラブにも怪しまれずに持っていける、万が一の時のためのチョコレート型手榴弾である。それをおもむろに投げつける葉月。

「それ、爆弾だよ。逃げたほうがいい」

「这是一个炸弹吗? 它是什么? 虚张声势?(これが爆弾? なんだ? はったりか?)」

 疑りながら男はそれに近づいてくる。ちょうどそこで小さな爆発音とともにチョコレート型の爆弾は破裂した。相手の男も少し爆風にあとずさり、砂埃を手で払った。

「嗯,有一些奇怪的炸弹。 但这不痛也不痒。(変な爆弾もあるもんだな。だが痛くもかゆくもねえよ)」

「もちろん今のはほんの余興だよ。でもね、このボクのいるとこの正面の地面、ここには相当強力な地雷を埋めといたから、今日はまっすぐ帰った方がいい」

 葉月は男にそう言った。これは真っ赤な嘘であった。しかし先ほどの嘘くさいチョコレート型の爆弾が本物であった事例を見せた後なら信じられる可能性が高いと葉月は踏んだのだ。

 ただし、葉月の能力には一つ弱点がある。もし、自分のついた嘘を相手が信じなかった場合、その嘘は最悪の形で自分に帰ってくるという条件があるのだ。たとえばこの地雷の嘘。相手がこれを信じた場合は実際に葉月の言った位置に地雷が出現するが、相手がこれを信じなかった場合、葉月にもどこにあるかわからない状態で地雷が出現し、それは往々にして葉月にとってかなり都合の悪い位置に出現することになる。極端な例では、「お前は三秒後死ぬ」という嘘を葉月がついた場合、それを相手が信じなければ三秒後死ぬのは葉月の方になるということだ。葉月はこの多大なリスクを負ってこの能力を使用している。

「哦、地雷…。 (ほう、地雷ね…)」

 相手の男は不敵な笑みを浮かべて少しずつ葉月の方へ近づいてくる。ごくりと固唾を飲み込む葉月。そして男はギリと歯音を鳴らし、葉月の言った範囲の地面に足を踏み込んだ。

 ドゴォッ。

地面から突き上げるような轟音。男の踏んだ地面は爆発し、男は下半身ほぼすべてを失う重傷を負った。

「口では強がってても、頭は僕の嘘信じちゃってたんだね~」

 葉月は嬉しそうに悪い笑みを浮かべた。そして間髪入れずに、男の残った上半身をマシンガンでハチの巣にする。撃たれながらも男は常人よりかなり長く生きながらえたが、やがて動かなくなった。葉月は少し伸びをして、携帯電話を取り出した。

「ああ、もしもし里美ちゃん? とりあえず一人倒したよ。あと何人か行く気だけど。ちょっと派手にやりすぎちゃったから、公園の修復と近隣住民への後始末みたいなの、また政府に頼んどいてねー」

 電話口からは里美の小言が漏れていたが、それらは適当に流して電話を切る葉月。そして、思い出したように別の携帯を取り出して今度は先ほどの女性客に電話をかけた。

「あ、りなちゃん? ごめんねさっき急に同伴断っちゃって。今日はさっきも言った通り、行ってあげられないんだけどさ、そのお詫びっていうか…郵便受けにプレゼント入れておいたんだ。よかったら受け取ってよ。うん。ぜんぜんいいよー。じゃあまた」

 葉月は電話を切り、

「まあ、嘘だけどね」

 と漏らした。


  ***


「出鼻から厄介なのに当たった。気を引き締めろ桜木」

 西山さんの小さい舌打ち。僕らの目の前には、イケメンサッカー選手として軽く人気の出るタイプのイングランド代表のような、端正な顔面の外国人が立っていた。その外国人は軽く手を二回たたく。すると僕の体がピクリとも動かなくなった。隣を目だけ動かしてみてみると、西山さんも動けないようだ。

「うっ、動けないです! 西山さん!」

「落ち着け、まだ大丈夫だ。こいつとは一度、隊長が交戦したことがあるから情報は集まっている。もっとも隊長と戦って生きて帰っている時点で只者ではないがな」

 西山さんは不愉快そうに眉をひそめ、続ける。

「今はあいつも動けないから安心しろ。あいつはイギリス所属の能力兵、ノアだ。能力はかなり特殊で、まずノア自身を含めその場にいる全員の動きを封じるところから始まる」

 西山さんが話しているとノアというらしい外国人が口をはさむ。

「Please don't expose me. (ちょっとー。ネタばれはやめてよ)」

 それには一切耳を貸さずに西山さんは続ける。

「やつが能力を発動すると全員が動けない状態になり、そこで『ゲーム』が開始される。ゲームの内容は毎回様々だがいずれも命がけのものになるらしい。そして毎回やつに有利な条件でゲームが始まるため俺たちが無事に生還するのはかなり難しい」

「そんな…」

 僕が恐怖におののいて息を漏らしたあたりで、建物の中に音声が響き始めた。

『Ladies & Gentlemen. 今日も楽しいゲームの時間がやってきたぜ』

 ノアのそれとも違う、妙な声だった。

「なんなんですか、この声」

「知らん。発動したあいつの能力の一環だろう」

 うろたえる僕らを見て、ノアはにやにやと笑っていた。

『今日のゲームは…かくれんぼだ! 鬼はもちろんノア! あとの二人は逃げ惑いな。鬼に見つかった奴は死亡するぜ! 隠れる側は一時間隠れきるか、鬼に見つからずに鬼の背中にタッチできたら解放されるぜ。ゲーム中は鬼への一切の攻撃は通じないから無駄な暴走はよすんだな! 説明は以上だ! 初めの三分だけはノアの目がふさがっているから、その間に隠れるんだ! ゲームスタート!』

