プロローグ 「????」
プロローグ 「?????」
何なんだ。何が一体どうなっているんだ。
わけも分からずに走る僕の足音が、冷たい駐車場の壁に反響していた。生まれて初めて聞いた、おそらく本物の銃声も響く。
「Я убью тебя! Давай, выходи!」
先ほどからたびたび聞こえてくるのは、殺意のこもった異言語。ロシア語か、ドイツ語か、何も分からない僕にも声の主が僕を殺そうとしていることだけははっきり分かった。理由も事情も分からないが、外国人が単身で僕を殺そうとしているのだ。何でもない平和な街の駐車場の一角でこんなことが起きているなんて誰が想像できようか。
とにかく死にたくない。
のうのうと生きていれば味わうことのない感情が僕を襲っていた。身を隠すため、コンクリート打ちっぱなしの曲がり角を曲がる。
再び銃声。それに驚いて、後ろを振り返った瞬間だった。
右肩に激痛が走った。肩の肉が内側からやけどしたような感覚がする。熱くて、肩が裂けそうだ。銃で撃たれると熱さを感じると聞いたことがある。おそらく僕は撃たれたのだろう。しかし幸いにも肩。走る脚は止まらなかった。
走りながらひたすらに考える。どこから撃たれたんだ? 僕は曲がり角を曲がったところだったのに。そうなると、さっき僕が見たあれは見間違いじゃないはずだ。少し減速して目視できるほどになった銃弾が、空中で向きを変え曲がり角を曲がり僕を狙ったところを見たのだ。さっき振り返った時に、一瞬だが確かに見た。
そんなことはあり得ない。マッハではじき出された銃弾が勝手に向きを変えるなんてあり得ることじゃない。だがそもそも下校中の高校生をいきなり外国人が襲うなんてあり得る話じゃないのだから、常識に則って考えたって仕方があるまい。ではあり得る可能性は何か。最新の武器か何かだろうか? もしくは超能力?
そこまで考えたところで、今朝の妙な出来事が思い出された。超能力と言えばあの出来事はたしかに超能力じみていた。もしあれを超能力の類だと仮定すると…。
またも響く銃声。考える暇をこれ以上は与えまいと、今度は銃弾が右の前腕をえぐった。二度目だから少し慣れたのか、痛がっている暇はないと体が判断したのか、悲鳴を上げることもせず僕の足は走り続け、頭は考え続けた。
今の着弾も、おそらく銃弾が向きを変えて僕を追尾した結果のものだろう。前にも後ろにも例の兵士の姿は見えないことがそれを物語っていた。多分あの外国人は、見えないところからでも僕を撃つつもりで銃弾を放てば、確実に僕を追尾して被弾させることができるのだろう。それが最新の銃の機能なのか、あるいは兵士がそういう超能力を持っているということなのかはわからないが。
考えながら無我夢中で走っていると、行き止まりに出てしまった。もともと複雑でよくわからない構造の駐車場だ。こうなってしまってはどう逃げればいいか見当もつかない。残酷にも無機質なコンクリートの壁がただ立ちはだかっていた。
そして、銃声が響いた。もう逃げられない。僕は思わず目をつぶって死を覚悟し、走るのをやめた。
最期に食べたのがコンビニのから揚げで、よかったと言えばよかったなあ。あれほんとに一番旨いし。そんなことを考えた。
しかし、三度目の着弾はなかった。恐る恐る目を開けると、床に銃弾が転がっている。銃弾が、空中で止まって落ちたのか?
停止していた脳が再び動き出す。弾が急に停止したとしたら原因はなんだ。さっきの銃弾の自動追尾の件とも並行して考えろ。着弾した時としない時の違いはなんだ? 二度の着弾の際とたった今の僕の状態の違いはなんだ? 一つ思い当たることと言えば、撃たれたときは僕は走っていて、さっきは立ち止まっていたこと…まさか…。
再び聞こえる銃声。今度も僕は走らず立ち止まった。深呼吸をし、行き止まりとなっているコンクリの壁を背に、おそらく銃弾が曲がってやってくるであろう通路側をにらんだ。
そして、通路から蝿ほどのスピードで銃弾が僕の方へ曲がってきて、僕の直前で止まり、落ちた。コロコロと金属の球が地を転がる音が聞こえる。
やっぱりだ! この弾は走っている相手なら追尾することはできるが、止まっている相手を撃つことはできないんだ…!
パチッ
僕が結論にたどり着いたその時、頭に直接そんな音が響いた。驚いて辺りを見渡すが、さっきまでの駐車場があるだけだ。
そして比喩でなく確かに聞こえたそれは、ジグソーパズルの最後のピースをはめたときの音に、似ていた。