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第1話 “第1話”

 ゴールデンウィークを明日に控える高校の昼休み。俺、伊郷渕新はおにぎりを頬張りながら、今推しているの変身ヒーローの動画を視聴していた。先週から放送開始されたばかりだが、変身シーンへの制作陣の力を入れっぷりを窺い知れて、俺としては注目せざるを得ない作品であった。


「今日は何見てるの?」

「ん?」


 動画を一次停止させながら顔を上げると、そこには丸眼鏡をかけた黒髪ショートの少女がいた。俺の幼馴染み、夕凪(ゆなぎ)天音(あまね)である。


「ああ、アマネか。今見てるのは先週から始まった『命獣戦士アニマライザー』ってヤツでな。すげえぞこれ!」

「アラタがそういうの見て興奮しているのはいつものことなんだけど。それで今回はどうしたの?」

「変身シーンが半端なくすげえぇんだよ。俳優さんの動きのキレもさることながら、使われているCGの力の入れっぷりが半端なくてな。まるで本物みたいなんだ」

「ふーん」


 興奮して声が荒ぶる俺に対し、呆れた様に目を細める我が幼馴染み。そんな俺たちに対し、周りにいたクラスメイトは軽口を投げかける。


「伊郷渕君は元気だねぇ~」

「夕凪はんも分かっとるはずやのに毎度聞く当たり、アレ楽しんどるんやろなあ。ワイには分かるで。ワイはそう言うんに詳しいや」

「ちなみに伊郷渕氏が申していたアニマライザーには、『思い出がミックスジュース』というドラマにも出ていた今流行りのイケメン俳優も出演中であります。ケッ!」

「マジでッ!? “オモジュース”ってウチの推しも出てたんだけど!」

「お前の推しってえと、ハーフのアウフィット……なんてったっけ」

「……俳優なんてどうでも良い。それよりもアニマライザーは着ぐるみやマスコットに注目すべき。特にマンドリル長官はポイント高い」

「ハアッ!? キミこそ何言ってるんだい!? 見るべき所はアニマライオー(合体ロボ)に決まっているだろ!!」


「オッ? アニマライオーは確かに良いなあ、王道のカッコよさだ。マンドリル長官も渋い雰囲気とハスキーボイスのギャップが心を掴んでくる。変身シーンも良いけど他も期待できるとこばかりなんだよな。例えば──」


「──ハア……」



 クラスメイトの喧噪に俺も一部となって盛り上がる。背後から幼馴染みの視線を感じながら、昼休みは過ぎていったのであった。





 そして、時間は放課後となり、俺はアマネと共に帰路に就いていた。


「まったく、お昼は盛り上がりすぎよ、アラタ」

「そうは言われてもなあ。好きなものを語りたいのは人の性だろ」

「それは分かるけど、変身シーンの迫力ってのは別に気にするところじゃなくない?」

「いやいやそんなわけ──」

「だって私たち実際に変身できるじゃない。ポーズもキレも台詞だって自分たちで決められるわけだし、リアルって点で迫力は確実に上回ってるでしょ」


 アマネの視線がまっすぐに俺を射抜く。眼鏡のレンズの向こうにある蒼い目に対し、俺はニヤリと笑った。


「オイオイ……分かってねえなあ!」

「アッ……」

「自給自足も確かに良い。でもな、他の変身からしか得られない栄養も確かにあるんだよ。それにいろんな変身を学ぶからこそ自分たちの変身に活かせるってもんだ。俺たちの変身はまだまだ未完成なんだからな。そもそも待機音も実装してないなんて今時の変身アイテムとしては──」

「しまった、やぶ蛇だった」


 眉間を押さえるアマネであったが、俺としては譲れないところであった。

 幼い頃からの1つの目標を達成しているとは言え、それだけで満足することはできない。

 変身のクオリティアップは変身ヒーロー志望としてもオタクとしても当然の義務である。

 それもまた、俺が変身ヒーローを追い続け、推し続ける理由の1つだ。


「そう言えば、アラタはこの後お婆ちゃんの所に向かうつもり?」

「──ひとまずは軽音部のヤツとコンタクトを取って……っと、確かに家に帰ってからすぐにヴェル先生のとこに行くつもりだけど。どうかしたのか」


『ライヴェル・コーラット』

 俺が先生と仰ぎ、アマネがお婆ちゃんと呼んでいるご近所さんである。

 ただし、お婆ちゃんとは言っても腰が曲がったような老体ではなく、豪快に笑いながら何でも喰らうような力強さとそれ相応の腕っ節や恰幅を持つ人である。一応、皺も少なからず刻んでいるが、それも弱さよりある種の深さを感じさせる辺り、親方とか女傑と呼んだ方が良いかもしれない。