 不気味にハイテンションなその声は、それだけ言うと鳴りやんだ。ノアの目元を見てみると、黒い靄のようなものがかかっていた。

「Wow! I really can't see anything. (おお、ほんとに何も見えない)」

 先ほどの音声の説明が本当なら、早くどこかに隠れなければならない。ひとまず体が動くようになったので、僕と西山さんは建物の中を歩き回り隠れられそうな場所を探した。歩きながら西山さんは小声で言う。

「見つかったら死亡と言っていたが、見つかるの定義が曖昧なうえ、どのように死ぬのかも不明だ。まずはこのゲームとやらのルールを詳しく掴みたい」

 そして西山さんは鞄から刃渡り30cmほどの大きなナイフを取り出した。

「これで俺の腕を切れ桜木。一人ではやりにくい」

「え、どうしてそんなことを?」

「切った腕を見える位置に置いておいて、それが見つかった場合、ゲーム上俺が見つかった判定になるのか、俺が死ぬのか、その腕はどうなるのかという事を確認しておきたい」

「でも、それで見つかった判定になって西山さんが死んじゃったらどうするんです」

「俺は不死身だから大丈夫だ。早く切れ。腕もすぐに再生する」

 抵抗はすさまじくあったが、今この状況下で生き残るための最善策だと信じて、僕はナイフをとった。恐ろしくてつぶりそうになる目を何とか開きながら、思い切って西山さんの腕に振り下ろす。血しぶきが上がり、ナイフは腕の真ん中で止まった。

「あ、す、すみません、ほ、骨が…」

「下手だな。まあいい、あとはやる」

 西山さんが自分の腕に刺さったナイフをもう片方の腕で押し込み、慣れた様子で腕を切り落とした。傷口からはすぐに再生が始まり、三秒ほどで新しい腕に生え変わる。

「痛く…ないんですか?」

「痛いに決まってるだろ」

 平然とそう言った西山さんに僕は何と言っていいのかわからなかった。僕が黙っていると西山さんは切り落とした自分の腕を持って歩き始めた。

「もう少しで三分経つ。俺はあそこの見えそうな場所に腕を置いてくるからお前はこれがどうなったか確認できる位置に隠れておけ。俺はお前の安否が確認できる位置で待機する」

 あそこの、といって西山さんは切り落とした方の腕で場所を指し示したが、それはちょっとした冗談なのか何なのかよくわからなかったので僕は神妙な面持ちでうなずいた。

 それから五分ほどたって、僕が近くにあった段ボールの中で小さな穴ごしに、その放置された西山さんの腕を監視していると、近づいてくるノアの足音が聞こえてきた。音のする方に目をやると、あたりを見渡し僕らを探すノアの姿が見えた。恐ろしくなって僕は目をそらす。これで目が合おうものなら即死亡だなんて怖すぎる。

「Where are you? Come out. (どこにいるのー? 出てきなよー)」

 心底楽しそうなノアの声が聞こえてくる。そして、不意にノアは振り返る。

「I found it! (みーっけ!)」

 ノアが、物陰からはみ出した、西山さんの切り取った腕を見つけたようだ。その瞬間、西山さんの腕がジュワッと音を立てて蒸発した。僕は小さく悲鳴を上げそうになり、口を押えた。ただ、よく見ると物陰に隠れていてノアの視界に入らなかった腕の上部は蒸発せずに残っていた。ノアはすぐに物陰に回り込みむと、

「What's that, a slice of arm? Where's the body? 

(なんだ、腕の切れはしか。本体はどこにいるんだろ?)」

と言い、残った腕の上部を見つけてがっかりした表情を見せた。そして腕の上部もノアに目視されたためすぐに蒸発した。

「One hour. That's quite a long time. (一時間か。結構長いなー)」

 ノアは何やらぶつぶつと言いながら下の階へ降りて行った。そしてそれから三分ほど待って、慎重に西山さんが姿を現し、僕の隠れている段ボールの近くまでやってきた。

「腕は消えたが俺は無事だ。今の腕が消えるところ見たか?」

「はい。見ました。僕の目が確かなら…」

 僕は少し溜めて、続ける。

「ノアに()()()()()()()()()()()消えて行っていたように見えました」

「本当か」

「はい。そもそも腕全体が消え終わるのも一瞬のうちだったので確証はありませんが、たしかに目視された左側の部分から先に消えていったはずです」

 それを聞き、西山さんは少し考えるそぶりを見せる。そして僕に告げた。

「こういう作戦でいく」


  ***


「Hmmm. It's surprisingly difficult to find. I think I saw this floor earlier.

(うーん。探すの意外と難しいな。この階はさっきも見たような気がするんだけど…)」

 ノアが再び僕らのいる階に姿を現した。『ゲーム』開始から30分ほどたちだんだん飽きてきたような表情のノア。そこに、突如銃声が響く。それも連続して絶え間なく。そして両手にサブマシンガンを持った西山さんが物陰から飛び出し、銃口はノアの方向に向けて撃ち続けながら前傾姿勢でノアに向かって走っていった。

「he said that during the game you cannot attack. Have you become desperate?

(だからゲーム中は効かないってば。自暴自棄?)」

 ノアのあきれた表情。そうしている間にもノアに目視されて西山さんの体は表面からみるみる蒸発していっていた。しかし撃つ手は止めない。

「You make it look that way, but you're actually approaching me from behind!

