ベタな恋愛が続いたっていいじゃない
『夢のような恋愛に興味はありませんか』
そんなことが書かれているホームページがあった。夢のような恋愛か。どういうことかはよくわからないが、恋愛に対する
憧れはある。私、三浦さきは16歳で、まだ誰ともお付き合いをしたことがない。だが、漫画やドラマなどで恋愛に関する知識は
つけてきたはずだ。それでも好きになれる相手がいないし、私を好きになってくれる人もいない。恋人はいつかできるさ、と
思って半ば諦めていたところでこのホームページを見つけた。一体、どういうことなのだろうか。興味本位で中身を覗いてみた。
するとそこには『こちらのホームページを見ることができた人限定で、夢のような恋愛をお届けします。もしもその恋愛が
気に入らなければ、即キャンセルOKです』と書いてあった。なんだか怪しい。どこかで聞いたことがあるような変な宗教や
何かの業者なのではないだろうか。そう思い、閉じようと思った時に、誤って『先に進む』と書かれているボタンをクリック
してしまった。すると、画面が切り替わった。
『これより、あなたを別の世界に飛ばします。5…4…』
突然のカウントダウンに、私は慌てた。なんとかして消そうとしたが、消えない。慌てているうちに、どんどんカウントダウンは
進む。
『2…1…0』
その瞬間、辺りの背景が変わった。ここはどこだろうか。よく知らないような街中にいる。すると、突然誰かとぶつかった。
「いってぇ…。なんだよ、気をつけろよな、ブス」
ぶつかった相手は美形の男だった。いくら美形とは言え、ブスと言われて私は少しイラついたが、特に何も言い返さなかった。
すると、その男が言った。
「なんだよ、お前、同じ高校かよ。早くしないと遅刻するぞ」
そんなことを言いながら、男が駆けだした。何を言っているのだろうか。私はわけがわからないまま男についていった。すると、
見知らぬ高校に着いた。
「おい、早く来いよ!置いてくぞ!」
男が言った。別にあなたについてきたわけじゃないのに…なんて思いながら学校へ入る。すると、学校の先生らしき人から
声をかけられた。
「ああ、君が転校生か。さ、こっちに来てくれ」
意味が分からないまま、私は先生について行った。そして、ある教室の前に着いた。
「ここで、待っていてくれ」
そう言われて、廊下で待たされる。そして、しばらくすると先ほどの先生が言った。
「おい、来てくれ」
そんなことを言われて、教室の中に入る。
「これが転校生の、三浦さきさんだ。みんな、よろしくな。ほら、さきさんも挨拶して」
意味がわからなかった。何を言っているのか、と思い教室全体を見渡した。すると、先ほどぶつかった男がいた。
「「あーー!!」」
どちらが先と言うこともなく、二人で声をあげた。
「なんだ、中田と知り合いなのか?」
「いえ、知り合いというか、その…」
「ちょうどいいや。じゃあ、さきさんの席は中田の隣だな。よろしく」
「え?あ…」
そう言われて、私は中田と呼ばれている先ほどの男の横に座らされた。
「なんだよ、転校生だったのかよ」
「そうみたいね…よろしく」
「…」
折角挨拶をしたというのに、無視されてしまった。なんとも横柄な態度だな、と思っていると授業が始まった。だが、そもそも
私は教科書を持っていない。それに、いきなり知らないところに連れてこられたという状況なので授業を受けようだなんて気には
なれなかった。すると、中田君が話しかけてきた。
「なんだよ、教科書ねえのかよ?」
「あ…うん」
「ったく、しょうがねえな。ほらよ」
そう言いながら、机を近づけてきた。そして、中央に教科書を置いてくれた。
「あ、ありがとう…」
「隣に座ってるやつが教科書忘れてるのに、見せないなんて気分が悪いだけだよ。勘違いすんなよ」
