第二話 「晩飯、何がいい?」
第二話「晩飯、何がいい?」
「このちっちゃくて可愛いのが、里美ちゃんな。ほんでこの運転してる不死身のハゲが、西山。覚えといてな」
車内では、坂井さんの雑な紹介が展開されていた。
「あ、えっとこの方は…不死身なんですね」
なんと言っていいかわからず意味のわからない相槌を打ってしまう僕。
「せや。さっき見たやろ再生するとこ。こいつ不死身な。他に聞いときたいことある?」
聞きたいことなら山積みだが、あまりにわからないことだらけだと
「あー…。アジトっていうのは何分くらいで着くんですかね?」
と、有り体のことを聞いてしまう。
「何分やろ。何分なん?」
わからないので丸投げする坂井さん。
「アジトにつくだけなら30分もかからないが、着くまでに二、三度の襲撃を受けることは覚悟しておけよ。」
西山さんは冷淡にそう言った。
「襲撃っ…あの、なんで僕は襲われているんでしょうか」
僕のその質問に、坂井さんが答えかねていると里美さんが口をはさんだ。
「どこから答えるべきなのか難しいのですが…。ひとまず、桜木君は自分が何かしらの能力に目覚めていることの自覚はあるようですね?」
「うーん…そう、ですね」
歯切れ悪く答える僕。何せ自分でも何もわかっていないのだから。
「襲ってきている兵士たちも、私たちも同じく普通の人間にはない特殊な能力を持っています。超能力と言ったらわかりやすいかもしれませんね。これがなんなのかという科学的な説明はアジトに着いたらします。あなたの能力が色んなほかの能力者たちに狙われている、とりあえず今はそんな認識で大丈夫です」
「僕は今後ずっと狙われ続けるんでしょうか」
「いえ、ここ数日、はやければ今日一日のうちに追っ手をすべて撃退し、桜木君の所属が日本であることを示せば襲われなくなります」
所属? 日本? 国家が絡んでくる話なのか? 何やらわからないことが増えたが、アジトに付いたらすべて説明してもらえるものとして一旦飲み込む。
「それと、桜木君の能力を把握しておきたいので、わかる範囲でお聞かせください」
「僕の能力ですか…。ほんとに自分で言ってて意味が全然分からないんですが、『相手の弱点を見つけることで、その真逆の長所を自分が身に着ける』能力だと、思います」
自分の言っている内容に首をかしげながら僕はそう答えた。
「はぁーなるほどな。いかにもって感じやな」
と坂井さん。いかにもとは何の事だろう。僕がそれを聞こうとした、その瞬間。
「襲撃だ。運転を代われ」
西山さんがシートベルトを外して運転席から飛びのく。狭い車内で器用に里美さんは席を代わった。
「よく考えると俺の方が出撃するんだから運転は初めからお前がやるべきだろ」
西山さんは不満を漏らしつつ助手席の窓から飛び降りた。
「私本当に運転苦手なんです。駐車とかできなくて」
窓の外に向かって軽く言い訳をする里美さん。
「え! 走ってる車から飛び降りるとか大丈夫なんですか!?」
僕は驚いたが二人は平然としていた。
「いやだから、あいつ不死身やねんて。大丈夫もクソも無いて。てか今あいつの心配より自分心配せなあかんで。あいつが襲撃に対処してるってことはこっちにも来るってことやからな」
「おそらく西山さんの対処している方は陽動です。この車もそろそろ危ないでしょうから降りてください」
里美さんは車を止めるべく徐々にスピードを落とし始めた。
「えっと…車の中の方が安全、かなーなんて思うんですけども...」
恐る恐る僕は言ってみる。もう生身でさっきみたいな目に合うのは怖すぎるのだ。
「私たちは能力が資本なので、生身の方が戦いやすいんですよ。そこに見える廃墟に向かってくださいね」
「廃墟!? 廃墟は襲われますって! 怖いですって!」
僕の必死の抵抗。
「襲われやすいところにあえて行って襲わせるんですよ。それを坂井さんが返り討ちにして、相手の兵力を削るっていう作戦です」
「つまり僕は…」
「おとりやな」
坂井さんの心ない相槌にため息をついていると、
ゴンッ
車に衝撃が走る。
「なんや! もう追っ手きたんか?」
「すみません。私が駐車をミスってぶつけました」
里美さんは本当に駐車がド下手だったようだ。
「全然ええ。車なんか政府に言うたら何台でも貸してくれるやろ」
坂井さんはそう言いながら僕の手を引き、車を出て廃墟へと走り出した。
***
「あー。あー。やっぱ廃墟やと声響くなー。あー」
坂井さんはなぜか廃墟で楽しそうにしていたが、僕は内心震えていた。
「い、今時、横浜に廃墟なんてあるんですね。はは…」
「そうや桜木、お前晩飯何食いたい? 何でも奢ったるで」