 そんな人を俺が先生と呼んでいる理由は単純明快、変身アイテム製作に当たっていろいろと教授を受けているからである。

 物理学や電子工学、生物学など知識の引き出しも豊富な先生がいたからこそ、俺は変身アイテムを製作できたとは言っても過言ではない。無論、隣を歩くアマネの協力もあってこそであった。

 そして、今日も今日とてそんな先生に指南を受けるつもりで、家路を急いでいたが……。


「いや、お婆ちゃん今日から老人会で旅行中だから、1週間はいないよ」

「えっ? 俺何も聞いてないんだけど」

「私も朝、学校に行く途中で偶々会って伝えられたの。お婆ちゃんも伝え忘れてたんだってさ」

「マジか~」

「お土産買ってくるから勘弁してくんなって元気そうに笑ってたよ」

「容易に想像できるなそれ。しかし、先生いないのか。折角新しいアイデアの相談もしたかったのになあ」

「また考えたの? 今度はどの作品の影響を受けたんだか」

「オッ! 聞いてくれるか、今回参考にさせてもらったのはこの前傑作集で偶然見つけたヤツでな──」

「ハイハイ──」


 声を弾ませる俺と呆れながらも穏やかな笑みを浮かべるアマネ。

 一月前に高校へ入学したという一応の変化こそあったものの、これが今まで通り俺たちの日常だ。

 人がまばらな住宅街の間を抜けながら、多少のつまらなさと多分の期待を抱きつつ、俺はこの穏やかな日々を過ごしてきた。

 これからもずっとそれは続いていく。変身ヒーローの(特撮)番組が毎週放映されるように変わらないものだと、俺はずっと考えていた。



──そう、考えていたんだ。



「キャアアアッーー!」



「えっ!?」

「今のって……悲鳴か?」



 突然響いた女性の悲鳴。怪訝に思った俺とアマネが足を止めて悲鳴が聞こえた方に顔を向けていると、それ以外にも様々な人の叫び声や恐怖に取り乱して怯えた声が耳に届いてくる。

 ただ事ではないことが起こっていることはすぐに感じ取ることが出来た。

 隣を見ると、幼馴染みと目が合う。


「アラタ、どうするの……ってのは野暮なのかな」

「野暮だな。当然、野次馬する」

「自分勝手に危険へ飛び込むのはヒーロー失格じゃない?」

「今の俺は変身できるだけのただのクソオタクだぜ」

「なるほど確かに道理(クソ)だわ」

「だろ」

「ええ、じゃあ行くわよ」


 いつの間にか視界には逃げるように走る人々が映る中、俺たちはそれに逆らって駆け出していく。

 鼓動が速くなるのを感じた。





 そこで見た光景は、俺が今まで画面の向こうでしか見たことがないものであった。

 傷つき、怯え、悲鳴を上げながら逃げ惑う人々。

 ひび割れ、崩れ落ち、原型を無くした道路や複数の建物。

 虚構(フィクション)の中で多く見たそれらが、実際に目の前で、自分たちの日常の中で現実(リアル)として起こっている。

 そのことに恐怖や焦りを覚えて無意識に息を呑みつつも、俺はどこか冷静であった。

 それはこの災害の原因を知っていたから……というわけではない。

 しかし、これを引き起こして今なお被害を拡大させながら暴れ続けている、その“元凶”が全く見覚えのないのにも関わらず、俺にとってよく知る存在であったからだ。


 日常の中に突如として現れ、周囲を破壊する異形の怪物、しかもそれが二足歩行しているとあっては、勝手知ったる『怪人』と捉えるしかないであろう。



「……」

「アラタ……夢じゃない……これ本物(マジ)よ」

「ああ、現実(マジ)だ」

「野次馬しに来たけど、逃げる?」

「……どうすっか、とか応えちまう時点で減点なんだろうな」


 俺とアマネは怪人を遠目に見ながら、場違いにも落ち着いた声で会話をしている。

 その間にも人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ回り、今もまた俺たちの傍を本屋の制服を着た店員が走って行った。