(…と、見せかけて、後ろでしょ!)」

 ノアはそう叫んで俊敏に後ろを振り返る。が、しかし誰もいない。

「What? (なっ…)」

 ノアがうろたえた瞬間僕は物陰から、切り落とした西山さんの脚をノアに投げつけた。

さきほど、切り落とした西山さんの腕がノアに見つかった際蒸発したことから、切り落とした腕もただのモノではなく『ゲーム』の参加者として認めれられていたことが分かった。ただのモノならばノアに目視されても蒸発することはないのだ。つまり切り落とした手でも脚でも、ノアの背中に当てることができればさっきのルール説明の中にあった「背中にタッチ」をしたものとして認められるはずなのだ。そして目視されてもすぐに死亡というわけではなく見られた面から徐々に蒸発していくのであれば西山さんはおとりとして再生能力を生かすことも可能だ。見られた部分は蒸発していくがそれに拮抗して身体の再生もジュワジュワと蒸気を放ちながら行われているのだ。そういう理屈のもと、新たに西山さんの脚を切り落とさせてもらい、練られた作戦がこれであった。

宙を舞う脚は美しく放物線を描き、ノアの背中に命中した。

『ゲームセット!』

 さきほどのルール説明を行っていた、不気味で威勢のいい声が建物に響いた。直後、僕と西山さんはさっきまでいた建物とは明らかに違う、道路の真ん中に瞬間移動していた。

「え? 何が起きたんですか? ここは…?」

 僕が焦っていると、徐々に再生の完了しつつある西山さんが蒸気を放ちながら答えた

「瞬間移動くらいでうろたえるな。さっきの説明では、一時間逃げ切るか背中に触れられれば『解放される』と表現されていたが、これがその解放なんだろう。ノアとかなり離れた場所まで転送されたんだろうな」

 西山さんの話を聞きながら僕はあたりを見渡し、気づく。

「ここ、横浜駅ですね」

 駅前に銃を持って再生しているスキンヘッドの男がいれば大騒ぎになるところだったが、幸い辺りはすっかり暗くなっていて、再生もすぐに終わったので大事には至らなかった。

「駅前でこれだけ人がいればさすがにもう襲われないですよね」

 大勢の人を見て安心し一息つく僕に、西山さんは冷たく、

「これは国家間の争いだからな。目撃証言の改竄もたやすいことだ。人混みの中で襲われても何ら不思議ではないぞ」

 と言い放った。それを聞くと、繁華な街中が突然温度を失ったように思えた。言い終えたあたりで携帯電話が鳴り、西山さんはそれをとった。

增浩然(ヅァン・ハオラン)が日本に来ているとの情報が入りました』

 電話口からは淡々とした里美さんの声が響いた。

「なに、增が…能力の相性から見て俺が行くしかない。誰か桜木を見てやっておけるやつはいないか」

『葉月さんや堂本さんにも言っておきますが…おそらく手は空いてないでしょうね。こちらからもできる限り手の空いている人員を送れるよう努めます』

「感謝する。增のおおよその位置予想を送ってくれ」

 そう言って西山さんは電話を切り、こちらを向いた

「俺は增という中国の能力者を迎え撃ちにいかなければならん。お前は少しの間ここにいてくれ。すぐに横浜支部の者が誰かしらお前を保護しに来てくれるはずだ」

 ここに一人取り残されそうな流れになってきて僕は焦る。

「えっ! いや、敵はみんな僕を狙ってきているんですよね? 僕を一人にしたら絶対いけないんじゃ…」

「もちろんそれはそうだが、增は本当にまずい。中国でもトップクラスの能力者だ。たった()()で軍事基地をいくつも壊滅させている男だ。一人でというのは妙な言い方だが…」

 西山さんは何かを言いかけたがそこで口を止め、要点だけ言い直す。

「なんにせよ、お前がここで一人でいて襲われるリスクよりも、俺といっしょに来て增と交戦するリスクの方が格段に大きい」

「置いてかないでください! お願いです! ほんとに! 怖いんです!」

僕は必死で食い下がる。すると、西山さんは困ったような顔をして少し黙り、やがて無言で僕に手を伸ばした。そして、困ったような顔のまま僕の頭を撫でた。

「うん…まあ、怖いのはわかるが。その…食いしばってくれ、歯とか、その、うん」

 西山さんは恥ずかしげな顔で歯切れ悪くそう言い、手を引っ込めた。怯えている僕をなんとか元気づけようとしてのことなのだろうか。下手すぎて全然伝わらなかったが、それを見て僕も少し心は落ち着いた。ビビってごねていても仕方がないか。

「…はい。わかりました」

 僕がそう言ったのを聞いて、西山さんは別の方向へ歩き始めた。そして一度振り返り、

「もし襲われたら、必死で抗戦し続けろ。逃走は能力者相手には無意味な場合が多い」

 と言い残した。僕は拳を握り締め、深く頷いた。


  ***


「很高兴见到你,你是一个日本的通灵者。 (はじめまして、日本の能力者の方ですね)」

 西山が移動を開始してから四十分後、シャッター街と化した暗い商店街で增と西山は遭遇した。

「お前には日本から出て行ってもらう」

 そう言うや否や、西山は背中の鞄からサブマシンガンを二丁取り出し連射を開始する。しかしサブマシンガンがカバンから出るよりも先に增は自分で自分の五本の指を一気にナイフで切り落とした。床に転がる指、そして滴る血。直後、浴びせられた西山の連射に增の体は穴だらけにされた。增は動かなくなったが、床に落ちていた指はブクブクと泡をたてて再生し始め、みるみるうちに人の形になっていった。気づけば、西山の前には五人の增が立っていた。

――切った自身の肉片から増殖…情報通りだ。

 西山が何か考え始めた時、增の一人が口を開いた。

「让我们来看看 "ニ号行动" (作戦二でいきましょうか)」

 それを聞くと、()()()のうち三人はどこかへ走っていき物陰に隠れ、残りの二人は西山に殴りかかった。

――マシンガンを持った男に素手で殴りかかる…普通の人間にはない発想だが、いくらでも増殖できる增は自分を捨て駒にすることができるわけか。この二人の增は自分が死ぬことは前提で、隠れた三人の增のため時間を稼ぎにきている。