僕の怯えも意に介さず、坂井さんは平然とそんなことを聞いてくる。
「我想吃一个青椒肉絲 (俺はチンジャオロースが食いてえ。)」
突然、中国語が聞こえた。振り向くと金属の鈍器のようなものを持った男が、廊下の奥の方から近づいてきている。
「おいこいつチンジャオロース食いたいねんて。桜木はそれでええか?」
坂井さんはニヤつきながら拳を構える。
「あえっ、えっ、あっ、坂井さん中国語が分かるんですか?」
僕は焦って、絶対に今重要ではない質問を繰り出してしまう。
「同時通訳機や。後でお前にもやるわ。多分あいつも付けとんねん」
言い終わらないうちに坂井さんは男の方へ走っていった。
「桜木! お前はどっかその辺隠れとけ!」
坂井さんは走りながら叫んだ。僕も隠れてしまいたいのはやまやまであったが、そうもいかない。所属、という言葉を先ほど里美さんから聞いたのでおそらく僕は今後もこの超能力者の戦い集団に属してこう言った場面に幾度となく出くわすことになるのだろう。そうなると必要なのは情報。今はとにかく坂井さんの戦いを見て能力者の戦いというものがどういうものなのかを理解しなければ。
危機的状況になり、再び頭は回り始めていた。
***
――くそ戦いづらいな。かっこつけて桜木だけおいて走り出してもうたけど、考え無しすぎたわ。
坂井は後悔していた。いつもなら里美に戦う相手のデータなどをあるだけもらってから戦っていたのだが、今日は緊急の事なので前情報も何もない。
――まあでも相手一人だけか。西山が相当敵の人数削ってくれたみたいやな。感謝感謝。
器用に鈍器を振り回す相手に少しずつ距離を詰め、戦いやすい間合いを図る。
――むずいな。とにかく慎重に近づかんとドタマかち割られてまう。
そんな坂井の地道な前進をあざ笑うかのように、相手の男は突然手に持った鈍器をこちらへ放り投げた。頭めがけて飛んでくる鈍器をギリギリでかわす坂井。
――危なっ。てかあれがメインの武器ちゃうんか? 放り投げてもうて大丈夫なんか?
直後、相手はにやりと笑って両手を虚空にかざす。すると何もない空間から金属の鈍器が生成された。再び男は慣れた手つきで鈍器を振り回し始めた。
――あぁ、能力そういう感じかいな。ほんだら無限に鈍器投げれるし、遠距離も中距離もカバーできるってことやな。しかも鈍器の扱いもうまいし中国武術系のなんか齧っとるっぽいな。
しかし、今度は坂井が得意げに笑顔を見せた。
「残念やなあんちゃん。その能力俺に有利すぎやわ」
坂井は即座にかがんで先ほど投げられた鈍器を拾い上げ、態勢を整える。
――うーん、そこそこ重いけど、まだもうちょっと足らんな。
その鈍器を構え、再び坂井は距離を詰める。相手は容赦なく鈍器で攻撃を仕掛けた。慣れない鈍器でそれを何とか受ける坂井。
――よし、そろそろか。
坂井は後方へ飛んで距離をとる。その直後、相手は鈍器を投げて追撃に出た。それを待ってましたとばかりにキャッチし、坂井は得た二本の鈍器を両方左手に持った。
坂井の能力は『左手に持った物の重さに応じて、右手の力が強くなる』というもの。通称『量る左手と殴る右手』である。かなり重量のある金属鈍器が二本もあれば、重さは十分だった。準備が整い、一気に距離を詰める。
「おらぁ!」
相手が新たに鈍器を生成する暇を与えず、右アッパーを顔面に繰り出した。
本当に強いパンチというのは、決して相手を吹き飛ばしたりなどしない。能力で強化された坂井の右拳は男の顔面にめり込み、なおも収まりきらない衝撃は男の首をへし折った。首が後ろに曲がった男は口の端から血をにじませて倒れ、動かなくなった。
「いやぁやっぱ手は痛いな」
坂井は拳に息を吐きかけてさすった。
***
「あと、今日の晩御飯なんですけど、寿司でお願いします」
戦い終えた坂井さんに、不意に僕はそう言ってみた。
「くくっ。おもろいやんお前。結構激しい戦闘みた後に晩飯の注文かいな」
「あぁ…戦いは頑張って見ていたんですが何もわからなくて。武器を拾ったのになんで素手で殴ったのかなとは思いましたがそれ以外はなにも…」
「まあそんだけ見れとったら上等やな」
坂井さんはそう言ったあと、ポケットからスマホを取り出して少し眺め、
「お、西山帰ってきたってさ。里美ちゃんの車んとこ戻ろか」
と歩き始めた。そして、あ、と言って思い出したように振り返り
「けどお前、飯のチョイスは全然おもろないわ。寿司て。サムゲタンぐらい言わんかい」
ダメ出しを始めたので、
「いや、サムゲタン食べたいなぁ、なんて時ないでしょ」
僕もツッコミ返してしまった。