「確かに、アラタの憧れるヒーローなら既に体が動いているのかもね」

「ああ、“アレ”に向かって行くにしろ、周りの人を助けるにしろ。行動は起こしているだろうな」

「ならアラタはこれからどうするの? 警察でも呼ぶか、はたまた撮影でもする?」


 ニヤニヤと猫のように笑うアマネに対し、俺は照れたように息を吐く。


「……ハア、アマネってホント良いやつだよな」

「あらぁ、何のことかしら。アマネさん分からないわー」

「ならそれでいいよ。で、アレどう見る?」

「そうね、パッと見たところ。鮭と牛とカタツムリの混ざった二足歩行の化け物ってところかしら」


 怪人はゲームや神話に出てくるミノタウロスのような二足歩行の手足や胴体を持ちながら、背中にはカタツムリの如き巨大な巻き貝を背負いつつも、その首から上は鮭で出来ていた。


「ああ、牛とカタツムリまではデザイン的に不気味さを感じさせて有りだが、それに顔部分の鮭を合わせるのは駄目だな。間抜けすぎて全体のバランスが崩れてやがる……ってそうじゃねえよ」

「ガッツリ講評しといて違うのね。なら生物的なこと? 確かに頭部が魚類だからどうやって呼吸しているのか気になるわね」

「それも気になる所ではあるけど、強さ的問題だよ」

「ああ、そういうこと」


 納得したように首をもたげた彼女は、少し思案した後、口を開いた。


「単純な力から見て……アラタ今何持ってる?」

「今は、ってかいつものコレだな」


 俺は鞄に入れていた“モノ”をアマネに見せる。

 彼女は呆れた様な溜息を吐きながら、目を細めた。


「いつものことながら、高校生が“ソレ”持ち歩いているのってギリね」

「そうか? 学校の備品直すときとか必須なんだが」

「いや、マイ箸感覚で持ってるのがおかしいと思うのよねぇ。まあ良いわ。あとは──」

「コイツだろ」


 俺は足下を這っていた生物を抓み上げる。ソレは、足をジタバタさせながら逃げようとするが生憎と我慢してもらうとしよう。


「なら……イケるわ」

「OK。じゃあ決まりだ」

「ええ、行きましょうか」


 頷き合った俺たちは、怪人に向かって走り出す。

 鼓動が高まるのを感じた。





 そして、俺たち2人が怪人に近づくにつれて人は少なくなり、最終的にほとんど姿は見られなくなった。

 しかし、例外的に地面へ俯せに倒れる人影が視界に入ってくる。


「オイッ! そこの倒れてる人、起きられるか!」


 人影──金髪の女性は動かず、応答もない。そのままにしておけば、怪人の破壊に巻き込まれることは想像に難くない。


「アラタッ! 金髪の人は私が確認するわ」

「それならついでに“囲い”も頼めるか?」

「フッ、任せなさい!」

「さすが! ならこっちも大船で任せろ!」


 倒れる女性へと向きを変えるアマネを視界の端に捉えながら、俺は怪人の目の前に対峙する。

 怪人も俺の存在に気付いたのか、その肉体を此方へと向けた。


「キシャアアーー!」


 無機質な目が俺を射抜くと同時に金切り声のような咆哮が全身を舐める。

 腰を沈めて耐えながら生臭さも感じつつ、俺は興奮を覚えずにはいられなかった。


(ああ、ったく。考えちゃ駄目なのによぉ。それでも考えちまうよなあ。こんな、お誂え向きの、非日常(展開)ってヤツに出会っちまったら。どうしても思っちまうよなあ……)


 今、目の前の化け物は何気ない日常を侵している。

 多くの人々の楽しげな生活を脅かし、破壊をまき散らす存在。

 倒れていた金髪の女性のように、アレによって要らぬ傷や不幸を負った人もいるだろう。

 このような状況は、決して望まれて良いものではない。

 だからこそ──



(『待ってました』ってなあ!)


 こんなことが脳裏に浮かぶ俺は変身ヒーローとしては減点なのだろう。

 ピンチや事件を望むヒーローなんて、大衆からすれば傍迷惑な存在だ。お呼びじゃない。

 だが、しかし、それでも。


(減点されても、赤点はイヤだからなぁッ!!)