 『個人』の概念がなく、目的のために自分の命をもあっさりとなげだす增たちの合理的な戦い方にすこしゾッとする西山。そしてこの至近距離ではマシンガンは不利と考え、二丁を迅速にカバンにしまう。

――こいつら相手にナイフで応戦すれば、切れた肉片から増殖されてしまう。ならば素手で戦うしかないか。

 增の片方の右フックが飛ぶ。西山はそれを前傾姿勢でかわして、その增の腰元にタックルをかまし足を絡めてテイクダウンする。その西山の後頭部を背後から狙うもう片方の增。しかし西山はそれを見越していたように素早く振り返り、立ち上がりざまに右ストレートを放った。

 顔面に西山の拳を受け、後ずさる增。その隙に西山は倒れている方の增の顔面を踏みつける。そしてもう一度その顔面を踏み、その勢いで後ずさっていた背後の增の側頭部に回し蹴りをくらわせた。一瞬意識を失い增が真横に倒れる。そこに西山は容赦なく追撃に出た。

 しかしそれよりも速く增は、倒れたまま自分の小指を噛みちぎり道端に吐き出す。そしてその直後西山の追撃を顔面に受けて絶命した。しかし增の命は途切れない。道端に吐かれた一本の小指から新たに一人の增が生成される。

「你很坚强,不是吗? (いやあ、お強いですねあなたも)」

 たった今生成された增が薄っぺらい笑顔でそう言った直後、西山は袖元に装備していたデリンジャーを抜きその增の頭を撃ち抜いた。增は薄っぺらい笑顔のまま頭部から血を流して倒れる。

――ひとまず目の前のは全員殺した。切られたりして肉片が出た場合は再生し増殖するが、撲殺や銃殺の場合は再生しない。つまり不死身というわけではなさそうだな。

 西山が一息ついていると、先程三人の增たちが隠れた方からゾロゾロと增の集団が姿を現した。

――さっきの二人が時間稼ぎをしている間に自分らで自分を切り刻んで増殖していやがったか。

 その数は100人以上いるように見えた。そして今もなお、自分で自分の指を食いちぎったり隣の增の肉を噛みちぎったりして増え続けているようだった。そのうちの一人が言う。

「让我告诉你,需要有绝大多数的普通人来打败一个英雄。

 (一人の英雄を倒すのは、圧倒的な数の凡人であると言うことを教えてあげましょう)」

 その100人全員の顔に張り付いた嘘くさい笑顔は、言いようもなく不気味だった。


  ***


 西山さんが去ってから二十分ほどすぎた時点で、僕はすでに何者かに襲われていた。銃声もなく放たれる銃弾。西山さんの言っていた通り、公衆の面前だろうが構わず襲ってくるようだった。おそらくサイレンサー? という銃声を抑える装置がつけられた銃でこちらを狙っているのであろう。まるで銃声が聞こえない。しかし僕の周囲で物がはじけたり近くの壁に銃跡がついたりと、狙撃されているには明らかだった。

「はぁっ…はぁ…」

 必死で逃げ回っていると、ほとんど人のいない建物の立ち並ぶエリアに入ってしまった。そこから今僕の逃げてきた道を振り返ると、ゆっくりと僕に近づいてくる外国人が見えた。その外国人は、持っていた銃をナイフに持ち替えて遠くの方で構えたように見える。そして次の瞬間、その男は姿を消した。直後嫌な予感と気配を僕の背中が一身に浴びる。その直感に突き動かされるままに僕はしゃがみ込む。と同時に僕の頭から数ミリ上のあたりをナイフが掠めた。しゃがんだまま後ろを振り返ると、外国人の男がナイフを持って僕のすぐ背後に立っていた。

 瞬間移動してきたのか? こいつの能力はなんだ? 考えているとすぐに男は第二撃を放つべくナイフを振りあげた。その時僕の頭に西山さんがさっき言っていた言葉が反響する。

『もし襲われたら、必死で抗戦し続けろ。逃走は能力者相手には無意味な場合が多い』

 そうだ。西山さんがそう言うのだから、根性論抜きに合理的に考えて、抗戦することの方が生き残れる可能性が高いんだ。逃げてばかりではいけない。僕は立ち上がりざまに、強化されている左手で外国人の股間を思い切り殴った。

「Ай! (ぐぁッ!)」

 男は小さく悲鳴をあげてうずくまる。股間への攻撃とは一見間抜けに聞こえるが、実際に手早く最小限の力で攻撃するにはかなり効果的な手段である。僕は男が痛がって落としたナイフを素早く拾い上げ、来た道を引き返して走る。先程までの逃走とは違い、僕は相手を倒す糸口を考えながら走っていた。

 あいつの能力はなんなんだ? 瞬間移動ができるならさっさと僕の背後に回って殺せばよかったものを、狙撃なんてしていた理由はなんだ? そして今になって瞬間移動で背後をとってきたのはなんだ? さっきまでは瞬間移動ができなかった? そして今だけは条件が整っていた? この逃げている間は瞬間移動で追いかけてこないのは何故だ? 今は痛みで動けないだけか?

 さまざまなことを考えながら辺りを見渡す。すると、さっきの瞬間移動を使われた時と今との明らかな違いが浮かび上がった。

 人混み…! この横浜駅周辺は常に人で溢れているが、さっき背後を瞬間移動でとられたときは人のいないエリアに入っていた。一般人に能力を見られるのを恐れたのか? そこまで考えた時に再び先ほどの西山さんの台詞が頭に蘇る。

『これは国家間の争いだからな。目撃証言の改竄もたやすいことだ。人混みの中で襲われても何ら不思議ではないぞ』

 西山さんの言うことが正しければ、相手も人混みの中で瞬間移動を使うことを恐れはしないはずだ。実際、サイレンサーをつけていたとはいえ銃は一般人に構わずぶっ放していた。目撃証言を改竄して証拠を消すことははなから計算の内なのだろう。そうなると瞬間移動だけは人混みで使わなかったことが不可解だ。そこに能力の弱点があるのか? 人に見られていないところでしか瞬間移動ができない? いやそれはない。あいつが瞬間移動するところを僕だけはしっかりと目視していた。

 長い思考を走りながら組み立てていき、僕は仮の結論を出した。

 『非能力者が近くにいないところでしか瞬間移動できない』と言う弱点がある…?