と、また横柄な態度を取られてしまった。とりあえず状況はわからないが、授業はしっかりと受けようと思った。すると、
不思議なことに授業でやっている内容が私が元々通っていた高校の授業の内容と一緒なのだ。そもそも、ここがどこだかも
わからないしどこに帰ればいいかもわからない。そんな状況が不思議で仕方がなかったが、どうすることもできずにじっと授業を
聞いた。そして、あっという間に授業が終わり、放課後になった。さて、どこに帰れば良いのだろうか。わからないが、とりあえず
学校を出ようとしたその時だった。
「あれー?なんか知らない可愛い子がいるじゃん」
そんな声が後ろから聞こえた。振り返ると、なんとも軽そうな男がいた。
「もしかして転校生?良かったら、この後俺と遊びに行かない?楽しい思いをさせてあげるからさ」
突然の出来事に硬直し、怖くて震えあがった。どうしたものか。
「おい!何やってんだよ!」
遠くから声が聞こえたので見てみると、中田君がいた。
「あ?お前なんだよ。俺はこの女の子と遊びに行くんだよ」
「お前こそなんだよ。人の女に手を出そうとしてんじゃねえよ」
「あれ?なんだ、お前の彼女なの?そりゃ悪いことしたな。じゃねー」
そんな話し合いがあり、声を掛けてきた男がいなくなった。
「何やってんだよ、大丈夫かよ」
その場で震えている私を見て、中田君が声をかけてきた。私は、上手く返事が出来ずにいた。
「ったく…しょうがねーな。怖くなくなるまではここにいてやるよ。男相手に怖い思いした後に男に助けられるとか微妙かも
しれねーけど、俺しかいねーからよ」
そう言いながら、中田君は少し離れたところに座ってスマホをいじり始めた。
軽い男にナンパされたくらいで毎回こんなに震えていては駄目だ、と自分に言い聞かせ、声を出した。
「…ありがとう」
「ん?もう平気なのかよ」
「…うん、大丈夫。助かったよ」
「それならいいや。あ、勝手に俺の女とか言って悪かったな」
「いや…そんなこと…」
「んー、こんなもんしかないけど、お詫びな。ほら、帰るぞ」
そう言いながら、中田君はカバンからチョコを取り出して私に投げた。私は受け取りながら言った。
「ありがとう…帰るぞって?」
「なんだよ、お前は俺を変な男に絡まれてた女をほっといて帰るようなかっこわりー男にしたいのかよ」
その言い回しがなんとも面白く、くすりと笑ってしまった。
「お、笑ったな。泣いてる顔よりは全然そっちのがいいわ」
そんなことを言われて、私は恥ずかしくなり、下を向いた。
「どうした?まだ怖いのか?なんか顔も赤いし…」
「なんでもない!大丈夫!行こう!」そう言いながら、校門を出た。
すると、校門を出た瞬間に見知らぬ空間にいた。ここはどこだろうか。すると、声が聞こえた。
「いかがでしたでしょうか。今のが一人目、『ツンデレ俺様キャラ』でした」
何を言っているのか、意味がわからなかった。すると、声が続けて言った。
「今の男が気に入ったのであれば、終了とします。終了した場合、元の世界に帰るか先ほどの世界にいるかを選べます。
元の世界に帰った場合でも、先ほどの人と出会うことができます」
私からすると、元に戻ることはプラスしかないのではないか、と思った。元の世界には帰れるし、中田君のようなイケメンと
知り合えるのだから良いことしかない。そう思い、了承の返事を出そうとすると声が言った。
「本当によろしいのでしょうか?他の恋愛パターンもありますが、興味はございませんか?」
そう言われると若干興味はあった。先ほどの中田君が『ツンデレ俺様キャラ』なら、他にはどんな人がいるのだろうか。
「続けるのですね、かしこまりました。それでは、次の世界へご案内します」
私はまだなんの返事もしていない。ただ、興味があると思っただけなのに、と思っていると世界が変わった。今度は、異国情緒
溢れる場所にいた。
