プロローグ 変身ヒーローオタク
俺は変身ヒーローが好きだ。
物心着いた時分から彼らに憧れ、彼女らみたいになりたかった。
超パワーのスーツを一瞬にして身に纏いながら異形の怪物を倒したり、超常の姿に身体を変えながら人々を守ったりするその勇姿を俺は心底カッコイイと感じたのだ。
しかし、俺は本物に会ったことはない。
当然だ、だって変身ヒーローは虚構の存在だから。
画面の向こうや舞台の上にしかいない存在。
それでも、俺の気持ちを理解できるヤツはそれなりにいると思う。
だって、この気持ちは子どもなら少なからず胸に抱くものであるから。
現実と虚構の境界が曖昧で、あり得ないを知らない僕たちは向こう側の存在に夢を見る。
だが、子どもはいつか青少年を経て、大人になるように。あり得ないを知った人々は、虚構を区別し、此方側の延長線上を歩んでいく。それは一般的であり、正しい成長だろう。
そんな中で、俺の中に燃える変身ヒーローへの火は消えなかった。
僕が俺になって、現実と虚構の境界を理解しながらも、向こう側の夢へと歩みを止めることはなかった。
変身ヒーローを虚構と知りながら、彼らのようになりたいと周りに吹き続ける日々。
そんな俺へ向けられる視線は始めは生暖かいものであったが、年齢を重ねるに連れて冷ややかになっていった。
また、妄想も大概にしろだの、痛いオタクだの好き勝手言われるようにもなった。
それでも炎は燻ることなく、俺は憧れに恥じない生き方を目指すようになっていった。
それは東に泣いてる子どもがいれば行って全力で変身ポーズを取り、西にシワシワの老人がいれば行って決め台詞を言いながら荷物を背負い、南に野良犬に怖がる後輩がいれば行って怖がらなくて良いと変身アイテムを渡し、北に虐めがあれば行ってオススメのヒーローを布教する。そんな生き方だ。
……うん、多分に自身のエゴが入っていることは否定しない。
しかし、貫き続ければどんなものでも周りを変えていく。それを俺は変身ヒーローの中で学んでいたし、生きていく内に実感となってその身に染み込んでいった。
周囲からの目に再び熱が込められていくのを感じたのである。それがどんな感情だったかまでは分からない。だけど、俺は嬉しかった。馬鹿にされたり否定されたりしても後悔はなかったけれど、もどかしさや気後れの一切を感じないわけではなかった。
だからこそ、幼い俺が変身ヒーローに出会うことで“ヘンシン”したように、自身の歩みが誰かの気持ちに変化をもたらしたことが嬉しかったのである。
そして、そうした気持ちを薪にして焔はより強く燃え上がり、俺は変身ヒーローへの道を突き進んだ。
そう進んで、走って、駆けて、融けて、跳んで──そして。
「俺、変身できるようになった」
「えっ」
「変身アイテム自作したんだ」
中学3年生にして、俺は俺の夢を応援してくれる先生や幼馴染みと共に変身ヒーローに必要な道具を完成させた、否、完成『させちゃった』のである。
そんな俺が高校生となって初めてのゴールデンウィークの前日、突如として異形と邂逅した。
傍らには傷付き倒れる人や損壊する構造物。
変身ヒーローオタクとして興奮を押さえられないシチュエーション。
負傷者を共に下校していた幼馴染みに任せ、継ぎ接ぎだらけの化物と対峙する。
凶暴な咆哮を浴びるも待っていたと俺は不敵に笑う。
さぁ、今こそ実践の時。
変身アイテムを掲げて高らかに叫ぶ。
キーワードは⎯⎯
『フュージョニクス、ゴー!』
『バースアップキメライズ』
……混線する声。
隣に視線を向ければ、そこには獅子と鷲の特徴を併せ持った鎧を纏う戦士がいた。
誰なのかは知らない。知るはずもない。
それよりも重要なのは、変身ヒーローが隣に立っているという事実。
そのことに俺は内心で沸き立った。沸き立つ余りに、変身した己が身を震わせてしまうほどに。
だからこそ、俺は気付かなかった。獅子と鷲の戦士の脳裏もまた、驚愕に染まっていたことに。
そして、なんとも間抜けなこの邂逅が望まれたモノであったことにも、この時の“俺たち”が気付けるはずはなかったのであった。
そんな中で殺意を持って襲いかかる化け物を、俺──伊郷渕新は歓喜の声を上げながら迎え撃つ。
(これが俺の──)
『今ここに混ざりものたちの物語が混じり合う。』