 パチッ

 僕の脳内で、本日四度目の「あの音」を聞いた。ジクソーパズルの最後のピースをはめた時の音に酷似したあの音だ。つまり、これは僕の能力が発動したことの証。僕の結論は正解だったことになる。少ない情報で仮の結論を出すことしかできなかったが、自分の能力のおかげで裏付けが取れた。

 そうなると今僕は、例によって新たに能力を身につけたことになる。さっき見つけた弱点の真逆の長所、だとすると『非能力者が近くにいるところでのみ瞬間移動ができる能力』と言うことになるだろうか。

 今朝の左手の違和感に近い感覚が、体全体に微弱に感じられた。よし、能力を試してみるか。さっきの敵の外国人とは十分に距離をとれたはずなので、一度人混みの中で足を止めてみた。周囲は十分人で満たされている。理論上、この人まみれの空間の中では瞬間移動ができるはずなのだ。瞬間移動なんてどうやってやるのかわかったものではないが、里美さんの説明通り能力が脳内の意識に起因するものなのであれば、必死で念じれば瞬間移動もできるんじゃないだろうか。そう思い僕は少し離れた別の人混みを凝視して、念じてみる。

 あそこに瞬間移動させてくれ!

 すぐに、視界が切り替わった。人まみれで自分がどこにいるかすぐにはわからなかったが、周囲のビルや街路樹の配置を見て確信した。今僕が念じて凝視していた場所に間違いない。僕は瞬間移動をやってのけたのだ。

 ゾクリと鳥肌が立つ。あまりに有り得ない出来事への慄き、それと高揚感が僕を包んだ。しかし浮かれている場合ではない。状況を整理しなくてはならない。ひとまず僕は非能力者が近くにいるところでのみ瞬間移動ができるようになった。能力者同士の戦いにおいては使える場面は多くないかもしれないが、少なくとも今のようなフィールドでは有利に戦えるはずだ。このまま人混みから人混みへ瞬間移動を続けて逃げてもいいが、相手も瞬間移動能力者だ、逃げ切れるとも限らない。となれば、僕が瞬間移動できるようになったとは知られていない今のうちにあいつを仕留める方が僕が生き残れる確率が高いんじゃないだろうか。

 考えながら、僕は人混みの中で一段高くなっているコンクリートの台に登って辺りを見渡した。するとさっき僕がナイフで襲われた、ひとけのない建物の並ぶエリアが遠くにうっすら見えた。そしてその建物のうちの一つ、廃墟のようになっている小さめのビルの七階あたりの窓のなかにキラッと光るなにかが見える。凝視していると、同じ窓からチラチラと何かが光るのが数回見えた。

 その時僕はあるフィンランドの偉人の話を思い出した。昔フィンランドで一番の腕利きのスナイパーだったその偉人は、遠くから人を狙撃するときスコープを使わなかったらしい。スコープのレンズは反射でキラキラと光ることがあるため、戦場において敵に位置を悟られてしまうからだそうだ。たしかシモ・ヘイヘと言う名だったその偉人は、実際敵のスコープの反射から敵の位置を割り出し狙撃に成功したこともあったらしい。

 今僕に見えているこの光はスコープの反射なんじゃないだろうか。普通反射するのは日光だと聞くし今は夜なので反射しないはずだが、ここはかなりの都会で夜でも街灯はさんさんと輝いていた。もしスコープの反射で合っているのならば、敵はあのビルのあの部屋にいることになる。そして人混みの中にいる僕を探しているに違いない。見つけ次第さっきのように狙撃して一般人のいないエリアまで誘い込み、瞬間移動で仕留めるつもりなんだ。

 僕はそれに気づいて、見つからないように身を隠しつつそのビルの様子をうかがっていた。すると、ビルの中に新たに入っていく人陰が見える。よく見ると小さい子供がテコテコと歩き、遊び半分でビルに侵入してしまったようだ。

 少年! そのビルは危ない! 僕は心の中で叫ぶ。しかしこのハプニングはおそらく僕にとってチャンスだった。あの子供は、隠れた実力者か何かでない限りおそらくただの一般人で非能力者。となると、僕は非能力者のいるところへは瞬間移動ができるため、あの子供のお陰でそのビルに瞬間移動で侵入できることになるのだ。やってみなくてはわからないがもしそうなら事は大きく動く。

 ひとまず僕はそのビルの一階あたりを強く睨んで、念じる。あそこへ瞬間移動させてくれ!

 すると先程同様、一瞬にして視界が切り変わった。目の前にはさっきまでのような人混みはなく、かわりに暗くなった廃墟ビルと一人の子供がいるだけだった。やはりこの非能力者の一般人少年がいるおかげで瞬間移動ができたんだろう。

「うわあっ、お兄さん今どこから出てきたの?」

 驚く少年に、僕はナイフを胸ポケットに隠し、指を唇に当てて小声で話す。

「しーっ。ここは危ないから大きい声を出しちゃダメだよ」

 ここには危険な銃を持った外国の兵士がいるから早く出ていかなきゃだめだよ。本来はそう告げるべきだった。しかし僕はこの子の力を借りて敵を打ち倒す方法を思いついてしまったのだ。少しの間この子には協力してもらうことにしよう。そしてあとで里美さんに頼んで国から多額の謝礼を出してもらおう。僕は勝手にそう決めて少年に話をする。