ここはどこだろうか。辺りを見回していると、不意に、声が聞こえた。
「姫、探しましたぞ」
声の方に振り向くと、しっかりとした体型のおじいさんがいた。一体誰だろうか。
「さ、そろそろ城に戻りますぞ。もうすぐ、お見合い相手が来られるのですから」
そう言って、おじいさんは私の手を引いた。全く意味がわからないが、どうやら私はどこかのお姫様のようだ。そして、これから
お見合いのようなものがあるらしい。異国のような世界のお姫様という、絵本の世界のような状況に混乱はしたが、同時に
今を楽しみたいという思いもあった。そんなことを考えているうちに、宮殿のような建物に着いた。
「さ、姫、中へ行きましょう」
先ほどのおじいさんが声を掛けてきた。どうやら、ここが私の住んでいる建物のようだ。中へ入ると、玉座のような場所があった。
「お見合い相手が来られたようですので、ここで座ってお待ちください」
どんな人が来るだろうか、と思い待っていると、そこには容姿端麗な金髪の好青年が現れた。先ほどの世界の中田君に比べると、
繊細なイメージだ。さすがに玉座のようなものに座って出迎えるのは失礼だろうと思い、立ち上がった。すると周囲が騒然とした。
「姫、どちらに行かれるのですか。この男がそんなに気に入りませんでしたか」
「何を言っているのですか?お客様が見えられたなら、お出迎えをするのが当然でしょう?」
私のその発言に、他の人たちは非常に驚いたようだった。ざわざわとした声がする中、ここまで案内をしてくれたおじいさんが
言った。
「そのような考えをお持ちになられるようになったのですね。今までのお姫様は、言葉を選ばずに言うとやや自分勝手な部分が
ありまして…」
そう言いながら、失言だと思ったのか、おじいさんが口を押さえながら下を向いた。
「そうだったのね。今の私は違うわ。はっきりと伝えてくれてありがとうね、おじいさん」
「身に余るお言葉でございます!」
そう言いながら、さらに頭を下げるおじいさん。これ以上何を言っても仕方がないな、と思っていると先ほどの好青年がこちらの
様子を見ていた。
「ほら、折角お見合いに来てくれた人を立ったまま待たせるほうが失礼でしょう?どこか、座れる場所はないのかしら」
「あ、失礼しました!奥に客間がございますので、参りましょう!」
そんなことを言いながら奥へと案内した。そして好青年が私の正面に座ったところで、私は挨拶をした。
「本日は、お越しいただきありがとうございます」
「いえいえ。少し移動するだけで世界一綺麗なものが見れると言うなら、誰でも移動はしますよ」
なるほど、こういうタイプか。
もしも私の思っているタイプだとしたら、私はあまり好きではない。実際にどうなのか、試してみることにした。
「私はさきと言います。あなたは?」
「僕は、シャルエッドです。よろしくお願いします」
ここまでは普通だ。さて、次の質問で全てがわかる。
「今日は、どちらから来られたのですか?」
「ここから西にある国です」
なんとも、普通の答えが返ってきた。私が思っていたタイプとは違うのかと思っていると、シャルエッドさんが続けた。
「遠い場所なので、これからはさきさんの瞳と心の中に住ませてください」
やはり、そうだ。シャルエッドさんは、軽口を言うタイプのようだ。軽口をいう男が嫌いなわけではない。見ている限りでは
面白いし、むしろ好感が持てるくらいだ。だが、それが自分の恋愛相手となると話は別だ。これからの人生、ずっと軽口を叩かれて
いるのは辛いし、仮に途中から軽口を叩かなくなったらそれはそれでこの人の魅力がなくなる。この人はないな、と思っていると
私をここに連れてきたおじいさんが
「さて、それではお見合いを開始致します。と言っても、形式ばったことはありませんのでご自由にお話しください。我々は、一度
席を外します」