 暴れ回る怪人の前で何もしないのは、それこそ変身ヒーローとしては“落第”である。



 俺は、怪人を正面に見据えると少し長く息を吐く。

 そのまま首から提げたチェーンから2つの指輪を千切るように外し、右手の人差し指と中指に填めた。

 それぞれ赤と蒼を基調としたそれらは、装飾品らしい煌びやかさはなく、無骨な雰囲気を纏っていた。事実、指輪の腕も幅広く、本来宝石が填め込まれる石座には透明なガラスが鎮座している。


「フーッ、さてと本番だ。『Hello world』」

〈Wake up. Crossing targets.〉


 俺が“始動キー”を唱えると、指輪から機械的な女性音声が発せられ、一度キラリと輝いた。

 不調などがあればこの時点で警告されるようにしているが、それもない。それなら、一気に行くしかないだろう。

 俺は、先ほど地面から拾い上げた生物──蟻を赤色の指輪に載せる。


「蟻」

〈Absorbed into the life ring.〉


 載せていた蟻の姿が消え、赤色の指輪が仄かに光る。

 これは命を祝福する暖かな輝き。


「ハンマー」

〈Absorbed into the arms ring.〉


 続いて俺は、青色の指輪をベルトに引っかけていた金槌に触れさせると、先ほどの蟻のようにその形が解ける。そして零れる蒼い光。

 これは道具に紡がれてきた知性の輝き。


 俺は右拳を力強く握り、存在感を増した2つの指輪を接触させる。すると2つの光はより勢いを増しながら、混じり合っていく。


〈So ready for legends.〉


 溶け合って紫色となった光を纏いながら、正拳突きのように俺は拳を突き出した。

 同時に俺は叫ぶ、浅ましい期待と嬉しさを乗せて。


「さあ、見開け! フュージョニクス・ゴー!!」

〈Arata type powerful fortress .〉


                                  「バースアップ・キメライズ」


 光が周囲を照らし、俺の身体を包んでいく。泡立つような感覚が全身を襲い、その肉体が変化する。

 数瞬後、光が収まるとそこに立っていたのは普通の人間ではなかった。

 四肢は昆虫のように節が増え、頭部からは2本の触覚が生えており、全身の至る所に漆黒の殻が出現している。

 一言で言えば、俺は蟻人間へと変身していた。


「ッシ! ……ん?」

「……ッ!?」


 そんな俺が気合いを入れたところで、近くの存在に気がついた。

 まるで空からスーパーヒーロー着地を決めたかのような膝立ちの体勢で俺を見ていたのは、獅子と鷲の意匠を持った鎧であった。

 それはゆっくりと立ち上がり、俺の側に歩いてくる。


(ホ、変身ヒーロー(ホンモノ)だーー! 怪人が現れたからもしやとも思ったけど。変身ヒーローも本物(マジモン)がキターー! あの着地(ポーズ)をするのは絶対本物だあああ!!)


 それに対し、俺の心の中は荒ぶっていた。

 現実(リアル)の推しに会えた興奮で高ぶりまくっている。

 しかし、目の前の変身ヒーロー(新たな推し)に粗相があってはならないと見苦しい内心を押し殺し、この場面に適した真剣な表情で睨み返す。

 例えるなら、2クール目最初辺りで戦場に突然現れた敵か味方か不明な新キャラを探るように見る既存キャラのように。


(そう言えばさっき何か聞こえてたような気がするけど、もしかしてそれが変身台詞だったのか。カーッ、もっとちゃんと聞いときゃあ良かったー! 自分の変身にテンション上がりすぎて注意散漫だったってか。チクショー。俺のアホ! 変身ヒーローの生変身台詞聞き逃すとか失態ッ、失格過ぎるわッ! マジでやっちまったーッ!!)


「キシャアアーー!」


 だが、今まで行儀良く待っていた怪人は俺の内心など関係なく、咆哮を上げ今にも襲いかかってきそうな雰囲気である。

 それに対し、変身ヒーローは迎え撃つように構えを取る。確かな経験を感じさせる隙の無い構えであった。それから横目で俺を見据えて言う。


「お前がなんなのかは知らん。だが、先にアレを片付けるぞ」

「……ああ、それでいいよ。俺もアンタのことは後から聞かせて貰うぜ!」

「良し。では俺のことは『グライフ』と呼べ」

「なら俺のことは『フュクローX(エックス)』で」

「分かった。行くぞ!」


 渋い声を放ちながらグライフは怪人に向かっていく。彼に追従するように俺も怪人に接近する。

 それは昨日までのありふれた日常との別れであり、非日常との邂逅であった。

 今ココに新たな物語が始まったのだ。



(これが俺の『第1話』だ!!) 


 




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