「お兄ちゃんはね、このビルをちょっと探検しないといけないんだけど、お手伝いしてくれるかな?」

「たんけんっ!? 楽しそう! ぼく手伝いたい!」 

 少年の曇りなき眼は僕に罪悪感を募らせたが、生き残るためにグッと堪えて少年の手を引く。そして当たり障りのない嘘の設定を少年に小声で伝えながらビルの階段を登ってゆき、六階についた。さきほど敵兵のスコープらしきものが見えた階の、一つ下の階だ。

「君はちょっとの間ここで座っててね。いい子に座っててくれたら、お兄ちゃんがすごいマジック見せてあげるから」

「うん!」

 僕と少年は小声で話した。

 ところで、僕のさっき得た能力である『非能力者が近くにいるところでのみ瞬間移動できる能力』においての「近く」の定義については一考に値すると僕は考える。先ほどの二度の試行からこの「近く」を「半径5m」だと仮定した場合、その範囲は平面的な意味でだけではなく空中5mの範囲をも指し示しうるのではないだろうか。つまり僕は、この少年のいる場所の周囲5m圏内を瞬間移動できるというだけではなく、この少年との距離が5m以内であれば上階への瞬間移動もできるのではないかということだ。実際にそれができるかどうかはぶっつけ本番になってしまうが仕方がない。

 一つ上の階では先ほどの敵兵が窓から外の様子を窺っているはずなので、うまく瞬間移動ができれば、窓の外に気を取られている敵を背後から刺し殺すことができるはずなのだ。先ほど奪ったこのナイフで。

「じゃあマジック見せてあげるから、びっくりしても絶対おっきい声出しちゃダメだよ」

 僕は少年にそういい、天井を見つめる。そして念じる。理論上できるはずだ、瞬間移動させてくれ!

 切り替わる視界。目線を天井から下ろすと、少年はおらずさっき僕のいた階とは違う階にいることがわかった。そして窓際を見ると大きな銃を構えて外を眺める先ほどの敵兵の姿が見えた。成功だ。実際スコープの反射が見間違いだったかも知れず自信はなかったが、うまくいってよかった。だが問題はここからだ。あいつにバレずに背後まで近づきナイフで確実に殺さなければならない。そんなことが可能だろうか。いややるしかない。

 僕は自問自答を繰り返しながら少しずつ窓際の男に接近していく。そしてその距離はおよそ2mというところまで来た。ここからはもうナイフを前方に伸ばして突進するしかない。思い切り勢いで体を貫くのだ。ドラマでよく犯人がやるあの殺し方、それしかない。

 しかしここに来て、手が震え始めた。それも道理だ。今から僕は人を殺すんだから。数時間前に駐車場で外国人を一人既に殺してしまっていたことも思い出された。あの時は顔も見えない状態だったけど、今はこの手で僕が殺すんだ。そう考えると、さっき頼まれて西山さんの手を切り落とした時の感触が蘇ってきた。あれが人体を壊す感触。思い出してさらに手が震える。本当に殺せるのか? 僕に。だが殺らなければ殺られるのだ。やるしかない。

 僕は自分に鞭打ち、走り出した。

「Эй!! (おい!)」

 突然、窓際の男が大声で叫んだ。足音で背後にいる誰かの存在に気づいたのかもしれない。その時もう心の怯えきっていた僕は、その咆哮に気圧されて一瞬足を止めてしまった。その一瞬が命取りだったのだ。

 敵兵の男は即座にこちらへ振り返り、ナイフを持った僕の手を手首から捻り落とし、ナイフを奪い取った。そして左手で僕の顔面を殴り、右手でナイフを振り上げた。

 殴られた鼻に走る名状し難い痛み。鼻から顔中の神経を麻痺させるような感覚が走って、考えることができなくなった。もう終わりだ。僕の脳内はそんな言葉で満たされた。その時だった。

 いつのまにか敵兵のすぐ隣にもう一人別の男が立っていた。その男は数時間前アジトで見た、隊長と呼ばれる人物であった。隊長は敵兵がナイフを振り下ろすよりも早く敵兵の顔に平手打ちを喰らわす。その衝撃で敵兵の首はいとも容易くちぎれ、あらぬ方向へ吹き飛んでいった。さっきまで敵兵であったその胴体は、首を失って前に倒れる。他方生首は部屋の奥の方へごろごろと転がっていた。

「まーじで危なかったな桜木」

 隊長は手をひらひらさせて付いた血をはらいながらそう言った。

「あっ…えっ、あ、ありがとうございます」

 突然の出来事に僕は困惑する。隊長はどこから現れた? 瞬間移動ともまた違ったように思える。ただ歩いてきただけのような自然体な雰囲気が感じられる出現だった。そしてどうやって敵兵を倒した? 単なる平手打ちに見えたが人の首をはねるほどの力があったようだ。全く意味がわからないが、ひとまず助かったようだということだけはわかった。

「じゃ、あんまここ長居できねえから。あとは誰かしらに迎えにきてもらってくれな」

 隊長はそう言って倒れた死体を担ぐと、混乱している僕を置いて突然いなくなった。あまりに訳がわからなくて夢を見ているかのようだったが、鼻の痛みと床についた敵兵の血が有無をいわせず僕に現実味を突きつけて来ていた。


  ***


「俺は英雄じゃない。ただの軍人だ」

 シンとしたシャッター街に西山の声が響いた。あたりには一面におびただしい数の增の死体が転がっている。西山の方も、体の傷は全て再生していたが、攻撃を受けた衣服はもはや原型を止めてはおらず、ボロ切れのようになっていた。戦いながらも増え続けその数は500は超えているであろう增たちの死体の中、最後に生き残った一人の增が瀕死の状態で口を開いた。