と言って、その場からいなくなってしまった。シャルエッドさんと二人の空間は少し気まずいな、と思いながらもこの場から
逃げるわけにもいかず、シャルエッドさんに愛想笑いをした。すると、シャルエッドさんが言った。
「やっと笑ってくれましたね。その顔は、薔薇のように美しい」
その言葉を聞いた瞬間、私は吹き出してしまった。変な言葉だから、と言われればもちろんそうなのだが、軽い言葉にしては
なんともありきたりな言葉を言ったからだ。それに対して、シャルエッドさんが驚いた顔をしながら言った。
「どうして、吹き出したのですか?」
吹き出してしまっては大人しく白状しようと思い、軽い口調の男を恋愛対象としては考えられないことなど、全てを話した。
すると、シャルエッドさんはほっと一息ついて言った。
「なんだよー、そうなのー?それ、早く言ってよー」
先ほどまでのシャルエッドさんはどこへ行ったのだろうか。私が驚いていると、シャルエッドさんが言った。
「いやー、僕ね、今まで恋愛なんてしたことがなくてさ。女の子にどうやって接したらいいかわからなかったんだよ。だから、
たまたま家にあった本に書いてある人を参考にしてみたんだけど、それが駄目だったってことでしょ?その本だと、さっきまでの
僕みたいな人にみんなが惚れてるからそれが良いのかと思ったよ」
「先ほどまでのシャルエッドさんみたいなのを好む人もいますけどね」
「あれ?そうなの?じゃあ、単純にさきさんの好みじゃなかったってことかな?」
「それもありますが、軽い口調の男が好きな女性はわずかですよ」
「なんだよー、そっかぁ」
そう言いながら、シャルエッドさんは座り込んで落ち込んでいる。その姿を見て、少し可愛いと思った。が、その思いは
胸にしまって、シャルエッドさんを励ますことにした。
「そもそも、シャルエッドさんは真正面からの方法で良いと思いますよ?」
「真正面からの方法って?」
「だから、変に気取らずに『愛してる』って相手の目を見て言えば、シャルエッドさんくらいの容姿であればなびかない女は
いないですよ」
「そうなの?えっと、じゃあ、ちょっと待ってね…さき、愛してる」
心が持っていかれそうになった。しかも、わざわざ呼び捨てにまでしてくるなんて、ずるい。もしも漫画ならば、私の目は
ハート型になっていただろうが簡単に負けるわけにはいかない。
「そ、そうそう。それでいいんですよ」
「そっか、ありがとうね。でも、これもダメかな」
「なんでです?」
「だって、一番好きな人に効かないみたいだから…さ」
そう言いながら、私をチラリと見てきた。どうやら、これは天性の軽口のようだ。シャルエッドさんに抱きつきそうに
なった途端に、世界が変わり、見知らぬ空間にいた。そして、声が聞こえた。
「いかがでしたでしょうか。二人目の、『天然軽口キャラ』でした」
今回はだいぶやられそうになった。
「今の男が気に入ったのであれば、終了とします。終了した場合、元の世界に帰るか先ほどの世界にいるかを選べます。
元の世界に帰った場合でも、先ほどの人と出会うことができます」
また、機械的な声が聞こえる。そもそもなのだが、私がここで体験をしている間の現実世界での時間はどうなっているのだろうか。
そろそろ帰った方が良いのではないだろうか。そんなことを考えていると、声が言った。
「続けるのですね、かしこまりました。それでは、次の世界へご案内します」
だから、まだ何も言っていないのに、と思っているとまた世界が変わった。今度の世界は、どうやら現実の世界に近い世界の
ようだ。さて、ここではどんなことが起きるのだろうか。すると、後ろから声が聞こえた。
「さき姉ちゃん!」
私に弟はいない。まさか、この世界の私には弟がいる設定なのだろうか。だが、いくらなんでも兄弟での恋愛なんてないよな、