「即使我们消灭了这里所有的 "我"......在中国大陆还有很多 "我"。

 (ここにいる『私』を…全滅させても…本土には…さらに多くの『私』がいます)」

 四肢が全てあり得ない方向に曲がり、胸部にも多数の銃弾を受けていたその增は、なおも薄っぺらく小気味悪い笑顔はたやさず続けた。

「我已经记住了你的脸。 我的记忆是我们之间共享的。 

 (あなたの顔覚えましたよ。記憶は『私』たちの間で共有されていますので悪しからず)」

 西山はそこまで聞くと残りの銃弾をその增の頭に打ち込んだ。まもなくして增は絶命する。ギリと歯軋りをする西山。眉間には皺が濃く浮き出ていた。

「俺はこの先何人殺し、何度死ななければならないんだ…」

 西山の小さなつぶやきは、死体まみれのシャッター街に虚しくこもった。


  ***


「すまない桜木。遅くなった」

 僕が隊長に助けられてから三十分ほど経ち、アジトから乗って来た黒い乗用車で西山さんが僕の元へ迎えに来てくれた。運転席から降りた西山さんが僕の元へ近づいてくる。

「だれ? お兄ちゃんの手下?」

 先程協力してくれた少年はまだ僕にテコテコとついて来ていた。

「…うん、そうだよー。僕を迎えに来てくれたんだ。だから僕もう行かなくちゃ。君も早くお母さんとお父さんの元に帰らないとね」

「お母さんたちまだお買い物時間かかるって言ってたもん。もうちょっと遊んでよー」

 少年は駄々をこねる。僕は小声で西山さんに状況を説明する。

「色々あって、この少年に協力してもらったので政府から謝礼を送ってもらいたいんですが可能ですか」

 それを聞いて西山さんはスマートフォンを取り出し、少年の写真を撮った。

「軍の技術を使えば写真からこの子の家を割り出せる。その住所に国から何かしらの名目で謝礼を送ることにしよう」

「ありがとうございます!」

 僕は少年の方を振り返り、

「今日はお手伝いしてくれてありがとうね。君のおかげで日本を守れたよ」

 と言った。実際は少年の協力を持ってしても僕は死にかけたし隊長がいなければ僕はただ少年を危険な目に晒しただけのダメ人間だったが、それらしいことを言って少年には喜んでもらいたかったのだ。

 その後少年は数分ごねていたが、西山さんが車からなけなしのお菓子を取り出してプレゼントしたところニコニコしてショッピングモールの方へ帰ってくれた。それを見届け僕は車に乗り込む。車内には堂本さんの他に、一人知らない男も座っていた。ウェーブのかかった金髪の、チャラチャラとした青年だった。彼が里美さんに言っていた葉月さんというホストだろうか。

「君が桜木くんかー。可愛い顔してるじゃん。うちの店で働かない?」

 助手席の葉月さんは僕に話しかけて来た。運転席から西山さんが彼を睨む。堂本さんの舌打ちの聞こえた。この人めちゃくちゃ嫌われてるのか? 葉月さんは左右を見回し、

「ひどいよねこの人たち! てかこのメンツで、行きの車とか気まずくなかった?」

 ペラペラと喋り続ける。僕は、賑やかなのはいいことだと思ったが後の二人はイラついているようだった。

 それから十五分ほど経って、あまりに二人からのレスポンスがないため葉月さんも不満そうに黙ってスマホをいじり始めた。静かになった車内では自然と今日一日の出来事が思い返された。そして、駐車場で助けてもらった時に死んだ五人の中国人や、坂井さんが殴り殺して首の変な方向に曲がった男、さっき隊長が殺した男の生首などショッキングなシーンが蘇り気分が悪くなった。

「おぇ…」

 僕はすこしえずき、運転席の西山さんにこんなことを聞いてみた。

「能力者は…死ぬと、どうなるんですか?」

「何が聞きたいんだ」

 要領を得ない僕の質問に西山さんは眉をひそめる。

「あ、いえ。天国とか地獄とかそう言う話ではないんですが…今日坂井さんが倒した敵の兵士は、何もないところから鈍器を生成する能力を持っていました。彼は死んだんですが…鈍器は残っていたんです。能力の影響は死後も残るんですか?」

 僕がそう付け加えた。

「そういう質問か」

 本当はこう言うことが聞きたかったと言うよりは、今日数人の死を傍観していた僕に何か慰めになるような言葉を聞きたかったのだと思う。しかし多分それは無意味な問いかけになるので、僕は西山さんが続ける説明を静聴した。

「能力によりもちろん差はあるが…例えば中国には任意の対象を石化させる能力者がいた。そいつが死ぬと、今まで石化させられた者たちはみな石化から解放され人間に戻ったらしい」

 これは、少しファンタジックで素敵な話のように聞こえた。

「だが、石化していた者たちはその間呼吸も食事もできていなかったため元に戻っても皆すでに死亡していたそうだ」

 突然挟まれたリアリティが話のファンタジー性を破壊した。残酷な話だ。

「他にも、もう少し複雑なドイツの能力者の例がある。ドイツには…当時はアーヘン共和国という名だったが、任意の対象の記憶を改竄する能力者がいた。改竄するだけではなく、植え付けた偽の記憶と矛盾する事実は、対象の視界に入らないようにするという効果まで付いていた。視界のみならず五感全てにおいて、偽の記憶と矛盾する事実は認識できなくなると言う効果だ」

「す、すごい能力ですね。さすが能力開発のパイオニア国だ」

 今日聞いたばかりの情報で相槌を打ってみる僕。

「その能力の場合は、能力者が死んでも記憶を改竄された被害者の記憶は戻らなかったそうだ。だが能力と矛盾する事実について、聴覚でのみ認識できるようになったらしい」

「聴覚だけで、ですか。他の五感では認識できないままなんですね」

「ああ、だが聴覚でその事実を一度知ってしまえば、それ以降はほかの五感でも認識できるようになったらしい。とまあ、こういう複雑な例もある。能力者の死後能力の影響がどうなるかは本当に個々にまちまちだ」