なんて思い私を姉ちゃんと呼んだ本人に聞いてみることにした。
「私に弟はいないはずなんだけど…」
「またそんなこと言ってー!戸籍上の姉ちゃんではないけど、姉ちゃんはずっと俺の姉ちゃんだってば!」
なるほど、こういうタイプか。どうやら今回は私を姉ちゃんと呼ぶ男の子との恋愛のようだ。犬系男子とでも言うのだろうか。
「えっと、君、名前は?」
「姉ちゃん、どうしたの?そういう冗談?俺は拓海だよ!知ってるでしょ!」
「ああ、そうだったね、拓海君。何歳かな?」
「いつもみたいにたくちゃんって呼んでよ!歳は15歳だよ!これも知ってるでしょ!」
年下の活発な懐いてくる男の子。どうやら、犬系男子で決まりのようだ。こんなタイプとは恋愛の経験がないので、どうしたら
いいかわからないな、と思いつつも、そもそも私は恋愛経験がないんだった、と自嘲した。
「さき姉ちゃんはこれからどこに行くの?」
「えっと…どこに行くってこともなかったんだけど…」
「そしたら俺と遊ぼうよ!近くの公園に行こう!」
誘い方が小学生のようだな、と思い少し笑いそうになったが、さすがに失礼なので堪えた。そもそも公園に行ってどんな遊びを
するのだろうか。まさか、鬼ごっこではあるまい。そんなことをを思っていると、拓海君が
「早く行こうよ!」
と言って私の手を引っ張ってきた。男の子に手を握られることには慣れていないのでドキッとしたが、これも犬系男子ゆえ
なのだろう。そして引っ張られているうちに、あっという間に公園に着いた。
「そこにベンチがあるから、座って!」
そう言って、座らされた。ベンチに座って一体何をするのかと思っていると、拓海君が
「ちょっと待っててね」
と言っていなくなってしまった。無理やり公園に引っ張ってきて、いなくなるなんて無礼じゃないか、そもそも犬系男子なんだから
傍から離れないようにするんじゃないか、などと思っていると拓海君が戻ってきた。
「はい、ジュース買ってきたよ」
そう言って、私にジュースを渡してきた。
「え?わざわざ買ってきてくれたの?」
「一緒に遊んでくれるさき姉ちゃんに、ジュースを買ってくるのは当然でしょ?」
きょとんとした顔をしながら、そんなことを言った。少し心が揺れた。なるほど、犬系は犬系でも、色々なことを自然にしてくれる
タイプの犬系か。
飲み物を用意してくれる気遣いは嬉しいが、公園で何をするのだろうか。そう思っていると、拓海君が横に座った。
「今日はいい天気だね。こうやってのんびりできるのは嬉しいな」
そんなことを言いながら、ジュースを飲む拓海君。そしてそこから拓海君が色々と話をしてきた。学校でこんなことがあっただの、
家での出来事など様々だ。話は面白いし雰囲気も和やかだが、こうして雑談をするだけなのだろうか。しばらくした時点で痺れを
切らして聞いてみることにした。
「ねぇ、拓海君」
私がそう言うと、拓海君はそっぽを向いた。名前を呼ばれたことを怒っているのだろうか。
「あれ?拓海君?」
こっちを振りむかない。まさか、そういうことだろうか。
「…たくちゃん」
「なに?さき姉ちゃん!」
こういうところも犬系だな、なんて思いながら、本題を聞いた。
「公園に来たけど、何かしないの?」
「何かって?」
「ん-、さすがにもうこの歳だから鬼ごっことかブランコとかはしないかもだけど、そもそもそれならなんで公園に来たのかなって
思って」
「ははは、さすがにそんな子どもの遊びはしないよ。なんで公園に来たかって…さき姉ちゃんとゆっくり話したかったからだよ。
ここなら涼しいし、花もあるから良いかなって思ったんだけど…だめ?」
そう言いながら上目遣いで見てくるたくちゃん。それはちょっとずるいな、と思いながらもぐっと堪えた。
「良いけどね。公園だったら変なこともされないだろうし…」
「変なことって?」
「たくちゃん、わかってないの?男と女が二人でいるんだよ?」
私がここまで言った時点で、たくちゃんの顔が真っ赤になった。
「変なこと言わないでよ!」
「ごめんごめん。でも、そういうことがなくて良かったってことだよ」
そんなことを話しながらも時間はのんびりと過ぎて行った。正直に言えば、今までのどのタイプよりもたくちゃんのようなタイプが
一番心に来る。単純にたくちゃんが可愛いのだ。だが可愛いだけで好きになるわけはない。このまま話しているだけであれば
大丈夫だな、と思っているとたくちゃんが話を振ってきた。
「さき姉ちゃんは、好きな人とかいないの?」
「え?どうしたの?急に」
「俺ね、実は好きな人がいるんだけど…」
「そうなの?良いじゃない」
「うん、それはさておきとして、さき姉ちゃんには好きな人はいないの?」
「私は今はいないかなー。ツンデレ俺様キャラとか、天然軽口キャラの人とかと会ったことはあるけど、なびかなかったかな」
「そっかぁ。さすがにお姉ちゃんだけあって、色んな恋愛をしてきてるんだね」
たくちゃんは、なんとも元気なさげに言った。どうしたのかと不思議に思ったが、特に何も言わずに話を続けた。
「色々な恋愛をしてきてるって…恋愛自体はしてないよ?さっきも言ったけど、なびかなかったからね」
「そうなの?よかっ…あ、いやいや、なんでなびかなかったの?」
「なんでって言われても難しいなぁ。一番大きな要因は、時間かな。もっと長くいたらなびいてたかも知れないけど、さっきの
人たちとは会ってる時間が短かったからね」
「そうなんだね、さき姉ちゃんの中では時間が大事なんだ?」
「もちろんそうだけど、時間よりも大事なことはいっぱいあるよ。これだ!ってものはないけどね」
「ふーん…」
なんとも、不満そうな顔をしている。
「たくちゃんの好きな人は、どんな人なの?」
「うーん、一言では言い表すことはできないよ。でも、しっかりしてて、優しくて…」
「そうなんだね」
「でも、一つだけその人にも不満があってね」
「人間だから欠点くらいあるでしょう?それが許せないとか?」
「許せないわけじゃないんだけど…」
なんとも、歯切れの悪い言い方をしてくる。自分から恋愛の話を振ってきたのにな、なんて思い少しイラつきはしたが、顔には
出さないように優しく聞いた。
「許せないわけじゃないけど?」
「その人はね、俺のことを弟みたいに思ってるんだよ!だから、恋愛対象として見てくれないんだ!」
弟のように思われている、か。私はそういう経験は今までにはないが、恋愛漫画などでそういった話はよく見る。
「やっぱり、その人のことを俺が姉ちゃんって呼ぶのが良くないのかな?」
「それはそうなんじゃない?その人も、たくちゃんからは自分は姉だとしか思われてないって思っているのかもよ?って、
たくちゃんは色んな人のことを姉ちゃんって呼んでるんだね」
「え?俺が姉ちゃんって呼ぶ人は一人だけだよ?」
「それって…」
そんなことを言いながら、たくちゃんがじっとこちらを見てきた。今までのパターンと違うことに驚いた。
ツンデレ俺様キャラなどの時は、告白まがいのことまではしてこなかった。だが今回はここまで言ってきたのだ。ここまで聞いて、
自分のことではないと思ってしまうのはさすがにおとぼけがすぎる。だが、正直に言ってまだたくちゃんのことを好きだとか
考えることはできていなかった。
「…いつかその人もわかってくれると思うよ。頑張ってね」
そう言って、私はその場から立ち上がった。
「そろそろ行こうか?お腹空いてきちゃった」
「あ、それならご飯食べに行く?」
「ううん、ごめんね。今日は親とご飯を食べる約束をしてるんだ」
「そっか…」
ここでご飯なんて食べに行って、少しでも期待を持たせるのは悪い気がする、と思った。それと同時に、それならば最初から