 何気なく聞いた質問だったが興味深い話が聞けた。僕は質問を続けてみる。

「西山さんは…本当に死なないんですか? なにを、やっても」

 すると西山さんは少し考えて、答えた。

「そうだな…実際老化も緩やかになって来ているし、死ぬ気はしないな。だが、これは俺に限ったことではないが能力のエネルギー源は添臓にあるから、俺も添臓が破壊されれば再生できないだろうな」

「あ、そうか。じゃあ僕も一番戦いで守らなきゃいけないのは添臓ってことになりますね」

「そうだが…実際のところ添臓の位置には個人差があることが多いから添臓を狙い撃ちされるということはまあないだろう。腹部に大穴を開けられればどのみち死ぬしな」

 話しているうちに、最初の頃より西山さんの話し方がフランクになって来ているような気がする。ほんの少しだけだが、なんとなくそれは嬉しかった。


  ***


「えー…では、桜木の生還と刺客の撃退を祝って、乾杯!」

 時刻は午後の八時頃。アジトのリビングルームで隊長が音頭を取り、杯が交わされた。未成年の僕と堂本さんは烏龍茶を持たされていた。

「あ、あの…時間が遅いので親に連絡しないと」

 僕が少し焦っていると、坂井さんが強引に僕の肩を取り、

「大丈夫や大丈夫! こっちは国家権力ついてるから親への言い訳なんか後でどうにでもなるわ。それよりほら、寿司頼んだったぞ! 食え食え」

 と言って寿司の並んだテーブルの元へ僕を押しやった。本当に僕の言った通りの寿司を頼んだんだ、これでもしホルモンとか頼んでたら恐ろしかったな、と思う。色々グロテスクなシーンを見た今の状態でホルモンは食べられなかっただろう。

「もう日本に僕を殺しに来ていた兵たちは全員倒せたんですか?」

 先ほどの音頭の文句に引っ掛かり僕は質問する。

「現在調査中ですが、ほとんど全員倒せたはずです。葉月さんが十人、堂本さんが七人倒してくれました」

 里美さんの丁寧な解説。

「そんなにっ!?」

 知らないところで行われていた激しい戦いを想像し僕は驚いた。

「まあまあそんな心配せんでも、俺らがばっちり守ったるやん」

 すでに酒が回っているのか、シラフでもこうなのかはわからないが、坂井さんは陽気に僕の肩をパシパシ叩いた。すると葉月さんも近づいてきて騒ぎ始める。そうして隊長が西山さんにアルコールハラスメントをしたり坂井さんが堂本さんに野球拳を仕掛けたりし始めたあたりから収拾がつかなくなり、二時間もすれば未成年を除きみな酔い潰れてしまった。

「おーし。もう十時になったな。ガキどもは寝に行けー」

 ソファーに倒れ込んだまま隊長が言った。隊長は二階を指差している。

「えっ。僕今日ここで寝泊まりするんですか?」

 烏龍茶の飲み過ぎで渋くなった口で、僕が聞く。

「一応安全のためにな。まあ明日には家に帰れる。さー寝ろ寝ろ」

 隊長はあくびがちにそう答えた。それを聞いて僕は大人しく二階へあがった。今日は本当に疲れた。さっさと寝よう。


  ***


「…さて、桜木は寝たかな」

 桜木が二階へ上がってから三十分ほど経った時、隊長がソファーからむくりと起き上がり言った。

「実際、あいつを今日一日見てみてどうだった?」

「うーん。おれは結構おもろいやつやなと思ったで。戦いの経験なんかないのに頭ぶん回して初っ端から敵兵一人倒したしな。ほんであいつ、結構やばい状況やのに呑気に寿司注文したからな」

 坂井は笑ってそう言う。

「あいつは戦闘中、怯えているように見えて実はかなり冷静に物事を考えていた。素質があるかもしれんな」

 西山も桜木を評価した。

「ですがね…彼、戦いのために子供を騙して廃墟ビルの六階まで連れて行ったんでしょ? はっきり言ってサイコパスだと思いますよ」

 酒で顔の赤くなった里美は毒づく。

「里美ちゃんほんま、酒飲んだら口悪いんやから」

「私は本当のこと言ってるだけです。戦闘初心者なのに合理的に事態を把握できすぎてて怖いんですよ」

「まあけどそれはなぁ…ほら()()があるやん」

 言葉を濁す坂井。

「ありますけど…関係ないと思いますよ。あれは絶対本人の性格ですって。あぁでも…一度調べてみますか。彼の体」

里美がそういうと、坂井も

「あー、ありかもな」

 と応じた。そして里美は言う。

「怖いくらいの合理性に自分では気づいてないみたいですし、まあ基本的には善人みたいですけど…彼氏にはしたくないですよね」

 かなり酔っているのか、呂律の怪しいなか里美がそう言った。

「里美ちゃん、その手のこと言うんだー」

 葉月がニヤニヤしながら言う。

「意外とな、酒飲んだらこういうこと言うねん。いつももう合理性の鬼みたいやのにな」

「私も普段は仕事だからまじめに徹してるんです! たまには私も恋愛ドラマとかみるんですよ」

「え、まじで? 最近見たのでどれ面白かった?」

「えーっと…やっぱりドラマって全部で10時間とかあって一つのストーリーなので、なんというか時間のコスパが悪いじゃないですか…だから全話見終えたことはないです」

「いや隠し切れてへんって、合理性」

 坂井と里美がやいのやいのと話しているなか、ソファーの隊長は少しだけまじめな面持ちで何かを考えているようだった。そして、考えが漏れ出たようにつぶやく。

「アーヘン五つの研究成果…」

 隊長はグラスに入っていた酒を一気に飲み干すと、再びソファーに倒れ込んだ。


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