しっかりと断ってあげれば良いのでは、という思いもあった。だが、告白されていない状況で断るのは違うだろう。それならば
たくちゃんになびかないようにした方が…と思ったが、その時点でたくちゃんにとっての良い未来は難しいのだろうとも思った。
「それじゃあね、たくちゃん」
私がそう言った瞬間、世界が変わり、見知らぬ空間にいた。そして、声が聞こえた。
「いかがでしたでしょうか。三人目の、『犬系男子』でした」
正直に言えば、今回の犬系男子が一番揺らがなかったという感覚はあった。というのも、他の二人に関しては短い時間の間に
ギャップを見せてくれたので、それだけで揺らいだ。だがたくちゃんに関しては終始一貫して犬系だったのだ。ギャップという
面での心の揺らぎはなかった。
「今の男が気に入ったのであれば、終了とします。終了した場合、元の世界に帰るか先ほどの世界にいるかを選べます。
元の世界に帰った場合でも、先ほどの人と出会うことができます」
今回はよい返事はできないな、と思ってじっとしていると、声が続けた。
「これで、三回の挑戦が終了しました。これより、元の世界にあなたを戻します。お疲れさまでした」
あ、これで終わりなんだ、と思った。もっと味わいたい気持ちはあったが、今みたいなのがずっと続くようでは恐らくだが
誰かを愛して終了ということにはならなかっただろう。なにせ、時間が短すぎる。私の勝手なイメージでは、恋愛と言うのは
もっと長い時間を経て徐々に好きになっていくようなもののような気がしていた。一目惚れなんて言葉はあるが、それは容姿を
好きになるということで、私は容姿をあまり意識しない。最低限の清潔感があってくれればそれでいいのだ。そんなことを考えて
いると、目の前が真っ暗になった。そしてふと気が付くと、パソコンの目の前にいた。どうやら、帰ってきたようだ。時間を
確認すると、私が最初にパソコンを見た時から数十分ほどしか経っていない。不思議なこともあるものだな、と思った。
すぐに現実に戻ることができないかと思ったが、そうでもなかった。お腹は空いたし、少し眠い。欲求には勝てないのだな、と
自嘲した。しかし、不思議な体験だった。変なホームページを見つけて、興味本位で見てみたら異世界に飛ばされた。
そしてそこで不思議な人との不思議な恋愛を経験した。もしもあの場で誰かと恋に落ちていたらどうなっていたのだろうか、という
思いはあるが、確かめようがない。もう一回行けるのかな、と思ったが、検索をしてもしもホームページを見つけてしまった場合は
強制的に連れていかれる。そう思うと、不意に検索をすることもできない。誰かに教えようにも、こんな話を信じてくれるわけは
ないだろうし、そもそもこんな体験をしたいなんて人も思いつかない。すると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「はい、誰?」
「俺だよ」
声の主は、幼馴染みの翼だった。
「どうしたの?急に。というか、どうやって家に入ってきたのよ」
「俺とお前の家族の間柄なら、入れてくれるだろ。宿題教えてもらおうと思って…って、なんかお前、疲れてない?」
「宿題くらいは教えてあげるけど…ちょっと疲れてるから休憩してからでいい?」
「ああ、別に良いよ。でも早く終わったらどこか遊びにでも行こうぜ」
「どこかってどこよ?もしかして…公園?」
「俺らの歳で公園なんか行って何するんだよ。まさか、鬼ごっこでもするのか?」
普通はこういうリアクションになるよな、と思った。
「ん-ん、なんでもない。それにしても、あんたはツンデレ俺様でもないし、軽口も叩かないし、犬系でもないね」
「はぁ?何言ってるんだよ」
「それでも、それらに比べたらあんたの方がいいわ」
「はぁ?」
この考えは伝えないでおこう。